110 腹ごなしのための運動
気配察知で相手が近づいてくるのを察知。回避術で相手の攻撃を避け、風魔法を展開。
「エアバレット!」
不可視の弾は相手の腹に当たった。我ながら惚れ惚れとする動きだ。
ミナは手に巨大な鎌を持っている。農家だからだろうか。凄く使いにくそうというのが感想だ。
それなりにダメージは負っているが、さすが樹人。全然余裕がある感じだ。
「一体なんだ?」
「あなた恨みはないけどやらせてもらうわ」
恨みがないのに、大変なことだ。PKにでもなりたいのか?
それともバレなければ大丈夫ということだろうか。ここで俺が死に戻ったら師匠が気づくし、そもそも俺にはイッカクさんというドS策略ロリがいる。
PKとして訴えることも可能だと思う。
ミナは何かを投げてきた。
それは地面に着くと同時に、物凄い勢いで成長していく。これは植物なのだろうか。なんか凄い動物っぽいのだが。
植物学をセットしよう。
「さあ、行きなさい!」
人喰い花
その名の通り人を食べる花。活発に動き相手を捕食する珍しい生き物。学者の間でも意見が割れており……。
全て読む時間はなさそうだな。
なんだか改めて植物というものの存在を考えさせられる生き物だ。
ハエトリグサのような頭に、明らかに内臓がある胴体。そして極めつけは足。触手みたいなものが大量にあり気持ち悪くうごめいている。
こいつって明らかに動物だよな。身体が緑で植物に擬態してるってだけで。でも植物学が反応したってわけで。わからんな。学者の間でも意見が割れているっていうし。葉緑素を獲得しちゃった動物とかだろうか。
ぱっと見、炎がすっごいよく効きそうだが、今俺は縛りプレイをしている。
経験値稼ぎのためだが。
「魔法装、地面!」
本当は地なんだけど、普通に発動した。何を言ったかよりも、何を考えたかが重要なのだろう。
俺の身体は土の鎧に覆われている。
水神の鎧もあるし、滅多なことじゃ死なないと思うが。しかし丸呑みにされるのは嫌だな。それに俺は狙撃手であって、近接戦闘は苦手だ。
ここは使役者を狙う方向で。
それにしても脳みそがなさそうなこいつがよく言うことを聞いているな。それとも親の言うことは聞くのか。それとも魔女の力で不思議な感じで支配しているのか。
取り敢えず農作持ちの俺でも真似できそうにない。
「クラック!」
取り敢えずあなたは埋まっておきなさい。
触手が割れ目に突き刺さった。
他意はない。ウッドバインドが使えない今、クラックを使うしかないんだ。俺が触手プレイが好きだったとしても、こんな状況でそういうことを考えはしない。いや、周りに女の子がいたら考えるが、人喰い花の後ろにいるミナもローブで体型が隠れているため、胸の大きさはわからない。まあ、見えないということはそれほどでもないのだろう。
「ウッドバインド!」
俺の下半身が触手に絡め取られた。
さっきから何なんだ。触手ばっかり。
しかしあれだな。このままじゃ負けるな。
俺が絡みつかれているのを解く前よりも、人喰い花が俺に襲いかかる方が先。
「やれやれ、この俺に本気を出させるとはな」
神弓使うか。
相手はハッタリと信じ込んでいるのか、笑みを隠さない。
「これで師匠に……」
取らぬ狸の皮算用も良い所だ。勝ちを確信している人間ほど愚かな者はない。
俺の高校の担任も言っていた。諦めても試験は終わらない。
どうせ終わらないなら、精一杯やれということなのだが、睡眠時間に当て、次の日の試験に備えたほうが良いという意見に論破されていたな。
今とは何も関係なかったな。
「展開、装填、加速、付加」
ここらで止めておくか。破壊に連射をつけたら相手が死んでしまいそうだ。
「ウィンドショット」
風に刃を纏った矢が周囲の草木に切り傷をつけながら進む。
動きが鈍い人喰い花にはもちろん命中。頭の吹き飛ばしながら進み、その後ろにいるミナを吹き飛ばした。
これもファイアショットと同じ広範囲攻撃系か。使えるな。
酷い惨状だ。自然破壊だ。全く誰がそうさせたのか。
近くに魔物がいなかったのか、存在感は仕事をしなかった。あれ以来、神弓を装備から外すことが多くなったからな。狙撃手なのに武器を取り出すと凄く目立つというのはあれなもんだ。
《戦闘行動により【風魔法Lv5】になりました》
《レベルアップによりスキル【テイルウィンド】を取得しました》
《戦闘行動により【土魔法Lv14】になりました》
《戦闘行動により【魔法装Lv7】になりました》
経験値的には余り美味しくない相手だったようだな。
新しい呪文はよくわかりにくいな。
「ひっ」
全く自分から襲いかかってきておいて何だその目は。
まだHPも余っているし、新しい呪文を使ってみようか。
「テイルウィンド」
うーん、軽くエフェクトがミナを包み込んだだけで何も起こらない。残念だ。補助系魔法だったようだな。
「エアバレット、エアバレット、エアバレット」
やっぱり前衛でもないのに、この体力はさすがとしか言いようが無いな。
痛覚はそれほど下げていなかったようだ。生産系だからなのか。
それでも腹を殴られた程度にしか感じていないことは確かだ。
火魔法使うか。人間って火に弱いしな。
「ファイアゴーレム」
エウレカ号が出てきて、手を出す。
「すまないな。俺のせいでカグノはいなくなったんだ」
カグノはいなくなってもこいつはいてくれたか。というより融合していた時の記憶はないみたいだな。そうだったらカグノを受け取る仕草はしないはずだ。
「今回は久しぶりの仕事だ。この倒れてる子を思いっきりハグしてやれ」
農家だし、火耐性は上げていないだろう。
「い、いや……やめて……」
真っ暗な森の中にミナの叫び声が響いた。
うーん、嫌な気持ちだ。
「そこら辺でやめろ」
HPを限界まで削るためだったとしても気分は良くないな。いつも戦闘しても、安全地帯で人喰い花に任せていたのかもしれないが、俺を狙う時はもう少し色々気をつけるべきだった。
これを機に色々学んでほしいものだ。
色々とショックを受けているみたいだ。
痛覚軽減が0ってことはないだろうがそれに近い数値にしていた場合は悲惨だろうな。灼熱の身体に抱かれるとかどんな拷問だ。
「さて、何でこんなことをしたのか教えてくれるか?」
涙で顔がグチャグチャだ。俺が泣かせたみたいで嫌だな。
ローブの下は巨乳だったが今は関係ないことだ。
泣いてちゃわかんないな。
だからといってこれ以上傷めつけるわけにもいかないし。
痛みが消えるかはわからないけどリフレッシュかけてみるか。
「リフレッシュ」
体力が少し回復した。
涙も収まって少し落ち着いたようだ。
「大丈夫か?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
何かメンヘラみたいで怖いな。俺が出てくるとダメなのか。しかしここにいるのは俺しかいないしな。
「何でこんなことをしたんだ!」
「ひっ!」
怯えてばかりでどうにもならん。これがヴィルゴさんが言っていた本来遊びであるはずのVR空間で想定外の痛みを受けた人の姿か。確かにただのゲームだと思ってこんな拷問受けたらやっていられないだろうな。
まあ、そういうやつは1人で農場ゲームでもやっていれば良い。
ここはPKが許されているのだから、どの程度の場所かというのはわかっているはずだ。それによく非戦闘職である農家が狙撃手に襲いかかろうとしたな。
「俺は神弓の射手って称号持ってるシノブだ。こんなことをして悪かったな」
そういうとミナは目を大きく見開いて、何やら呪詛を吐き始めた。
その言葉の内容は師匠に関することだ。とことん人間がなっていないな。誰に唆されたのだろうが、やったのはてめえ自身だろうが。
ここで殺してしまって良いのだろうか。
バレなきゃレッドプレイヤーにはならないし。そもそも正当防衛だしな。
「保護者プレイヤーがいないってことは、成人してるか。もしくは学生だよな。夜中なら成人でも余裕でログインしているだろうけど、学生という説もある。俺としてはこんな人間が成人しているとは考え難いんだが」
とてつもなく救いようがない人間だな。性善説を信じる俺に取ってはこの人の人生に何があったのかと考えてしまう。
「まあ、しゃべらないなら死んでもらうけど」
ミナ考えてるなー。あの、泣き叫んでいたのも演技か?
でも死んでもらうのもいいかもしれない。アイテムも手に入るし、それに経験値も入る。プレイヤーはレベルが結構高いのに弱いし、経験値も多いから人気の獲物だし。
「じゃあ、カウントダウンスタート。3、2、1」
「喋る! 喋るから!」
それほどまでにデスペナルティが嫌か。それともよほど今失いたくないものを持っているかのどっちかだな。
「師匠が気に入らないって言っていて。それで、弟子を再起不能にすれば、あいつも凹むだろうって。それで私に新しい種をくれるって」
再起不能にまで追い込む気だったのか? この程度の実力で? まだ隠しだねはあったのかもしれないが、一瞬で人喰い花と同時に殺れるほどの実力ということを想定しなかったのだろうか。
気に入らないって言うので嫌がらせするのってもうそれはただのガキだろう。
これでまた師匠が何か迷惑かかるのも嫌だしな。二度と襲わないというための何かが欲しいのだが。
そうだ。杖があるじゃん。あれって魔女にとっては魂らしいし。カグノはイレギュラーとしても、それなりに強い効果があるだろう。
「じゃあ、杖頂戴」
「え? 杖? でも、これは」
でもでもうるさいやつだな。
「何か文句いえる立場なの?」
なんか面倒くさくなってきた。
そんなに嫌ならデスペナ無視してログアウトしろよと思うが。何故しないのだろう。俺だったら速攻で逃げるが。もしかして魔女に気に入られるということは相当な廃人なのか?
デスペナルティの時間が耐え切れないぐらいに。
最終的には素直に渡してくれた。
涙とか色々なもので酷いことになっている。そんなもの出るなんて初めて知ったな。俺とかカラコさんみたいな人間っぽくない種族はでないようになっているのかもしれないけど。
こいつは樹人だけど、まんま人間だからな。
ミナの杖は龍木のようにゴツゴツしていない。
何の木なのだろうか。
鑑定で見ると、ちゃんと師匠に作ってもらったもののようだ。木魔法の威力を上げ、植物を自由に操るだってさ。
自由って言ってもそれなりに制限はあるのだろうが、充分に強いと思う。
「これ以上ちょっかい出さないように師匠に言っとけ」
全く。本当にろくなのがいないな。
これだから嫌なんだ。
さて、広場に戻りたいのだが……どうやって戻るんだ?
確か師匠は杖で何かを切るようにしていたな。
ミナの杖を適当に振っていると、一瞬で辺りがガヤガヤとした交易会場と化した。
あの年老いた魔女はどこにいるのか、わからないな。
『シノブちゃん、クロユリちゃんが探してたわよ』
お、おおお。驚かすなよ。いきなり出てこられるとびっくりするぞ。師匠の師匠。そういえば師匠の師匠の名前って何だろう。師匠が多すぎて混乱する。
姉御でいいかな。
「ああ、すみません。少し野暮用で」
『そう。それであの子ちゃんと師匠やれてる? 昔からそそっかしいばかりで心配なのよ』
昔からそそっかしい子だったのか。今はニートだけど。
「大丈夫ですよ。しっかりやってくれています」
少なくとも、良い師ではある。
『それで主を救い出せたのもシノブちゃんのおかげっていうじゃない。本当にありがとね』
このガタイがなければ普通の人だっただろうになぁ。何でこうキャラクター性を付けたがるのだろうか。少し小太りなおばさんで良かったのに。
「いえいえ、私がやることをやっただけですから」
『謙虚ね! おばさんそういう人好感もてるわぁ~』
おばさんなのか。おば……まあおばさんだな。これはどう考えてもお姉さんではない。
『それで何かお礼にと思ったんだけど、クロユリちゃんの用事が終わったら私のところへいらっしゃい!』
「ありがとうございます」
貰えるものは貰っておくスタイルだ。
さて、師匠のところに行かなければ。きっと怒ってる。
気持ち切り替えていこう。
ありがとうございました。




