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第5話

 ワルリベを始めた次の日、俺は学校が終わるとすぐに昼食を食べ、ゲームにログインした。


 今日は光輝と一緒に遊ぶ約束をしたのだ、やるべきことをサクサク進めなければ、時間が無くなってしまう。

 まずは、ルーンの彫刻だ。


 昨日、ジェイクさんのところで作った魔石をマジックバックから取り出す。あまり綺麗な色ではないことが悲しいが、初めだから仕方がない。ジェイクさんの言っていたように、俺のレベルを上げて、たまったアビリティポイントでアビリティのレベルを上げたり、使う素材を上質なものにするなどの努力が必要になってくるだろう。

 そして、魔石と一緒にジェイクさんから貰った本もマジックバックから取り出す。『ルーンについて』というタイトルが付けられたこの本は、タイトルの通りルーンに関する本だ。ジェイクさんが不要になった、と言っていたので譲ってもらったのだ。

 その本の中で、1番簡単と説明されているページを開き、彫刻を始める。


 単に彫刻、と聞くとそれほど難しく聞こえないが、これが魔石にするとなると難しくなる。というのも、魔石というものは非常に小さい。大きさも握りこぶしより少し小さいくらいだし、石ということで表面は硬く、削りにくいうえ、形状が丸く、彫刻刀を当てるだけでも非常に苦労する。そのため、細心の注意を払わねばならず、集中が切れた場合は、


「痛ッてえ!」


 自分の指を削ることになる。


「ポーション、ポーション」


 ものの見事に指を削いだせいでドバドバと血の溢れてくる指をくわえ、血を舐めとるとポーションから昨日自分が作った方のポーションを取り出し、傷口に振り掛ける。ジェイクさんのものとは比べ物にならない粗悪品とはいえ、しっかりと効力を発揮してくれたおかげで傷が塞がったことに安心し、作業を再開する。

 1度ざっくりとやったせいで、緊張感が増したのか、何度かヒヤリとする場面があったものの、2回目の怪我をすることなく無事に作業を終えることが出来た。

 しっかりとルーンの刻み込まれた魔石はこの後の戦闘でいつでも使えるように、服のポケットに入れておく。そして、残っていた彫刻刀をマジックバックに入れたところで手を止める。


 考えるのは、さっきの出来事だ。今回は、軽傷で済んだから良かったものの、自分の集中が足りなかったが故に起きてしまった事故だ。今後も起きないとは言い切れないし、次はもっと酷い怪我をするかもしれない。そう考えると、何かしらの対策はしておいた方が良いだろう。

 そう考えたところで、1つの案が浮かぶ。


「手袋か……?」


 現実でも、彫刻刀を扱う際は軍手などの手を保護するものを装着していたはずだ。

 それに、手袋を着けていれば彫刻刀を扱うときだけでなく【錬金術】を行う際にも、火傷や傷を受ける心配が減るだろう。昨日は注意していなかったからわからないが、もしかしたらジェイクさんも手袋を着けていたのかもしれない。【錬金術】はある程度手を使う作業だ。保護する意味は十分にあるだろう。


 そうと決まれば、さっそく買いに行くしかない。

 幸いにも所持金は彫刻刀を購入したせいで、潤沢とは言えないにせよ、そこそこの金額が残っている。手袋の1つくらいは買えるはずだ。


 1晩を過ごした宿に別れを告げると、宿の受付で聞いた服飾店へ向かう。


「いらっしゃいませー」


 店員の声を聞きながら入店すれば、店の中にはそこそこの人がいた。その人たちの間をすり抜けながら、手袋が並べられた棚へ向かう。

 丁寧に陳列された手袋は多種多様だ。値段の幅もさることながら、使われている素材が大きく違う。普通の布や糸、革製のものは現実でも見ることのあるラインナップだが、それに加えて、ゲーム特有の素材が使われているものもあった。


 それは、モンスターの素材である。


 だが、モンスターの素材が使われているものは、流通量が少なかったり、稀少だったりするのか、通常の製品と比較するとやはり値段が高い。今の俺の所持金では購入することが出来そうにない。

 仕方なく、1番丈夫そうで且つ、手の動かしやすそうなものを選択する。途中、発見した指ぬきグローブなるものは心が惹かれたが、今回手袋を購入する理由は、指先までを含めた手を保護するためだ。露出してしまっているのでは、意味がない。


「ありがとうございましたー」


 笑顔の店員に見送られて店を出ると、良いくらいの時間になっていた。そろそろ、待ち合わせ場所に行っておいた方が良いだろう。

 さっき買った手袋を早速装着し、手を軽く動かしなから、動作確認を行う。残っていた所持金の8割を使っただけのことはあり、中々動きやすい。それに、表面を軽く触った感じではなかなか丈夫そうだ。

 そうやって歩いていると、ギルドが見えてくる。今回の集合場所はここだ。

 外で待つ、と言っていた光輝だったが、それらしい人物の人影は見えない。まだ集合時間になっていないから仕方がないだろう、と思い光輝を待とうとしたところで、首にかかっている物の存在を思い出す。

 昨日はジェイクさんの家で【錬金術】を学んだことばかりが印象に残っているが、その前にギルドに登録をしたのだった。その時に、ギルドカードを発行できるのは明日以降、つまり今日以降になると言われたのだった。

 完全に、と言っても過言ではないレベルで忘れていたもののことを思い出したところで、ギルドの中へ入る。そのうちやって来るであろう光輝には悪いが、外で待ってもううことにする。

 相変わらず人で溢れているギルドの中で、昨日と同じ列に並び、自分の順番を待つ。


「次の人ー」


 俺の番がやってきた。どうやら今日は昨日と違う人が受付をするらしい。


「ギルドカードの引き換えをお願いします」


 と言って、首から掛けていた板金のついた首飾りを外す。


「はあ、ちょっと待ってー」


 なんともやる気のなさそうな返事と共に、受付嬢がゆっくりと立ち上がる。疲労感溢れる言動と表情は、見る者すべてに仕事が面倒です、と訴えかけている。


「コレがギルドカード。クエストボードにある紙とカードを受付に提示したらクエスト受注だから。死なない程度にー」


 長い言葉を話したことで疲れたのか、ふぅと大きくため息をついた後は、ぐでーと机にもたれ始めた。そしてそのまま、


「次の人―」


 と仕事を続ける。それで良いのか受付嬢。


「まあ、個人の自由か……」


 気を取り直すと、クエストボードを覗きに行く。何かいい感じのクエストがあるなら、光輝との行動の指針にしようと思ったのだが、


「何もない、だと!?」


 見事なまでにクエストがなかった。


 クエストの内容を書いた紙が貼られているという話だったのだが、そこには何もなかった。いや、正確に言えば、今の俺どころか数か月間の俺が受けられそうにないような高難度のクエストや、常時貼ってあり受付に申請する必要のないクエストの紙は貼ってる。

 予想外の出来事に衝撃を受けていると、声がかけられた。


「まともなクエストを受けたければ、もっと早くに来るんだな。こんな時間に来たって、おいしいクエストは全部他の奴が持って行っちまってるよ」


 ありがたい情報を教えてくれたのは、隣接する酒場で食事をとっていた人だった。鍛えられた体に残る無数の傷跡と足元に置かれた武器から察するにこの人もギルドに所属している人なのだろう。


「それってどういうことですか」


 親切にも教えてくれたその人に詳しいことを聞いてみる。


「ははーん、貼り上げ時間のことを知らないとは、お前初心者だな?」


「そうですけど」


 こちらを見透かしたように笑う男を、若干睨みながら答える。


「だったらエール1杯だ」


「は?」


 アクロバティックな話の流れに思わず聞き返す。初心者と答えてエールが出てくる意味が分からなかったが、男が口を開いた。


「だから! エール1杯で教えてやるってことだよ。情報料ってやつだな」


 どうするんだ? と男は不敵に笑う。

 まあ、エール1杯程度なら良いだろう。金額にすれば、100ゴールドくらいだ。それで、今後の収入が得られるなら安い買い物だ。


「じゃあそれで。すみませーん、この人にエールをお願いします」


 近くを通りかかったウエイトレスに注文をする。


「それじゃあ、教えてやるよ。

 このギルドへは毎日、町の人間からの依頼が寄せられる。いくらお前が初心者とはいえ、これくらいのことは知ってるだろ?」


「あまり馬鹿にするなよ。それくらいのことは知っている。あの列に並んでいる人の何人かがそうだ」


 さっきのやる気のない受付嬢が担当する列を指差して、答える。


「その通りだ。そして、その依頼はクエストボードを通じて、俺たちみたいな人間か解決することになる。だが、その依頼を発注されるたびにクエストボードに貼り上げていたのでは面倒だ。最近では、ギルドに登録したいって人間が増えたせいでギルドの人たちはお忙しさ。そこで――」


「一定時間に1度、寄せられた依頼をクエストボードに貼り上げるってわけか」


「そういうこった。ここのギルドじゃ朝9時と昼の3時がそれにあたるな」


 と男が全てを話してくれたところで、ウエイトレスがエールを持ってくる。


「お待たせしましたー」


 どうも、とウエイトレスにエールの金額を払うと、男の机に銅貨を1枚置いておく。


「これは?」


「親切な人へ感謝の気持ちだ。あんたはわざわざ貼り上げ時間がいつか具体的に教えてくれたからな。その気になれば、とぼけることも出来ただろ?」


 男は初め、貼り上げ時間について教える、としか言わなかった。にも関わらず、その貼り上げ時間を具体的に話してくれた。何が目的だったかは知らないが、金を余分に渡しておいて、損はないはずだ。

 最悪の場合、多く情報を与えたという理由で、何かしらのことを要求された可能性も十分にある。

 そんな俺の考えが読めているのだろう、男は俺のことを一瞥するとすぐに目を離し、


「さあ? 何の事だかさっぱりだな」


 と白々しくとぼけた。エールを飲んで機嫌が良くなったのか、もともとそういう人間なのかは知らないが、機嫌が変わらないうちの男のところを離れる。そして、ギルドの外へでれば、


「あーっ、お前どこ行ってんだよ!?」


 光輝らしきがすでにやってきていた。普段学校で使っているアバターや他のゲームで使っていたものと見た目がほとんど変わらないからか、俺のことを視界に収めた途端、走って近づいてくる。もし、これが他人のそら似だったらどうするつもりなのだろう。

 こちらに近づいてくる光輝の姿を一言で表現するならば「アメリカンサムライ」だろう。透き通った蒼い瞳に後頭部で結ばれた金髪。そして、最も目を引くのは腰に下げた刀だろう。装備は着物のような服装を基調として、そのうえから急所を守るため、革で出来た胸当てや籠手といった装備を付けている。


「あー、悪い。ギルドカードを受け取っていたんだ」


「そうか。まあオレも今来たところだから構わないけどな」


 ははは、と光輝のテンションが高いことはいつもと変わらない。

 それで、と言葉を置き、口を開く。


「お前のことは何て呼べば良い? さすがにリアルネームで呼ぶわけにはいかないだろ?」


「確かにそうだな。いつも通りの名前って言えば伝わるだろうけどそれじゃあ、つまらないだろ? お互いに自己紹介しようぜ!」


 俺はそれでも良いのだが、という気持ちを飲み込む。そういうことを言えば、場の空気は悪くなるうえ、光輝の突然な提案に乗るのもなかなかに面白い。


「だったらお前が先に自己紹介だ。言い出した奴が先に言うのは当然のことだろう?」


 確かにそうだな、と俺の言葉に納得した光輝が口を開く。


「オレの名前はムラクモ、カタカナでムラクモだ。レベルは5。ステータスはこんな感じだな」


 と言って光輝――改めムラクモが自分のステータスを表示する。


◆ ◆ ◆


■ムラクモ


・Level:5

・LP:220

・MP:90


・Str:13

・Int:9

・Agi:12

・LUK:45


・SP:0


・状態:なし


■Ability

【剣術:2】【気配察知:2】【見切り:1】【投擲:1】【鑑定:1】


・AP:1


◆ ◆ ◆


 俺とは違い、昨日はモンスターを狩ってレベリングに努めていたのだろう。俺よりもレベルが高い。ステータスの振り方はStrが少し多めに振ってあるが、LPとAgiにも振ってあるな。まさに前衛といった感じの振り方だ。

 それにしても、サムライスタイルにムラクモという名前。光輝も俺と同じで名前にこだわりがあるのは同じらしい。そのことに笑っていると、


「次はお前の番だ」


 と急かされてしまう。

 それに「わかったよ」と答えると、片手でステータスをムラクモに見せられるように操作しながら、自己紹介を始める。


「俺の名前はホムラ。表記はカタカナだ。昨日は色々あってレベルは少し低めの3。今日はお前に寄生するつもりだ」


 我ながら自慢できない自己紹介だ。

 と、レベルの話をするまで頷いて聞いていたムラクモがつかみかかってくる。


「おいお前、レベルが3って少し低くねえか!? それに寄生するって堂々と言えば許されるわけじゃないからな!?」


 ガクガクと頭を揺さぶってくるムラクモの手を引きはがそうとするが、こちらはMP全振りの魔法使いに対してあちらはStrにも振っているであろう前衛。そう簡単には引きはがすことが出来ない。


「おまっ、気持ち、悪いから、さっさと、離せっ!」


「わかったよ。離してやるから、やるからお前も話せよ」


「誰が上手く言えと」


「は・な・せ・よ?」


 軽く茶化すつもりだったのだが、それさえ通用しないレベルでヒートアップしたムラクモを落ち着かせ、揺さぶられて若干気持ち悪くなったのが、治まるのを待つ。

 それから、俺のステータスと共に昨日の出来事をかいつまんで説明する。


「ふーん【錬金術】ねえ。まあ、今日は寄生するのを認めるけど、今日以降は認めないからさっさとレベルを上げろよ」


「わかっている」


 なんだかんだ言っても性根の優しい友人に感謝しつつ、今後の予定を聞いてみる。


「それで、これからの予定は?」


「町の外に出て経験値稼ぎ、と言いたいんだけど、この町の外には敵が滅多にいないから森の中に入りまーす」


 ふんふん、と話を聞いていたところで固まる。


「森の中に入るのか?」


「うん? そうだけど、何か問題あるのか?」


 何もわかっていない様子のムラクモに、思っていたことを告げる。


「【火術】使えないじゃん」


 森の中で火を使ったらどうなるかは、考えずともわかることだ。


「あ」


 俺が何を言いたいか、ムラクモもようやく察したらしい。

 それからしばらくの間、俺たちは頭を抱えることになった。

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