表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

あなたへの手紙

作者: 神藤聡

最後に好きだと言ってくれたのは、それほど前のことではなかったと思う。でも私はたぶんそのときもお茶を濁して、そうして結局あなたの元へは戻らなかった。

私は、あなたをとても傷つけることをしてしまったことに、ずいぶん経ってから気が付きました。

あなたが、「あいつだけはやめてほしい」と言った人と、今生活を共にし、娘も生まれました。そのことは、おそらくきっとすでに耳に入っていることでしょう。


あなたと初めて出会ってから、もう10年近く経ちますね。

私達はすぐに恋に落ちたけれど、その恋はわずか4ヶ月足らずで破綻してしまった。

というよりも、終わらせてしまったのは私の方です。若かった私は、あなたとの恋にすぐに飽きてしまいました。

今思えば、我ながら恋と呼ぶにはなんて上っ面だけの、浅はかな関係で満足してしまったことでしょう。

あるいはだからこそ飽きてしまったのだとも思っています。

あなたと言う人を、理解しようだとか受け入れようだとか、そんなことが出来る器でもなかった。今でもその器があるとはとても言い難いけれど。


10年前、私は、あなたなら理解してくれるのじゃないかと、それまで誰にも言えなかった秘密を打ち明けました。

その秘密とは、あなたと付き合う少し前に、1年ほどお付き合いした人のことです。

また付き合いたいとか思うわけではないけれど、未練がないと言える自信がない、と、そんなようなことを私は、よりによってあなたに話しました。

あなたはなんでもないことのように聞いてくれた。いや、少なくとも表面上はそうしていてくれました。


しかしその後、あなたは私に一通のメールをくれました。

以前、片思いしていた人のことを忘れていない。でも、忘れられそうな気がするからキミと付き合っている。

そんな内容だった気がします。

同じことをしている、と私はショックを受けました。私たちはお互いに別々な人のことを思いながら一緒にいたのです。

そうして、私があなたに打ち明けた事が、あなたにとってもどれだけ苦しいことだったのかと思い知りました。

それが、付き合って1ヶ月も経った頃のこと。

それからの3ヶ月はよく覚えていないのです。

ただ、週に一度以上は会っていたし、それなりに楽しかったような気がします。

ただ、どんな思い出も、私の中にとどまっていないのです。


ある日突然、私は他に好きな人が出来ました。

出来ました、というよりも作りましたと言う方が正しいかもしれません。

あなたと別れるしかない状況を作り出すことで、私はあなたから逃げました。

別れたい、と言ったとき、あなたは電話の向こうで泣いているようでした。

でも、最終的には、わかった、と言ってくれました。

あのとき、他に好きな人ができたと言う理由がなければ、私はあなたと別れることが出来なかったと思います。

それはなぜなのか、今になってようやく、それをあなたに伝えることができるような気がした。そうしてこれを、書いているわけです。

でも、きっとあなたには届かないでしょう。


本当は、あなたといるのはとても楽だったし、私にとってあなたに合わせることはそれほど苦ではなかった。

あなたは優しかったので、私が合わせていることにさえ気が付いて、気遣ってくれることもあった。

一緒にいるのが楽だということが、なぜ悪いのか?

私はその何ヶ月か、何度か自問自答しました。

確かにあなたはどちらかというと出不精で、二人で過ごすと言っても自宅でゲームをしたり漫画を読んだりする位のものでした。

二人ともお金がなかったので、出かけると行ったらカラオケや外食程度のもので、デートらしいデートもしませんでした。

そういえば一度、しし座流星群を見ると言って、夜中に私を呼び出しましたね。

当時実家に住んでいた私は、どきどきしながら忍び足で部屋を出て、マンションの下に停めたあなたの車に駆け込みました。

あなたはめったに怒らなかったし優しかったけれど、すごく頑固なところもあって、自分の意見は決して曲げなかったし、またたまに怒ると口をつむいでしまう面倒なところもありました。

そういった不満は確かにありましたけれど、そんな細かい取るに足らないことが問題なのではないと、私はずっと感じていました。

心のどこかで、あなたのくれたあのメールが、記憶の沼に沈んでしまわずに、何かに引っかかっていたままだったのです。


嫉妬だったのかもしれません。

確かに、あなたの忘れられない人が、一体どんな人だったのかとても気になったりもしました。

けれど私は、同じことをあなたに言ったのです。

あなたが私と同じように、私の忘れられない人のことを想い、嫉妬するのだとしたらとてもいたたまれない。

あるいはしかし、この苦しみはいわゆる自業自得だとも思いました。

だからこそあなたからのメールのことを、私はあなたと別れるときに一言も口にしませんでした。

でも確かに、あのメールのときから、いや、私があなたに秘密を打ち明けたときから、私はあなたとの別れを決めていたような気がします。


あなたと、恋人同士としての関係は4ヶ月くらいだったけれど、その後の5年もの間、あなたは私の友人でいてくれました。

学生であるうちも、時々時間を見つけては、ネット上で話をしたりする関係でしたね。さすがに二人きりで会ったりすることは無かったけれど。

でも、ひょんなことから、あなたは私が入社した一年後、後輩として私の勤める会社に入社しました。

偶然かあるいは必然か、部署も同じになりました。

私は、久しぶりに会ったあなたを見て、とても懐かしい気持ちになりましたし、知っている人が近くにいてくれて、安心する気持ちもありました。

先輩と言う立場は少し不思議な感じもしたけれど、たまには食事をしたり、恋の相談に乗ったり、あなたが私を友人として受け入れてくれることに、私はすっかり甘えていました。

そんな関係でずっといられるのだと思っていました。今思えば、ずいぶん都合の良い思いだったと感じます。


入社3年目の頃、私は当時お付き合いしていた人に、ある日突然別れを告げられました。

別れと言うほどはっきりした言葉ではありませんでしたが、その人は、気になる人がいるから私との間に距離を置きたい、と言いました。

私は泣く泣くそれを飲み込み、きっとこれがその人との別れとなるに違いない、と思いました。

私にとっては、それは別れるに匹敵する状況だったのです。

一度他の人に移ってしまった心は、もう二度と元に戻らないのではないか。

私はそう思い、その人との別れをすっかり覚悟していました。

とにかく、泣きながら帰宅した後、私はありとあらゆる友人にメールをしました。寂しさを紛らわすために。ただそれだけのためです。

もちろんその中にあなたへのメールも含まれていました。

数日後、私たちは居酒屋でお酒を飲みました。

私はあなたに話を聞いてもらって、少し楽になったような気がしました。もちろん他のたくさんの友人が私の話を聞いてくれましたし、あなたのそのうちの1人でした。

私は、こんなにたくさんの話を聞いてくれる友人がいるのだから、失恋したことくらいなんてことはないじゃないか、とさえ思えるような気がしました。

ただそれは、少しやけっぱちになっているところもあったかもしれません。


数日後、私はあなたが1人暮らしをするマンションのあなたの部屋で、あなたと二人でベッドの上に座っていました。

その日のことは、あなたの部屋の匂いを今でも思い出せるくらい、鮮明に記憶に残っているのです。

あなたの匂いは、5年という時間を隔てても、あるいは場所を変えても、余り変わらないようでした。私はとても懐かしい気持ちになりました。

そのときあなたは私に、本当はずっと忘れられなかったんだと言いました。今も好きだと。

私はあなたのその言葉に驚きを隠せませんでした。

あなたは私に、他の女との恋の相談をしたりもしていたのです。

もう過去のことだと思っていた、と私は言いました。

確かに他の女の子と付き合ったりもしたけど、でもいつもキミと比べてた、と彼は言いました。

私はそのとき、10年前にあなたがくれたメールを思い出しました。

忘れられないのは、一体誰のことだったのだろうと。


もしかしたら、私は騙されているのかもしれない、と今でも思うことがあります。

その場の雰囲気で、5年前のことが懐かしくなってしまって、彼は私に好きだと言ってしまったのかもしれない。

男にフラれた直後で、弱っている私なら簡単に落ちると思ったのかもしれない。

もしそうだったとしたら、私自身、どんなに楽なことでしょう。

あなたへの自責の念に駆られることもないのに。


だけれども、それから数ヶ月、縁あってあなたの友人でもあった人と、私は付き合うことにしました。

その話をしてから、あなたは私に連絡してこなくなりました。

同じ会社なのに、会うこともありません。

一度すれ違ったこともあるようだけど、私は気づくことが出来ずに、振り返るとあなたはもう見えなくなってしまっていました。


私はあなたと連絡が取れなくなってしまってから、あなたの本当の思いを知りました。

夫と付き合うことになったとき、あなたは、キミたちはお似合いだよ、とも言いました。

彼だけはやめて欲しい、と言いながらも、そんな風にあなたが言ったので、私はあなたの真意を汲み取れずに、ありがとう、とだけ言って電話を切りました。


結婚したことも子供が産まれたことも、あなたはたぶん知っているのだろうと思います。

だからこそあなたは私との関係を絶った。

あなたはそういう優しい人だったのだと、私は今になって思い出すのです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 小説、読ませていただきました。 すごく、切なかったです。 共感できるような、出来ないような…そんな心境でした。 私には今、彼氏がいます。 とってもとっても大好きで、すごくすごく大事な人です。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ