前を向く男
しばらく更新が不定期になります。
過去の贖罪を死によって清算しようとする夜光。
だが、彼を思うセリア達の必死の説得と誠児の後押しによってその心に生への活欲が芽生えた。
その瞬間、夜光はかつて家族と過ごしていた家の中に立っていた。
そこにいたのは、夜光がその想いを裏切ってしまった夕華であった。
「どうしてここにいるんだ?」
「・・・死ぬ直前まで落ちたあなたの心に、私が入り込んでしまったってところかな。
正直、またあなたと会うなんて思わなかったわ」
夕華の解釈は夜光も納得できていた。
セリア達の記憶に夜光の記憶が流れ込んできたように、夜光の記憶にも本来知る由もない昼奈や夕華の記憶が流れている。
原因は定かではないが、死という繋がりが2人を対面させたのかもしれない。
「僕もそうさ・・・」
「私がこの場にいること・・・あんまり驚かないんだね・・・」
目の前に突如として現れた夕華に対し、夜光の心は不思議と落ち着いていた。
先ほどまで抱いていた夕華に対する後悔や懺悔が消えたと言う訳ではない。
事実、夜光は胸にチクチクと針で刺されるような痛みを感じている。
「・・・自分でも不思議に思ってる。 でもきっと・・・みんなが僕を支えてくれているんだ。
なんだか今でも・・・僕をそばにいてくれる気がするんだ」
その場にいないセリア達のぬくもりが、夜光の体を今でも包み込んでいる。
過去の後悔や恐怖に震えていた夜光の心を温めてくれているのだ。
「私だって・・・あなたのそばにいたわ。 あなたの愛に応えようと・・・あなたに人生を捧げるつもりだった・・・」
夕華の声色は悲し気だが、その顔には夜光に対する憎しみがにじみ出ていた。
先程から夜光を”あなた”としか呼ばないのも、その表れだ。
「あぁ・・・知ってる。 とは言っても・・・今更もう遅いけどな・・・」
「私はただ・・・あなたと生きていたかっただけだった・・・だけど、あなたはそれを裏切った。
それが私にとって、どれほどつらかったかわかる?」
「・・・想像することもできない」
「私利私欲のために愛を偽ったあなたが生き残り、あなたに裏切られて傷ついた私が命を落とした。
こんな理不尽なことってある?」
「・・・」
再び心に芽生えた罪悪感から、夜光は思わず夕華から目を背けてしまいそうになった。
だがここで目を背けたら、再び過去から逃げることになると思い、首を横に振って逃げたい気持ちを振り払った。
「残り少ない人生の中で何をするかと思ったら・・・女を言葉巧みにたぶらかして、年甲斐もなくヒーローの真似事・・・つくづくあなたには幻滅させられたわ」
「否定はしないよ・・・でも、そんな僕を必要としてくれる人達がいるんだ。
臆病で・・・自分勝手な僕に、生きてほしいと言ってくれる人達が・・・」
「だから何? それであなたの罪が消えるとでも思っているの?」
「いいや・・・でも僕は、みんなと一緒に生きていたい。
また人を信じてみたいんだ・・・」
「ふざけるな!!」
夕華の怒声が部屋中に響いた。
その怒りに共鳴するかのように、食器棚や窓のガラスが粉々に砕け散った。
「都合の良いことばかり言うな!! 私の何もかもを奪っておいて、自分は幸せな人生を歩むと言うつもり!?」
次の瞬間、床からツタのようなものが生え、夜光の体を拘束するかのように両手両足を縛り付けた。
それは、夕華の夜光への憎しみが彼の生きようとする決意を否定したい気持ちの表れだった。
感触はないが、夜光は抵抗もせず、冷静な姿勢を崩さなかった。
「僕だってそんなこと、今まで考えようとはしなかったさ・・・僕がお前や姉さんのことが頭から離れなかったからな・・・こんな自分に人並みの人生を送る資格なんてないと思った・・・だから僕は死ぬことも受け入れようとした。
だけど・・・心のどこかでそれを拒絶している自分がいた。
僕はその気持ちをずっと押し殺してきた・・・でもみんなが僕の心に寄り添ってくれたから、僕は生きていたいという気持ちを出すことができた・・・」
「・・・」
「それがお前にとってどれほど身勝手なのかはわかっているつもりではいる。
だから僕を許してほしいなんて言わないし、これからも憎み続けるというならそれも受け入れる。
だけど僕はもう過去だけを見るのはもうやめる。
僕は・・・みんなと生きていきたい」
「・・・私だって、あなたと一緒に生きたかった」
夕華の目から涙がこぼれ、ポロポロとこぼれ落ちる。
涙を流す自分を恥じるかのように、夕華は唇を噛む。
「・・・」
「そんなにあの子達が大切なの? 過去の償いよりも、あの子達の想いの方が大事なの?」
「・・・そうだ。 僕はみんなの想いに応えたい。 こんな僕に寄り添ってくれる人を・・・大切にしたい。 彼女達の気持ちまで裏切れば、僕はもうクズですらない」
「・・・」
夕華が袖で涙を拭うと同時に、夜光を拘束しているツタが消滅した。
夜光の固い決意をくんで、夕華が解放してくれたのだ。
「夕華・・・」
「勘違いしないで。 あなたを許したわけじゃない。
ただ・・・あの子達を悲しませたくないだけ。
同じ人を好きになってしまったあの子達を傷つけたくない・・・それだけよ」
「ありがとう・・・」
「・・・」
夕華は感謝の言葉を拒絶するかのように、無言のまま夜光から目をそらす。
それも彼女の心を壊してしまった夜光の罪。
それを感じてか、夜光の胸に後悔の念が込み上がってきた。
「夕華・・・僕は・・・僕は君が好きだった」
後悔の波に押され、思わず口にしたのは、ずっと心に秘めていた自身の夕華への想いだった。
夕華の愛情は夜光に伝わっていた。
だが夜光は薬物や性の快楽に溺れ、自身の想いにさえ気付けなかった。
口にしてみればあまりも簡単な言葉である。
それすらできなかった自分に、夜光は呆れて笑う気力すら湧いてこない。
今更こんなことを言っても何も変わらないことは夜光も重々わかっている。
だがそれでも、夜光はこれ以上過去に後悔を残したくはなかった。
「私は大嫌いよ。 殺したいくらい・・・」
夕華は再び夜光に向きなおすと、見下すような冷たい視線できっぱりと夜光の言葉を切り捨てた。
夜光はその言葉を胸に刻み、後悔の念を絶つことにした。
「・・・?」
その時だった。
夜光は背後から突然人の気配を感じ取った。
振り返るとそこには、1人の女性が立っていた。
「ねっ姉さん・・・」
それはまぎれもなく、夜光の姉の昼奈であった。
その姿はリョウに汚される前・・・夜光が恋焦がれていたあの頃のままだった。
「夜光・・・ごめんね。 あなたのことを信じてあげられなくて・・・」
「・・・」
「あなたを裏切ってしまったこと・・・ずっと謝りたかった。 今更こんなことを言っても無駄かもしれないけど・・・本当にごめんさい」
深々と頭を下げる昼奈の姿に、夜光は胸を締め付けられる思いになり、思わず目を背けた。
「頼む・・・謝らないでくれ。 僕にそんな資格はない! 僕は姉さんの人生をぶち壊したんだ」
「優しいのは相変わらずだね・・・本当はもっと話したいことはあるんだけど、時間切れみたいだね」
「えっ?」
夜光は我に返ると、自身の体が白い光に包まれていることに気付いた。
「もうじき目が覚めるみたいだね。 夜光・・・新しい家族を大切にしてね」
「姉さん・・・ありがとう」
小さく手を振り、笑顔で見送る昼奈。
叶わないと諦めていた家族としてのお別れが、ができたことを嬉しく思った夜光はうっすらと涙を流した。
「夕華・・・」
夕華の方に視線を戻すも、彼女は冷たく睨んだままだった。
「僕のことを愛してくれてありがとう・・・」
感謝と別れを込めた言葉を残し、夜光の体は光に包まれていった。
その刹那、夕華の唇がわずかに動いたのを目の端で捕えた。
声が聞こえなかったが、その意味ははっきりと夜光に伝わった。
『頑張れお兄ちゃん』
それが夜光に送った夕華の最期の言葉だった。
彼女の憎しみに満ちた心の中にわずかだけ残っていた、夜光への愛情が別れの際に口からこぼれ出たのかもしれない。
そして、夜光は眠るような感覚に落ちて行った。
----------------------------------------------------
誠児達が意識を失った頃・・・。
「・・・クソッ! この僕が・・・」
誠児とアスト達に敗北したゼロンは、廃屋に潜み、回復を待った。
外傷もひどいが、精神力の使い過ぎによる疲労も著しかった。
すぐにでもセリアを追いかけたい気持ちはあるが、彼には鬼ヶ島に行く術がない上に、対抗手段であるマインドブレスレットも失っている。
仮に鬼ヶ島にたどり着けたとしても、セリアを奪うことができない。
「まだだ・・・セリアは僕の物・・・誰にも渡さない・・・僕達の愛を邪魔する奴は、誰であろうと殺す」
現実に拒否されてもなお、彼のセリアへの執念に似た愛情は全く消えてはいなかった。
そんな歪み切った愛情に、付け込もうとする者達が現れた。
『それほどまでにあの女がほしいのか?』
「だっ誰だ!?」
突然脳内に響く声に反応し、思わず声を荒げるゼロン。
すると周囲に、黒いモヤのようなものが充満し、ゼロンを取り囲んだ。
そのモヤからは恐ろしい鬼の顔が複数浮かび上がる。
それは先程ゴウマ達が対面した、鬼達だった。
『我らはかつて滅びた鬼の一族である。 我らの願いを聞き入れるというのであれば、貴様に力を与えてやろう』
「力?」
『今の貴様では女を手にすることはできまい。 だが我らの力をもってすれば鬼ヶ島にいる女を奪うことも容易い』
「願いとはなんだ?」
『ゴウマ ウィルテットの首を取るのだ』
「ゴウマ様を?」
『貴様の知ったことではない。 我らが問うているのは、取引に応じるか否か、それだけだ』
鬼達は、戦争を仕掛けず家族を助けようとするゴウマを見限り、裏切り者として処理することにしたのだ。
だが魂だけの存在である彼らがゴウマを殺すには、器となる肉体が必要になる。
そこで目を付けたのがゼロンであった。
彼のセリアに対する愛情は禍々しい邪気に近く、鬼達の器にはうってつけの人材だった。
「・・・」
無言ではあるが、ゼロンが今の話を信じていないことは、鬼達にもひしひしと伝わっている。
『女が他の男の元へ行っても良いのか?』
「!!!」
『時橋夜光・・・万が一、奴が峠を越せば、女はあの男の物になるだろう。
そうなれば、もはや貴様の出る幕などない』
「だっ黙れ!!」
『我らの誘いに応じないというのであれば構わん。 女がくだらぬメスになり下がるのを、指をくわえて見ていればいい』
鬼達はゼロンの心にゆさぶりをかけた。
セリアの心が夜光に向いていると言う疑いようのない事実を突きつけることで、彼の夜光への強い嫉妬心を呼び起こし、是が非でも誘いに乗るように仕向けているのだ。
「ダメだ・・・」
『・・・』
「ダメだ!! セリアは僕の運命の女性だ。 あんな死にぞこないに渡してたまるか!!
・・・そうだ。 セリアは僕を待っているんだ。 あの男の手から奪い去ってほしいと願っているんだ・・・」
自己中心的な妄想を呟き、歪んだ正当性を自分自身に暗示づけた。
「・・・よこせ。 僕にセリアを救う力をよこせ。 あの男を殺す力・・・よこせぇぇぇ!!」
『よかろう・・・』
周囲を囲う鬼達のモヤがゼロンの体を包み込んでいった。
セリナ「とうっ! せやっ!」
スノーラ「セリナ様、ボールを投げて何をしているのですか?」
セリナ「特訓! 私の攻撃って全然当たらないでしょ? こうやって少しでも練習してるんだ」
スノーラ「良い心がけですね。 ところで、何を狙っているのですか?」
セリナ「ねずみ!」
スノーラ「ねずみ?」
セリナ「さっき黄色いねずみを見かけてね?、一緒に見つけたこの赤いボールも見つけたんだ」
スノーラ「黄色いねずみ・・・赤いボール・・・まっまさか・・・」
セリナ「そう・・・きっとミッ〇ーマ〇スだよ!」
スノーラ「多分違います」




