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うつけ戦奇譚  作者: 金髪のグゥレイトゥ!
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第五話「自分に出来る事」


夕焼けに染まる高台でこの世界で生きると誓ったあの日から数日が過ぎた。

新たな決意を胸に歩き出した学。そんな彼はこの世界にやって来た当初の時とは見違えるほどにこちらの世界に適応し、心身ともに成長し……。


「ぜひぃ…ぜひぃ…」

「こぉらぁ!まー坊!まぁたヘタってんのかあ!?さっき休んだばかりだろ!」


体力使い果たし坑道の隅で座り込む学に、ゲンの怒声が坑道に響き渡る。


……なんて都合の良い事は無かった。所詮は現実である。


この少年、まったく進歩していなかった。


「ほんっと、おめえ体力ねえなぁ…。子供だってまだやれるぜ?」


頭を掻きながら完全にダウンしている学を見下ろしてゲンは呆れ果てる。

ここ数日、怪我が回復した学は坑道で村人達と一緒に労働作業をするようになったのだが、多少やる気になったところで体力が上がる訳が無く、毎日こうして無様な醜態を晒していた。


「げほっ!ず…ずびば…ごほっ!…ぜん…」

「息を整えてから話せって。もう何言ってるか分かんねえよ…」


咽ながら謝る学だが、それはもう言葉として成り立たない程に酷かった。それはもう謝られるゲンがちょっと引くほどに酷かった。

しかし、そんな学だが彼にも多少なりとも変化はあった。


「ほれ、もう休んどけ。そんな状態じゃ働けねえだろ」

「っ……ま、まだ…働けます…!」


ゲンはそう言ってくいっと親指を突き立てて人の邪魔にならない隅っこを指さしたが、学は首を横に振り頑としてその場から動こうとはせずにつるはしを手放しはしなかった。

この世界へやって来た2日目。ゲンに無理やり鉱山に連れて来られ採掘作業をさせられて「もうだめだ」とへたり込んで動こうとはしなかったあの時の学とは違っていた。やはり、自ら『選択』したことが彼に変化を齎したのだろう。




あの日の翌日、学は非礼を詫びるために村長の家を訪ねたのだが、村長は…。


「気にするでない。何しろこんな場所じゃて、皆が寄り添い合い助け合わねば生きてはいけん」


…と、学の非礼を咎める事なく笑って許してくれた。

そして、今後の事を話し合った末、まず学にはこの世界の言葉を覚えることから始めて貰い。怪我が完全に癒えてからは朝から暗くなるまでは鉱山での仕事をし、夜はこの世界の言葉の勉強。と言う形となった。わりと酷なハードスケジュールだが、これは学が自ら望んだものだった。ちなみにこの世界の言葉教えてくれる教師役はハルナだ。




「いや、そんなヒョロヒョロの状態で働かれても邪魔になるだけでぇ。大人しく休んでろい」


……とは言っても、それが必ず功を奏するとは限らない。

幾らその生き方を選んだからと言って、ひ弱な体がそのやる気について来られるかはまた別の話だ。そして、他の人達のペースについて来られなければ、幾ら学にやる気があったところで何の意味も無い。寧ろ倒れられたりなどすれば逆に作業の妨げになってしまう。納期とやらが迫っているこの状況で、しかも採掘作業が遅れているこの状況で、それだけはゲン達も避けたいところだった。


「で、でも……!」

「だーもう!でもじゃねえ!とにかくあっちで休んでろ!」

「うわっ!?」


尚を食い下がろうとする学にゲンは口ではなく強引に学からつるはしを取り上げると、もう片方の空いた手で学の首根っこを引っ掴んで、ぽいっと路の隅に放り投げる。彼らしいと言えばらしいが、かなり乱暴なやり方だ。坑道の中はごつごつとした岩ばかりで体をぶつければ怪我をする場合もある。そして当然それを近くで作業していたスバルがぎょっとした顔で見たあと慌ててゲンを注意する。


「おいおい!?ゲンさん!危ないだろうが!?」

「いや、だってよぉ。マナブの奴が言っても聞かねえんだからしょうがねえだろ」


ちょっと拗ねた態度でゲンはぷいっとそっぽを向いて言う。

どうでも良いが大の大人がそんな子供の様な態度を取るのはどうだろう?それを見たスバルなんて今にも怒鳴り声を上げて怒り出しそうだ。


「だからって……ああっもう良い。マナブ、大丈夫か?」

「う、うん…」


何を言っても無駄だと悟り、スバルはゲンを注意するのを止めると、放り投げられて尻餅をついている学に心配そうに声を掛けて手を差し出すと、やはり痛むのかぶつけた尻をさすりながらスバルの手を借りて立ち上がる。


「けどなマナブ。ゲンさんの言うことも尤もだ。厳しいことを言うがお前に幾らやる気があっても、倒れられたんじゃお前もこっちも堪ったもんじゃない」

「……っ!」


スバルの厳しい正論に学は何も言い返せず唇を噛んで自分の不甲斐なさを恥じた。

ここ数日、毎日がこのやり取りの繰り返しだった。体力が切れては作業の手を止め、ゲン達に休む様に促されてはそれを拒み…。正直言って学は手伝うどころか周りに迷惑をかけてばかりだった。


「だから、な?休んでろって!誰もマナブを責めはしねえよ。マナブが頑張ってるのは皆知ってるんだからさ!」


スバルは学の肩に手を置いてニカッと笑うと、周りで作業した村人達に「そうだよなー?」と大きな声で訊ねる。その質問に返ってくるのは「んだんだ」とか「気にすることなかとよー?」など、学を責める者など皆無だった。


「な?だから気にすんな」

「……ごめん」

「謝んなって!違うだろ?こういう時は!」

「いっつ!?……う、うん。ありがとう」


バンッ!背中を勢い良く叩かれてそう正されると、ずっと落ち込んでばかりだった学も漸く笑顔に変わる。そしてスバルに言われたとおりに謝罪ではなく感謝の言葉を述べた。

学にとってスバルとは一緒に暮らしているハルナを除いては村の人達と中では一番親しい人間であった。

村の人々は気の良い人たちばかりで誰もが親しく接してくれる。けれど、歳の差と言うのはどうしても埋めることが出来ない。学にとって村の人々はかなりの年上ばかりで恐縮してしまい、学には親しく接するのは難易度が高かった。だからこそだろう。歳が近かったスバルがこの数日でコミュ障の学も多少はスバルに打ち解けることが出来たのは。


けれど、そうは言ったものの。そんなスバルの言葉でも学は引く訳にはいかなかった。何せこの数日間ずっとこれだ。流石の学も焦りを覚え始めていた。このままでは本当に厄介者扱いにされてしまうのではないかと…。


「…けど、やっぱり僕は休んでいたくない。僕だってみんなと一緒に働きたい。足手纏いは嫌なんだ」

「マナブ。お前なぁ…」


これだけ言って尚も休もうとしない学に、これではずっと堂々巡りだとスバルは困り果てる。

スバルも学の気持ちは理解している。けれど、気持ちが焦って結果を出そうとしたところで結果が実らないのは目に見えているのだ。しかし、学は何を言っても言うことを聞いてくれそうにはない。スバルはさて如何したものかと困っていると、そこに助け船を出したのは意外にもゲンであった。


「んあ~…それだったら畑の方に行って貰えばいいんじゃねえのか?」

「畑……そうか!そうだよな!男衆は採掘労働って決めつけてたか思いつかなかった!畑仕事ならまだこっちよりも楽だろう!」


その手があったかとスバルは手をポンっと叩く。

しかし、話の中心である学はふとある疑問が思い浮かび首を傾げる。


「…あれ?納期が近い時は畑仕事はしないんじゃ…?」


以前聞いた話では納期が迫っている時期は女子供問わず、村人全てを総動員させて鉱山で労働している筈だ。まさか学一人であの数の畑を如何にかしろと言うのだろうか?それは寧ろそっちの方が重労働の様な気がするのだが…。


「いや、流石に週に一回は畑の世話をしてる。じゃないと納期に間に合っても畑が全滅したんじゃ俺達は生きていけないからな」

「あ、それもそうだね」


成程と納得しつつ、あの数の畑全てを押し付けられるんじゃないと分かってホッと安堵する学。


「畑には女衆が居るから、ハルナの手伝いでもしてやれや」

「ハ、ハルナだって!?」

「………」


ハルナと聞いて突然奇声を上げるスバル。そんなスバルを学は「またなのか…」ともうこの光景にも慣れた様子で眺めていた。

この数日間、学は彼らと労働をして分かったことなのだが。このスバルはハルナの名や姿が出て来る度にこうして奇声を発したり、挙動不審な行動をとったりと、普段は頼り甲斐があるのにハルナが関わると如何にもアレな人になってしまうのだ。

しかし、こんな小さな村でハルナとは頻繁に遭遇するであろうに、はたして身がもつのだろうか?


「や、やっぱり俺もマナブが心配だから一緒に…」


そんな馬鹿な事を言い出すスバルの頭を大きな手がぐわしと鷲掴みにする。


「馬鹿言ってねえで働けやゴルァ」

「ぐあっ!?は、はなせゲンさん!!俺はハルナの手伝いを…!」

「おめえまで居なくなったらこっちの仕事が遅れるだろうがっ!馬鹿言ってねぇでさっさと掘れ!」

「ぐっ、ハ、ハルナアアアアアアアァァ……」

「………」


情けない悲鳴を上げながらずるずると引き摺られて坑道の奥へと消えていくスバル。そんな情けないスバルの姿を見送りながら学は心の中でこう呟いた。


(あれさえなければなぁ…)


いや、あれさえなければ本当に頼りになる男なのだ。歳は近いし色々とフォローもしてくれる。学は一人っ子で兄弟は居なかったのだが、兄が居ればこんな感じだっただろうと思える位にはスバルを信頼していた。それだけに本当に惜しいあの性格である。

一体何が彼をそうさせるのか、大凡の原因は学も察しはついてはいた。と言うよりスバルの反応を見ていれば誰だって分かる。ラノベに出て来る鈍感と言う名の域を超えた呪いか何かにかかっている主人公じゃないのだから。知らぬは本人達だけだ。恋は人をダメにするとよく耳にするが本当らしい。


「……っと、僕も行かないと」


いつまでも此処に居たんじゃそれこそ休んでいるのと変わらない。ゲンとスバルも行ってしまった事だし、自分も畑に向かうとしよう。そう思った学は他の村人達に一言「すみません」と頭を下げてから坑道を後した。











第5話「自分の出来る事」











「まあ、それでこちらの手伝いに来たんですか」

「う、うん。何か手伝えること無いかなって…?」


畑仕事をしていたハルナにここまでの経緯を説明すると、恐る恐る自分に出来る事は無いか彼女に訊ねた。

実質戦力外通告を受けたも同然で、そんな情けない男が来たら嫌な顔されると学は思っていたのだろうが、目の前に居る少女は嫌な顔を一つすることなく、畑仕事で泥だらけになった顔に満面の笑みを浮かべて学を迎え入れてくれた。


「助かります!実は人手が足りなくて困ってたんです!」

「え?そうなの…?よ、良かったぁ…」


邪険に扱われなかったことに、ほっと胸を撫で下ろし安堵する。

こちらでも役の立たないとたらい回しにでもされたら、流石に立ち直れる自信は学には無かったからだ。実際にそれをされても可笑しくない程に学は役立たずだった。


「そ、それで!僕は何をすればいい?何でもするよ!」

「は、はい?あ、あははは…あ、ありがとうございます?」


どれだけ必死なんだと物凄い気迫で自ら望んで仕事を求めて来る学に、苦笑を浮かべながら少し引き気味なハルナ。

今まで情けない姿を見せてきた分、少しは自分だって出来るんだと言うところを見せておきたい。何だかんだ言っても学も男の子なのだ。女の子にカッコいい所を見せたいと言う気持ちがあるのだろう。


「ええっと……それじゃあ、まずは畑に生えた雑草の除去から始めましょうか?」

「!」


(草抜き!それなら僕でも出来そうだ!)


ハルナから聞かされる仕事の内容にみるみる表情を輝かせていく。

ハルナが居る手前、流石に口に出すことはしなかったが、同じ肉体労働でもこちらの方が遥かに自分に向いていて楽そうな仕事だったからだ。


「うん!任せてよ!僕頑張るから!」

「そ、そうですか…。は、はい!頑張りましょう!」


やっと自分でも出来そうな仕事に嬉々とする学。そんな学の初めて見せるハイテンションな姿に、ハルナはどう対応すればいいのか分からず、とりあえず相手のテンションに合わせてむんっと胸の前でガッツポーズをとった。


「それで僕はどの畑の雑草を抜けばいいのかな?」

「この辺り一帯全部です」

「…………うん?」


ハルナの言葉に意気込んでいた学がピシリと固まる。


「ごめん良く聞こえなかった…どの畑?」

「ですから、この辺り一帯の畑全部、です」


さっきまで満タンに満たされてたやる気がぐぐーんと下がっていく。

学はハルナの後ろにある畑に目を向ける。この辺り一帯と言うのはハルナの後ろで広大に広がっている畑全ての事を指しているのだろうか?そんな嫌な予感が頭を過ぎり、意気揚々だった顔を青くしてだらだらと汗を流し始める。


「あれを…全部?」

「はい!頑張りましょう!」


ハルナは笑顔で肯定する。


「………」


学はもう一度畑を見る。相変わらず畑は広大に広がっており、学の見間違いでないことを教えてくれていた。


「あの…僕たち二人で?」

「はい!マナブさんが来てくれて本当に助かっちゃいました!」

「………」


とても喜んでいるところ申し訳ないが、その期待されている本人は畑仕事をする前から絶賛意気消沈中してしまっているのだが、彼女はその事に気づいていないようだ。


「さあ!頑張りましょう!えい!えい!おー!」

「………おぉー…」


元気よく握り拳を天に向かって突き上げて掛け声を上げるハルナに対し、それとは正反対にさっきのテンションは何処へやら、へなへなと弱々しく腕を持ち上げて小さな声を漏らす学であったとさ…。





さて、なんやかんだでハルナと二人で無駄に広い畑の世話をすることになった学。

一気にやる気が底辺まで落ちた学ではあったが自らやると言った手前、みっともない姿を見せる訳にもいかなかった学は死に物狂いで草むしりをこなした。それはもう親の仇を討つかのような勢いで草を毟って行った。慣れない草むしりでその仕事内容はとても効率の良い物とは呼べなかったが、それを気迫で補って物凄いスピードで学は畑の雑草を取り除いていく。


その結果…。


「ぜはぁ…ぜはぁ…」


速攻でバテた。


「マナブさん。最初から全力で行き過ぎです…」

「張り切り過ぎた…かな…あ、あはは…」


心配そうに見下ろすハルナに、泥だらけの姿で土の上に座り込んだ学は力無く笑って答える。

採掘の時とは違いそこまで重労働じゃなかったのもあってか、ペース配分を見誤り最初から全力で行ったのが間違いだった。それに学の言う通り張り切り過ぎたと言うのもある。ゲンやスバル達の足手纏いにしかならなかった自分にもやっと出来る仕事に出会えたのだから無理も無いのかもしれないが…。


「少し休みましょうか。丁度区切りも良いですし」


もう嫌と言う程に聞かされた言葉…。


「ま、待って…!僕はまだ働けるよ!?」

「駄目です!そんなくたくたになって何を言ってるんですか!」

「で、でも、それじゃあ…」


(それじゃあ鉱山で働いていた時と一緒じゃないか…!)


この会話だってそうだ。何もかもが鉱山で働いていた時と一緒だ。自分はまた足手纏いになってしまう。そうなれば自分はどうなる?この世界で自分の居場所はあるのか?そんな恐怖に学は表情を強張らせた。

けれど、ハルナはそんな学の心の内を見通してかニコリと笑顔を浮かべると…。


「大丈夫ですよ。やるべきの仕事は殆どマナブさんがしてくれましたから♪」

「……へ?」


思い掛けない言葉だった。それとも聞き間違いだろうか?学は間抜けな声を洩らした。


「殆どって…まだ草抜きが出来てないところはいっぱいあるよ!?」


ビシッと学の指した指の先にはまだ半分も雑草を除去出来ていない畑が広がっている。お世辞にも殆どの仕事が終わったなどと言えない有様だ。学にはハルナが自分を気遣って嘘を言っている様にしか思えなかった。気を遣っているのならそんなものは要らない。余計に虚しくなるだけだ。学はそう言おうとしたが、ハルナは笑みを崩さずにこう答える。


「この畑の3割以上は根が腐ってしまったり育たなかったりで、収穫出来るのは半分くらいでそれ以外は食べられたものじゃないんです」

「半分!?こんなに沢山あるのに!?」


ハルナから聞かさえた衝撃の事実に学は畑を見渡す。

…広い。およそ600坪はあるであろう広大な畑だ。この半分が全て駄目になってしまうと言うのか。学は唖然とした。


「こんなに沢山あるのに、半分がダメになるの…?」

「育たなかったものは次の種植え時の種芋に使ったりもしますが…。それでも捨てる物の方が多いですね」


こんな広大な畑から収穫できるのは半分で、残りの半分は殆どが処分。恐らく他の畑も全部此処と同じなんだろう。あんなにたくさん植えているのに収穫できるのは半分ほど…。まさか『数撃ちゃ当たる』な考え方を農業で見るとは思いもしなかった。


「も、勿体ないよ!何とかしようとは考えなかったの!?」

「ポコポコは放置しても育ちますし、何しろこの辺りは作物は育ちにくい環境ですから…」

「………」


そう言って特に今の状況に気にした様子の無いハルナに、学はもう絶句するしかなかった。


(酷い…ここまで酷いだなんて…!)


想像以上の劣悪な環境だ。土地の問題だけじゃない。村人達の意識そのものが、だ。

この環境を当然の物だと思い改善しようとしないこの村の人々。よく今まで生き残ってこれたものだと思わずにはいられなかった…。


(このままじゃ…駄目だ!)


今はまだ良いかもしれない。まだ少数の餓死者を出す程度で収まっている。けれどそう遠くない未来にその均等も崩れるだろう。いや、崩れて始めているのだ。

学が村長の家を尋ねた際、村長は言った。「大方人口が減って作業効率が落ちておるから、効率を良くするために召喚を行った…」と。そう、人口が減っているのだ。少しずつだが確実に…!滅びの未来を歩んでいるのだ。この隔離村の人々は…!


(死ぬ。このままじゃ確実に死んでしまう。自分も、この村の人達も…)


頭の中に浮かんだ村の人達の笑顔。ゲン、スバル、村長、ハルナ…。色んな人たちの笑顔が浮かんでは消えていく…。

失われる。こんな弱虫で役に立たない自分に笑顔を向けてくれた人達が、受け入れてくれた人達が…。


ドクンッ…!


その時、学の中に何かが込み上げて来て………弾けた。


(そんなの…嫌だっ!)


「…っ!」

「マナブさん?」


気が付けば学は無意識に立ち上がっていた。

不思議な感覚だった。自らを突き動かす衝動。何か熱いものが全身を駆け巡る様な、今なら何でもやれる様なそんな感覚。無気力で流されるだけだった今までの人生で感じたことの無い感覚。

それは学の生きようとする本能。失いたくないと言う執念。その二つが流されるばかりだった学を自ら進んで行動させたのだ。


(何とかしなければいけない。この村の人達が出来ないのなら、自分がやるしかない。その術を僕は知っているじゃないか…!)


学は畑を見渡すと適当に視界に入った一本の株を指さしてハルナに訊ねる。


「ハルナ。これって収穫っていつ頃なの?まだ先?」

「え?あ、はい。納期の後…冬が本格的になる前に村の皆で一斉に収穫しますからだいたいあと一月はかかります」

「……そう」


学はそれを確認すると、指さした株をぐっと掴み、あろうことか育ちきっていないそれを思いっきり力を込めて引き抜いたのだ。


「マ、マナブさん!?何するんですか!?」

「………」


学の突然の行動に驚くハルナだったが、学はそれを気にせず引き抜いたその根をじっと見る。

学は調理される前のポコポコを見るのは初めてだ。どんな形でどんな風に実るのかその時までは知らなかった。けれど、引き抜かれたそれは学が知るじゃがいもに酷似していた。しかし…。


(……小さい)


小さい。その大きさはピンポン玉程度の大きさで小ぶりだった。収穫まで一月早いと言ってもこれは小さ過ぎる。

ジャガイモは色々な種類があって大きさも大小様々だ。これもそういう種類なのかもしれないが、この畑の環境を考えるとその可能性は低く、ただ栄養が足りず育っていないと考えた方が正しいだろう。


「これってこれからもっと大きくなるの?」

「え?ええっと……もう少しだけ、ほんとちょびっとだけ大きくなりますけど…?」

「つまり大して成長はしないんだね?」

「は、はい…」


真剣な表情で訪ねて来る学にハルナは戸惑いながらもその質問に答えていく。


(こんな小さいのが幾ら採れたって、村の人全員分の食糧が足りる訳とは思えない…)


「もう一つ聞くけど、これだけの量で冬を越すことが出来るの?餓死での犠牲者は出ないの?」

「……何人亡くなる方が出るかは分かりません。でも、飢えて死んでしまう人は多分…出ると思います」


表情を曇らせてハルナは人口が減りつつあるこの村で更に死者が出ると言う。まるでそれは焚火に人の命をくべているかの様だった。

以前、ゲンがそれは仕方の無い事だと言っていた。しかし、果たしてそうだろうか?その失われていく命を諦めていいのだろうか?答えは否だ。


(何のための現代知識だ!無理だとかはやってからにしろ!学!)


「足掻いてやる…!僕に何が出来るか分からないけど、やれることだけはやってやる…!」

「マナブさん。一体何を…?」


ハルナは戸惑っていた。ハルナは長い時間とは言えないが、この数日間を学と共にずっと過ごし彼を見てきた。ハルナが知る学はいつもおどおどして頼りないイメージの少年で、女である自分が守ってあげなければいけない思えてしまう程に弱い存在だったのだ。けれど今自分の目の前に居る少年は違う。目がギラギラとしていてギラついて、まるで獣の様であった。


「ハルナ!」

「は、はい!?」


突然大きな声で自分の名を呼ばれてハルナはピンッと背筋を伸ばす。


「ありったけの灰を持ってきて!必要なんだ!」

「は、はい!……って灰…ですか?」


一体何を言い出すのだろうと緊張していたら、妙な物の名前が出てきてハルナはキョトンとした顔を傾けると、学は自信に満ちた表情で力強く頷いて見せた。


「うん。本当は『堆肥』とかそういうのを使いたいんだけど、準備する時間が掛かるから、今は灰を代用に使おうと思って」

「灰って…そんなもの何に使うんです?」

「『草木灰』さ。土や作物に栄養を与えるための肥料にするんだ」


ますます訳が分からないとハルナの頭の上にはてなマークが幾つも飛び交い首を捻る。


「栄養って…マナブさん一体何を…?」

「詳しい話はあとですから!とにかく灰を持ってきて!はやく!」

「は、はいぃぃ!?」


学に急かされハルナは慌ただしく家に向かって駆けて行き。その後ろ姿を見送ってくるり後ろを振り返って瞳に強い意志を宿して痩せた畑を睨み付ける。


「この食糧危機を何としても乗り越えてみせる…!」


その言葉がこの過酷で残酷な世界に向けた学の最初の宣戦布告であった。



明けましておめでとうございます。

遂に主人公が動き出します!


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