19 東の森
自由の街サルディナには4つの門がある。南門、北門、東門、西門だ。
そしてその東門を抜けたところにある森。別名薬草の森だ。
巨木が立ち並び、森は生命の音に満ちている。地面は柔らかな腐葉土で覆われており、木の表面には苔が生している。森は全ての生命を育む。
その森の中にシノブ達一行はいた。
「森の中って癒やされますね」
「お! こんな所にも使える薬草が! こっちはキノコか! 透視ってほんとうに使える。透視と発見のコンボサイコー!」
「ラビ、美味しそうな草があったら取るから教えてくれ」
「ピ!」
全く会話の成り立っていない三者だがそれぞれがそれぞれの楽しみをしていた。
《行動により【植物鑑定Lv7】になりました》
《行動により【発見Lv5】になりました》
《行動により【収穫Lv6】になりました》
別名薬草の森というだけあって採取ポイントがたくさんある。それに思いもよらなかったのが透視と発見のコンボだ。薬草はヤブの中に生えていることも多い。俺はわざわざヤブの中に入らなくても透視で中を見て確認することができるのだ。
ヤブの中にはヘビもいることがあるから質が悪い。噛まれると毒の状態異常になるらしい。俺の予想だが。
そして意外だったのがキノコにも植物鑑定が聞くことだ。というか植物っぽいものだったら何でもいいようだ。苔でも鑑定できた。そのおかげか、元々伸びやすいスキルだったのか急成長している。
手に入れた素材はオイシ草、ヤク草、ドク草、月光草の球根、太陽草、滴凍草、火花草、パチの実、カラシの実、レッドベリー、ブルーベリー、ベニテングダケ、マイタケ、ムシタケ、黄蜜花とまあ、色々だ。
食材と素材。食材は使う予定がないが、一応採取しておく。
いらなかったら売ればいいんだしね。
「ゴブリンはいませんね。もっと奥の方に行かなければならないのでしょうか」
今のところ何にも会っていない。会うのはプレイヤーばかりだ。プレイヤーが多すぎて狩られたのだろうか。
「ラビが案内してくれると言っている」
「言葉がわかるんですか?」
「意思疎通というスキルを持っているからな」
便利なスキルだ。それでモンスターの言葉とかわかってしまわないのだろうか。聞こえないか。
そういえばヴィルゴさんの装備はどこから持ってきたのだろう。
「ヴィルゴ、気になってたんだがその装備はどうした?」
「ログインしてから伝のある人から買ったんだ。スキルも盾術と重装を取った。武器は何にするかまだ決めてないな」
「ウサギも狩ってなかったのにどうやって金を手に入れたんだ?」
「βテスターの特権だな」
ちくせう。羨ましい。
「前から思っていたのですが、何を引継げるんですか?」
「スキル、金、アイテム、ステータスのうちの2つを選べる。プレイスタイルを変えたくない人はステータスとスキルを選ぶんじゃないか? 私はモフモフに挑戦したかったからスキルを取らずにステータスと金を取ったわけだ」
そういえばβ時代ヴィルゴさんは何をしていたのだろう。パンチってスキルを持ってるから格闘家かな?
現実世界でもやはり強いのだろう。
「ラビがゴブリン達を見つけたようだ。ふぇぇぇ、ゴブリン怖いよーって言ってる」
いきなり何を言い出したのかと思ったら、ラビの代弁か。この様子じゃラビが何かの拍子で擬人化しても幼女だろう。というより俺とカラコには出会ったときのこともあっても中々懐いてくれてない。擬人化してもお兄ちゃんと呼ばれることはないだろう。
俺の友達に本人はフツメンなのに、とても可愛い妹を持っている人がいる。しかもそいつはシスコンで妹はブラコンである。
可愛い妹なんて幻想だと多くの人は言うかもしれないが、そういう人も存在するのだ。
妹欲しい。可愛くてツンデレで朝起こしてくれて実は血が繋がってない妹欲しい。
「さあ、シノブさん。隠密スキルを持っているのはシノブさんだけなんですから、偵察してきてください」
いつの間にそんな話になっていたのか。ヴィルゴのことを言えないな。
「カラコ、俺が生きて帰ってこれたらお兄ちゃんと呼んでくれ」
俺は死亡フラグを立てつつ、ラビの耳が指す方へ向かう。
女性2人の視線にひたすら背中が痛かった。
いいじゃないか!
俺に妹はいないし、年下の知り合いもいない。VRの世界でぐらい呼んでくれたっていいじゃないか!
ワイズさんを見ろ! 何も知らなそうな天然系美幼女にお兄ちゃんと呼ばれて満更でもない顔をしている。俺もあんな癒しが欲しい!
そんな馬鹿なことを考えながら森を少し進むとガサガサと歩く音が聞こえてきた。
その場に素早く伏せる。
そして音の聞こえる方を慎重に確認する。
『グ、グゲ』
『ギャゴガガ』
『ガーゴ』
茂みから出てきたのは弓を背負った茶色の肌をした醜悪な小人だった。耳が尖っており、洋服はズボンのみを履いている。
これでゴブリン語を操るプレイヤーだったら大変なことだが、マーカーは敵対の赤を示している。プレイヤーだとしても犯罪者だ。
1、2、3、4匹。
エクスプロージョンを撃ち込んでもいいが、偵察で戦闘を終わらせるのもあれだ。バレないように帰ろう。
そのまま匍匐前進でゴブリンが見えない所まで移動する。
《行動により【隠密Lv3】になりました》
さあ、ミッション完了。早く帰ってカラコさんに『お兄ちゃんと呼んでなんて変態ですね。女の子にそんなこと言うなんて信じられません』って言ってもらおう。
「ただいま。ゴブリンは4匹で得物は弓だった」
皆の元に戻りワクワクとしてカラコさんの言葉を待つ。ヴィルゴさんはラビにステップの練習をさせていた。何をさせてるんだろう。
「お疲れ様ですお兄ちゃん。弓とは厄介ですね。シノブさんの魔法で片付けましょうか」
な、なんということだ。罵るわけでもない、恥ずかしそうに言うわけでもない。感情を入れずにただただシノブさんをお兄ちゃんに変えただけ。萌えない。このレベルのお兄ちゃんは無理だ。妹萌え(三次元)なんてやはり幻想だったんだ。
俺は辛い現実を突きつけられその場で膝をつく。
「お気に召しませんでした?」
「カラコちゃん、シノブは妹に過剰ない妄想を抱いていたんだよ。アニメを見て妹がいる人は現実と二次元の違いがわかるが、妹がいない人はそのことが現実にもあると思い込んでしまうんだよ」
違う……違うんだ。俺の、俺の友達は可愛い妹が……
「はっまさかっ!」
「どうしたんですか?」
全て奴の妄想だったのでは? 写真はどこかネットから取ってきていた。そうだ。今考えればおかしい。冬には寒いと言って違う部屋なのに布団に潜り込んできて、一緒に遊びに行けば相手から恋人繋ぎを求めてくる。こんな存在がいるわけない。そうだ全て奴の妄想なんだ。妹萌えなんて現実にはない!
結論が出たので静かに立ち上がり服の埃を払う。
「……現実の妹萌えは存在しないんだな」
「私の妹は萌えますよ」
「一体何が現実なんだ!」
本当の妹でなければダメなのか? 付け焼き刃でお兄ちゃんと呼ばせるなんて萌えポイントではないのか?
「シノブ、萌えとは主観だ。さっきのカラコちゃんに萌えなかったというのはそれは好みの問題だろう。シノブがボーイズラブで萌えないのと一緒だ」
これが年の功というやつか。俺は現実の妹萌えをしない趣味なのか。妹がいないから想像できないが。
「話が逸れましたね。ゴブリンはシノブさんの魔法で一網打尽ということでいいですか」
「そうだな。この森の中で弓を相手にするのはきつそうだ」
森の中で弓を背負っている俺だが矢筒は空である。弓を使うと思わせておいてまさかの魔法。
いや、別にまさかでもないか。
ラビによると声につられてゴブリンが近くに来ているようだ。木があると奇襲をかけられやすい。耳の良いラビと透視ができる俺がいるからこそ、奇襲を避け逆に奇襲をかけることができる。
「何の武器でも扱えるが、これは両手盾だから武器が持てないんだ。攻撃するとしたら、盾を捨てなければいけないのだがそれをすると盾役失格だしな」
「何か魔法を取ればいいのでは? 今でも治癒魔法を取っていることですし」
「魔法はな〜、治癒魔法はラビを回復させるために取ったものだし、性にあわないんだよな」
ゴブリン達は喜んだ。非力そうな女が2人。数でも力でも勝っているだろう。
ウサギもいるし肉が増える。
ゴブリン達は弓を構えた。
そしてそこで意識を失った。
《行動により【狙撃Lv3】になりました》
ゴブリン達が馬鹿でよかった。狼でさえ、バラバラに攻撃しようとしたのにまさか固まったままとは。
中々上がらなかった狙撃が上がった。遠くからの攻撃なら魔法でも通用するようだな。
「やはり火魔法は威力が高いですね」
そういえば木魔法の新呪文を試していない。ボイズナスフラワーとグロウアップだったな。
後ダブルアローというもののあったな。名前からして矢を2つにするものか?
近くにあったヤク草にグロウアップをかけてみる。
小さかったヤク草が少し大きくなる。
植物鑑定をしてみよう。
ヤク草
品質 B
体力を少し回復する草。湿潤な土地ほど品質が高いが湿地には生えない。日陰を好み、藪の中や木の根元などに生える。主にポーションの原料となる。
品質が高いな。今までは取れてもCだった。グロウアップを使うことで品質が上がるようだ。
ドク草
品質 B
状態異常【毒】にする草。ヤク草に非常に似ており、間違えて食べるものが絶えない。湿潤な土地ほど品質が高く、湿地にも生える。日陰を好み、藪の中や木の根元などに生える。主に毒薬などに使われる。
ヌメリタケ
品質 B
食用にできるキノコ。森林の倒木に生える。出来てから長い時間が経ったものほど品質が高い。生のままでは食べれない。おびただしい量の粘液を分泌している。炒めものなどで食べられる。
これは使えると思ったのだがベリー系は実が落ちてしまった。実がなっている木は大きくなっているのだが。
ヌメリタケとはなめこのことだな。炒めものより味噌汁の具の方が有名な気がする。この世界に味噌はあるのかな。
月光草
品質 F
月の力が籠っている。昼は枯れ、夜になると芽を出し花を咲かせる不思議な草。芽が出ている時間が長いほど品質が高くなるので朝陽が出る前に採取する。特別な薬を作るときに使われる。
透視で見つけた球根にグロウアップをかけてみた結果だ。品質は最低。昼だからだと思われる。
「エクスプロージョン1発分ぐらいの精神力は残しておいてくださいね」
そういえばそうだ。今俺の攻撃手段は魔法しかないのだった。
「ゴブリンの討伐って具体的になんひきとか決まっているのか?」
「20匹ですけど、このままじゃ達成できるかどうか」
今のところ4匹だけだ。足が速く角が串になっている鹿や、土の中に隠れていて突然食いついてくるカエル、木の上から落ちてくる巨大ナメクジなどモンスターには事欠かないのにゴブリンはいない。ほとんどが奇襲だが、俺が全て違和感に気づき発見している。俺が気付かなかったとしてもカラコさんに危険が迫る前には危険察知が発動するので問題はない。
ちなみにそれらは全てヴィルゴさんとカラコさんが倒してくれました。
矢を持っていない俺は精神力温存に務めている。
「お、ラビがゴブリンの声を聞きつけたらしいぞ」
ようやくか。
「シノブさん。偵察お願いします。まとまっていればエクスプロージョンで倒してください」
「了解」
魔法職ではない俺が使うエクスプロージョンでさえゴブリンにはオーバーキル気味なのに、本職の魔法職が放つ魔法はどんな威力なのだろう。ファイアボールて焼けたりするのだろうか。
ラビの指す方向に向かって慎重に進む。透視があるからと言っても警戒は必要だ。この透視というスキルは遮蔽物の多いところでは本当に便利だと思う。
『ギャー』
『グゲグゲ』
ゴブリンであることを確認。12匹。まとまってる。砲撃開始。
魔法は相手を視認しないと発動できない。魔法使いは目を潰されると弱いのだ。
「エクスプロージョン」
俺の声に慌てて辺りを見渡すゴブリン達だが俺は大木の後ろに隠れている。無駄だ。
ゴブリン達の中心で爆発が起きる。
数が多かったがレベルアップはなしか。
さて12匹報告するか。
俺がカラコさんに報告しようと、大木の影から出たときだった。
『グオオオオオオオオ』
あれ生き残りいた? それに鳴き声違くない?
後ろを見るとそこには俺の身長を遥かに超える大きさのゴブリンが……は?
え?
「ウッドバインド!」
ちょ、これイベントだよね? ゴブリンってこれがデフォなの?
突進してきたゴブリンをウッドバインドで転ばせてカラコさんの所に向かい走る。
ウッドバインドの拘束を引きちぎってゴブリン大がやってくる。何でこんなに激おこなの? いや、いきなり魔法撃ち込まれたら普通怒るけど。
「ウッドバインド!」
「ウッドバインド!」
「ウッドバインド!」
「ウッドバインド!」
ハハハ、四肢を地面に縫い付けられているといい。倒れた状態でウッドバインドをかかったゴブリン大は力が入れにくいのか拘束を解くのに手間取っている。
自らの敏捷の低さを嘆き、ウッドバインドをかけ直しながらも走る。
最終兵器の元へ。
ありがとうございました。