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第8話

「オレたちの勝利に」


 エールがなみなみと注がれたグラスをムラクモが掲げる。それに応えるように俺もグラスを掲げると、


「「乾杯!」」


 カン! と強く打ちつけ合った。

 そして、冷えたエールを一気に呷る。


「ぷはぁ! おかわりお願いしまーす!」


「俺もお願いします」


 一口でグラスを空にしたムラクモが追加のエールを注文するのに続いて、俺もエールを注文する。

 周りでは、自分たちと同じようにエールや料理を注文する客が多く、ウエイトレスが忙しそうに走り回っている。シルバーベアを狩った俺たちは酒場で夕食を食べていた。


「いやー、それにしても魔法ってのは不便なものだな」


 唐揚げをほおばりながら、ムラクモが話すのはシルバーベアを倒した直後の出来事だ。【錬金術】で地面の土を金属に変換したことで、俺は全ての魔力を使い果たし地面に倒れこんだのだ。たしかに、すべての魔力を使い果たせば立っていることがままならなくなるというのは不便だろう。だが、


「前衛も大して変わらないだろ」


 それは前衛も同じことだ。

 彼らは俺たちとは違い、攻撃するたびに僅かな疲労感がたまっていく。それに、ムラクモは使うことがなかったがスキルブックで習得出来る技は普通の攻撃上に疲労するらしい。

 【瞑想】で魔力を回復できる俺と比べると、前衛の方が不便なように感じる。だが、そんなものは人によって変わる感覚だ。議論を交わしても仕方がない。

 それより、と話題を変更する。


「ムラクモは明日からどうするんだ?」


 そうだなぁ、と追加でやってきたグラスを傾けてからムラクモが答える。


「予定としては、王国に行く予定だな。お前も今日1日で分かっただろうが、この辺りはモンスターの数が少ない」


 ムラクモの言っていることはよくわかった。普通のゲームであれば、町の外へ1歩足を踏み出せば、モンスターがいっぱいということになるのだが、ここではそんなことはなくわざわざ森に入って探さなくてはならないのだ。

 というのも、


「各町の騎士団が定期的に駆逐しているんだったか」


 ギルドで聞いたことを言う。

 すべて、騎士団が殺して回っているらしいのだ。それでも、普通のゲームであれば時間経過とともに復活しそうなものだが、リアル志向ということでそんなことはありえなかった。

 つまり、この町の周辺でレベルを上げるにはごく稀に現れるモンスターを倒すか、森の中へ入るしかないのだ。そして、森の中では行動が制限される。そんなわけで、ムラクモはモンスターの多いという王国へ行くことにしたらしい。


「オレは他との差が生まれないうちに王国に拠点を変更するつもりだ。ホムラはどうする?」


 唐揚げを口に運び、ムラクモの問いを考える。そして、結論を伝える。


「俺はここに残るつもりだ。

 理由は2つ。

 まず1つが、ここには【錬金術】を教えてくれた人がいるということだ。ここを離れるにしても、もう少し知識を蓄えてからにしたい」


 もちろん、ジェイクさんのことだ。シルバーベアを討伐したことでそこそこ金がたまったので、講義を受けるだけのお金が十分にたまったのだ。それは受けておきたい。

 頷いているムラクモを見ながら、2つ目の理由を話す。


「2つ目が俺とムラクモのレベル差だ。俺とお前にレベル差がある以上、俺はお前に迷惑をかけるつもりはない」


 というのも、現在の俺のレベルは7。ムラクモのレベルは10だ。たかが3のレベル差ではあるが、その差はなかなか大きい。

 そうやって、俺が出した結論にムラクモは、


「わかった。それじゃあお前とはここでお別れだな」


 と言った。その青い瞳には若干の不安が浮かんでいる。だが、


「そんな顔をするな。別に一生の別れというわけでもないだろ? 少しの間、別行動するだけだ。それまでに俺に抜かれないように鍛えておけよ」


 それほど深刻なことでもない。前に別のゲームをやっている時も、俺と光輝の予定が上手くかみ合わず、1ヶ月ほど一緒にプレイできない日が続いていたこともあった。

 そうやってムラクモの心配を笑い飛ばすが、当の本人の顔色は晴れない。どうしたものか、と考えていた時声が聞こえてきた。


「あれ? もしかしてホムラ君じゃない?」


 自分の名前を呼ぶ声に振り返ってみれば、昨日ぶりの顔がそこにあった。

 乱れた灰色の髪に、眼鏡をかけた黄色の瞳。教科書で見た残業終わりのサラリーマンの絵にそっくりなその姿は間違いなくジェイクさんだ。

 昨日、俺と会った時と変わらずエールの入ったグラスを持ったジェイクさんを、横に移動することで席に着かせる。そして、突然現れたおっさんに不信感をあらわにするムラクモに紹介をする。


「ムラクモ紹介しよう。この冴えない風貌をしたのが、俺の【錬金術】の師匠、ジェイク・アルケミアだ。こんな見た目ではあるが、腕は確かだ」


「ホムラ君から雑な紹介があった通り、僕はジェイク・アルケミア。よろしくね」


「初めましてアルケミアさん。オレはムラクモ。ホムラの友達です。こちらこそよろしくお願いします」


「うん。僕のことはジェイクで良いよ。アルケミアさんってのは硬い感じがするからね」


 と二人がテーブルの上でしっかりと握手をしてから、ジェイクさんに話しかける。


「それで、ジェイクさんは何の用ですか?」


 わざわざ、知らないムラクモと食事をしている俺のところに来たのだ。何かりゆうがあるのだろうと思っていたが、


「うん? 特に理由なんてないよ。ただ、ホムラ君の姿が見えたから話しかけにきたのさ。もしかして迷惑だった?」


 こちらを見る黄瞳が不安に揺れる。


「別に迷惑ではないですけど。何の話をします? 話すような話題なんてないですけど」


 そもそも俺は人と話をするのが得意ではない。今までにやってきたことと言えば、読書とゲームくらいのものだ。なかなか盛り上がる話題がない。ムラクモとの会話であれば、ゲームのことについて話すだけでいいのだが、あいにくジェイクさんの人柄は理解していても、どんな話をすればいいかわからない。

 そうやって考えていると、テーブルに料理が運ばれてくる。


「おまたせしましたー。シルバーベアの鍋になりますー。お熱いのでご注意くださいー」


 語尾の伸びた独特な話し方をするウエイトレスはもくもくと湯気の立つ鍋を置くと、足早に去っていく。


「とりあえず、食おうぜ。ジェイクさんもどうですか? オレたちが今日狩ってきたシルバーベアの鍋なんです」


「それじゃあ、ごちそうになろうかな」


 ひとまず話題についての思考を打ち切ると、冷めないうちに鍋に手を付ける。

 鍋の中は俺たちが持ち込んだシルバーベアの肉と、店が用意してくれた野菜が入った琥珀色のスープで満たされている。


「すげえ、これ美味いな!」


 真っ先に手を付けていたムラクモが驚きの声を上げる。

 いくらなんでもリアクションが大げさすぎるだろうと思いながら、自分も小皿に入れた肉を口に運ぶ。


「うまい」


 気付けば、喉が震えていた。

 シルバーベアの肉は、普段用意されている食事とは比べ物にならないほど美味しい。大きく切られたシルバーベアの肉は、噛むほどに肉汁と旨みが溢れ出してくる。この味なら、ムラクモが叫ぶのも納得できる。だた一つ、惜しむことがあるならば、本の登場人物やゲームのキャラクターのように豊富な語彙力で味を表現できないことか。

 このテーブルの中で、シルバーベアの味に感動していなかったのはジェイクさんだけだ。だが、それも味を知っているというだけの理由だ。ジェイクさんもおいしい、と言いながら何度もおかわりをしている。

 そして、


「いやー、食ったな!」


 鍋の中は一瞬にして空になった。男が3人手を休めることなく食べ続けた当然の結果だ。


「ところで、このシルバーベアは2人だけで倒してきたのかい?」


 サラダを口に運びながらジェイクさんが聞いてくる。


「そうですよ。オレとホムラで倒しました。最後はヒヤッとすることもあったけど、なんとか倒したって感じですね」


「なるほどねー。ホムラ君とのタッグってことはムラクモ君は前衛なのかな?」


「そうですよ。と言ってもこいつとシルバーベアを直接やりあわせることになったんで前衛失格ですけどね」


 エールを流し込みながら、ムラクモが笑う。だが、ジェイクさんの方はそうともいかないらしい。


「ホムラ君とシルバーベアがやり合ったって接近戦をかい!?」


 よほど驚いたのか、せき込みながら話の詳細を聞いてくる。ジェイクさんの咳が治まったところで、俺が続きを話す。


「やり合ったといっても、1回だけですけどね。それも、相手は死にかけの状態です」


「それでも、シルバーベアと接近戦をして生き残ったというのは十分に誇っていいことだよ」


 ジェイクさんの瞳の輝きが増し、口調も強くなる。だが、俺としてはすごいことをした、という実感がイマイチない。そのあとに倒れたことや、無我夢中の行いだったのであまり正確に覚えていないのだ。


「それにしても、どうやってシルバーベアの攻撃を凌いだんだい? そのダガーではまともにやり合うことなんてできないだろう?」


 ホムラ君はMPに全振りしていただろう、と言うジェイクさんの言葉に疑問を覚える。


「ダガーって何の話ですか?」


「何ってお前が腰にぶら下げてるものの話だろ」


 疑問を浮かべる俺に、呆れたように答えるムラクモの言葉でようやくその存在を思い出す。腰には初期装備としてヒルダから貰ったダガーがあった。

 使う機会もなく、すっかり体になじんでいたのですっかり忘れてしまっていた。


「まあ、ダガーのことは置いておいて、シルバーベアの攻撃をしのいだのは【錬金術】ですよ。はっきりとは覚えていないんですけど、土を金属に変換して壊れていた刀を直したはずです……」


 話しているうちに、自分の行った行動に自信が持てなくなり、語尾が小さくなってしまう。

 それに、あの時やったことを今やれと言われても出来る気がしない。


「ふーむ、土を金属に変換するか」


「やっぱり変なことなんですかね」


 ジェイクさんの反応に思わず、質問をする。


「そんなことはないよ。土を金属に変換するのはそう難しいことじゃないからね。【錬金術】のアビリティレベルが高ければ、難なく行えることだよ。ホムラ君のレベルは3くらいあるんじゃないかな?」


「そうですね。ジェイクさんの言うとおり、あの時はレベルが3だったと思います」


 結局、休憩時間中に考えがまとまらなかったので、勢いのまま全APを【錬金術】に振り込んだのだ。少し、後悔しなかったこともないが、結果として自分の命を救うことになったのだから結果オーライというやつだ。

 とジェイクさんと話しているとあることを思い出す。


「ジェイクさん、前に言っていた【錬金術】の講義お願いします」


 そう言ってマジックバックから銀貨を5枚取り出し、ジェイクさんに渡す。


「確かに。思ったよりも速かったね。シルバーベアはそこそこお金になるとはいえ、その金額はあまり多くないはずだ。本当に大丈夫かい? 講義を受けて生活が苦しいってことにはならないよね? 心配しなくても講義は逃げたりしないから、もうとっとお金がたまってからでも……」


 よほど俺のことが心配なのか、お金を数えたジェイクさんは何度も聞いてくる。性根の優しいジェイクさんの気遣いはありがたいが、本当に大丈夫だ。俺はお金の管理を間違えるほど馬鹿ではないし、お金も十分にある。というのも、


「俺たちが倒してきたのはシルバーベアだけじゃないですからね。オオカミを虐殺した分収入が入ってますから」


 オオカをは討伐したことの報酬はシルバーベアとは比べ物にならない、雀の涙ほどの金額だったが、その代わりにドロップアイテムが高く売れた。俺たちと同じようなプレイヤーのうち、【加工】や【服飾生産】などの生産系のアビリティを習得した人たちが、毛皮や爪などのドロップアイテムを欲しがり、高く売ることが出来たのだ。

 その旨をジェイクさんにも説明したのだが、


「ホムラ君たちが言っている『オオカミ』というのはグレイウルフのことかい?」


「多分そうですね。俺たちはあのモンスターの名前を知らないので」


「ホムラの言うとおりです」


 俺の回答にムラクモが賛同する。

 ジェイクさんは、俺たちがオオカミ――つまりグレイウルフの名前を知らなかったことが意外なのか、嘆息すると苦笑いで説明してくれる。


「グレイウルフを始めとして、この町の近辺に出現したモンスターや有名なモンスターはギルドの資料室に情報があるから、暇なときに勉強しておくといいよ。モンスターによっては、その習性を活かすことで討伐難易度がぐっと下がることもあるからね」


「「ありがとうございます」」


 ギルドにそんなものがあることを全く知らなかった俺たちは一緒にジェイクさんに頭をさげる。


「まあ、一応ギルドに所属するものとして、ギルドの宣伝はしておかないとね。この町に限らず、どの町でもギルドではモンスターの情報を置いているから新しい街に着いたら、ギルドの資料室に行って見ると良いよ」


「明日、行って見るか」


 ジェイクさんが付け加えた情報に、ムラクモが答えたところで、テーブルの食器が全て空となり、今日は解散することとなった。


◆ ◆ ◆


 ギルドからの帰り道、自宅に戻るジェイクさんと別れた俺はムラクモと宿へ向かって歩いていた。


「今日はありがとう。助かった」


「気にすることじゃねえだろ?」


 今日1日、レベルアップに付き合ってくれたことに感謝する俺に、ムラクモが照れくさそうに笑う。設置された街灯に照らされる頬はわずかに染まっており、その姿だけを見れば、爆発して欲しいと願ってしまう。

 その願いを胸の内に仕舞うと「それでも」と言葉を付け加える。


「親しき仲にも礼儀あり、というだろ?」


「だから、そういうことは良いんだよ。お前の言い方をするなら、以心伝心、ってやつだ。わざわざ言われなくてもわかってるって。それに、感謝したいのは俺も一緒だよ」


「ムラクモも?」


 予想外の切り返しに上手く反応することが出来ない。そうやって、戸惑っている俺にムラクモが言葉を放つ。


「多分オレだけだと、グレイウルフの名前を知ることはなかったと思う。オレがそのことを知れたのはホムラのおかげだ」


 ありがとう、と深々と頭をさげるムラクモについ、顔をそむけてしまう。なるほどさっきのムラクモが照れるわけだ。


 少し熱くなった頬を夜風で冷やしながら、遠くに見える宿に向かって俺たち2人は歩いて行った。

というわけで1章終了。

2章ができ次第投稿します。

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