第1話
「っとコレか」
目に映るのは展開されたウインドウ。そこに表示されているのはゲームのダウンロード画面だ。
──World Liberator
直訳すると“世界の解放者”と名付けられたゲームは本日リリースされる今注目の新作VRMMORPGだ。俺は、あまりゲームを自分から進んでプレイするタイプではないのだが、友人――草薙光輝に誘われたので、ダウンロードしているというわけだ。ちなみにこのゲームの略称は「ワルリベ」ということらしい。ワールドリベレーターを省略してワルリベなのだろう。ひねった名前ではないが、その分わかりやすく、覚えやすい。
このゲームでは、プレイヤーは解放者と呼ばれる存在となり、滅亡に向かっている世界を救うことが目的として設定されているらしい。そして、このゲームが注目されている魅力の1つはNPCのリアルさだろう。噂では、普通の人間と話しているのと変わらないレベルで会話できるらしい。他にも、今までに登場していたVRMMOとは違いリアル志向という点も注目されている理由だ。
そんなゲームの紹介が綺麗なグラフィックとサウンドで紹介されているPVを見ながら、時間を潰していると、ピロンと小気味が良い電子音が鳴った。
ダウンロードが終了した合図だ。
再生中だったPVを止めると、そのままブラウザを閉じる。実際にプレイできるようになったため、PVにこれ以上用はない
それから、軽くお茶を含み、喉を潤すとベッドに横になる。
目を閉じると、脳に埋め込まれた機械――ブレインチップを操作して、ホーム画面に追加されていたワルリベを起動する。
VRゲーム用きヘッドギアなどを用意しなくても良いのはブレインチップのメリットだろう。
そんなことを考えていると、初期起動に必要なデータダウンロードが終了する。
いよいよワルリベが始まるのだ。
『これよりゲームを起動します。準備はよろしいですか』
昂ぶる気持ちに水を差すように表示されるのは、VRゲームをプレイする際に必ず表示される案内だ。
VRゲームをプレイする際は、意識がなくなるためこの案内を表示することが義務付けられている。これが実装されていないうちは、間違えてゲームを起動してしまった人が歩行中に倒れる、といった事故が起こったりもしたらしい。
その案内を消すと、次第に意識が薄くなっていき──
「ようこそ新たな解放者様。World Liberatorの世界へ」
気がつくと目の前に女性が立っていた。
「えっと、どちら様でしょうか?」
薄々正体を察しながらも質問を投げかける。思い込みで行動するのは、良くないからな。
「私はサポートAIのヒルダと申します」
予想通りサポートAIだったか。それにしても、このゲームのサポートAIはかなり流暢に言葉を話すな。ゲームのチュートリアルやキャラメイクの際にどのゲームにおいても必ず登場するサポートAIだが、大抵のものは言葉のイントネーションが微妙にずれており、定型文にたいしてしか返事が出来ないものだ。
なめらかな言葉に咄嗟に普通の人に話すように質問してしまったが、サポートAIがこのレベルなら、NPCが普通の人間並みという噂話も嘘ではないのかもしれない。火のないところに煙は立たないというやつだ。
それにしても、目の前に立っているヒルダはかなりの美人さんだ。一言で表現すれば金髪碧眼のお姉さん。若干吊り気味の目が見るものに気が強い印象を与える。そして、何よりも目を引くのは豊満な胸だ。服越しにもわかるほどの大きさを誇る胸は素晴らしいの一言に尽きる。一人の男として本能的に視線が吸い寄せられるほどに素晴らしいのだが、
好みではない。
何事も大きければ良いというわけではないのだ。大切なのはバランスだ。身体全体や顔立ちとのバランスを考慮した上で──
「考え事をしているようですが、よろしいでしょうか?」
ヒルダによって思考が中断される。そうだ。今はワルリベを始めたところだ。断じて、胸の大小を語る時ではない。
故に顔をきりっと引き締めて答える。
「全く問題ありません」
「それではキャラメイクを始めます。まず初めに、ゲーム内で使用する名前を決めてください」
これはすでに決めている。悩むことなく、普段他のゲームなどでも使っている名前を言う。
「ホムラでお願いします」
「ホムラですね?」
ヒルダが確かめるのと同時に、手元に『ホムラ』と書かれたウインドウが表示される。書き方もあっているかどうかを確かめているのだろう。
「はい、コレで合っています」
ちなみにこれは、俺の名前をそのまま使っている。一応、本名とは違う名前を使った方が良いのだろうが別の名前を考えるということが難しく、、初めてゲームをやった時からこの名前をズルズルと使い続けている。
「それでは次にアバターの容姿を設定してください」
ヒルダがそう言うと同時に、目の前にのっぺらぼうのマネキンが現れる。顔だけでなく、体までもが起伏1つないというのは少し不気味だ。
そしてマネキンと同時に自分の手元に『目』や『髪』『鼻』といった細かいパーツに分類されたウインドウが開く。他にも身長や体重といった項目にはスライダーが付いている。
コレを1つ1つ選択していってキャラクターを作るのだろうか。
戸惑う俺をよそにヒルダは、
「それでは自由にキャラクターを制作して下さい。ちなみに1度決定した容姿を変更するのは不可能ですので、ご注意を」
と言うとそれきり黙ってしまう。なんと言うか不親切だ。
とりあえず、適当な『目』を選ぶ。
すると、マネキンに目が付いた。目だけが。 まぶたも何もなく眼球だけがある。正直言って怖い。それに、
「これでアバター作るのか……?」
項目には『しわ』などというものもあるし、目は黒目の色素や眼球の位置、まぶたの開き具合など、これら全てを一つ一つ設定していくと思うと気が遠くなる。
丸1日を費やしても終わる気がしない。他のVRゲームなら、現実の自分の姿や他のゲームのアバターを流用出来るのだが……
「あのー、すみません」
「はい、なんでしょうか」
「コレって現実の自分に則したアバターに出来ないんですか?」
「不可能です」
マジか。思わず倒れそうになる。
「ですが、他のゲームで使用しているアバターに則した物は使うことが出来ます」
だったら、始めからそう言ってくれ、と言いたくなるのを必死にこらえる。受け答えが流暢なのに細かい部分まで気が回らないのは、未だに人工知能が人間に追いついていないということなのか、ヒルダのパーソナリティの問題のどちらなのだろうか。後者であるならば、運営は早急にサポートAIの変更を実施した方が良いと思う。
文句はふつふつとわいてくるが、それを吐き出したところでしかたがない。
「それじゃあお願いします」
「了解しました」
ヒルダが答えると同時にマネキンが光に包まれる。少し驚いたが、光は一瞬で消えた。
そして、残されたマネキンはマネキンではなくなっていた。
眼球だけがあったマネキンには肌があり、髪も生え、すっかり普通の人間と言える姿になっていた。見覚えのあるその姿は、俺が毎日学校で使っているアバターだった。
あとは、この姿を少し弄るだけで良いだろう。さすがに素顔プレイをする勇気はない。人と人の関わりが限りなくゼロになった現代とはいえ、素顔を他人に見せることには抵抗がある。
そんなわけで、髪の色や目の色を弄る。身長や足の長さといった部分も調節できるようになっているが、その辺りを弄れば、プレイに支障が出ることは周知の事実だ。
「終わりました」
俺がアバターを調整している間、ずっと瞑目していたヒルダに声をかける。
完成したアバターは、赤髪蒼瞳の男だ。髪や目の色だけならばイケメンキャラといった感じなのだが、いかんせん顔の造形や身長が物足りず、2枚目と言える顔ではない。
「それでは、次に衣装を決定いたします」
さっきと同じように、アバターが光に包まれると、衣装を身にまとっていた。初めは、ザ冒険者といった感じの何の変哲もない布の服だったのが、数秒が経過するとジャージへ変わった。それからも、数秒が経過するたびに衣装が変わっていく。
しばらく待っていれば、初めの物に戻るだろうと思い、待ってみるが次から次へと新しい衣装が現れて、初めの布の服にならない。
「コレって全部で何種類くらいあるんですか?」
「おそらく数百種類だったかと」
それは、いつまで待っても、一周しないわけだ。
「これってさっきのアバターのパーツみたいにカタログってないんですか?」
「あります。ですが、指定された衣装を用意することも出来ますが、カタログを表示しますか?」
だから、どうしてそういうことを先に言ってくれないのか。
「それじゃあ、ジーパンとパーカーの組み合わせってありますか」
わざわざカタログの中から探すのも面倒なので聞いてみる。とはいえ、チャイナ服や着物、ブーメランパンツといった変わり者まで揃えているのだから、ジーパンとパーカーくらいすぐに見つかっただろう。
「こちらでよろしいでしょうか」
再び光に包まれた後のアバターは、まさに俺の理想といった感じだった。
「完璧です」
急激に上昇したテンションに身を任せて、サムズアップを決めてみても、ヒルダの表情には全く変化が見られなかった。悲しい。
「それでは、次に武器の選択です。何がよろしいでしょうか」
ナイフや長剣、メイスなどの様々な武器が現れては消えていく。だが、初期武器ということでどの武器も強そうではない。
「じゃあ、ダガーで」
武器に関しては特に希望もなかったので、衣装に合わせた。ナイフの方が合うような気もするが、ナイフよりダガーの方が優秀という話を聞いたことがあったので、ダガーを選んでみた。
ジーパンにベルトが装着され、そこに鞘に収まったダガーが吊り下げられる。
「最後に、ステータスポイントとアビリティポイントの分配行います」
手元にステータス画面とカタログが表示される。
◆ ◆ ◆
■ホムラ
・Level:1
・LP:100
・MP:50
・Str:5
・Int:5
・Agi:5
・LUK:―
・SP:5
・状態:なし
■Ability
・AP:5
◆ ◆ ◆
コレから察する限り、5ポイントずつあるSPとAPを好きなように振り分けて能力値を強化しろということなのだろう。
となれば、先にアビリティを決めて、それに沿う形でステータスを振り分けるのが最善か。
そう考えると、アビリティのカタログを確認していく。初めから習得できるアビリティの数はさっきアバターを作った時のパーツに匹敵するほどに多い。【長剣術】や【火術】といった他のゲームでも見るような名前のアビリティから、【仙術】や【死霊術】、【開錠】といったマイナーな名前のアビリティなど様々な物があり、名前からは効果を読み取ることが出来ないアビリティも少なくない。だが、どのアビリティも詳細を確認すれば、アビリティの説明文と共に軽いデモ映像が付いているので理解することが出来る。親切設計なカタログに感心しながら、1つずつアビリティの効果を確認しているとヒルダから追加の説明がされる。
「現在表示されているアビリティは全て、習得に条件のないアビリティですので、後に新しいアビリティを取得する際にも自由に習得することが出来ます。ですが、1度習得したアビリティを破棄することは困難ですのでご注意ください」」
つまり、今決めるアビリティが、ワルリベにおいての基本指針となるということなのだろう。
「光輝は前衛キャラでプレイしているだろうな」
俺をこのゲームに誘った友人のことを思い出す。ワルリベ以外にも光輝に勧められて始めたゲームは数多くあった。だが、そのゲームの殆どにおいて、光輝は前線で刀を振るうようなキャラを使っていたし、光輝と一緒にプレイする俺は後ろで魔法を唱えるキャラを使うことが多かった。
となれば、今回もいつも通りでいいだろう。一応、後方支援という選択肢がないわけでもないが、支援系は性に合っていない。見ているだけというのが出来ないのだ。それに、今まで数多くのゲームでは火力として光輝とコンビを組んできたのだ。今更支援や生産にジョブチェンジしてもコウキの迷惑になるだろう。
そんなわけで、魔法系のアビリティを中心に習得し、ステータスもそれに合わせた物に振り込んでおく。
念のためにステータスの確認をしておく。
◆ ◆ ◆
■ホムラ
・Level:1
・LP:100
・MP:100
・Str:5
・Int:5
・Agi:5
・LUK:―
・SP:0
・状態:なし
■Ability
【火術:1】【ルーン魔術:1】【錬金術:1】【瞑想:1】【索敵:1】
・AP:0
◆ ◆ ◆
最確認を終えると、相変わらず瞑目して待っていたヒルダに声をかける。
「それじゃあ、これでお願いします」
「了解しました。続いて、路銀と初期アイテムの贈与を行います」
どうぞ、と言われると、手元に鞄と5枚の銀貨が現れた。それにしても、鞄のサイズはあまり大きくない。これをこの先使っていくのかと心配になっていると、それを見透かしたかのような言葉がかけられた。
「それは、この世界の通貨とアイテムを収納することが出来るマジックバックというものです。通貨は価格にして5000ゴールド、日本円にしておおよそ5万円程度です。マジックバックは見た目以上の収納力がありますので、ご安心を」
「具体的はどれくらいですか?」
「ざっくり言うとコンテナ1つ分くらいでしょうか。ちなみに、アイテムボックスには耐久値が設定されており、それがゼロになると中身を全て散乱させることになるのでご注意を。さらに、【窃盗】の上位アビリティを持っている相手には中身を盗まれることがあるのでご注意ください」
「防ぐ方法はないんですか」
「今贈与したものとは別に盗難対策が施されたものがありますので、そちらを使用すれば対応するアビリティは防ぐことが出来ます。ですが、そういったものは非常に高価ですので、5000ゴールドで購入することは不可能ですね」
つまり、初めは盗まれ放題というわけか。といっても、初めたてのプレイヤーから盗むものなんてないだろうが。
「最後に、ゲーム開始地点を設定します。青い光の柱が立っている地点が、ゲームを開始することの出来る地点です」
示された地図では7か所に青い光がある。そして、柱の中には国の中の様子が映っている。
王族が国を治める西洋ファンタジーの国、『ラーヴィネ王国』
帝国が支配する鋼鉄の国『バッソ帝国』
濃い魔力の溢れる魔族の国『ドレスト』
自然と共に生きる獣人の国『フィノイ』
周囲を海に囲まれた島国『オルガ』
女神を信仰する教会の総本山にして聖地『シェーネ教国』
高潔な騎士たちの守護する国『セルヴィオ公国』
正直に言えば、どの国も行ってみたい魅力にあふれている。だが、
「『セルヴィオ公国』で」
光輝が待っているのはセルヴィオ公国だ。
「了解しました。開始地点をセルヴィオ公国に設定します。なお、所属国家は後に変更することができます」
セルヴィオを楽しんだ後は、隣接している王国や帝国に行って見てもいいかもしれない。
地図を見て、夢を膨らませていると、ヒルダに声を掛けられた。
「それでは、ゲームを開始します。準備はよろしいですか?」
自分の姿を見ても何も、問題はない。問題ありません、と言いかけてふと思った。
「このゲームって具体的には何をすれば良いんですか」
公式ホームページでは世界を救うという大雑把な説明しかされていなかった。世界を救うということなのだから、世界を脅かす元凶の説明がされていそうなものだが、それさえされていなかった。
ホームページでのネタバレを避けるためかと思っていたのだが、
「何でも構いません」
ヒルダから返ってきた答えは意外なものだった。
「やらなければいけないことなど何もありません。『World Liberator』において絶対はありません。全てが自由です。何をしても良いのです。例えば、英雄になっても魔王になっても、王になっても反逆者になっても。何をするのも自由です」
ふと、しがらみから解放され自由になったという意味で解放者と名付けられているのかもしれないという考えが頭をよぎる。
「それでは、よろしいですか?」
再びの問。もう聞くことは何もない。
「はい」
返事をする。
そして、
地面が消失した。
3時間後に第2話を投稿します。