闇獄鬼の鉄拳
今までチートは面白みがないなと思っていたのですが、スムーズに戦闘が進むため、書く分にはありがたいものだと思いましたね。
本気になったマナにアスト達は太刀打ちできず、次々と炎の檻に囚われていく。
残ったメンバーもマナの炎の前に倒れてしまい、ついにセリアの命が危うい状況にまで陥ってしまった。
そんな彼女達を助けに、夜光とセリナが再びマナの前に現れた。
マナを倒し……マナを救うため、夜光は闇魔刀の闇を解放した。
「来いっ!」
闇魔刀を引き抜いた瞬間、夜光の体を黒い闇のオーラが包みこんでいく。
闇はやがて巨大な球体に姿を変えていく。
「(なっなんなの? このまがまがしい空気は……)」
チリチリとした空気が装甲を通り抜けてマナの肌を突き刺す。
すぐさま攻撃に転じたいマナだが、体が金縛りにあったかのように動くのをためらっている。
まるで蛇に睨まれた蛙の如く……。
「(どっどうなってる!? まさか……恐れているの?
このあたしが? あんなゴミに?)」
マナは影に身を投じてから今まで、恐ろしいと感じたことはなかった。
それは単に、自分より恐ろしい者……強い者に出会ったことがないからだ。
そのマナが今、はっきりと感じている。
"目の前の男は自分より強い"と。
それを心が否定しても、本能がそれを肯定し、体の自由を奪う。
『ぐおぉぉぉ!!』
黒い球体の中から現れた闇獄鬼。
その巨大な体が月と星の光を遮り、マナを大きな影の闇が包み込む。
口から放たれる獣のような雄叫びに、空を飛ぶ鳥や海を泳ぐ魚は本能的に逃げまどい、マナの戦意を大きく揺るがせる。
「デカくなったくらいであたしに勝てると思ってんの!?」
大声を出すことで自らの士気を高め、"逃げろ"と命ずる本能を押し黙らせた。
「うおぉぉぉ!!」
マナは大きく飛び上がり、素早く闇獄鬼を捕えた。
ガキンッ!!
マナの剣は闇獄鬼の肩に振り下ろされ、周囲には金属同士がぶつかり合う音が鳴り響いた。
周囲が耳で捕えたその音が、マナの斬撃のすさまじいさを物語っている。
マナ自身の手応えがあり、確実に攻撃が命中したと確信した。
『……』
ところが……闇獄鬼の装甲は傷1つ付かず、怯む素振りも見せない。
闇獄鬼と融合している夜光にもダメージは一切ない。
シュゥゥゥ……。
「何っ!?」
マナの剣が熱に当てられた氷のように形を失っていき、最後にはマナの手から消え去ってしまった。
闇獄鬼は全てを滅する力を持つ伝説の鬼。
殺意を向けて剣を振るえば……その全てこの世から消滅する。
「このっ!」
マナは一旦距離を置き、両手にバスケットボールサイズの炎の球を出現させ、闇獄鬼に投げつけた。
手を抜かれてはいたが、これはアスト達も食らった技。
それでもアスト達に確実なダメージを与えていた。
それをマナは殺意を込めて放った……まともに食らえば闇鬼となった夜光でも危うい。
シュウゥゥゥ……。
「なっ!?」
闇獄鬼に命中したマナの炎が当たった瞬間、炎は煙のように消滅してしまった。
装甲にはこげた跡すら残らず……実害は皆無だった。
『だぁぁぁ!!』
闇獄鬼は大木のような腕をゆっくりと振り上げ、勢いよくマナに張り手を放った。
とはいっても……距離があるためマナの体にその手が届くことはない。
「何バカやって……がっ!!」
その時!
マナの前方からすさまじい風圧が襲ってきた。
その衝撃波によって床の板が粉々に砕け……剥がれていく。
必死に踏ん張るマナだったが、そのあまりの力に耐えきれず……マナの体は突風にさらわれた木の葉のように、上空へと吹き飛ばされた。
「(なんだこの衝撃波は!? あんな張り手1つでこのあたしを吹き飛ばしたっていうの!?
冗談じゃないわ!! そんなバカげた話があってたまるか!!)」
マナは空中で体勢を立て直し……手に精神力を流して赤い球体作り出し、それを空に目掛けて放った。
パチンッ!!
球体は闇獄鬼の頭上で破裂音と共に無数の球に分裂し、闇獄鬼に降り注ぐ。
それはつい先ほど、マナがアスト達の包囲網を抜け出す際に使った爆弾である。
数個で巨大なカルメを炎で包み込むほどの威力を持つ爆弾が雨のように降り注げば……被害は甚大なものになるのは確実。
『ぐおぉぉぉ!!』
闇獄鬼の頭にある3本の角から黒い稲妻のような光が頭上に降り注ぐ爆弾に向けて放たれた。
パチンッ!!
闇獄鬼の黒い光に触れた瞬間、爆弾は湿気を帯びた花火のように破裂音と共に姿を消した。
マナがカルメに着地した時点で、無数に降り注いでいた爆弾は跡形もなく消滅してしまった。
「(あたしの攻撃が通用しない!? これが闇獄鬼の力……三界の神器の力なの!?)」
闇獄鬼との力の差を目の当たりにしたマナは動揺を抑えきれず、マスクの中の顔から余裕の笑みが消え失せていた。
その心情が自分の行動を抑制してしまったことで、闇獄鬼に先手を許してしまった。
『マナ、いくぞ!』
闇獄鬼は再びその巨大な手を振り上げるのと同時に目にも止まらない速さでマナとの距離を詰めた。
「何っ!?」
マナが気付いた時には、すでに闇獄鬼はマナを捕え、大きく開いた手をつっぱりの要領で放っていた。
小山のような体から周囲の者達は誤解しているが、闇獄鬼は見た目の割に重量が少ない。
事実……闇獄鬼が立っている甲板は多少軋みはするものの、陥没する様子はない。
それゆえ、スピードに特化したライカやキルカと同等の俊敏な動きが取れるのだ。
「チッ!!」
すぐさま回避を試みるが……後手に回ってしまったては、マナといえでも避けきることはできない。
かと言って……闇獄鬼の張り手を受け止めるのは危険が伴われる。
「ちょうどいい盾がいるわね……」
マナは偶然目に止まったミヤの肩を掴み、上半身を起こしてその影に隠れた。
このまま闇獄鬼の張り手を受けたとしても、その間にミヤの体があれば多少ダメージが和らぐ。
同じ攻撃でも直接的な攻撃と間接的な攻撃ではダメージに差異が生まれるのは必然と言える。
「お母さん!!」
『!!!』
レイランの叫び声に反応し、闇獄鬼はミヤに当たる寸前の所で手を止めることができた。
幸い、先ほどの衝撃波は起きなかったため、盾にされたミヤに被害はなかった。
「これくらいのことで躊躇してんじゃねぇーよ!! バーカ!!」
この機を逃すまいとマナはミヤを炎の糸で拘束し、
共に後ろへ下がった。
『マナっ! なんのマネだ!?』
「見てわかんない? 剣の代わりにこいつを盾にさせてもらうわ」
炎の糸を操り、ミヤの体を自分の前に付きだす。
それはまるで、十字架に張り付けにされた罪人のような光景であった。
今のミヤは人質であり盾。
それは目の前の相手との関係が深いほど、効力は高まる。
「マナっ!! てめぇ、汚ねぇぞ!!」
檻の中でマナに吠えるルド。
自身の装甲が溶けていることなど忘れ、ただただマナのやり方を強く否定する。
檻に囚われいるほかのアスト達も……口こそ開かないが、マスクの中では歯を食いしばって目を細め、怒りを露にしている。
「か弱い女の子がそんな化け物と戦うんだから、これくらいのハンデは見逃してもいいんじゃない?
……っていうかなんでこんな瀕死のおばさんなんか気にしてる訳? こんなの無視してさっさとあたしを殺しに来るでしょ?普通。 もう少し頭を働かせたら?」
『マナ……ぐっ!』
なす術なく手をこまねいていた闇獄鬼が突然その場で膝をついた。
中にいる夜光が猛烈な疲労感とめまいに襲われ、闘志を鈍らせたのがその原因である。
「とうとう限界が来たみたいね。 敵に情を感じてさっさと殺さないからそんな無様な姿を晒す羽目になるのよ。 こんな判断の甘い男を選ぶなんて……伝説の闇獄鬼もたかが知れているわね」
マナの言う通り……夜光は今の戦闘でわずかに手を抜いていた。
闇獄鬼の力を用いれば……マナを倒し、この戦闘を終わらせることは可能であった。
だがそれは……マナの死を意味することになる。
夜光やセリナはもちろん、アスト達もその結末は本意ではない。
夜光は闇獄鬼の圧倒的な力を信じて……マナの命を守りつつ、マナを倒すという難題をクリアするために、手加減という選択肢を選んだ。
だが……夜光は過信が過ぎた。
闇獄鬼は最強の力を持つ分、制御が難しく……活動時間は約1分半。
闇獄鬼に手加減という足枷を着けた分……夜光の疲労も増してしまい、結果的に活動時間をさらに早めてしまった。
その結果……有利な立場から一転し、崖っぷちに追いやられてしまった。
「さあどうする? おばさんを見捨ててあたしを殺しに掛かるか……限界を迎えた後、あたしに殺されるか……あたしはどっちでもいいけど?」
『マナ……お前……』
マナは今までの攻撃で闇獄鬼との戦闘を行うのは無意味だと判断し、精神力の限界で生身に戻った夜光を仕留める気でいる。
夜光がミヤを見捨てることができない……これまで彼らと過ごしたマナであるからこそ、この確信を得られるのだ。
事実……闇獄鬼は拳を構えたまま行動に移るのをためらっている。
だが静止しようとも、活動時間が刻々と近づいていることに変わりはない。
『(どうしたらいい?……どうすればいいんだ?)』
マナの命と自身の命……どちらも失いたくない大切な命である。
夜光も人の子……2つの命を天秤に掛けようものなら、自身の命に傾くのは人の生存本能とも言える。
だが夜光には……そもそも天秤に掛けるということ自体、頭にはない。
往生際が悪いとしか言えない心理状態だが……それでも彼は希望を捨てようとはしなかった。
”マナを取り戻す”という希望を再び胸に抱いたセリナが諦めない限り……。
「たぁぁぁ!!」
対峙し合う夜光とマナの間に割り込んできたのはセリナだった。
仲間を傷つけたくない……マナにこれ以上悪事を働いてほしくない……そんな純粋な気持ちが彼女の体を動かしていた。
「なっ!!」
セリナはタックルの要領でミヤに飛びつくのと同時に、ミヤと自分を包み込むようにシールドを張った。
精神力や集中力が不十分であったため……シールドは一瞬で消滅したが、ミヤを拘束していた糸はシールドによって切断され、ミヤの体に巻き付いていた糸も共に消滅させることに成功した。
2人はそのまま消火器具が入っているボックスにぶつかる
マナが闇獄鬼に集中するあまりに、周囲への警戒を疎かにしていたために許してしまったセリナの捨て身な突撃。
闇獄鬼が万が一攻撃してきた場合、糸の強度を弱めてすぐ回避できるように備えていたマナの読み違い……。
偶然と人為的ミスによって起きた2つの要因がセリナの無謀とも言える救出劇を成功に導いてしまったのだった。
「クソガキがっ! 舐めたマネを!!」
隙を突かれたとはいえ、無能だと見下していたセリナに後れを取ったことにイラ立ちが増したマナは炎を纏った剣を振り上げると、素早く剣を振り下ろした。
ボッ!
剣先が甲板に触れた瞬間、2人に向かって激しく燃える炎が衝撃波のように走り出す。
『マナッ!!』
闇獄鬼が最後の力を振り絞り、2人を守るように炎の前に立ちふさがる。
『このっ!』
闇獄鬼が炎に向かって突っ込むと……炎は霧の如く消滅し、その勢いでマナに急接近する。
「ちっ!」
『逃がすかっ!』
本能的に危険を予知したマナがその場から離れようとするが、わずかばかりに闇獄鬼が間合いを詰めることができ、残りわずかな力を込めた拳をマナに放った。
「ごふっ!」
闇獄鬼の拳をまともに受けたマナの体はロケットのように後方へ吹き飛ばされ、爆発により傾いていた巨木のようなマストに叩きつけられた。
力が低下しているとは言え、闇獄鬼の拳の威力はすさまじい。
マナほどの強者であるからこそ、三途の川を渡らずに済んだと言っても過言ではない。
それはマストにめり込んでいるマナの姿を見れば一目瞭然と言える。
さらにはアスト達を捕えていた炎の檻も消滅し、マナが致命傷を負ったことを証明付けた。
『……』
闇獄鬼もここで限界を迎え……黒い光が再び体を包み込んでいく……。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
光の中から現れた夜光は生身の姿となり、その場で横たわった。
闇獄鬼の疲労感が彼の体を鉛のように重くし、行動力を著しく低下させてしまっている。
檻から解放されたアスト達がすぐさま夜光や倒れた仲間達の元へ安否を確認しに向かう。
その折……全員、エモーションが強制解除されてしまった。
マナとの戦闘や炎の檻で負ったダメージがあまりに深く……装着が維持できなくなっため、アーマーは自ら意志で戦線を離脱したのだ。
生身ならば即死レベルの攻撃を、装着者達の代わりに受け続けてきたアーマーに不義を感じる者は誰1人いなかった。
唯一ダメージを負っていないセリナに関しては、緊張の糸が切れて闘志が抜けてしまったことで、アーマーがその意志を尊重するかのようにセリナの体から離れたのだ。
※※※
「夜光……大丈夫?」
「あぁ……なんとかな……」
セリナの肩を借り、どうにか立ち上がることができた夜光。
彼の周囲には、息も絶え絶えにマイコミメンバー達が集結していった。
特に傷が深いライカ、セリア、ミヤの3人は夜光同様に仲間の肩を借りている。
彼女らの美しい顔や肌には痛々しい傷や痣がうっすらではあるものの、いかに大きなダメージを負っているかは目でも確認できるレベルにある。
体の内部からも痛みが生じるため、3人共胸や腹を手で押さえて耐えている。
「みんな……大丈夫か?」
「なんとかね……でも今回ばかりは、さすがのあたしもマジで殺されるかと思ったわ。
「この美しい女体に傷をつけるなど……なんと罪深い……」
「どさくさに紛れて触るな!!」
心配そうに無防備な尻を撫でるキルカの手を歯ぎしりで振り払うライカ。
セクハラに抵抗する力が残っていることが確認できたため、ひとまずライカの心配は不要であると周囲は悟った。
「お母さん……大丈夫?」
「えぇ……セリナが守ってくれたおかげでどうにかね……」
最も傷が深いミヤの姿は見るに堪えないの一言。
衣服が焼けただれ……燃えるように赤く染まる肌が露わになっている。
ゼロ距離からの爆発など……全身を固い鎧で覆う騎士団であっても骨すら残らず死に落ちるだろう。
それを踏まえれば、この程度の負傷で済んだと楽観的に見ることもできる。
「それより……マナは?」
ミヤの言葉に導かれ、夜光達は一斉にマナがめり込んだマストに視線を向ける。
「なっ! いない!?」
ところが……先ほどまでそこにいたマナの姿が消え、マストには大きなへこみだけが残っていた。
そして次の瞬間……夜光達は冷たい殺気を肌で感じ取った。
天敵と鉢合わせした小動物のような本能的な感覚である。
そしてその感覚は、夜光達に”背後を警戒せよ”と警告を鳴らす。
彼らはそれに従い、急いで振り返った。
「ゴミ共が……舐めたマネを……」
そこには、息を荒げるマナの姿があった。
装甲はすでにボロボロで、マナ本人も少しふらついている。
闇獄鬼の拳で致命傷は負ったものの、尋常ではないプライドが彼女の体を奮い立たせていた。
「殺してやる……1匹残らず……」
ふらつきながらもしっかりとした足取りで夜光達にゆっくりと近づいてくるマナ。
彼らに向ける剣先には純粋と言っても良いほどの殺意が込められていた。
だがお互い満身創痍な状態……これ以上の戦闘は死に至る可能性が極めて高い。
戦闘可能なのはセリナだけだが、マナにトドメを刺すなど決してできない。
かといって、マナを残したまま離脱するのも忍びない。
「マナちゃん! もうやめて! これ以上は……」
「黙れっ!!」
セリナの言葉はもはや騒音としか聞き入れず、マナは突き進む。
「やめてくださいっ!!」
悲痛な声で静止を叫びながら、夜光達とマナの間に1つの人影が割り込んできた。
『!!!』
「と……トーンさん!!」
割り込んできたのはカルメの生みの親とも言える男、トーン。
彼は両手と膝を付き、土下座の姿勢でマナに頭を下げた。
「お願いします! もうこれ以上……この船を傷つけないでください!!」
それは力なき男の命を掛けた申し入れであった。
店長「ラーメン食ってるか!? 坊主!」
誠児「うわっ! 天下統一の店長さん!? どうしたんですか?突然」
店長「夜光に今回の担当変わってくれってせがまれてな?
ここ最近、影が薄くなっちまったからなちょっくら顔を出しにきたのよ」
誠児「そうなんですか……すみません……」
店長「いいってことよ! せっかくのゴールデンウィークなんだし、羽くらいは伸ばしたって罰は当たらねぇだろ?」
誠児「本当にありがとうございます」
店長「気にすんな! それよりもっと話を……」
店長嫁「あんた! こんなところで何油売ってんだい!?」
店長「げぇ! 母ちゃん!!」
店長嫁「さっさと店に戻りな! 客が待ってんだよ!」
嫁に襟元を掴まれ引きつられる店長。
店長「ちょ!……母ちゃん! 久々の出番…‥ちょっと母ちゃん!!」
誠児「……あの人、奥さんいたんだ……」




