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第6話

「この先に3体? だな」


 【索敵】のアビリティレベルが低いことと、扱いに慣れていないせいで、正確に言い切ることのできない結果を後ろを歩くムラクモに伝える。


「オレも【気配察知】で捉えた。数はお前と一緒で3体。気配が動いているから恐らくは移動中だな」


 ムラクモの返事で敵数に確証を得る。敵の数が分かれば、次に重要なのはその種類だ。


「それで相手は何だと思う?」


 あいにく俺では敵の種類までを判別することは出来ない。これは、アビリティレベルが低いに加え【索敵】が敵の判別に向いていないアビリティだからだろう。【索敵】のアビリティは名前の通り、敵を探すアビリティだ。

 対する【気配察知】は気配を察知するアビリティであるから、何の気配かも察知できる。俺の質問にムラクモは迷うことなく答える。


「獣の気配だな。数と気配の場所から考えるに、オオカミが最有力かな」


「注意することは連携攻撃と仲間を呼ぶことだったか?」


 ここへ来るまでにムラクモに教えられたことを再確認する。ムラクモには念のためということで、ムラクモがこの近辺で遭遇したことのあるエネミーの情報を教えてもらっている。ちなみに名前に関してはムラクモが正しい名前を知らないので暫定的に『オオカミ』と呼ぶことにしている。


「そうそう。あとは鼻が利くってことだな。下手をすれば、相手に奇襲をかけられるし、逃走しても追跡される」


 実際にそういった経験があるのか、話すムラクモの目は遠くを見ている。


「もちろん対処法はあるんだろ?」


「そりゃもちろん」


 と言ったムラクモが地面の土を肌に擦り付ける。体に土のにおいを擦り付けて、オオカミの鼻を欺こうということなのだろうが、


「他に方法はないのか? 香水とかで匂いを消すとか」


 いくらゲームといえどもかなりのリアリティがあり、何が混ざっているかわからない森の土を体に塗るのは抵抗がある。だが、俺の気持ちなど知ったことかとばかりにムラクモはガンガン土を擦り付ける。


「一応、香水があるけどそれは匂いがキツイから逆効果だ。それに匂いを消したところで大して意味はないと思うぜ?」


「どういうことだ?」


 映画やアニメのシーンでは川に入って匂いを誤魔化して、クマから逃げるシーンをよく見かける。それをやれば、オオカミにも気づかれることなく接近できると思うのだが。


「考えても見ろよ。お前は今街を歩いています。町中には出店などの匂いが溢れています。その中で一部だけ匂いのない、無臭空間がありました。さて、お前はどう思う?」


 それは当然怪しく思うだろう。何もないというのは、何かがあるというのと同等だ。つまり、


「オオカミも怪しく思うということか」


 ムラクモの言葉に納得すると、土を体に擦り付けていく。こういった苦労もリアル志向のゲームならではということだろう。そう考えるとムラクモがこのゲームにかなり早い段階から順応していることに気付く。普通の人は、リアル志向ですと言われても、土を塗るなんて発想はなかなかできないだろう。

 頼もしい友人に感心していると、当人が口を開いた。


「気配の動きが止まった」


 ムラクモの言葉に【索敵】に意識を傾ける。


「俺も感じた。方向は2時の方向だな」


 俺の言葉に頷いたムラクモは顎をしゃくって、手元を示す。ムラクモが持っていたのは地図だった。


「2時の方向にあるのは川だな」


「つまり、水飲み中か」


 それは絶好の機会ということだ。流石に、3体全てが1度に水を飲んでいるとは考えられないが、普段より攻撃が仕掛けやすいことは間違いない。

 それはムラクモも同じだと思ったらしい。


「速足で行こう」


 ムラクモの提案に頷くと、木々の間を抜けるスピードを上げる。

 しばらくすると、広い空間が見える。そして、そこには3体のオオカミがいた。灰色の毛を持った彼らは、2体が周囲を警戒して、残る1体が水を飲んでいる。俺とムラクモの予想通りの状況だ。

 隣にいるムラクモを顔を合わせると、仕草で作戦を伝え合う。


 ムラクモが指を2本立てた後に自分を指さし、そのあとに1本の指を立て、俺を指す。


『俺が2体の相手をするから、お前は残りの1体を頼む』


 言葉に直すと、こんな感じだろうか。


 オオカミの強さがどんなものかは知らないが、ムラクモが自分から言い出したことだ。任せても大丈夫だろうと判断すると『了解』の意を込めてハンドサインを返す。

 それを確認したムラクモが今度は指を5本立てる。そして、それを1本ずつ折り曲げていく。カウントダウンだ。

 そして、ムラクモが全ての指を曲げたタイミングで潜んでいた草むらを飛び出し、水辺で水を飲んでいたオオカミに攻撃を仕掛ける。横には刀を持ったムラクモがいる。タイミングは同時だった。


「はぁ!」


 レベルとステータスの差で俺より早くオオカミに接近したムラクモがわざと声をあげながら攻撃をしかけ、相手の注目を集める。そして俺はムラクモの陰に隠れるように動きながら、ムラクモとの距離が最も遠いオオカミを目標に定める。

 そして、指先から魔力を放出し、宙に文字を描く。【火術】が使えない今発動するのは【ルーン魔術】しかない。


「【(Isa)


 鍵言キーワードを唱えたことで、氷を意味するルーンが文字から現象へ変化する。

 そして、打ち出された氷塊は狙ったコースを飛翔し、オオカミに動く暇を与えることなくその頭蓋を砕いた。血をまき散らして地に倒れたオオカミは間違いなく絶命している。


「こっちは終わった!」


 吠えることもできなくなり脅威を失った肉塊から目を離すと、2体の相手をしているムラクモへ視線を向ける。ムラクモは2体のオオカミに挟まれていた。すぐに援護を、と思ったがムラクモの表情を見て、文字を書こうとした指を止める。

 ムラクモは笑っていた。1対2であることを脅威と思わず、前後を取られたことを焦りもしない。そして、


「サークルエッジ」


 その言葉が聞こえたと同時に、悲鳴が聞こえた。悲鳴の主は2体のオオカミだった。ムラクモが円を描くように剣を振り、2体の顔を切り裂いたのだ。顔を切られたことで怯んだ2体を見逃すことなく、その首を刎ねる。2体はムラクモに何かをすることもなく死を迎えたのだ。


「流石だな」


 とオオカミの死体に香水を吹きかけていたムラクモに声をかける。血のにおいを誤魔化しているのだろうが、それよりも気になることがあった。


「アレはプレイヤースキルか?」


 アレ、というのはムラクモがオオカミに勝つことになった技、サークルエッジについてだ。記憶が確かであれば、ワルリベを始める前に光輝とやっていたゲームに【サークルエッジ】という技があった。今と同じように、円を描くように剣を振るうことで周囲の敵を攻撃する技だ。数少ない範囲技ということで光輝は好んで使っていた。

 だが、それと同じ技がワルリベにあるとは思えない。それに、似たような技であったとしても技名まで一緒ということはありえないはずだ。そう思って聞いたのだが、


「プレイヤースキルっていうにはまだ早いかな。本物のサークルエッジには指先も届かないし」


 聞いたことと返答がイマイチ一致しないが、プレイヤースキル(・・・)ということで、ムラクモにも矜持があるのだろうということでこの話題には触れないでおく。なぜなら、


「追加の敵だ」


 こちらに接近するエネミーを【索敵】が捉えていた。その反応はまっすぐこちらに向かって来ている。接近速度も速い、とは言えないが決して遅くもない。


「またしてもオオカミっぽいな。わかっているだろうが数は3体。さっきと一緒だな」


 どうする? と【気配察知】で得た情報と共にムラクモが尋ねてくる。答えは決まっていた。


「迎撃の方向で」


 ここには、経験値を稼ぐ目的で来たのだ。逃げる必要のある相手でもないオオカミとの戦闘を避ける理由がない。

 同意見のムラクモと笑いあうと、接近してくるオオカミに備えて、ルーンを書き始めた。


◆ ◆ ◆


「【(Hagalaz)


 ムラクモが誘導したオオカミたちに上空から降り注いだ雹が死をもたらす。初めのうちは、俺とムラクモで別々の相手をしていたが、俺とムラクモの連携は、何度か回数を重ねたことでそれなりの形になってきたため、俺がまとめて始末することも多くなった。当然、というべきかエネミーを倒した方が経験値が多く手に入るのでこのやり方の数が増えたのは当然だろう。

 そして先ほど使用した【(Hagalaz)】は【(Isa)】と比べるとそれなりに消費魔力の多い文字だが、こういう風に多数の相手を1度に相手にするときは効率が良い。頭上が開けていないと十分ダメージを与えられないことがネックだが、今回のように木々のない開けた場所では十分に効果を発揮できる。

 近辺を歩いていたムラクモが戻ってくる。手に持つ刀には、敵を切ったことで血が付着している。それを何度か刀を振ることで落としながらムラクモが口を開く。


「【気配察知】に反応はなかった。そっちは?」


「【索敵】にも反応はないな」


 2人で周囲の安全を確認したことで、一息をつく。


「これでちょうど20体かな」


 倒してから時間が経過したことで、ドロップアイテムへと姿を変えたオオカミを回収したムラクモが言う。どうやらいちいち数えていたらしい。俺はそこそこの数という風に大雑把にしかカウントしていなかったので、少しばかり尊敬する。

 死体がドロップアイテムに変化する理由についてはよくわからない。ムラクモに聞いても「そういうものなんだろ」と言うだけで詳しいことは分かっていないようだった。さんざん「リアル」ということを売りにしている以上、何の理由もなく毛皮や牙、爪といったものに変化するようになっているとは思えないが、ヒントがないのではどうしようもない。何かわかるまではムラクモの言うように「そういうもの」として受け入れるしかない。

 それにしても、オオカミを20体も倒したが、生態系に影響はないのかと少し疑問に思ってしまう。

 あれからも俺とムラクモは水を飲みに訪れるオオカミや森の中を歩いていたオオカミを倒してきた。そのおかげ、とでもいうべきか魔力が随分と減っていた。もともと、【ルーン魔術】は【火術】の使用で魔力が消耗した時のつなぎとして使う予定だったのだが、その運用方法は魔石に頼るものだ。今までに作った魔石が1つだけの俺が魔石を使って戦えるはずもなく、魔力が消耗したこの状況は予想できた事態だった。


「休憩しないか?」


 体にたまる疲労感から提案する。

 【瞑想】で魔力を回復できるとはいえ、発動には安静にしていることが条件だし、精神の疲れを減らすという意味でも休憩は必要だった。それはムラクモも同意見だったらしく、


「そうだな。一旦休憩にしよう」


 と言って俺の提案を受け入れるのだった。


「これでよしっと」


 地面にルーンを書き終えると、顔を上げる。これで、不意に攻撃を受けてもすぐに反撃をすることが出来る。本来なら、結界を張ることも出来るのだろうが、あいにく俺はルーンについてそれほど詳しい情報を持っていない。せいぜい罠を仕掛けることしかできない。


「おっす、お疲れ」


 焚き火を弄っていたムラクモのところへ戻ると声がかけられた。それに、片手を上げることで応えると、腰を下ろし気になっていたことを尋ねる。


「さっきから感じるなんとも言えないこの匂いは何だ?」


 地面にルーンを書いている途中から漂ってきたこの匂いは、鼻が曲がりそうなほど臭いということもなければいい匂いだと感じることもない。本当に、なんともいえない匂いだった。


「ああ、これは獣除けのお香の匂いだな。ちょっとばかり匂いが気になるけど、この匂いを嗅いだ獣は逃げていくって話だから、お前も買っておいて損はないと思うぞ。たまに風上にいたりして効果がないこともあるが、休憩する時には必須と言ってもいいアイテムだな。値段が上がらないうちに買っておけよ」


 ムラクモの話を聞いて、脳内の買い物リストに獣除けのお香のことをメモしながら、ステータスを開く。


◆ ◆ ◆


■ホムラ


・Level:5

・LP:180

・MP:110


・Str:9

・Int:9

・Agi:9

・LUK:63


・SP:2


・状態:なし


■Ability

【火術:1】【ルーン魔術:1】【錬金術:1】【瞑想:1】【索敵:1】


・AP:5


◆ ◆ ◆


「どうだ? レベルは上がってたか?」


 俺がステータスを確認していたことに気が付いたムラクモが声をかけてくる。


「5になったな」


 それに返事をしながら、獲得したSPとAPを分配していく。SPをMPに全振りするのは当然として、迷うのはAPを何に分配するかだ。昨日ステータスを確認した時も決めることが出来ず、APだけ分配していない。

 気持ちとしてはアイデンティティである【火術】のレベルを上げたいのだが、今まで1度も使ったことがない。それなら、【ルーン魔術】や【索敵】を使って、休憩後やこれからの戦闘を強化したい思いもあるうえ、結構楽しかった【錬金術】のレベルを上げてみたい気もする。

 今習得しているアビリティのレベルを2にするのに必要なAPが2ポイント。新しいアビリティを習得すのに必要なAPが1ポイントだ。キャラメイクの時とは違って新に習得可能となったアビリティを習得するというのもいいかもしれない。

 そうやって考えていても結論は出そうにないので、こういった時に頼りになるムラクモに意見を聞いてみる。


「アビリティはどれを強化すればいいと思う?」


「さぁ? 変態的なアビリティ構成のお前には何も言えないからな」


 アビリティ構成を変態的と評したことに小一時間ほど問い詰めたい気持ちがわいてきたが、続くムラクモの言葉でそれも霧散した。


「1つ助言をしておくとアビリティはレベルが5になると、上位アビリティに進化することが出来るようになるな。中には、いくつかのレベル5のアビリティを統合して習得できるアビリティもあるらしいぞ。一概にどっちが良いとはいえないけど、耳にする話では統合アビリティの方が効果が強力らしいな」


 参考までに覚えておけよ、とムラクモは締めくくった。さて、何に振り込もうか。

 ムラクモが休憩の終わりを伝えてくるまで俺は悩み続けた。

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