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うつけ戦奇譚  作者: 金髪のグゥレイトゥ!
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第二話「隔離村」 ※ハルナのキャラデザ変更しました


チュンッ…チュンッ…。


いつもと変わらぬ朝。カーテンの隙間から朝の陽ざしが漏れ、窓の外からは雀たちの囀る音が聞こえて来る。

しかし、そんな朝の穏やかな空間を壊さんと、どたばたと騒がしい音が階段を駆け上りこの部屋の前で止まって、バンッと大きな音を立てて部屋のドアを開いて部屋の中へ飛び込んできた。


「学!いい加減起きなさい!」


怒声と共に部屋に入ってきたのは学の母だった。

いつまで経っても起きない学を起こしにきたのだ。毎日この母の怒声で目を覚ますのが学の一日の始まりであり日課だった。


「う~ん…」


眠りを妨げる騒音に学は不快そうに呻き声を漏らし、シーツを被りもぞもぞと丸くなる。それを見て母はシーツをはぎ取ろうとするが学は意地でもシーツを離そうとしない。

そもそも今日は日曜日で学校は休日なのだ。休みの日くらいはゆっくり寝かせて欲しい。それに何故か知らないが身体のあちこちが痛いし物凄く怠い。とても起きようと言う気には学はなれなかった。


「今日は学校休みじゃないか。もう少し寝かせてよ…」

「はあ!?何言ってるの!」


学の訴えに母は更に怒声のボリュームを上げ。そして、信じられない事を口にしたのだ。


「あんた召喚者セルヴォスでしょ!?奴隷は学校なんていかないじゃない!」


(……え?)


今、母さんは何を言った…?

がばっ!母の言葉に学はベッドから飛び起きる。慌てて母を見上げるとそこには母ではなく兵士が立っていた。学は驚愕し目を大きく見開く。そして蘇るあの時の記憶と痛み。学の表情が恐怖へと染まる。

そんな学を見て兵士は楽しげに表情を歪めると、腰に下げていた剣を鞘から抜いて頭上へゆっくりと振り上げ……学に目掛けて振り下ろした。


…ざしゅっ!


「うわああああああああああっ!?」


悲鳴をあげながらがばっ!と布団から飛び起きる。


「はぁ…はぁ…っ!」


思い出したかのように学は自分の身体をぺたぺたと触る。

……無い。殴られた痣はあるけど、剣で斬られた痕は何処にも無い。


「き、斬れてない…夢?……いや、夢じゃなかったんだ…」


昨日、自分に起こった出来事。あれは夢じゃなく現実だ。

それを証拠に自身の身体には昨日兵士に受けた暴行の跡が残ってるし、自分が今いるのは家にある自分の部屋ではなく、昨日あのまま寝たぼろい家屋だ。


(夢ならどれだけ良かったか…)


自分が奴隷として召喚された事実。そして、昨日あの少女に説明されたセルヴォスの事。どちらも現実逃避したくなる程に残酷な現実だった…。


「はぁ………あれ?」


顔にびっしょりと浮かんだ汗を拭おうと袖を額に押し当てると、学はその感触に違和感に覚える。

はて?と学は自分の身体に視線を落とすと、今自分が着ている服は制服ではなく旅館などで着る浴衣っぽいものだった。


「昨日はそれどころじゃなったから気付かなかったけど…」


あの後、疲れやら色々ですぐに寝てしまって気にも留めなかったがいつ着替えたのだろう?自分で着替えたと言うのはまずあり得ない。となると思い当たる人物は一人…。


(あの子が着替えさせてくれたのかな…?)


もし、着替えさせてくれたのが彼女だとすると、当然自分の裸も見られている訳で…。

あのハルナと名乗った少女の笑顔が脳裏に浮かぶ。


「~~~っ!」


あんな可愛い子が自分を脱がして着替えさせてくれたのだと考えると、今になって恥ずかしくなり学はカァッと顔を真っ赤にさせる。そして「何を考えてるんだ自分は」と慌てて顔に集まる熱を振り払おうとブンブンと頭を振り回した。


「………あっ」


左右に激しく揺れる視界の端に、枕もとに畳まれた制服が映る。

丁寧に畳まれたそれは、昨日兵士たちに蹴られた時についた汚れがすっかり綺麗に落とされており、洗ってくれた本人の気持ちが伝わってくるようだった。


「…ありがとう」


純粋な善意に先ほどの恥ずかしい気持ちは消えてなくなっていた。自分の事を想ってやってくれたことだと言うのに、恥ずかしいなんて思ってはそれは失礼と言うものだ。

学は畳まれた制服に頭を下げ感謝の言葉を述べてから、今着ている着物を脱ぎ綺麗に洗濯された制服に袖を通してこちらの来た時の格好に着替え終えると、戸を開けて部屋の外へと出るのだった。










第2話「隔離村」










「村って言うか集落って感じだなぁ」


村を見回しながら道を歩いていた学はありのまま感じた感想を零す。

あの少女の家を出て適当に散策してみたが、何処を行ってもぼろ…もとい時代劇に出てきそうな古い木造の家と畑ばかり。失われた日本の懐かしの風景と言うのだろうか?何か異世界に来たのではなくて田舎に来た気分だと学は苦笑した。


「しかし、あの子は何処に居るんだろう?」


お礼を言おうと思って家の中を探したが彼女の姿は家にはなかった。まだ陽は昇りきっていないこの早い時間にもう出掛けたと言うのだろうか?田舎の朝は早いと言うがこの村の住民もそうなのだろうか?さっきから人っ子一人見かけない。


「でも畑に誰も居ないってのもおかしいよね」


どちらを向いても畑、畑、畑。これだけ畑があると言うのに畑で作業している人の姿は何処にも無い。一人くらい見かけてもいいものだが、学の言うようにこの光景は確かに不自然ではあった。まるで、村の人全てが何処かに行ってしまったかのように、村は人の気配が無く静まり返っている。


「…もう少し探してみよう。村に誰も居ないってことは無いだろうし」


まさか本当に村人全員が居ない訳が無い。学はそう思いながら散策を再開し歩き出した。





「誰も見つからなかった…」


結局、あの後も村の住人を見つけることは出来なかった。

薄暗かったも空ももうすっかり明るくなって、太陽はてっぺんにまで昇ろうとしている時間になってしまい。歩き疲れた学はぐったりと疲れた声を漏らして道端の丘にへたり込んで休んでいた。


「本当、何処に行ったんだろ」


村人は一体何処に消えてしまったのか。丘の下で広がる畑をぼーっと眺めながら学は考える。

もしかしたら自分が眠っている間に何かあったのかもしれない。何せ『隔離村』なんて不穏な名前をしている村だ。しかも此処は異世界で学の常識は通用しない。どんなことが起こっても不思議じゃない。実際に学自身も昨日酷い目に遭っている。あの少女の話ではこの村の住民は全て学と同じ召喚者セルヴォスで、昨日の様な理不尽な暴力を受けている可能性だってある。そう考えると学は心配で仕方が無かった…。


「何事も無いといいけど……ん?」


まだあのハルナと名乗った少女にちゃんとお礼も言えていない。彼女の安否を心配していると……ふと、学はある物が目に入り気になって丘を滑り降りる。


「んしょっと……ん~~?」


学が気になった物と言うのは丘の下に広がっていた畑だ。畑の前までやって来ると、その畑の前でしゃがみじっと畑を観察する。


「………ずいぶんと雑だなぁ。適当に掘ってただ植えただけって感じだ」


素人の学でも分かる程の畑の質の悪さ。遠目で見れば畑の形にはなってはいるが、近くでよく見るとなんとも酷い物だった。何と言うかとりあえず畑っぽいものを作ってみたという感じだ。自分の世界で見たことのある畑とはまるで違う。

手を伸ばして畑の土を摘まんでみる。すると、その土の感触に学は顔を顰めた。


(……固い。土が全然ほぐれてないし、石も沢山混ざってる。これじゃ野菜の成長を妨げてしまうじゃないか)


タイムスリップ内政ものの小説で得た無駄知識で、これでは駄目だと学の頭の中で次々とこの畑の駄目な部分を上げていく。

けれど、小説とかならここから現代チート知識で活躍するところなのだろうが、コミュ障の学がそんな行動力を発揮できる訳が無いし、そもそも新参者の自分が何の根拠もない事を言っても誰も信じてくれる筈が無いだろう。現実は小説とは違ってそううまくいく筈が無いのだ。


(そもそも、ぼく農業なんてしたことないよ…)


やはり現実は現実か。はぁ…っと溜息を零して学は立ち上がろうとした…と、その時だ。


「こぉら!クソガキ!まぁた畑の野菜つまみ食いする気だなぁ!?」

「ひぃ!?」


突然の怒鳴り声に学はびくりと身体を跳ね上がらせる。

恐る恐る後ろを振り向くと、先程の声の主だと思われる遠目からでも分かる程のガタイの良いおっさんが、凄い形相でこちらに向かって走って来るではないか。それを見た学は恐怖して失禁しそうになり…。


「ひっ、ひぇ~~~~っ!?」


畑と青空に学のあげた情けない悲鳴を木霊させるのであった。





「がっはっは!いやあ、わりぃわりぃ!つい、いっつも畑に悪さするガキどもかと思ってよぉ!そうかぁ!おめえさんか!昨日ボロボロの状態で村に運ばれてきた新顔ってのは!」

「い、いえ。き、気にしてませんから…」


豪快に笑いながら謝る男に、学はそのテンションについていけず、たじたじになりながら引き攣った笑顔を返した。


「そうか?ならよかった!がっはっはっは!」

「あ、あははは…」


(テンションが無駄に高い人だなぁ…)


コミュ障にはこのタイプ人間は少しばかり難易度が高すぎる。しかも出会い方がアレでは恐怖を刷り込まれてしまって、ヘタレな学には普通に接するなんてことはまず無理だろう。


「でもその様子だともう怪我は良いみてえだな!よかったなあ!てえしたことなくて!がっはっはっはぁ!」


男はそう言って笑いながらばしばしと学の肩を叩いて、結構な力で叩かれた学は痛みを我慢して苦笑する。


「は、はぁ…あははは……あれ?」

「あん?どうしたい?」

「あっ、い、いいえ。なんでもないです…」


(……あれ?そういえば何で僕はこんなに平気なんだろう?)


学は男に言われて漸く自身の異常性に気づく。昨日、自分の負った傷は一晩休んだだけで癒える傷だっただろうか?…と。

まだ身体のあちこちが痛みはするが、それでも我慢できない程じゃない。自分でも分かる程の重傷だったはずなのに、今の自分はこうして誰の手も借りず自分一人だけで歩けている。


(どういうこと…?)


骨に罅は入っていたはずだ。内臓だって損傷してたかもしてない。なのに、今自分はこうして歩いている。一体自分の身に何が起きたのか、自分の身に起こった異常な回復に学は恐怖すら感じていた。


「なんだぁ?なよなよしてよぉ。男ならしゃきっとしろ!しゃきっと!」

「ひぎぃ!?」


ばぁん!思いっきり背中を叩かれてその激痛に学は悲鳴を上げる。


「い、痛いじゃないですかぁ!?」

「がっはっは!そうだそれだ!男ならそれくれえ大きな声でしゃべらないとな!がっはっは!」


(なんだよもう…)


涙目で批難するが男は笑うだけで悪びれる様子も無い。これは何を言っても無駄だと学は悟り、疲れた溜息を吐いてこんな人が村人初遭遇だなんてと、とことん自分の運の無さを心の中で嘆いた。

そんな学を気持ちなど男は知りもせず…いや、知っていたとしても気遣ってくれたかはかなり怪しいが…。男は馬鹿笑いを止めると、何やら今度は顎に手を当ててじろじろと珍しい物を見るかのように学の服装を見始めたのだ。


「しっかし坊主。奇妙な恰好してんなぁ」

「は、はい?」


そう男に言われ学はきょとんとする。奇妙な恰好と言うのは学生服のことだろうか?学は自分の服を一度見てから男の着ている服へ視線を移す。男の恰好は時代劇でよく見る農民の様な恰好だった。勿論現代でそんな恰好をしている人間など居らず、学から言わせればそれはこちらの台詞なのだが…


「俺らのご先祖様が居た世界ってのはそんな変な服着てんのか?変わってんなぁ」

「………!」


男が言ったご先祖様という言葉に学はハッとある可能性が頭に浮かんだ。それは…。


(400年前から文化が発達してないってこと…?)


最後に召喚者セルヴォスが召喚されたのはおよそ400年前。そして、こちらの世界の技術が最後に伝わったのも恐らく400年前。

400年前と言えば戦国時代真っ只中。文明が戦国時代から停止していたとすればこの男の恰好も納得はできる。出来るのだが…。


(どんだけだよ…)


衝撃の事実に学はドン引きする。それは400年の長い年月があって一切発展していない彼ら召喚者セルヴォスに対してではない。発展する事すら許さなかったこの過酷な環境に対してだ。

人が人である以上、より良い暮らしをより便利なものを求めるのは必然。それを得ようと努力して失敗してそれを積み重ねて文明は発展していく。けれど彼らにはそれが許されない。現状以上の物を望んではいけない。彼らはただ搾取されるだけのために生かされているから。でも、これではただの…。


(奴隷と言うよりこれは家畜だ…)


そう、これはもはや奴隷ではない。家畜だ。自分が想像していた以上に召喚者セルヴォスの立場の低さに学は絶句するしかなかった…。


「………」

「まーた黙り込んでからに。腹でも痛てぇのか?」

「うわあっ!?」


学が深刻そうな表情で考え込んでいると、いきなり男の訝しげな顔がドアップで迫って来て驚いて声を上げて後ずさる。


「な、なんですかぁ!?」

「何ですかはこっちが言いてえっての。なぁに黙り込んでんだ?」

「え、ええっと…」


そうジト目で詰め寄られる学は如何したものかと言葉に迷う。流石に面と向かって「貴方達は400年前から何も進歩していませんね」なんて事は口が裂けても言える訳が無い。

じっと見つめて来る男の視線から逃れようと学は目を逸らす。するとその視線の先には畑があり、それを見た学はそうだと何かを思いつき、男の方へと視線を戻すと男にある事を訊ねた。


「あ、あの……ひ、人が見かけないんですけど……いつもこうなんですか?」


誤魔化そうとしているのがバレバレではあったが、学が気になっていたのもまた事実ではあった。

疲れるまで村を探索して、出会えたのが目の前に居る男一人だけと言うのはやはりおかしい。村で何かあったのか、それが学は気になった。


「ん?ああ、納期が近いからな。人手が足りないからみんな鉱山の方に行ってんだよ。いつもなら女子供は畑仕事してるんだけどな」

「納期?」


学は首を傾げる。


「おう。俺らセルヴォスはお上が決めた量の鉄を期日までに納めなきゃいけねえ義務があるのよ」


つまり納税。江戸時代などでは農民から年貢として米を納めさせていたが、ここでは米ではなく鉄を納めさせているのだろう。


(そう言えばあの子も鉄が採れるって言ってたっけ…)


この国は召喚者セルヴォスを召喚し奴隷として働かせることで富を得て発展してきた。あの少女は確かそう話していた。きっと、この世界の人間からはこの村は鉄を採掘するための施設としてしか見ていないのだろう。この村に人が住んでいるとは絶対に考えてはいない。


「でも今年は畑が不作でなぁ。その所為か体調を崩す奴が多くて掘削作業が全然進んでねえんだよ」

「不作…ですか?」


そう言われて学は畑を見る。学には良作と不作の見分け方は分からなかったが、確かに畑の面積と比べて育っている作物の量が少ないような気がする。畑の6割が作物の葉の緑であとの4割は土の色で占められていると言う感じだ。


「ああ、元々この辺りの土地は痩せててな。作物を育てるのは不向きなんだが今年は特に酷くてな。もう何人か飢えて死んじまう奴も出ちまってる」

「死っ…!?」


当たり前の様に出て来る『死』と言うキーワード。この世界で命と言うのはこれだけ軽い物なのか…。


「何で…そんな簡単に…人が死んでるんですよっ!?」


人が死んでるのにどうしてそう平然としていられるのか。学はそう問わずにはいられなかった。こんな過酷な環境じゃなければその人だって死んでなかったかもしれないのに、と…。


「坊主の言いたいことは分かる。俺だって納得はできねえし気の毒とは思うけどよ。こればっかりは仕方ねえよ…」

「………」


本当に目の前に居るのは今までずっと笑っていたあの男なのだろうか?学がそう疑ってしまう程に男は暗い表情を見せて。悔しそうに、けれど諦めが籠った声でそう告げた。

男だって納得している訳じゃない。だが憤ったところで如何にもならない。それを男は理解していた。此処で生まれ育ったからこそわかる。どうしようもないのだと…。


「……しっかしなんでえ!さっきから黙りこくってばかりだと思ったらそんな事気になってたのか」

「あっ、いや…その…」


先程までの暗い雰囲気は何処へやら。男はこの場に漂っていた重い空気を吹き飛ばすかのように大きな声を上げて、また学の肩をばんばんと叩いてニカリと笑みを浮かべた。そして、何かを思いついたかのかぽんと手を叩くと…。


「おおっ!丁度いいや!俺はこれから鉱山に戻るがおめえさんも来るかい?どうせ毎日行くようになるんだから今から行っても変わらんだろ!」

「……………え?」


余りにも唐突な男の思い付きに学は何を言ってのか理解できなかったが、そんな学の事など気にもしないで、がしりと襟を掴むとずるずると学を引き摺って歩き出した。


「さあ行くぞ!しっかりこき使ってやるからなあ!がっはっはっは!」

「ちょっ!?えっ、えええええええええっ!?」


学の訳の分からないまま状況は進んでいく。そんな状況に抗えず学の悲鳴が虚しく響き渡るのだった…。






「ぜひぃ…ぜひぃ…げほっ…ごほっ…!」

「…坊主、四半刻もしないでばてるってのは流石にひ弱すぎじゃねえか?」


咳き込みながら今にも倒れそうな身体をつるはしを杖代わりに支えて、ぷるぷると生まれたての小鹿の様に立っている学を見て男は呆れ果てる。


「もう……ダメ……無理…死ぬ…」


あの後、男に連れられて学がやって来たのは、話に聞かされていた鉱山の薄暗く狭い坑道だった。

男はこの坑道に到着すると、あろうことか怪我人である学につるはしを押し付けて、笑顔で「掘れ!」と言い出したのだ。つるはしを渡された学も最初はちょっと何を言ってるか分かりません状態だったが、コミュ障の学が断れるはずが無く、結局採掘作業をする羽目になった。そしてその結果がご覧の有様である。


「かーっ!なっさけねえなあ!女でもまだやれるぞおい?」

「そ…そんなこと……言ったって…げほっごほっ!」


息も絶え絶えで話すのも困難な学に、男は頭をがしがしと掻いて溜息を吐く。


「はあ…やれやれだぜ」

「ゲンさん。病み上がりに働かせるのは無理だって」

「んだんだ」

「そだな。悪化したらいけねえべ」


近くで採掘作業をしていた村人達が男を諫めると、学と同じくらいの歳だろうか?男をゲンさんと呼んだ少年が二人の所へとやって来て、学の身を案じて声をかけた。


「大丈夫か?えーっと…」

「げほっ…学です……高嶺 学……」


少年は声を掛けたは良いものの、学の名前を知らないためどう呼んで良いか困っていると、それに気づいた学が自分から名前を名乗る。そして、それを聞いた男は今更になって名前を聞いてなかったことに気が付いて、うっかりしてたぜと言うように笑い出した。


「…おおっ!?そういえば名前聞いてなかったな!がはははっ!」

「名前すら聞かずに此処に連れて来たのかよ!?アンタはいつも考え無し過ぎるんだよ!」

「んだんだ」


(いつもなんだ…)


少年の発言に学はこの人も苦労してるんだなと同情の念を送る。


「がっはっはっはっ!まあこまけえ事は気にすんな!」

「全然細かくなんか…あーもう!アンタほんと滅茶苦茶だな!」

「んだんだ」

「ゲンさんだからなぁ…」


(本当に苦労してるんだなぁ…)


何を言っても無駄な男に少年は頭を抱えて天を仰ぐ。そんな彼に学は何故だか親近感が湧いて彼とは仲良く出来そうだと思った。


「俺はゲンって言うんだ!よろしくな!まー坊!」

「まー坊…」


村人一号ことゲンは、学の事をまー坊と呼ぶことにしたらしい。何かお腹が空きそうな呼び名だ。


「俺はスバル。よろしくなマナブ」

「よ、よろしく」


感じの良い笑顔を浮かべてスバルは名前を名乗る。ゲンとは違って細身ではあるが、引き締まった筋肉をしているのが服の上からでも見て分かった。やはりこんな環境で暮らしていると自然と肉体が鍛えられるのだろうか。

そんなことを学はスバルの身体を見て思いながらも、周りに居た村人たちとも自己紹介を済ませていく。


「しかしお前も災難だな。村で初めて遭遇したのがゲンさんだなんて」

「あ、あはは…」


スバルに同情されて学は苦笑を浮かべる。

すると、ある程度打ち解け始めたこともあってか、スバル達は学の姿をじろじろと遠慮なしに見始める。


「…へぇ、400年ぶりに召喚された召喚者セルヴォスって聞いたけど、ご先祖様の世界の奴等は変わった服を着てるんだな」

「んだんだ」

「変わった布だぁ。光ば反射してぴかぴか光ってるべ?」

「は、ははは…は」


(またそれなんだ…)


これでは動物園のパンダになった気分だ思いながらも、デジャヴを感じるスバル達の反応にもう学は何も言うまいと諦める。


「スバルはな、畑守はたけもりなんだよ」

「畑守?」


聞きなれない言葉を学は鸚鵡返しにする。


「畑を荒らす獣から畑を守る連中のことさ」

「この辺りは動物も食べるもんが少なくてな。山から村に降りて来ては畑を食い荒らしていくんだよ。唯でさえ食糧難な村に畑を荒らされちゃ死活問題だ。そこで俺達の出番って訳だな」

「…狩人ってこと?」


学の問いにスバルはそうだなと頷く。


「納期が近い時は採掘の方を優先にしてるが、動物たちが冬眠から覚める春や冬眠前の秋は、俺達畑守の衆は採掘は参加せずに畑を守るのが仕事だ。収穫が少ない時は山に入って狩りをすることもあるな」

「んだ。スバルの弓はすげぇど?」

「村一番だべ」

「へえ~…」


小さな村だけどいろいろな役割があるんだなと学は感心する。ただ鉄を掘る事と畑仕事だけをしている訳じゃないのだ。


「…うし!自己紹介もやったことだし休憩は終わりだ!仕事再開するぞおめーら!」

「え゛っ」


再び訪れる拷問の時間に学はカエルが潰れた時に出しそうな声を漏らす。―――と、その時だ。坑道に聞き覚えのある少女の声が響いたのは。


「あーーーっ!本当に居たーっ!?」


突然の大きな声にこの場に居た全員がその声の聞こえてきた方へと振り向く。振り向いた先には、急いで走って来たのか肩で息をするハルナがぷりぷりと怒った顔をしてこっちを睨んでいた。


「ハ、ハルナ!?どうしてここに!?」


そして何故か顔を赤くして驚くスバル。そんなスバルの事を気にもとめずにハルナはずんずんと学の方へと歩いていく。


「ハルナじゃねえか。女のおめえさんの持ち場は此処じゃねえだろ。どうしたんでい?」

「どうしたじゃないです!新しく来た召喚者セルヴォスの人が此処に来てるって聞いたからまさかと思って来てみたら……何してるんですかもう!」

「えっと…あの…」


ずいっと詰め寄って頬を膨らませて怒るハルナに、学は何と言えばいいか迷う。

何をしているのかと問われても、逆に如何して自分はこんなんところに連れて来られて、採掘作業なんて重労働をさせられているのか学の方が教えて貰いたかった。いや本当にどうしてこうなったのだろう。


「怪我人なんですから私の家で寝ててください!」

「す、すみません…」


何だろうこの理不尽は…。学はそう思わずにはいられなかったが、ハルナの気迫に勝てずしゅんっと縮こまって謝るしかなかった。と、そこにスバルがハルナの言葉に反応を示す。


「…へっ?ハルナの家に住んでるのか?」

「え?そうですけど…。スバルさん知らなかったの?」

「知らねえよそんなの!?」


そんなスバルの反応を見て、ハルナは「おかしいなぁ」と不思議そうに首を捻る。


「村の集会で私の家で住んで貰うことになったんですけど……聞いてない?」

「聞いてない!」


うがー!と、喰い付かんばかりの勢いで否定するスバル。すると、そこにゲンが…。


「そりゃ教えてねえからな」


と、あっけらかんとした顔でそう返した。


「皆は知ってたのか!?」

「んだ」

「知らねえのはスバルだけだべ」


スバルの問いに他の村人達も頷くと、スバルは信じられないと言った表情を浮かべる。


「なっ!?何で誰も教えてくれなかったんだ!?」


そんなスバルの問いにゲンは面倒くさそうに。


「だってお前に教えたら絶対に反対してたろ?」

「そりゃそう……何で決めつけるんだよ!?」

「だっておめえ、ハルナに惚「わああああああああっ!?うわああああああああああっ!?」」

「「?」」


ゲンが何かを言いかけて突然必死な形相で叫び声を上げるスバルに、学とハルナは二人揃って頭を傾げた。


「やめろよ!やーめーろーよー!」

「がはははっ!なーに顔真っ赤にして必死になってんだ、ああ?」

「アンタの所為だろうがっ!」


ぎゃーぎゃー!わー!わー!


「どうしたんでしょう?スバルさん」

「さ、さあ…?」


言い争う二人…正確には一方的に怒っているスバルをゲンが面白そうにからかっているだけだが、そんな二人を学とハルナは呆然と眺めていた。

そうこうしている内に、ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人の声は更に酷くなっていき、その声は坑道中に響き渡り、その声を聞きつけた別の場所で作業していた村人たちが何事かと集まって、気付けば学達がいた場所は大勢の人で溢れかえっていた。


「なんだぁ?どうしたぁ?」

「ま~たゲンさんが何かしでかしたみてえだぁ」

「ん?何か変な格好してる奴がいんど?」

「あれでねーか?新しくきたぁ」

「おお!400年ぶりに呼ばれた召喚者セルヴォスかぁ!変わった服だぁ!」

「あ、あれ…?」


デジャヴを感じる台詞に学は嫌な予感がした。

そして案の定、ゲン達の声に引き寄せられていたはずの村人達は、いつの間にか興味の意識がゲンとスバル達から学へと切り替わり、わらわらと学の周りにへと群がっていく。


「ツルツルしてるべ。なんだぁ?この布」

「綺麗だなぁ…」

「王族が着る服か?おめえさん向こう側では偉い人なんけ?」

「えっ、ちょっ!?ま、またこれぇ!?」


またも好奇な目を向けられ、それどころか今度は物珍しさに沢山の村人たちからべたべたと触られ、学は再び訪れる動物園のパンダ状態に悲鳴を上げた。

そして、その勢いは止まる事は無く。われもわれもと好奇心旺盛な村人達は見たことの無い服に見て触ろうと押し寄せ、学だけではなく傍に居たハルナやゲン達もそれに巻き込まれていく。


「ちょっと皆さん!?きゃあっ!?」

「お、おいおい…勘弁してくれよ」

「俺達もかよ!?ハ、ハルナー!?」


人の波に消えていく3人の悲鳴。場は混乱に極りもう収拾がつかなくなった。その時だ――。


「やめんかーっ!」


―――老人の一喝が喧騒する坑道に雷鳴のごとく響いた。


押し寄せる人の波がピタリと止まり。坑道を満たしていた村人達の声がしんっと静まり返った…。


「な、なに…?」


凄い怒鳴り声に耳がキーンとなって、頭がくらくらと鳴りながら、学は村人達を止めたその声の発生源の方へと顔を向ける。

すると、モーゼの海割りの如く人混みが2つに割れ。出来た道から白い髭を長く伸ばした老人がゆっくりとした足取りで杖をつきながらこつこつと歩いて現れたのだ。


「そ、村長!?」


誰かが驚いた声で老人をそう呼ぶ。


「まったく…怪我人相手に何しとるんじゃおぬしらは」


村長と呼ばれた老人はコツ…コツ…と杖の音を響かして学へと歩み寄っていき、やれやれと言った声でそう呟きながら村人達を見渡し、見られた村人達はばつの悪そうな顔をして顔を俯かせる。

そして、村人達の群れを抜けて学の前にやって来るとそこでピタリと立ち止まる。


「………」

「……っ」


無言でじっと学を見つめる老人。見つめられている本人はその無言の重圧にドッドッと心臓を大きく脈動させて、何を言われるのか緊張しながら体を強張らせている。


「ふぉっふぉっふぉっ、すまんのう。驚かせてしまったかの?」

「……はぇ?」


ころりと変わる先程の一喝を飛ばしたとは思えない温厚そうな老人の笑顔に、拍子抜けをして間抜けな声を漏らしてしまう。

さっきの一喝で雷爺さんみたいなイメージを持ってしまっていた学だったが、目の前で微笑む老人はとてもそのイメージとはかけ離れていて、その笑顔はとても優しく容姿はまるで違うのに昔、学に優しくしてくれた祖父の笑顔と重なって見える様であった。


「何せ400年ぶりの召喚されたのじゃ。皆が興味を示すのは無理もない。どうか許してやってはくれんかの?」

「あ、いえ…!別に……気にしてませんから…!?」


そう言って頭を下げる村長に、学は慌てて手をぶんぶんと振り、自分は気にしてないから頭を上げてくれと頼む。

学に言われて頭を上げた村長は「やさしいのう」と微笑んだのだが、そこへ場の空気をぶち壊すかのようにゲンが割って入って来る。


「いやあ、助かったぜ村長」

「…ゲン。おぬしは後で説教じゃ。怪我人を働かせるなど何を考えとるんじゃ。トメにしっかり絞られるんじゃな」

「げえ!?勘弁してくれよぉ!?」


村長の白くボサボサの眉毛から覗かせる目でじろりとゲンを睨みきつく叱ると、それを聞いたゲンは情けない悲鳴を上げる。

あのゲンの怯えようを見て気になったのか、学は隣に立っていたハルナにひそひそと小さな声で、村長の口から出てきた人物のことを訊ねた。


「…トメって?」

「ゲンさんの奥さんです。すっごく厳しい人なんですよ?」

「へ、へぇ~…」


如何やらゲンは奥さんに尻に敷かれているらしい。意外な事実に学はあのゲンがあれだけ怯えるだなんてどれだけ怖い人なんだろうと、ゲンと同じ様に学も顔を青くさせて身体をぶるりと震わせた。

そんな話をしている内に、ゲンの仕置きを終えた長老が学に話しかけた。


「さて、今日は家に帰ってゆっくり休むがええ。話はまた後日にしよう」

「は、はい!」


学は緊張して声を上擦らせながらも返事をすると、それを微笑ましそうに見てうむと村長は頷き、ではこれにて解散と締めくくろうとした……のだが、そこでスバルが待ったの声を上げた。


「ま、待ってくれ村長!如何してマナブをハルナの家に住まわせるんだ!?他の家でもいいじゃないか!?年頃の男と女を一緒に住まわせるだなんて…!」

「あっ…」

「?」


スバルに言われて学は今頃になって、自分が一つ屋根の下で美少女と一緒に暮らすんだと理解すると顔を赤く染める。けれど、もう一人の当事者であるハルナはスバルの言っていることが分かってないようで首を傾げるだけだった。


「どの家も自分の生活でいっぱいいっぱいじゃ。ハルナなら一人で暮らしとるし少しは余裕があるじゃろうて。ハルナも承知しとる」

「だからって…!」

「スバル。これは皆で決めた事じゃ。村の決定に逆らうのか?」


村長は静かな口調でそう告げたが、その声には怒気が籠っており、その声を向けられたスバル本人はその威圧に「ぐっ…」と押し黙る。


「おぬしの気持ちも理解しておるし、おぬしが言うことももっともじゃ」


スバルの言うことも正しい。村長はそう肯定しつつ「じゃが」と付け加える。


「じゃがな、おぬしの感情でおぬしの家族を苦しめるのか?他の家の者を苦しめるのか?おぬしの家や他の者の家には男一人が加わっても大丈夫な余裕があるのか?」

「そ、れは……」


畑でゲンが学に話した様に飢えて死ぬ者も出ている。どの家も自分たちの事で精一杯で明日も生きていける保証の無い状況だ。そんな環境の中、男一人を家に向かい入れる余裕なんて有りはしない。それはこの村で生きるスバルも分かっていた。だからこれ以上は言い返せなかった。

そんなスバルに村長は先程までの張り詰めた雰囲気を和らげると、「ふぉっふぉっふぉ」とあの独特な笑い声を響かせる。


「なに、大丈夫じゃて。おぬしにはこの少年がハルナを傷つけるような事をする人間に見えるのか?」

「えっ?」


突然自分が呼ばれきょとんとしてしまう学。そんな学へスバルは視線を向ける。


「………」

「え、えっと…?」


見つめられ困惑する学をスバルは暫しじっとを見つめる。

見つめられる時間が経つにつれ、「あわわ」と次第に挙動がおかしくなっていく学。傍から見ればそれは何とも情けなく頼りない姿で、そんな学にスバルは小さく苦笑を零すと…。


「……そうだな。マナブなら心配ないか」

「で、あろう?」


何やら納得するスバルに悪戯な笑みを浮かべる長老。


「えっ?えっ?何?何なの…?」

「ふぉっふぉっふぉっ、気にするでない。こっちの話じゃて」


自分の知らぬところで話が完結してしまい、学は何が何やら分からぬ様子で二人を見るが、長老はただ笑うだけで流されてしまった。

そして、今度こそこの件はお終いだと話を締めると、長老は後ろで学達の様子を見物していた村人達へと振り向き、その村人達へ声を張り上げた。


「ほれ、皆も持ち場に戻れ!納期が迫っておるのじゃぞ!」


『う~っす!』


村長の一喝にぞろぞろと村人達はそれぞれの持ち場へと戻っていき、村長も「ではの」とあの温厚なお爺さんの顔で言い残して、村人達の後に続いて去って行ってしまった。

この場に残って居るのは最初に居た面子のみで、去っていく村人たちの後ろ姿を見送ると、ハルナもいまだに呆然としているマナブの方を見て自分達も行こうと話を切り出した。


「それじゃあ、私達も帰りましょうか」

「え?あ、うん…」


笑顔のハルナに促され、学は言われるがままにハルナについて歩いていく。と、そこへ―――。


「マナブ!」


去ろうとする学の背中をスバルが呼び止める。

突然大きな声で呼び止められ、人と接する事に慣れてない学はびくりと身体を震わせて若干挙動不審になりながらも恐る恐る振り返る。


「な、なに…?」

「いや、そんなに怯えなくてもいいだろ…」

「ご、ごめん…」


スバルにそう言われるが、人と話すときはどうしてもオドオドしてしまう学にそれは難しいと言うものだろう。学の態度が改善しそうにないとスバルは溜息を吐いて諦めると、呼び止めた要件を話し出した。


「それはそうと……すまん!マナブ!」

「ええっ!?い、いきなりなに!?」


身に覚えのない突然の謝罪に戸惑う学。


「さっきお前を疑うような言い方して…すまん」

「あっ…」


スバルに言われて、スバルが何故謝るのか学は漸く理解する。スバルは学がハルナと一緒に暮らすことで、学がハルナに何か如何わしい事でもするんじゃないかと疑った事を気にしていたのだ。何と言うか律儀な男である。

けれど、学はそんな事気にはしていなかった。そもそも学はスバルと村長の会話を聞くまで、あの家にハルナしか住んで居ないとは知らなかったのだ。村の事情を知らなければスバルの言った理由や、コミュ障な自分が女の子と二人暮らしだなんてとてもじゃないが無理だと言う理由もあって、ハルナの家にお世話になるのを断っていただろう。


「あ、謝らなくていいよ!?君の言ったことは正しい訳だし!?」

「いや、マナブを疑ったのには違いは無い。俺は悪い事をした」

「気にしすぎだってば…」


学に気にするなと言われても、スバルは悪いのは自分だと一向に折れようとはしない。如何したものかと学は困り果てていると、そこに二人の会話を聞いていたハルナが不思議そうに首を傾げて二人に訊ねた。


「えっと……二人とも何の話をしているんですか?」

「「えっ」」

「?」


ハルナの質問に二人は固まる。

村長とスバルの会話の内容が理解していないハルナにはスバルが如何して謝っているのか分からなかったらしい。しかし、まさか女の子に18歳未満はお断りな話をしてましたなんて言える訳が無い。しかも当事者にだ。


「な、なななななんでもないぞハルナ!なあ!?マナブ!?」

「そ、そそっ、そうだよ!こっちの話だから!?」

「? はぁ…」


必死に誤魔化そうとする二人に、ハルナは怪訝そうに二人を見るがそれ以上は何も言わなかった。


「そ、それじゃあまたな!マナブ!

「う、うん!また!」

「あっ、待って下さいよー!」


話を切り上げようと二人は強引に別れを告げて、学はこの場から逃げる様に去ろうとするとハルナも慌ててそれについて行く。


「んだ。またなマナブ!」

「おだいにじだべ~」

「明日はしっかりしごいてやるからな!」

「だから!怪我人なんですからやめてくださいってば!」


坑道に響くハルナ怒声にゲン達はドッと笑い声を上げる。そんな笑い声に見送られながら学達は坑道を後にした。






鉱山から村に帰って来る頃には空は茜色に染まり夕方になっていた。

鉱山と村との距離は鉱水の関係もあってか、かなり離れており片道で一時間は掛かる。そんな距離を軟弱な学が耐えられるはずが無く、村に着いた時には学はもうへとへとに疲れ果てていた。

ハルナの家に帰って来ると、早々にハルナは「夕飯の支度をしますね」と夕飯の準備を始める。手伝おうかと学は申し出たが、ハルナは「怪我人なんですから休んでてください」と炊事場に入れて貰えず、居間にある囲炉裏で暖をとりながら料理が出来るのを待つこととなった。


「それにしてもびっくりしちゃいました。マナブさんってば鉱山に来ちゃうんですもん」


炊事場で晩御飯の支度しながら背中を向けたままの状態でハルナは学に話しかける。


「あ、あはは…村を歩いてるところにゲンさんに捕まっちゃって…」


学は苦笑しながら答える。学自身まさかいきなり鉱山で働かされるとは思いもしなかった。


「もうっ!ゲンさんってば!でも、マナブさんも悪いんですよ!家で寝てないと!如何して村を歩いてたんですか?」

「如何してって…あっ」


色々な事があり過ぎて、肝心な事を忘れてしまっていた。

学が村を探索していた目的。それは…。


「それは……君に伝えたいことがあったから…」

「え?私に?」


学の言葉に、ハルナは作業を止めて学の方へと振り返る。

そして、ハルナの顔を見た瞬間、学は口を開いた状態で固まってしまった…。


「あ……ぁ…」

「? マナブさん?」


(ど、どうしよう…)


いざ礼を言おうとした瞬間。さっきまで普通に喋れていたのに声が出なくなってしまう。喉のところまで出かかっているのに、如何してもそこで引っ掛かって口から出てこようとしないのだ。

すごく心臓がどくどく鳴っている。胸に手を置けば手が叩かれているみたいに大きく脈を打っていたる。


(なに緊張してるんだ。言えよ“ありがとう”くらい…)


たった一言。そのたった一言が言えない。簡単な事だ。そんなことは分かっているのに…。


「……っ」


(言え!言わないと…!)


遮断した世界で生きてきた。他人と関わらないようにして生きてきた。女の子となんてまともに話した事なんてない。実は今までだって学はハルナとちゃんと目を見て話せてはいなかった。でもこれだけは言わないといけない。だから、勇気を精一杯振り絞って。ちゃんと目を見て…。


「看病……してくれて…ありがとう」


振り絞る様な声で学は自分の気持ちをハルナに伝えた。


「………」

「あ、あの…えっと…!?」


ぽかんとして黙り込んでしまうハルナ。

何か間違えてしまっただろうか?学はそう思って焦りだすと、そんな学を見てハルナはくすっと笑みを零した。


「ぷっ……ふふっ♪もう、そんな事気にしてらしたんですか?」

「えっ?えっ?」


そう言って可笑しそうに口元を手で隠して小さく肩を震わせて笑うハルナ。そして、如何して自分は笑われたのだろうと訳の分からない様子の学。


「困っている人がいたら助けるのは当たり前じゃないですか。マナブさんってば…ふふっ」

「………」


困っている人を助けるのは当たり前だ。ハルナはそう言った。それは人として確かに当たり前の事なのかもしれない。けれど、現代社会でそれをどれだけの人が出来るだろうか?はたして自分は出来るだろうか?学はハルナを見てそう考えてしまう。


「それに、これから一緒に暮らしていくんですよ。お互いに助け合うのは大切でしょう。ね?」


けれど、この時の彼女の笑顔は何処までも無垢で輝いて見えた…。


「………そう、だね」


微笑む彼女に学は頷いた。


「はい。これからよろしくお願いします。マナブさん」

「は、はい…ハルナ…さん…」

「ふふっ、ハルナでいいですよ」

「あ、うん…」


そう言われて、学は照れた様子で俯く。コミュ障になかなか難しいことを言う。



そんなこんなでこの話を終えると、それからしばらくして晩御飯が出来上がった。


「出来ましたよ~♪」


ハルナは楽しそうに鼻歌を歌いながら手に持った鍋から白い湯気を上らせて、学が居る囲炉裏までやって来て、天井からぶら下がる自在鉤にその鍋を吊るした。

学は鍋を覗き込む。鍋の中はどろどろとした白い雑炊の様なものが煮だっていて、湯気に乗って運ばれてくるその美味しそうな匂いは慣れない労働ではらぺこな学の腹を刺激した。

美味しそうな匂いに学は表情が緩む。そしてこの料理は何かとハルナに訊ねた。


「美味しそう……これ、なに?」

「ポコ粥と言います。ポコポコをどろどろになるまで煮込んだものです」

「ポコポコ?」


当然だが聞いたことの無い野菜の名前だ。


「はい。村にある畑は見ました?あの畑全てがポコポコを育ててるんですよ。ポコポコはどんな環境でも育つ凄いお芋なんです」

「へぇ~」


(じゃがいもみたいだな…)


ハルナが熱心に語るポコポコの特性を聞いて学はそう思った。

となると、この鍋の中身はじゃがいものポタージュみたいなものだろうか?そう考えると見た目は確かに似ているようにも見える。


(世界が違っても似たような植物ってあるんだなぁ)


そう事を考えながら学は次の料理が来るのを待っていたのだが………一向に次の料理が出てくる様子が無い。


「………」

「マナブさん?どうかしましたか?」


(……あれ?)


学はまさか、と嫌な予感が過ぎる。


「えっと…これだけ?」

「はい?そうですけど?」

「………」


(す、少ない…)


学は少食な方だがいくらなんでもこれだけと言うのは少なすぎる。

これがこの村の人達の食事だと言うのだろうか?確かにそういう話は聞かされてはいたが、まさか食糧事情がここまで厳しいだなんて学は思いもしなかった。


「マナブさん。どうぞ」

「………」


ハルナはポコポコのポタージュ?を椀よそうと、それを学に手渡し学はその椀をじっと見つめる。少ない。少ないが……。


(居候の身。我儘は言えないか……はぁ…)


そう心の中で溜息を吐いて手を合わせた。


「…イタダキマス」

「はい。召し上がれ」


学はずずっと音を当ててポタージュ?を口の中に流し込む。そして一口食べた瞬間、学の表情は驚きに変わる。


「………美味しい」

「わぁ、良かったぁ♪」


学の言葉にハルナはぱぁっと花が咲いたように喜ぶ。

本当に美味しい。質素な味だが素材の味が活きていてとても美味だ。そして疲れた身体にこの温かさが染み渡るようであった。何より昨日から何も食べていないので空腹が最高のスパイスとなっていた。学は一口、二口と夢中になって椀の中のそれを食べ始める。


「これ…んぐっ…すごく…美味しいよ!」

「ふふっ、まだありますから沢山食べて下さいね」

「う、うん!」


学はその好意に甘えるともう空になってしまった椀におかわりをハルナによそって貰い、相当お腹が空いていたのだろうガツガツとみっともなくポコ粥を喰らう。

そんな美味しそうに食べる学をニコニコと嬉しそうにハルナは眺めていると、ハルナは学に一つ訊ねた。


「マナブさん。今日一日この村を見てどうでしたか?」

「えっ?」


食べる手を止めて学はハルナを見た。そして、暫し考え込むと暗い表情でその質問に自分の感じたことを素直に答える。


「……とても、怖い所だと思ったよ。ゲンさんから聞いた。飢え死にした人がいるんだってね…。すごく、怖いよ…」


死がこんなに身近にある。学が居た世界…日本ではあり得ない事だった。だから怖いと、素直に答えた。


「…そうですね。此処はとても厳しい所です。明日生きていけるかなんて保障の無い場所です。では、この村の人達はどうでしたか?」

「村の…?」


ハルナの質問に学は村の人々の顔を頭の中に思い浮かべる。過酷な環境で奴隷として生きている隔離村の人々。けれど、そんな環境でありながらも頭の中で思い浮かんだ人たちはどの人も笑っていた。


「……いい人達ばかりだ、と思う」


こんなおどおどしている自分をどの人たちも笑顔で接してくれる。自分のテリトリーに許可なく踏み込んでくるけれど、不思議と不快感は無かった。こんな気持ちは初めてだった…。

今の日本には失われた人と人との距離ってやつだろうか?それがとても近かった気がする。隔たりが無いって言うか、温もりがあるって言うか…そんな感じだ。人付き合いが苦手な学でもこの感じは嫌ではなかった。まだ慣れそうには無いが…。


「はい。私のそう思います。皆良い人です。私の自慢です。こんな厳しい環境で、皆助け合って、寄り添い合って生きています」


ふと気づけば、いつの間にか笑顔だった彼女の表情は真剣な物へと変わっていた。


「理不尽なことだって沢山ある。辛いことだって沢山あります。だけど…」

「………」

「きっと、大丈夫ですから!マナブさんは大丈夫ですから!」


ハルナは微笑む。初めて会ったあの時の太陽の様な温かな笑顔で。

その眩しされに学は目を細める。目に込み上げる熱い何かを感じながら…。

そして思った。嗚呼、この人はきっと自分を励まそうとしてくれているんだ。ある日突然こんな世界に召喚されて、訳も分からず奴隷にされて、これから不安で堪らない自分を…と。


(不安しかない。けど…)


不安しかない。出来るなら元の世界に今すぐ帰りたい。本当は泣き喚きたい気持ちで一杯だ。でも…。


「………うん」


頑張ってみよう。学はそう思った。目の前の少女に応えたいと思ったのだ

彼女は微笑む。温かな笑みを浮かべて。その温かな笑みに見守られながら夕食の時間は過ぎていくのだった…。








―――その日の夜。


ぐぅ…。


(本当にここでやっていけるのかなぁ…)


晩御飯の後、床に就いた学は満たされぬ空腹にさっきまでの決意がさっそく挫けそうになるのであった…。
















挿絵(By みてみん)



絵を描くのに2時間。文章は2週間。やっぱり小説は難しいと改めて思いました。

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