43 砂漠の迷宮
「暑いですね……」
「おう……」
「なんでこうもモンスターが出ないんでしょうか……」
「暑いからじゃね?」
砂砂砂砂。砂しかない。振り返れば遠くに見える街の門。そして俺達と同じようにまだ見ぬモンスターを探し彷徨うプレイヤー。
「ああ。運営は何考えてるんだ? 軟弱な俺らゲーマーにこの暑さが耐えきれるかよ!」
「汗が出ないだけまだましじゃないですか……」
ギラギラと反射する光りが眩しい。フードをもう少し深めに被る。
暑いのに、汗も出ずに喉も渇かないのは不思議な気分だ。
「渇水度とか設定されてなくてよかったですね」
もしそんなものがあって喉が乾くのなら、大量の水が必要になっていただろう。
「オアシスだ!」
遠くで誰かが叫ぶ声が聞こえた。
俺達は同時に反応する。
「わかりましたよ。シノブさん。この暑さの中歩くのは辛い。それを回避するためにオアシスがある。そしてオアシスには……」
「モンスターが一杯ってことか」
いつもなら経験値だと言って喜ぶカラコさんも暑さにやられて闘う気力がなさそうだ。
俺も暑いのは苦手だ。
「とりあえず声の方に向かいましょうか」
「そうだな」
柔らかい砂に足を取られながら検討づけた方向へ進む。
徐々に足元がしっかりとしてきて、草が生えてくる。
俺達が向かう先には大きめの森があった。
泉があって周りにヤシの木が生えているものではない。砂漠の真ん中に森。
「なんというか……幻覚じゃないでしょうか」
砂漠といえば蜃気楼。そんなことぐらい俺だって知っている。
「そんなこと言ってても始まらないだろ。さっさと入ろう。少なくともここよりかはマシだ」
幻覚でもこの暑さから逃れられるなら、それでいい。
砂漠から森へと入ると一気に体感温度が下がった。
「「はぁー」」
2人同時にため息を吐く。
「真夏にコンビニの中に入ったみたいな感じですね」
意外だな。カラコさんが真夏に外に出たことがあったなんて。
自慢じゃないが俺は温室育ちだ。
本当に自慢になんねえな。
森の中だが足元は砂で足場が悪い。カラコさんが問題だな。
涼しくなって元気が出たのか。カラコさんは戦闘意欲を高めている。具体的に言うと刀をかちゃんかちゃん鳴らしている。
俺がそういうのは気にならない人だから良いが、うるさいと思う人はうるさいと思うだろう。その音でモンスターが来ることを望んでいるのか。ただの癖なのかはわからないが。
俺はもちろんゴークルを着用済みだ。砂漠の時からつけてたら眩しくなかったんじゃないかと思うかもしれないが、見えるのが空と地面だけの時だけの場合。地面が透けて見えてなんというか宙を歩いている気分になって気持ち悪いのだ。
モンスターの姿は見えない。
大量に出てくるのかと思ったら、普通より低いぐらいだ。
そして下草もはえてない。周りは木ばかり、木が調合に使えるとは思ない。
全体的につまらないところだ。
森林浴には良いかもしれない。
仮想空間内でもリラックスすると体に良いらしい。
いつどこからやってくるかわからないからリラックスなど出来ないが。
「シノブさん!」
カラコさんが指をさした所には小さな泉があった。
透視ができる俺が見逃すとかなんたることだ。
「水を飲みに来てるモンスターと遭遇するかも……」
ここは運営がどこまでこだわっているかによるな。大量のプレイヤーが狩りをしても壊れない生態系。1日で砂漠とオアシスが完成するとかいう意味不明な環境だが。
透視で泉の底を見ても砂だ。
そのまま染み込んでしまいそうだが、ゲームだからだろうか。実際の砂漠の泉を見たことがないのでどんなものなのかは知らないが。
カラコさんが泉に触れようとした時、見事な跳躍を見せてその場から離れて、刀の柄を握りしめた。
俺は突っ立ってるみたいに見えるけど、心の中でウッドバインドを放つ準備をしている。
10秒、20秒と経つ中、俺らは警戒をしながら辺りを見回していた。
「何も起きないな」
「危険を察知したんですけど……」
俺たちの視線が泉に集まる。
これが罠なのだろう。危険察知はこういう時に役立つ。
カラコさんが石を拾い、泉に投げ込む。
「何も起きないな」
「ですね」
石は静かに泉の底に沈んでいる。
ただの泉なのだろうか。
モンスターならば、反応すると思う。
「とりあえず避けて進むのが正解だろうな」
俺達は泉を避けて、また森の中を歩き始めた。
不気味なほどモンスターがいない。
「元々西にはモンスターがいなかったのでしょうか」
砂漠に変わる前にいたスライムとハエはいない。そういう可能性もあるだろう。
可能性だけだが。
「そうなると試し撃ちできないな」
カラコさんはがっくしと肩を落とした。
俺達は索敵ができない。モンスターがいないと決めつけるのは早いが、限りなく少ないことには変わりないだろう。
進めど進めど木ばかり。さっきの砂ばかりよりかはまだマシだが。
「ここにいてもレベル上げにもなりませんし。北に行きましょうか」
カラコさんがついにしびれを切らした。
俺も歩いていても何の旨味もないから、全面的に賛成だ。
俺達は元の道をたどって帰ることにした。
こうして帰る時間が無駄なのでドク草をモグモグしている。早く一瞬で街に戻れるアイテムとか出てほしいものだ。
自ら毒の状態異常を喰らっている俺をカラコさんは白い目で見ている。
「大丈夫なんですか?」
「戦闘もないし、少し気持ち悪いぐらいだから大丈夫」
毒耐性があるから、ドク草程度の毒では問題にはならない。
「気持ち悪いって感じている時点で大丈夫では無い気が……」
戦闘起きてもカラコさんがいるし、大丈夫でしょ。しかし解毒薬を持っていないのに毒をわざと喰らっているのは問題があるか。
HPが減ったところで思い出した。
「リフレッシュ」
緑のエフェクトが自分の体にかかり、HPが少し回復した。そして毒状態まで治った。
「どんな効果ですか?」
「HP全回復。後毒も治った」
「今のところはどのぐらい回復するかはわかりませんね。私には毒耐性がありませんから、毒状態回復は嬉しいです」
食べればいいのに。と思うがこんな荒業を進める訳にはいかない。俺も毒でカラコさんも毒とかもしモンスターが出た時に大変なことになる。
《行動により【毒耐性Lv6】になりました》
《行動により【木魔法Lv11】になりました》
ドク草を食べてはリフレッシュで治す。を繰り返していたらレベルアップした。
攻撃系のスキルがいつの間にか全て10を超えている。どこでカンストするのだろうか。
「スキルポイント12あるんだけど、何を取ればいいのか」
「私も後1レベル上がったら10になりますね。戦力を上げるものにしたらいいんじゃないですか?」
カラコさんがやたら素早い動きで木々の間を動いている。レベル上げなのだろう。
戦力向上か。そういえば水魔法についてワイズさんに聞こうと思っていたんだが、会った時が笑劇的すぎてすっかり忘れていた。
他にも色々忘れていることがありそうだが。
カラコさんとヴィルゴさんにブレスレットを渡すのはさっきアイテム欄を見た時に思い出したし。さて。なんだろう。
「水魔法ってどんなのか知ってる?」
「新しい魔法を取るつもりですか。水魔法は火魔法に比べて補助よりみたいですね。それにしてもどうして水を? 風や土もありますけど」
補助か……前衛を補佐するのはいいと思うけど。弓と魔法の射程がな……。射程が思いっきり長いスナイパー向きの魔法は無いのだろうか。
「せっかく調合で毒を作れるんだから、水魔法に毒を混ぜれないかと」
カラコさんが動くのをやめて、ドン引きしている。
「なんか……悪役ですね」
「俺は毎回パンチだけで終わる正義のヒーローよりも、創意工夫を凝らして何度やられても諦めずに立ち向かっていく悪役が好きだったからな」
俺はひねくれた子供だったのだろう。勧善懲悪の物語で悪役の方に好感を覚えていたのだから。
「できないことはないと思います。しかし元々水魔法に攻撃系が少ないのと、毒を混ぜるために魔法の発生地点に近づかなければいけないということもあって、シノブさんみたいなスナイパーには向いていないかと」
そうか。エクスプロージョンのように一瞬でなくなってしまう魔法にはそもそも毒を混ぜることは不可能だし。敵の元で発生するようなものには入れにくいだろう。
「というよりカラコさんが入れればいいんじゃない?」
「それはそうですね」
俺が水魔法を使い、カラコさんが毒を中に打ち込む。
「でもそれだったら私が毒刀を使っていれば良い話ですし、そもそも私が試しに来たブレスは毒の状態異常ですよ」
なんということだ。もう既に毒の使い手はいたのか。
「じゃあ、風魔法と土魔法の特性を教えてくれない?」
「風魔法は火魔法と同じで攻撃系が多くて、土魔法は色々なことができますね」
凄い大雑把だな。特に土魔法。色々なことって一体何なのか。
「このゲームって本当に最初が大切ですよね。初期に取らないとどこで取得可能になるかわからない魔法スキルとかもたくさんありますし」
「魔法もたくさんあるよなー。そういえばカラコさんは何でその種族にしたんだ?」
「吸血鬼と鬼と精霊系と竜人と機械人間で迷ったんですが、スキルの関係で1番ポイント消費が少ない機会人間に決めました。ハーフにして消費ポイントを減らすことも考えたんですが、やはり純粋な種族のほうが良いかと思いまして」
ハーフな俺に喧嘩を売っているのだろうか。しかし確かに純粋な種族のほうが強い。それは確かだ。しかしハーフにすることでデメリットを減らすという効果もある。
人間と機械人間のハーフだったら、魔力があって、魔法が使えるとか。
人間と機械のハーフってどんなのだろう。ケンタウロスと人間とのハーフも気になるが。
「ルーカスさんに聞いたことあるけど、NPCの間でも異種族間の結婚はあるらしいよ」
「でもそれにしては街には人間しかいませんけど」
それはそうだな。冒険者ギルドとかは巨人サイズも利用できるようになっているけど、街の作り的に普通の家では頭がつっかえそうだしな。多種族は多種族で固まって暮らしているのだろう。ケンタウロスとか街の暮らしに凄い向いてなさそうだし。
「エルフの街とか獣人の街、ドワーフの街とかあるんだろうな」
獣人は獣耳という萌えポイントを持っているし、ドワーフはロリというポイントがある。エルフだけが特色を持っていないな。触手とか、気高いエルフの騎士とかあるけど。それもぱっと見でわかるものでもないし。
「機械人間の街とか言葉だけで近未来感が溢れてきますね」
「人間が滅んだ後の世界みたいだな」
「私達道に迷ってますよね」
「それ思ってた」
雑談をしていても一向に森から出られない。周りは何の変哲もない木ばかりなので、真っ直ぐ進んでいる自信はない。
採取ポイントとかの位置で場所がわかったりもするのだが、それもないのでここがどこかわからない。
つまりここがどこかもわからないし、道に迷っている自覚ができても抜けられない。助けを呼ぼうにも現在位置がわからない。マップ機能も森の中の一部しか写しだしていない。
終わったな。
「フィールド上でのログアウトってどんなデメリットがあるんだっけ」
「死に戻りと同じで一定時間ステータス減少ですね。本当に緊急の用事があるとか以外はやめておいたほうがいいですよ」
一定時間がどのくらいなのか気になるが、ステータス減少は長い間ログインしている廃人にとっては致命的な問題だ。
「バーナーで燃やして進もうか」
「山火事が心配ですけど……仕方ないですね」
山火事になっても直ぐに元に戻るだろう。山火事になってカラコさんが焼け死なないかが心配だ。
俺は火耐性の良いレベルアップになる。
「バーナー」
木が燃えるということはなく、表皮が少し焦げるだけだ。
木を燃やして目印としながら進む。
「おかしいですね」
何故同じところに戻っているのだろう。
「この短時間に元の場所に戻るなんてありえません」
断言できるとは凄いな。
「しかしここまで迷わせるなんて運営は西に何の恨みがあるんだろうな」
生理的嫌悪を誘うモンスターから、始まり、暑くやる気をなくさせるフィールド。そしてプレイ時間を食い、レベルも上げられない森。
「どうしましょうか」
「どうしようか」
俺達はその場で立っているしかできなかった。
ありがとうございました。




