第3話
説明の多い話となっています。
「あっ! しまった」
ジェイクさんに案内されてやってきた、石造りの家の前でジェイクさんが突然声をあげる。ギルドに何か忘れ物でもしたのかと思い、どうしたのか聞いてみるが、
「んー、何でもないよ。ただ……ちょっと待っててくれるかな?」
と俺に一言告げると、ジェイクさんは家の中へ消えていった。
今、俺がいるのは、町の中に建っているジェイクさんの家の前だ。今日は光輝とは別行動で、レベリングをする話になっていたので断ろうとしたのだが、ジェイクさんが話だけでも、と言ったのでやってきたのだ。
屋根に備え付けられた煙突がモクモクと煙を上げる石造の住宅は、ジェイクさんだけで住んでいるとは思えないほどに大きい。そして、家が大きいということはそれだけ管理に手間がかかるということでもある。俺が、家の前に残されたのはジェイクさんの反応から察するに、散らかった家の中を片づけるためだろう。割と大雑把なところのあるジェイクさんのことだ。普段は誰も家に来ないからと言って、碌に片付けをしていなかったのだろう。ジェイクさんと出会ってから約1時間、俺はジェイクさんのおおよその人柄を理解しつつあった。
それから、しばらくの間待っていると、玄関扉が開かれた。そこから姿を見せるのは、もちろんこの家の主だ。
「お、おまたせ」
よほど大慌てで事を成したのか、玄関から顔を出したジェイクさんは汗ばんでいた。
「それじゃあ、お邪魔します」
汗をぬぐうジェイクさんに気付かないふりをしながら、家の中へ足を踏み入れる。
家の中は、外観からもわかった通りジェイクさんが1人で住んでいるとは思えないほどに広い。だが、
「すごい本の量ですね……」
本の量が半端ではなかった。
廊下までは侵食されていないが、前を通る際に見える部屋の中にはぎっしりと本が詰まった本棚がいくつもある。しかも、それだけでは収まりきらないのか、床には何層にも積み上げられたブックタワーが林立している。遠目から見るだけでも、1mを超える高さになったタワーは不安定で、今にも崩れそうだ。
「アレ大丈夫なんですか」
他の部屋と比べても一際高く積み上げられたタワーのある部屋を見て、ジェイクさんに問いかける。
だが、ジェイクさんに聞いたことがフラグの神に触れたのだろう、
バランスを失ったタワーが崩れた。
雪崩と化した本は、ドミノ倒しのように他のタワーも崩すことになり、部屋の中は一瞬で目も当てられないような悲惨なことになってしまった。
「ご愁傷様です」
それくらいしか、ジェイクさんにかける言葉が見つからなかった。
「だ、大丈夫だよ。よくあることだから……」
あははは、と笑うジェイクさんだが、その笑い声は枯れ、発する言葉は震えている。何というか、見ていて痛々しい姿だった。だから、
「片付け手伝いますよ」
その言葉が口をつくのに、時間はかからなかった。
「本当にありがとう」
それほど嬉しかったのか、ジェイクさんは若干涙ぐんでいる。
それからも時折、目じりを拭うジェイクさんに続いて廊下を進んでいく。そして、
「工房はこの奥だ」
廊下の突き当たりにあった、地下への階段を下りる。その階段の先には、
広大な空間が広がっていた。
「ようこそ我が工房へ!」
天井に吊るされたいくつものランプに照らされた工房内には様々な機械が設置されている。
ブクブクをと泡を立てるガラス容器に赤熱した立派な窯、蒸気をあげて回転する歯車が並ぶ様子は、少年が思い描く秘密基地をそのまま具現化したようだ。
「気に入ってもらえたようで何よりだよ。ずっと見ているっていうのも悪くない話だけど、見ているだけっていうのもつまらないだろう?」
「触ってもいいんですか?」
口を出た言葉は自分でも驚くくらいに弾んでいる。目の前の光景に心が躍っているのだろう。
そんな俺の様子が面白いのか、ジェイクさんは笑いながら答える。
「すぐに、ってわけにはいかないよ。それなりの順序を守ってからだ。とりあえず座ってくれるかな? 話はそれからだ」
部屋に置かれていた椅子に腰かける。ジェイクさんとは机を挟んでちょうど対面するかたちになっている。
「さて、今回僕が君をここへ招いたのは他でもない。【錬金術】を教えるためだ」
「【錬金術】ですか?」
予想外の言葉に、オウム返しで聞き返してしまう。
「そう【錬金術】だ。でも、教えるって言い方は良くなかったかな。正確に言うなら、学んでもらうためだ」
「教えるのではなく、学んでもらう」
似たような言葉だが、意味は大きく変わってくる。前者は強制的、後者は自主的という感じがする。
「それを説明する前に、改めて僕の自己紹介をしよう。
僕はジェイク・アルケミア。ギルド所属の錬金術師だ」
キリっとした感じで言うのだが、
「なんかイマイチ格好良くないですね」
そう思ってしまう。
それはさっきのギルドでの飲んだくれている様子が頭から離れていないというのもあるが、着ている服や頭髪も影響しているだろう。
ジェイクさんは、緩んだネクタイを付けたワイシャツの上からよれよれで皺まみれの白衣を羽織っている。革靴は薄汚れ、灰色の髪はぼさぼさであっちこっちに乱れ、眼鏡をかけた黄の瞳をわずかに遮っている。そんな風貌から格好よさを感じろというのも無理な話だ。
若干傷ついた様子のジェイクさんに質問をする。
「ギルド所属だから職権が使えるって言っていたんですか?」
「そういうこと。まあ、所属っていっても実質フリーみたいなものさ。毎月の給金とある程度の権利の引き換えに、ギルドからの依頼を格安で引き受けるってだけのことだからね。その程度のことであれば、所属していなくても請け負っている話だ」
「それで、そんなジェイクさんがどうして、俺に【錬金術】を教えてくれるって話になったんですか? 俺以外にも教える相手はいるでしょうに」
【錬金術】といえば、こういったファンタジー物にはよく登場する職業だ。習得している人もそこそこの人数がいるだろう。
本心からそう思っていったのだが、実際は違うらしい。さっきまではノリノリで自己紹介などをしていたジェイクさんのテンションが明らかに下がった。
「ホムラ君の言うとおり【錬金術】を学ぶ人が多かったら良かったんだけど……」
決して多いとは言えないのだろう。
「だが、ホムラ君。君は【錬金術】のアビリティを習得しているだろう?」
なぜジェイクさんが知っているのか、と思ったが、ギルドで用紙を記入する際にジェイクさんに確認してもらったことを思い出す。
「それで、俺に声をかけたってことですか」
「そういうこと。もちろん強制はしない。さっきも言ったけど、教えるのではなく学んでもらうためにここに呼んだわけだからね」
どうする? とジェイクさんが聞いてくる。とても魅力的な話だ。だが、
「うーん」
俺は迷っていた。
本来の予定は、ギルドで登録を終わらせた後に、町の外へ出てレベリングをする予定だった。というのも、
『ゲームを始めた時なんて大した差がないから一緒にやっても面白くないだろ? 1日目は2人ともレベリングに専念して、次の日に合流な』
と光輝から言われているのだ。
「やっぱり【錬金術】に興味はないかな?」
ジェイクさんが聞いてくる。
決してジェイクさんの話に興味がないわけではない。ただ、
「友人とレベルの差が生まれるのではないかと思って」
それだけが気がかりだった。
だが、それも次のジェイクさんの言葉で解消された。
「それは安心してくれて大丈夫だよ。【錬金術】のような生産行為でも経験値は入ってくるからね」
ならば、心配することは何もないだろう。
「お願いします」
そう言って、ジェイクさんに手を差し出した。
「そうか! こちらこそよろしく頼むよ!」
今にも踊りだしそうな勢いで、ジェイクさんがこちらの手を握ってくる。
「それじゃあ、準備するからちょっと待っててね」
と言うと、ジェイクさんは階段を駆け上がり、1階へ消えていった。
ところで、ジェイクさんは気づいているのだろうか。俺の場合は、学びたいと思ったからジェイクさんの教えを受けることにしたわけだが、学ぶ気がない人間からしてみれば錬金術師の工房に連れてこられて、学ぶか学ばないかの選択を迫られれば、断りにくいなんてレベルの話ではない。断ったら殺されるのはと思われても仕方のないレベルの方法だ。
「おまたせ、これは教科書だよ。今回の、というか僕の方針として講義中に教科書は使わないから暇な時間の復習や、1人の時にわからないことがあったら調べる程度に使ってね」
渡された3センチほどの本をマジックバックに仕舞っておく。最近は本を読む機会は減ったが、読書は好きな部類に入る。また、暇な時間を見つけて読んでみよう。
「さて、今から講義を始めるよ、と言いたいところなんだけど、その前にホムラ君のステータスを見せてもらえないかな? もちろん差支えがなければの話だ。【錬金術】と1括りにしても幅があるからね。講義の内容の参考にしたいんだ」
「わかりました」
特にステータスを伏せるような理由もないので、提案を受け入れる。それに、ステータスの内容に合わせた講義をしてくれるというのであれば断るどころかこちらからお願いしたいレベルだ。
◆ ◆ ◆
■ホムラ
・Level:1
・LP:100
・MP:100
・Str:5
・Int:5
・Agi:5
・LUK:69
・SP:0
・状態:なし
■Ability
【火術:1】【ルーン魔術:1】【錬金術:1】【瞑想:1】【索敵:1】
・AP:0
◆ ◆ ◆
「これはなんというか……」
俺のステータスを見たジェイクさんが微妙なリアクションをする。その原因は明らかだ。おかしいとしか言えない振り方をされた俺のステータスだろう。
MPへの全振りに、攻撃アビリティを2つ習得する行為。極め付けは、こういったゲームにおいては必要とされる能力値を強化するタイプのアビリティを習得していないことだろう。
「コンセプトは質より量です」
このアビリティ構成に至ったコンセプトをドヤ顔で発表する。
「だろうね……」
【索敵】で敵を発見して俺のアイデンティティともいえる【火術】を連発、MPが切れたらアイテム消費系のアビリティである【ルーン魔術】で攻撃、隙を見て【瞑想】で回復して【火術】で攻撃再開。【錬金術】は【ルーン魔術】で使うアイテムの作成用だ。
これが、このアビリティの戦い方だ。実際はそれほど上手くいかないだろうが、その辺りは調整する予定だ。【ルーン魔術】の与ダメージがIntではなく、使用アイテムに依存するのもMP全振りに至った理由だろう。
「でも、それほど悪い構成ってわけでもないんじゃないかな。足りない威力は数や【過剰供給】で補えるからね」
「何ですか、その俺にピッタリな名前のアビリティは」
若干食い気味でジェイクさんに聞く。
「名前通りMPを過剰に消費して魔法の威力を上げるアビリティだよ。もっとも、僕は風の噂で聞いたことがある程度だからよく知らないんだけどね。それに、そんなアビリティを習得するくらいなら、術式そのものを弄った方が早いと思うよ」
「術式を弄る?」
また知らない用語が出てきた。
「まあ、その話は暇なときにしよう。今は【錬金術】の講義をするって話だっただろう?」
そういえば、そうだった。ジェイクさんが魅力的な話をするから、すっかり忘れてしまっていた。
「それじゃあ、気を取り直して講義を始めようか」
ジェイクさんはチョークを持ち、黒板の前に立つ。
手に持っていたチョークでカッカッと黒板に文字を書いていく様子は、眼鏡をかけているおかげか随分と様になっている。それに、黒板に文字を書くというのは、難しいのだが、ジェイクさんの文字はきれいに整っている。この様子だけ見れば、随分とデキル人に見える。
「簡単に【錬金術】というものを説明すると、あるアイテムに術式で干渉することで別のアイテムを生成するアビリティということになる。
それを詳しく説明するために【錬金術】が不人気な理由を話すことにしようか。これには【錬金術】の全てが詰まっていると言っても過言ではないんだ。
それを知るにあたって、ホムラ君には【調合】というアビリティについて知っておいてもらいたい。
【調合】とはその名の通り、複数のアイテムを組み合わせることで別のアイテムを生成するアビリティだ。
この説明を聞いて、何か思うことはあるかな?」
「【錬金術】と【調合】は似ている……?」
「その通りだ。【錬金術】と【調合】、この2つのアビリティはアイテムを生成するというよく似た効果を持つアビリティなんだ」
ようやく【錬金術】の人気がない理由の一端が見えた。
「両者は比較されたということですか」
よく似た性質を持つものが比較されるというのはよくある話だ。人間はどうしても優劣を決めたがってしまう生き物だ。
「ホムラ君の予想通り、2つは比較され、【錬金術】の方が劣っているという結論が出された。それが【錬金術】に人気のない理由だよ。
だが、重要なのはそこじゃない。真理に触れているのは、優劣を決める際に言われたある言葉だ。それは、
『【調合】は掛け算、【錬金術】は足し算』
という言葉だ。今となっては誰が言い出した言葉かはわからないが、これは両方の真理をとらえた上手い言い方なんだ。
さて、ホムラ君に問題だ。足し算と掛け算、同じ数字を使った場合どっちがより大きな答えを出すことが出来ると思う?」
「それは掛け算です」
ジェイクさんの問いに、即答する。
。3ケタの足し算と3ケタの掛け算を考えてみれば、すぐにわかることだ。足し算の場合は最高でも999+999で1998という答えが最高なのに対し、掛け算は100×100の時点で10000という5ケタの数字を出すことが出来ている。
「その通り。掛け算、つまりは【調合】の方がより少ないコストで大きな成果を得ることが出来るんだ。
もちろん【錬金術】にも【調合】より優秀な点はいくつかある。
例えば、手軽さ。足し算と掛け算の計算では足し算の方が簡単なように【錬金術】と【調合】では【錬金術】の方が簡単に出来る。
例えば、手段の多さ。足し算と掛け算で同じ答えを求める際には足し算の方が多くの式で求められるように【錬金術】の方が多くの方法でアイテムを生成することが出来る。
このように【錬金術】は【調合】に勝っている部分も多くあるんだ。
少し情報量が多かったけど、大丈夫かな?」
説明を終えたジェイクさんが聞いてくる。
「問題ありません」
「よろしい、優秀な生徒は教え甲斐があるというものだ。それじゃあ、講義はこれくらいにして、次は実習を行うとしようか」
そう言って、ジェイクさんは机の上に器具を並べ始めた。