禁じられた技
毎度のことながら更新が遅れてすみません。
マナからの罵倒に心を折り、絶望の底に沈みゆくセリナ。
彼女の心の強さを信じて、夜光はセリナに寄り添う。
夜光からの信頼とマナへの想いがセリナを再び奮い立たせた。
笑騎に見送られ、夜光とセリナは再びデッキへと駆けて行った。
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時は夜光とセリナがデッキから徹底していったところまで遡る。
「ほらほらどうしたの? あたしを止めるんでしょ?
2人の撤退後、船上ではアストとマナの激しい戦闘が繰り広げられていた。
船上という狭い空間で1対7で戦う……戦況だけで言えばアスト達が圧倒的に有利となっている。
殺意がないとはいえ、マナの能力はそれらのハンデを覆すほどの差を持っていた。
「くそっ! ちょこまかと!!」
ルドはマナに攻撃を当てることができず、逆にマナからの攻撃はまともに喰らっている。
他のアスト達も同様に、マナの攻撃をその身に受けている。
だがどの攻撃も彼女達に大したダメージを与えてはいない。
アスト達の成長が著しいのもあるが、マナ自身がわざと攻撃を緩めている……要するに遊んでいるのだ。
本気になればアスト達を打ち負かすのも不可能ではない。
しかし、ただ倒すだけではマナの気持ちは静まらない。
手心を加えることでダメージと共に屈辱を与え、自分達の力の差を嫌というほど知らしめているのだ。
マナが自分達を舐めて手加減していることは全員察している。
悔しさは募るものの、冷静さを失わないようにその気持ちをみな押し殺している。
「よく狙えよノロマ!」
「こぉんのぉぉぉ!」
砕撃轟を大きく振りかぶり、猪突猛進の名にふさわしい突撃を繰り出すルド。
ルドは誇り高きケンタウロス族の戦士。
真剣勝負に手を抜かれることは、彼にとっては耐え難い屈辱。
必死に冷静を保とうとしてはいるが、その焦りと怒りは行動ににじみ出ている。
「のわわわ!! ちょっとルド! ボクを殺す気!?」
「わっ悪い!」
単調なその攻撃と不安定な心を利用され、味方への攻撃や船の破壊にばかりつながる始末。
そのため力と思考が空回りして、上手く立ち回ることができていない。
今の攻撃も結局空振りに終わり、レイランがとっさにトルチェでガードする羽目になる始末。
かといって、別段ルドの攻撃を警戒している訳ではない。
「たぁぁぁ!!」
ルドがエクスティブモードを起動し、上空にジャンプしたマナ目掛けてコマのようにフルスイングする。
遠心力でさらに力を増したルドの攻撃はかなりのもの。
「だからトロイって言ってんだろ!!」
だがそれだけでは、到達する前にマナに回避される。
「あたし達がいることを忘れんじゃないわよ!」
「!!!」
左右からマナを挟み撃ちにするライカとキルカ。
2人はマナのスピードについて行くことはできるが、決定打を当てるほどの攻撃力はない。
そのため、マナの足止めを兼ねてサポートに回るのが定石となる。
「ちっ!」
「どぉぉぉりゃぁぁぁ!!」
足場のない上空で逃げ道を塞がれてしまったマナの体に、ルドの渾身の一撃が命中した。
周囲には金属同士がぶつかり合った音が大きく響き渡る。
ルドの一撃を喰らったマナは上空で態勢を崩し、デッキの上へと落ちた。
だが、渾身の一撃を喰らって落ちた割に、落下地点の被害は少ない。
「いった~い! あたし死んじゃう~」
相手を小馬鹿にするような口調で、わざとらしく喚き散らすマナ。
だがその体には傷もついておらず、本人もなんでもなさそうに立ち上がって体についた誇りを手で払う。
「こっこいつ……」
「どうしたの? せっかくあんたのバカ力を当てられたんだからもっと嬉しそうな声を出せよ」
この時、アスト達はようやく悟った。
マナは今の一撃をわざと喰らったのだと……。
攻撃力の最も高いルドの攻撃を自ら喰らうことで、アスト達の戦意を削ぐと同時に、ルドの戦士としての誇りを汚したのだ。
「……で? 次は何をしてあたしを笑わせてくれるの?」
さっさと掛かってこいと言わんばかりに手招きをするマナ。
だがその挑発には誰も乗らない……というよりも、乗ることもできないと言った方が正しい。
有利な条件がそろった場面で真剣に戦うアスト達を相手に手を抜いてほぼ互角に立ち会うことのできるマナに恐怖心を抱き始めているのだ。
「こうなったらキバで……あれっ!? テレキバがない!」
キバを呼ぼうと両足のホルスターに手を伸ばすライカ。
ところがホルスターに収まっていたのはシェアガンのみで。テレキバは消失していた。
『!!!』
ライカにつられ、アスト達は各々のテレキバを確認する。
だがテレキバは収まっておらず、ホルスターは空になっていた。
「お探しの物はこれですか~?」
何が起きたのか状況が理解できないアスト達に対し、マナは挑発めいたセリフを口にしつつ、背中にあるクモの足に見立てた装飾品から炎の糸を数本出す。
『なっ!!』
その糸の先にはアスト達のテレキバが巻き付いかれていた。
アスト達に攻撃を仕掛ける最中、こっそりとホルスターから抜き取っていたのだ。
彼女達はマナのことばかりに目を向けていたため、テレキバを取られていたことに気付かなかった。
「あたしがこんなわかりきった切り札を放置しておくバカだと思う?
まあキバ出てきたところであたしの敵じゃないけど、面倒事は省くに越したことはないでしょ?」
ボッ!!
テレキバ巻き付いていた糸が音と立てて燃える。
そのあまりの高温に耐えきれず、テレキバは一瞬にして氷のように溶けてしまった。
「……何? ビビってんの? はぁ~……つまらない奴らね。
まあ、”あんな死にぞこないの中年親父”なんかに惚れるようなバカ女共なんかに期待はしていないけど……」
『!!!』
その言葉が、アスト達の心に怒りを灯した。
「マナ……貴様!!」
夜光への侮辱を聞くな否や、スノーラが真っ先に声を上げた。
冷静さを欠いてはいないが、夜光への暴言に反応したことで無意識に口から言葉が飛び出してしまっていた。
怒りを行動に移すことはどうにか踏み止まることができたが、グレイシャを握る手に思わず力が入る。
「揃いも揃ってあんな親父にちょっと優しくされたくらいでなびくなんてマジチョロ過ぎ……っていうか男に耐性なさすぎて感動するレベルだわ!
あんた達のくっだらない恋愛ごっこを間近で見てきたけど、キモすぎて何度吐いたことか……もうちょっと男を見る目を養った方がいいんじゃない?」
「ダーリンのこと……バカにしないでっ!!」
「レイランっ!」
マナの暴言に耐えきれず、レイランはミヤの静止を振り切って特攻を仕掛ける。
「たぁっ!!」
レイランはエクスティブモードを起動すると、持っていたトルチェをブーメランの要領でマナに投げつけた。
投げたトルチェはねずみ花火のように、水を四方に吹き出しながら高速回転する。
夜光やルドほどではないが、それでもブロック塀を貫く威力はある。
「……」
マナは避けるそぶりも見せず、片手で高速回転するトルチェをつかみ取った。
無論マナにダメージはない。
「!!!」
トルチェをつかみ取った瞬間、マナはトルチェの影に隠れて飛んできていたミヤの矢に初めて気付いた。
レイランの暴走を静止しつつ、ミヤがとっさに放った雷の矢だ。
「ちっ!」
アストを見下していたマナの慢心が生んでしまった隙をついた完璧な一撃。
いくらマナでも、当たる寸前の矢に対して回避や防御もできない。
矢はそのままマナの額に命中して消滅するも、途端にマナの体を電流が走った。
「なっ!!」
ミヤの矢は電流で敵を麻痺させるもの。
彼女自身の力が強いのもあるが……マナはトルチェを掴んだ際に大量の水を被り、電動率が上がって電流の通りを良くしている。
生身で喰らっていれば感電死は免れないレベルの電流。
レイランとミヤの初戦であるレオス戦でも同様の手法を用いて動きを封じたが、マナの麻痺はその後の2人の成長によってさらに強いものとなっている。。
「ありきたりな手なんか使いやがって!!」
そう悪態をつくマナだったが、体は電流で麻痺を起こし、身動きが取れないでいた。
一時的なものだが、アストが反撃を繰り出すには十分なチャンスだった。
「有効な手段だからこそ、ありきたりなのよ!」
ミヤはそう返すとエクスティブモードを起動し、マナに3本もの矢を一斉に放った。
これらの矢は先程放った麻痺の矢ではなく、相手を攻撃するための矢。
「くっ!」
マナはトルチェを手放し、空いた手を矢に向けて糸を放った。
音をムチのように薙ぎ払い、3本の矢をどうにか撃ち落とすことができた。
「セリアっ!」
矢を撃ち落とされた瞬間、ミヤがセリアの名を叫ぶ。
マナが振り向くとすでにセリアが至近距離にまで迫っていた。
夜光やルドほどではないが、セリアも足が速い部類には入っていない。
マナほどの強敵相手に後ろを取るなど不可能に近い。
そうでなくとも、今までの戦闘においてセリアの攻撃はマナに1度も届かなかった。
だが麻痺の効果で自由に動けない上、ミヤの矢に意識を向けすぎたために警戒を疎かにしてしまったマナ。
「!!!」
自らのしくじりとアスト達の連携に怒りと悔しさを感じたマナは歯をギシギシと噛みしめる。
だが時すでに遅く、セリアは迷いなくエクスティブモードで強化した剣先でマナの胸を突いた。
その瞬間、剣先から直線状の光が轟轟とした音と共に現れ、ロケットの如くマナの体を貫いた。
ところがマナに体には穴どころか装甲に傷もついていない。
「アハハハ!! 何それ? ただの見掛け倒しかよ! ダッサ……!!」
セリアを嘲笑うマナの言葉が止まった。
彼女は突然、胸を強く締め付けられるような感覚に襲われた。
「なっなんなの?これ? あんた……あたしに何をした!?」
「私の力を一点集中してマナさんの心臓を動かす筋力を少し弱めました」
セリアには敵の体力や精神力を斬撃や衝撃波によって削る特殊な能力が備わっている。
それはつまり、防御の固い敵でも内側から攻撃することができるということ。
セリアの精神力はマナと比べると微々たるものであるため、セリアの攻撃は今までマナにほとんど通用しなかった。
そこでセリアは攻撃を一点に集中し、攻撃範囲が限られる分、威力が上がる直接攻撃を選んだのだ。
だがその攻撃対象は体力でも精神力でもなく、人間の生命力ともいえる心臓。
心臓そのものは傷ついていないが、心臓を動かすために必要な筋力にダメージを与えることで、心臓の動きを数秒鈍くしたのだ。
「(くっ!……胸が苦しい……息をするたびに心臓を串刺しにされているみたいだ……)
膝を付き、胸を押さえつけながら息を乱すマナ。
数秒とは言っても、症状で言えば心筋梗塞や心臓麻痺に近いものがある。
下手をすれば相手が死に至るリスクもある。
そのためセリアは今までの戦闘で、この技を使用しようとはしなかった。
それにも関わらず今回使用したのは、マナの強い精神力と装甲の厚さがあれば、死に至る可能性は低いと考えたからだ。
「できることならこのような恐ろしい技に頼りたくはありませんでしたが、そうも言っていられる状況でもありませんから……決して、先ほどの冒涜への粛清ではありませんよ?」
後半部分の囁きは優しい声音ではあるが、それが偽りであるのは言うまでもない。
夜光への暴言やセリア達の想いへの侮辱発言を、彼女は許していない。
愛故の行為であるものの、レイランとは違い、セリアは夜光に強い依存心がある。
その依存心が、一瞬とはいえ心の奥に押し殺した怒りが殺意に変わったのは事実。
セリアを付け狙うゼロンと家族のように仲良くなれたのも、2人に似通った点があったからかもしれない。
※※※
戦闘によって騒がしかった船上が、また静けさを取り戻した。
だがその静寂な闇の中においてでも、アスト達の緊張感はぬぐえ切れない。
「あんたってたまにエグいことするわね……」
「たまに?……」
「いっいえ、なんでもないわ」
セリアの妙な威圧にライカが押し黙った。
戦闘中、マナに勘付かれないよう通信でセリアの技についての情報共有があった。
危険性を重んじてみんな否定的にとらえていたが、勝機が見えないまま追い詰められていくこの状況下に意見を翻ざる負えなくなった。
「マナ……これでもまだ私達を嘲笑えるか?」
「……」
膝と付くマナに冷たい銃口を押し付けるスノーラ。
他のアスト達も確実に攻撃が命中するようマナの体に武器を押し付けた。
いかにマナとはいえ、ゼロ距離で一斉攻撃を喰らうのは避けたいであろうが、それを回避することもできない。
「ええ、笑えるわね。 せっかくあたしを殺せるかもしれないっていうのに……情けを掛けて寸止めとか、頭にウジ湧いてんじゃないの?」
マスク越しでも透けるように見えるマナの醜悪な笑みに、アスト達はぞっとした。
反撃も回避もできないこの状況下でも、マナは自身の勝利を確信している。
「この状況下でそのような口を効けるとは、肝の座った女だ。
美少女の肌に傷をつけるのは我の趣味ではないが……当の本人がそう望むのであれば致し方あるまい」
トーテムを持つキルカの手に力が入る。
それにつられてほかのアスト達も無意識に力んでしまう。
「そう……だったらあたしもっ仕方ないわね。 あんた達に格の違いっていうものを教えてあげる」
パチンッ!
マナはおもむろに指を鳴らす。
ドーン!!
すると次の瞬間、周囲から轟くような爆音が鳴り響き、辺り一面に炎と黒煙が立ちあがった。
セリナ「セリアちゃんにあんな物騒な技があるなんて知らなかった……」
夜光「ほとんどマナを殺しにかかってたよな? セリアの奴……」
セリナ「夜光を悪く言ったことが許せなかったんだね。 恋する乙女は怖いんだよ?夜光」
夜光「いや……恋する乙女は包丁を振りかざしたり、人を殺そうとしたりはしないと思うんだけど?」
セリナ「そうかな?」
夜光「その内マジで人を殺しそうで怖い…‥」
セリナ「それを言ったら、スノーラちゃんはどうなるの?」
夜光「あいつもいつか笑騎のバカ辺りを殺しかねないな……ルドは素手でどうにかなりそうだし……」
セリナ「私もみんなに習って何か極めようかな?」
夜光「お前はボケだけで十分だ!」
セリナ「ムッ! 失礼なっ!」




