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第4話

「ポーション生成」


 ジェイクさんがそう呟くと同時に、机の上に置かれていたビーカーが発光する。

 ビーカーの中身は、水と薬草だ。

 そして、


 光が収まった後は、ポーションの証拠である、緑色の液体がビーカーの中に入っていた。


「これが、ポーションの生成だよ。今回は、『ポーション生成』なんて言ってみたけど、僕くらい【錬金術】に慣れた人間だと何も言わずとも、感覚でポーションくらいは作れるようになるよ。ホムラ君がこの領域まで届くかは、ホムラ君の頑張り次第ということだね」


 そう言って、ジェイクさんはビーカーの中のポーションをビンの中に詰めていく。俺だったら失敗してしまいそうだ。

 そして、きっちりとビンに詰められたポーションを俺に渡してくる。


「貰って良いんですか?」


「師匠からの選別って感じかな? まあ、冗談はほどほどにして、僕がギルドに毎月納品するようにって言われている物とは品質が違うからね」


 納品用はアレだよ、とジェイクさんが指さすのは、地下室の奥に設置された巨大なガラス管だ。中には、なみなみと液体が詰まっているが、その色はポーションの特徴である緑色ではない。


「アレはポーションの材料の1つである魔力水の材料の蒸留水だね。アレに少しずつ魔力を浸透させて、魔力水を作ってから、そこに薬草を入れてるとポーションを作る準備は完了って感じかな」


「でも、さっきは普通の水を使ってましたよね?」


 普通の水、というかジェイクさんが、井戸から汲み上げた水らしい。


「良く見ていたね。そこは師匠として嬉しいよ。それで、普通の水じゃなくて魔力水使う理由は、その方が出来がよくなるからかな。さっきも言ったけど、【錬金術】は足し算なんだ。いくら【錬金術】の技術が上がっても、他の部分が高くなかったら合計値は上がらないというわけさ。例えば10のポーションを作るにしても【錬金術】の数値を1から10に上げるのは大変でしょ? 【錬金術】の数値を1から5に上げて、残りを材料で補うってわけだ」


 つまり【錬金術】は材料も大切というわけか。


「それじゃあ、ホムラ君もポーションを作ってみようか。ポーションは戦闘を行う上で必要不可欠なものだ。魔法使いを目指すホムラ君も習得しておいて、損はないはずだよ」


 確かに、俺と光輝だけでは前方火力と後方火力だけのパーティになってしまう。そうなれば、パーティが破綻するのも時間の問題になるはずだ。擬似的といえど、回復が出来るのは良いことだろう。


「それで、ポーション生成ってどうやるんですか? ジェイクさんは簡単にやってましたけど、普通はそんな簡単にできないですよね?」


「まあ習うより慣れろって感じだね。ちなみにホムラ君は魔法を使ったことは?」


「ないです」


 違うゲームだったら、何度も使ったことがあるのだが、魔法という能力は現実の人間には備わっていない。

 現実にも備わっている近接戦闘の技能であれば、他のゲームへ行ってもある程度は通用するのだが、魔法関係の技能はゲームによって大きく異なる。流用することが出来れば、いいのだがどうしようもないことだ。慣れるまで我慢するよりほかない。


「そっか。それじゃあ、ホムラ君にはこれを授けよう」


 そう言ってジェイクさんが渡してくるのは1冊の本だ。


「教科書、って感じではなさそうですね」


 渡された本からは言い表せない雰囲気が漂っている。


「それは、スキルブックというものでね、それを消費することで中に登録されている術式を覚えることが出来るんだ。正確には、鍵言キーワードを唱えることで術式が発動するって感じかな。術式の習得は本を読むだけで良いから、開けてみて」


 言われるがまま、重厚な本を開く。

 読むだけで良い、とジェイクさんは言ったが、本の中身は到底理解できるものではない。というのも、本の中身は理解不能な言語と図形で構成されていたのだ。解読できる文字だと欠片も見当たらない。


「読めないんですけど……」


 頭の痛くなるような内容の本から顔を挙げて、ジェイクさんに訴えるが、


「そういうものだからね。適当にパラパラってめくる感じで大丈夫だから」


 と笑って流されてしまう。仕方なく、速読のように内容を頭に入れることなく。と言っても入らないがページをめくり続ける。そして、


「終わった」


 ようやく全てのページをめくり終わった。その瞬間、


 ――【ポーション生成】を習得しました。


 頭の中にアナウンスが流れた。


 突然の出来事で目を白黒される、俺の様子を見てジェイクさんは笑う。


「その様子だと、無事に習得できたみたいだね。ちなみにそのスキルブックの術式はホムラ君でも習得できるように、術式の難易度を下げているから、出来るポーションの品質はあまり高くないよ」


 それじゃあ、やってみようか、とジェイクさんが机の上に水を注いだビーカーを置き、その中に薬草を入れる。


鍵言キーワードは『ポーション生成』だよ」


「【ポーション生成】」


 体の中から、何かが抜けていく感覚。


 それと同時にビーカーが発光する。そして、


「うん、しっかり出来ているね」


 ジェイクさんの言うとおり、光の消えたビーカーの中身は緑色の液体に変わっていた。だが、今までに俺が見てきたポーションとは少し違う。具体的に言えば、


「色悪くないですか?」


 緑の色が汚かった。


 今までに、俺が見てきたポーションはどちらもジェイクさんが作ったものだ。そのポーションの緑色はとても鮮やかで、液体も透き通っていた。だが、目の前にあるものは違う。

 濁った水槽のような緑色に加えて、ポーションの中にはところどころ沈殿物がある。


「まあ、仕方ないよね。さっきも言ったけど、ホムラ君の使った術式は僕の使っていたものを大分簡略化したものだ。つまり、足し算でいうところの2+3が2+1に変わったようなものだ」


「必然的に出来上がるものの質も下がるということですか」


「そういうこと。質を上げたければ、術式を複雑化させて、より多くの処理を出来るようにするしかない。そのためにはレベルを上げる必要があるというわけだ」


 つまり、生産職でもレベルアップは必要といことか。まあ、俺は魔法戦闘のついでに【錬金術】を学んでいるので、そう大きな影響はないわけだが。


「さて、あとホムラ君に教えておくべきなのは魔石の作り方かな。知りたいでしょ?」


「それはもちろん!」


 魔石の作成は俺が【錬金術】を学ぶ理由の全てと言ってもいい。その理由が【ルーン魔術】だ。

 このアビリティは【火術】などの他の魔法アビリティと異なりMPを消費する必要がない。必要になるのは、『ルーン』と呼ばれる文字だ。【ルーン魔術】はその特性上、ルーンに魔力つまりMPを流すということで発動する。つまり、もともと魔力を持っているアイテムを使えば、MPを消費することなく発動できるというわけだ。そして、その魔力を持ったアイテムに魔石を使うというわけだ。


「魔石の作成は、ポーションの生成と比べると難易度が高い。というのも、魔力を継続的に放出する必要があるからさ。

 さて、ホムラ君。さっきポーションを作るとき、君はどれくらいの間、魔力を放出していたかな?」


 魔力の放出、その言葉には心当たりがある。さっき『ポーション生成』と唱えた瞬間に起きた何かが抜けていく感覚。アレが魔力を放出する感覚なのだろう。ああいった感覚を感じるのは大抵のゲームと変わりないのですぐにわかった。そして、その感覚があった時間の長さは、


「一瞬です」


 1秒にも満たない刹那の出来事。それがポーションの生成に必要な魔力放出の時間だった。


「その通り。だが、魔石の作成は違う。これには最低でも、30秒は魔力を放出する必要がある。といっても、量自体は少ない。負担はポーション生成と大して変わらないと思うよ。

 まずは、僕の手本を見て、それからホムラ君の挑戦だ」


 そういって、ジェイクさんが用意したのは小さな金属製の鍋だ。そこに握りこぶしより小さいくらいの石を入れると、鍋いっぱいに水を注ぎこむ。そして、石と水の入った鍋を火にかける。


「コレで準備完了だ。あとは、鍋に魔力を流しながら、中身を混ぜる」


 こんな感じでね、とジェイクさんは右手を鍋の上にかざしながら、左手に握った棒で鍋の中をかき混ぜていく。その慣れた手つきは、まるでプロの料理人がシチューを作っているかのような手つきだ。


「だんだんと中の水が減っていって、最終的に鍋の中が水だけになれば魔石の完成だ」


 そう言うジェイクさんのかき混ぜていた鍋の中に、もう水はない。残っているのは灰色だった見た目から、薄い紫色に変化した石だけだった。


「これが魔石。ホムラ君が必要としているルーン石はこれにルーンを刻んだものだね。あいにく僕は持っていないけど、彫刻刀を使えば上手く刻めるはずだ」


 それじゃあホムラ君もやってみようか、とジェイクさんは新たな石を鍋の中に入れ、水を注ぎこむ。


「今回は特別に僕が鍋の中を混ぜておくから、ホムラ君は魔力を流すことだけに集中してね」


 それじゃあ、始めるよ、と言ったジェイクさんが鍋に火をつける。


「大切なのはイメージだ。どんなものでも構わない、魔力が流れるのをイメージして」


 集中力を上げるため目を閉じて、ジェイクさんの言葉通りに指先から魔力が流れ出ているのをイメージする。指先が蛇口にかわり、その蛇口から魔力が水のように流れ出すイメージだ。チョロリチョロリ。


「うん、いい感じだ。その調子で」


 チョロリチョロリ。


「よし。もういいよ」


 頭の中の蛇口を止める。

 目を開ければ、鍋の中に薄紫色の石があった。だが、やはりと言うべきかその色はどこか濁っている。


「うん、上出来だね。初めてで魔石を完成させるのは、中々できないことだ。十分に誇って良いよ」


 そう言って渡された魔石は達成感の分、少し重く感じられた。

 成り行きで始めた【錬金術】だったが、もう少しこれを重視した戦い方にしても良いかもしれない。戦い方、というよりはプレイスタイルか。


「さて、これで今日の講義は終了だ。今回やったのは【錬金術】における基礎の中の基礎。もっと実用的な話をするのは次回ということなんだけど、ここでホムラ君に残念なお知らせがあります」


「なんですか?」


 少し申し訳なさそうな顔をしているジェイクさんに聞き返す。


「なんと、次回からは授業料が必要になるのです」


「マジですか」


「マジです。一応言ったけど、これでも僕はギルド所属の錬金術師だからね。誰かに教えるのは授業ということになる。今回は初回授業ということで無料なんだけど、次回から授業料が必要になるんだ」


 ちなみに価格は5000ゴールド、とジェイクさんが指を立てて説明してくれる。5000ゴールドといえば、俺が持っている金の全てだ。ということは、それなりに活動をして資金を稼いでからでないと次に授業を受けることは出来ないだろう。


「それじゃあ、またお金がたまったら来ます」


「うむ、師匠は常に暇を持て余しているから、いつでも来ていいんだよ?」


 あまり笑えない自虐ネタをジェイクさんが言ってくる。まあ、ジェイクさんらしいと言えばらしいのだが。


「それじゃあジェイクさん。今日はありがとうございました」


「こっちこそ、ありがとうね。初めての生徒がホムラ君で良かったよ」


「それじゃあ、1階の片づけをしましょうか」


 1階の悲惨な部屋のことをわすれていたのだろう。ジェイクさんの笑顔が凍りついた。


◆ ◆ ◆


「あー疲れた」


 講師をしていたときとはすっかり変わり、役立たずになったジェイクさんとなんとか部屋の掃除を終えた俺は通りを歩いていた。お土産と称して不要な本を何冊か譲り受けたおかげで、マジックバックがずっしりとしたように感じる。

 今、俺が目指しているのは、ジェイクさんに教えてもらった道具屋だ。ジェイクさんいわく、そこなら彫刻刀が売っているだろうとのことだ。

 今は夕暮れ時、だいぶ年を取ったという店主がやっている道具屋が開いているかはわからないが、一応、ということで向かっていた。


「確か、この角を曲がるっと」


 ジェイクさんに教えてもらった道を思い出しながら、歩いているとそれらしき建物が見えていた。

 見た感じでは、まだやっているようだ。


「すみませーん」


 と店の中へ入っていく。扉を開けた瞬間に、何かお香のような匂いが鼻を抜ける。その原因はすぐにわかった。


「いらっしゃい。何をお探しかな?」


 ほっほっほ、という笑いが似合いそうなお婆さんがパイプをくわえていたのだ。パイプの先からは煙が上がり、その匂いが、部屋の中に充満していたのだろう。


「彫刻刀ってありますか」


 目的の品を告げると、お婆さんはパイプを大きく吸う。そして、ぷはーっと煙を吐き出すと答えを言った。


「彫刻刀なら奥の棚の上から3段目だよ」


 言われた通りの引き出しを開けてみれば、数本彫刻刀が入っていた。


 その中から、適当なものを選ぶ。


「他に必要なものはないかね?」


 続けて聞かれて、そもそも魔石を作ることが出来なかったことを思い出す。


「鍋ってどこですか」


 そして、聞けばさっきと同じように返事が返ってくるのだが、


「あ、お金足りない」


 所持金が不足していた。


 世の中やはり、金がすべてだなと痛感する。


 仕方なく、彫刻刀だけを購入すると、通りで見つけた宿に泊まる。料金が安かったので、お世辞にもきれいとは言えない部屋に入ると、ブーツを脱ぎ、ベッドに転がる。


「それにしても思ったより【錬金術】は楽しかったな」


 ジェイクさんの教え方が良かったのか、ワルリベのシステムが良かったのかはわからないが、想像以上に楽しい作業だった。今まで生産に手を出していなかったことを少し残念に思う。

 まあ、昔の出来事を後悔していても仕方がない。目を向けるべきは目先の出来事だ。というのも、思ったよりレベルが上がっていないということだ。ジェイクさんの本を片付けていた時間が長かったとはいえ、少し予定にずれが生まれた。

 仕方がないので、


「明日、光輝に寄生するか」


 頭に浮かんだことを口に出す。

 『寄生』といえば忌避される行為ではあるが、友人間では問題ないだろう。それに他のゲームでは、光輝が寄生することもあったのだ。そこはお互い様というやつだ。


「まあ、明日のことは明日決めればいいか」


 そう決めると、ワルリベからログアウトした。

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