第2話
「あああぁぁぁぁあああ!!??!?!?」
現在、俺は推定高度1万メートルからパラシュートなしのスカイダイビングを行っていた。
キャラメイクを終えサポートAIのヒルダとと別れた、俺は気が付けば空中に居た。当然、足元には何もなく、空を飛ぶ羽も持たない俺は物理法則に抗うことなく重力に引かれ、自由落下を始めた。
眼下に広がるのは、先ほど開始地点を決める際に見ていた地図そのままの光景。いや、森や山々、海といったものが正確に見れるため、地図以上か。広大な海には船が行き交い、山の上はドラゴンが飛び交う。時折現実とは違うものが織り交ざる雄大な景色を見ていれば、その時はすぐに訪れた。
つまり、地面に衝突する時である。
どんどんと距離が近づいてくる大地は、外壁で囲われたセルヴィオ公国が肉眼でとらえられるほどになっていた。直に町中を歩く人々の頭が見えるくらいになってくるだろう。そして、タイルの数が見えるくらいになり――
地に足が着く感覚。
「は?」
思わず声が漏れる。
気が付けば俺は、広場に立っていた。
今のは、夢だったのだろうか。
そんな考えが頭をよぎる。だが、あれほどリアルな感覚が夢だったとは思えない。今も、風を切る音が聞こえているような感覚に襲われる。
それなのに、近くの建物のガラスを使って自分の姿を確認してみても、あれほど吹き付けていた強風による服装の乱れや髪の乱れといったものはなかった。やはり、ゲーム上の演出という夢だったのだろうか。
そんなことを考えていると声がかけられた。
「そんなに覗き込んで何か欲しいものでもあるのかい?」
振り返ると、そこには女性が立っていた。制服のような服装から察するに、俺が鏡代わりに使っていたガラスの建物の店員さんだろうか。
「いや、ここは何のお店なのかなって見てたんですよ。今の時間帯だとガラスが反射して少し見づらいものでして」
ヒルダとは違い、感情の溢れる姿に感心しつつも、鏡として使っていたことを誤魔化す。何か面倒なことになっては嫌だし、ガラス越しに見える商品には興味があるというのは嘘ではない。
ガラスの中には何かの動物らしき置物が数体ならんでいる。雑貨屋か何かだろうか。
「ウチは騎獣屋といってね、その名の通り騎獣を売る店さ。見ていくかい?」
名前から察するに馬やラクダのような『足』として使う動物を売っているのだろう。
「興味はあるんですけど、お金があんまりないんですよね」
「そりゃ、残念だね。ギルドにでも行って金を稼いできな! ギルドへはこの道をまっすぐ進めば行けるからね!」
「ありがとうございます」
「なあに、稼いだ金をウチに入れてもらわないといけないからね!」
ハハハと豪快に笑う女性に礼を言うと、教えられた道を進みギルドへ向かう。
しばらくの間、女性店員に言われた通りに道を歩いていれば、それらしい建物が見えてきた。
「すみません、アレがギルドですか?」
と近くを歩いていた人に尋ねてみる。迷った時は人に聞くのが手っ取り早い。尤も、突然声を掛けられた方からすれば、迷惑だろうが。
実際、俺が声を掛けた人も突然の質問に面食らっている。
「え? あ、はい。アレがギルドですよ」
それでもちゃんと答えてくれた人にお礼を言い、ギルドの中へ歩みを進める。
ギルドの中は混雑しており、怒号にも近い大声が飛び交っていた。
それに、俺がギルドだと思っていた建物はギルドと酒場が一体となった建物だったらしく、入り口まで流れてくる食べ物の匂いが食欲そそる。
ギルドには、いくつかの受付とそこに並ぶ何列もの行列がある。さて、どこに並べばいいのだろうか。何分初めてなものだから勝手がわからない。
というけで、
誰かに聞こう。
またしても、その結論に至った。
ギルドに居る人の全てが忙しそうにしているわけではない。大量いる人の中から出来るだけ手の空いていそうな人――酒場で食事をとっていた男を選び、声を掛ける。
「すみません、ここに来るの初めてなんですけどどうすれば良いですかね?」
「ぅん? なん、だってぇ?」
あ、この人話しかけたらダメな人だ。
返ってきた言葉ですぐにわかった。この人は酔っている。
酒の匂いがしなかったことと顔が全く赤くなかったので話しかけた時は気が付かなかったが、相当の酔っ払いだ。
その証拠に目の焦点は微妙に合っていないし、呂律も回っていない。それに、言葉の中にしゃっくりが混ざっている。
関わると面倒なタイプなのは丸わかりなのだが、すでに関わってしまった。出来る限り早めにこの場を立ち去りたいのだが、
「ほらほら、君も、飲みなよ」
エールの入ったグラスを渡される。
「いや、飲まないですよ。今何時だと思ってるんですか」
渡されたグラスを速攻で返す。
このゲーム内の時間の概念が現実と同じものかはわからないが、少なくとも太陽が出ていることや周りで酒を飲んでいる人がいないことから察すると、今が酒を飲む時間ではないことは明らかだ。
「むぅ」
むぅ、じゃねえ。
美少女や可愛い幼女がやってくれたら可愛いのだが、目の前で飲んだくれているくたびれた風貌のおっさんでは何の可愛げもない。それどころか気持ち悪ささえある。
それに、俺が断ったエールを自分で飲み始めた。
これは、本当に早めに違う人のところに行った方が良いだろう。この調子では、会話をすることすらままならなくなる。
このまま去るのも損をした気分になるので、最後にもう1度だけ聞いてみる。
「もう1回聞きますけど……ギルドってどこに並べば良いんですか? 初めてなんで勝手がわからないんですけど」
どうせ、返事は帰って来ないだろうと思っていたら、予想通り、鞄の中身をあさることに夢中で返事が返って来ない。もしかしたら、話しかけられたことにすら気が付いていないかもしれない。
これ以上話しかけても意味はないだろうと判断し、別の人にあたるために背を向けた途端、
ガラスの割れる音が聞こえた。
「ちょっ、何しているんですか!?」
慌てて振り返れば、さっきまでエールの入っていたグラスの姿がテーブルの上から下へ移動している。もちろん、さっきまでとは形状が大きく変わっている。
そして、当の本人は周囲の人の視線を集めているにも関わらず、全く気が付いていない。相変わらず、鞄の中身をあさり続けている。
仕方ないので代わりにガラスの破片を拾っておく。話しかけてしまった以上、全く関わりのない相手とは言えないし、ガラスの破片で他の人が怪我をすれば、気分が悪い。
「それで、あなたは何を探していたんですか?」
すべてのガラスの破片をテーブルの上に拾い上げてから、問いかける。
すでに、目的の物は見つけ出したのか、申し訳なさそうな顔をして座っている。……申し訳なさそうな顔?
男の様子に違和感を覚えた時、男が口を開いた。
「いや、本当に申し訳ない。醜態をさらして手間をかけさせたどころか、怪我まで負わせてしまった」
何があったのか、あれほどべろべろだった男の酔いはすっかり冷めていた。それも驚きだが、それよりも1つ。
「怪我……?」
覚えのない言葉に首を傾げる。
「その切り傷だよ」
指差された足を見れば、確かに小さな傷がある。だが、本当に小さな物で血も出ていない。せいぜい皮が切れたという程度の怪我だ。
「この程度の傷、なんてことはありませんよ」
本心からそう思う。だが、向こうからすればそうは思わなかったのだろう。
「小さなものといっても僕のせいで負った傷だ。このことについては好きなだけ責めてくれて良い。それから、コレで傷が治るはずだ」
手渡されたのは、親指ほどの大きさの小瓶。中には緑色の液体が入っている。
「それは僕の作ったポーションだ。効果は僕が保証するよ。1滴ほど傷に垂らしたら治るはずだ」
言われるがままにポーションを垂らすと、傷がみるみると塞がった。まるで、傷が治るシーンを早送りで見ているかのようだった。
残りのポーションを返すと、男は口を開いた。
「では改めまして、こんにちは。僕はジェイク・アルケミア」
「どうも、ホムラです」
「それで、僕に用があったみたいだけど何かな!? もしかして、錬き――」
「あの落ち着いてください」
自己紹介もそこそこに、急にテンションの上がったジェイクさんを止める。
「ジェイクさんには申し訳ないんですけど、声をかけて理由はそんなに大層なことじゃないんですよ。ギルドに来るのが初めてどうすれば良いかを聞こうとしただけで」
「そっか……」
目に見えてテンションが下がるジェイクさんに心が痛い。どうして俺はこの人に声を掛けようと思ったのか……!
数分前の自分の行動を悔やんでいると、ジェイクさんが立ち上がった。
「それじゃあ、行こうか。初めてってことは登録もしていないんでしょ? 自慢じゃないけど、僕はギルドに顔が利く人間でね」
「飲んだくれなのに?」
「うぐっ」
ジェイクさんが胸に手を当てる。それにしても、飲んだくれの自覚はあったのか。
「まあ、冗談ですけど。それに悪いですよ。ジェイクさんに手間をかけていただく理由なんてないですよ? 何も持っていないですし」
せいぜい、5000ゴールドくらいしか持っていない。
「別に何かをもらおうってわけじゃないさ。ガラスを拾ってくれたお礼ってことで、ね?」
それこそ、何かをしてもらおうとやったことではないのだが……まあ、せっかくの機会だ。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「うん。それでよし! せっかくの権力なんだからたまには乱用しないとね」
大丈夫なのか本当に心配になることを言い続けるジェイクさんについて、受付に向かうことになった。
「それで、ホムラ君はどういったタイプなんだい?」
一緒に列に並ぶジェイクさんが聞いてくる。
ジェイクさんは職権乱用をすると豪語していたが、流石に列に並ぶ人たちを無視することは出来なかったのか、大人しく最後尾に並び、順番を待つことにした。何というか、中途半端にヘタレている。
「正しい言い方かはわからないんですけど、目指しているのは魔法使いですね」
「魔法使い、と一括りにしてもいろいろあるだろう? 細かい目標みたいなのはないのかな?」
細かい目標か。そういったことは深く考えていないからな……
「その辺は曖昧ですね。ただ漠然と魔法使いになりたいとしか考えていないですから」
「そっか。でも、出来るだけ早く目標は決めておいた方が良いよ? 何も考えずにアビリティを習得していると、いざ目標が決まった時にポイントが不足して習得できない、なんてことも十分にありえるからね」
それは笑えない話だ。今は取得したアビリティや振り分けたステータスポイントをやり直す方法はないらしいから、プレイヤーの中にもそんな人がいるかもしれない。もちろん、俺も例外ではない。
「ちなみにジェイクさんはどういったタイプなんですか?」
「ん? 僕は――」
「次の方ー」
ジェイクさんが口を開いたタイミングで俺たちの番になってしまった。
「この続きはあとでしようか」
そう言うと、受付に向かったジェイクさんを慌てて追いかける。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
当然、というべきか受付に立っていたのは営業スマイルが素敵が美人さんだ。
ジェイクさんはギルドに顔が利くと言っていたが、目の前に立つジェイクさんを見ても美人さんに反応は見られない。これは、美人さんがジェイクさんのことを知らないのか、ジェイクさんの言っていたことが嘘もしくは過剰表現だった可能性がある。出来れば、全社であって欲しい物だ。
ちなみに、この受付はギルドへの登録のほかに、クエストの発注や建物の利用許可願いなどにも使われる場所らしい。
「この子の登録をお願いします」
「お願いします」
ジェイクさんの後に続いて頭を下げる。
「はい。それでは、こちらの用紙に記入をお願いします」
そういって渡されたのは、1枚の紙だ。名前やある程度のスキル構成などを書く欄がある。必須事項を記入すると、残りの欄はステータスの細かい部分に関わることだったので記入を避け、スキル構成だけ内容を若干ぼかしつつ記入しておく。
記入し終わった紙をジェイクさんに見せ、確認を取る。
「これで問題ないですかね?」
「うん。大丈夫じゃないかな」
確認が取れたので安心して、受付に紙を返す。
「はい、問題はありませんね。それではここに手を当てて頂いてよろしいですか?」
次に美人さんが出してきたのは、謎の球体だった。ガラス玉のような球体は透明で透き通っている。
「なんですかコレ」
「コレは魔力を読み取るアイテムだよ。人は1人1人魔力に特徴があるからね。そういったものを記録しておくと何かと便利なんだ」
個人を特定したりする際にね、とのジェイクさんの言葉。つまりは現実における指紋や虹彩のようなものか。
球体の正体が分かったところで、手を当てる。何か反応があるのかと思ったが、
「はい、もう大丈夫ですよ」
光ったり音が鳴ったりという反応もなく、記録が終了した。
「これで、ホムラさんの情報はギルドに登録されました。それでは、こちらをどうぞ」
そう言って渡されたのは、何かが彫刻された木の板だ。彫刻の意味はよくわからない。
「これは?」
「そちらは、仮のギルドカードの引換券になります。そちらを持って明日以降にお越しいただけると引き換えにギルドカードを発行いたしますので、必ずお越しください」
「ちなみに、引き換えずにこのまま持っていた場合はどうなるんですか?」
必ず、と言われるとそうしない場合のことを聞きたくなってしまうのは人間の性というやつだろう。
「クエストを受けることが出来ません。クエストが受けられるのは正式なギルドカードのみとなっておりますので」
それは大変だ。引き換えなければ、ギルドに登録した意味がないということか。
「ありがとうございました」」
「ありがとう。それじゃあホムラ君行こうか」
はい、と返事して次の人の邪魔にならないようにさっさと受付から離れる。
「ところで、ジェイクさんは職権を使うって言ってましたけどそんなことしてましたか?」
記憶が確かであれば、ジェイクさんは俺の登録をお願いするために受付と話して以降、俺としか話していないはずだ。
「あー、やっぱりばれちゃった? 本当はギルドカードをすぐに発行するようにしてもらおうかと思ってたんだけど、予想以上に人が多くてね。これ以上負担をかけるのは悪いと思ってやめたんだけど、だめだった?」
「そんなことはないですよ」
もともとジェイクさんに話しかけたのは、どの受付に並ぶかを決めるためだ。クエストの受注が出来ないのは予想外だったが、もともと決まっていない予定だ。さほど大きな影響はない。
「それで、これからホムラ君はどうするんだい?」
「そうですね……」
悩んで答えを出せない俺に、ジェイクさんはある提案をしてきた。
「もしよかったら僕の工房に来ないかい?」
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