第一話「召喚」
キーンコーンカーンコーン…。
終業のチャイムが鳴る。そして、それに続くように騒がしい声がざわざわと教室中から沸き始める。
「終わったー!なあ、帰りゲーセン寄ってこうぜ!」
「おう、いいぜ!今日こそボコボコニしてやんよ!」
「ねえねえ!駅前に美味しいケーキ屋さんが出来たんだって!行ってみようよ!」
「マジ!?いくいく!」
夕陽の光で茜色に染まる教室。登校鞄に荷物をまとめながら男女隔たり無く楽しそうに談笑する学生達。堅苦しい学業から解放されて教室はうかれた空気に満たされいた。ある一部の空間を除いては、だが。
「………」
窓側にある教室の隅の席。そこには楽しそうにはしゃぐクラスメイト達を騒がしい声に一切の関心を示さず、一人で静かに椅子に座ってライトノベルを読んでいる少年がいた。
目元を隠すぼさぼさの髪に平均より低い身長。太り過ぎずやせ過ぎずと言った体格。
『特徴の無い地味な少年』。この少年を一言で表現するのならこれがぴったりだろう。世界から自分の座っている席だけを遮断するかのように、少年はただ一人ポツンと椅子に座り、ぼさぼさ髪に隠れた目は本へと向けられている。
少年の周りには他のクラスメイト達は寄り付かない。まるで見えない壁にさえぎられているかのように、教室の片隅に空間が出来ていた。別にこの少年が苛めにあっている訳では無い。ただ認識されないほどに地味で影が薄いのだ。そのうえ少年からは周りの人間に関わろうとしない。少年が見せる行動と言えば、読み終わったページを捲ることと、時折見せる文面を読んでクスリと笑うことだけだ。
そうこうしているうちに、クラスメイト達はもう教室から姿を消し、教室に残っているのは少年だけとなっていた。それでも少年は本を読むのを止めない。静かに時間は流れて窓から見える夕陽はゆっくりと沈んでいく…。
『―――下校時刻になりました。生徒の皆さんはただちに下校してください』
下校時間を告げる放送が流れる。
「……ふぅ」
その放送を聞いて、ようやく少年は本を読むのを止めて溜息と共にパタンと本を閉じる。
そして、ずっと本へと向けていた視線を窓の外へと向ける。外はもうすっかり陽が落ちており校舎には皆もうすでに下校してしまった後なのか人の気配が無い。
「……帰ろ」
日が暮れた景色をしばらく眺めた後、少年はポツリとそう呟いて読んでいた本を鞄に仕舞い椅子から腰を上げ教室を出るのだった。
・
・
・
「さぶっ……」
上履きから登校靴に履き替えて校舎を出ると、肌を突き刺す冷気にぶるりと少年は身体を震わせる。
現在は12月。季節で言えばもう冬だ。少年が着ている制服だけでは流石に寒い。少年はポケットに手を突っ込み背中を丸めて歩き出す。
「今日も退屈な一日だったなぁ…」
帰路の途中、白い息を吐きながら少年はそうぼやいた。
誰に関わることもせず、ただ時間が過ぎるのを本を読みながら待つ。そんな退屈な日々がこの少年の日常。
なら、どうしてそんな愚痴を零すのか。退屈なら人と関われば良い。そうすれば多少なりとも閉鎖的な日常にも変化はあるはずだ。少年はどちらかと言えばオタクに分類される人間で、アニメや漫画、ライトノベルを好んで買い集めてはそれを楽しんでいる。それなら同じ趣味を持つ者同士で友達なりなんなり作ればいい。オタクと言うだけで周りからは変な目で見られることも多いが、その方が今の日常よりずっと良いと誰もが思うだろう。
けれど少年は誰とも関わろうとしない。少年は世間でいうオタクとは少し違っていた。少年は別にフィギュアやそう言ったグッズを集めて楽しんでいる訳じゃない。寧ろ少年はそんなものには興味なかった。
(あっ、そういえば今日新刊出るんだっけ。帰りに本屋に寄っていかないと)
心なしか少年のだらだらとしていた歩みが少しだけ速くなる。
そう、少年が好きなのは『お伽噺』。ご都合的に物語が進み、矛盾だらけで突っ込みどころが満載の作り話が大好きなのだ。
現実ではありえない出来事、刺激、そんなものが描かれた物語。それが少年の枯れ果てた心を動かす唯一の存在。この退屈な日常に潤いを与えてくれる存在だった。少年が肩に掛けている登校鞄の中には、教科書だけではなく沢山のライトノベルが敷詰められていて、少年にとってこの鞄は夢が詰まった魔法の鞄のような物だった。
「はぁ…」
また少年は溜息を洩らした。退屈そうに。
どうせ自分はこれからもずっと退屈な人生を送って行くのだろう。ならせめてお伽噺を見ている時だけは、こんなつまらない現実の事は忘れて楽しい空想の世界に浸りたい。だから少年は誰とも接しない。自分の世界に閉じ籠る。自分の世界を壊されたくないから。
けれど、幾ら抗ったところで現実からは逃れられない。適当な大学に進学もしくは進学せずに就職して、世間で言う平凡で当たり前の人生に流されながら生きて老いて死ぬのだろう。少年はそう思っていた。
――――その時が訪れるまでは…。
「…………えっ?」
ずぼっ。突如襲う踏み抜いた感覚に少年は驚きの声を漏らして地面へ視線を落とす。そこにはマンホール程の大きさの光る穴が開いていて、自分の足をずっぽりと飲み込んでいた。
「なっ、なんだよこれっ!?」
少年は慌てて足を引き抜こうとするも、穴に嵌った足はびくともせずまったく抜ける気配が無い。嵌った足は更にずぶずぶと沈んでいき、それどころか光り輝く穴はみるみる広がってもう片方の足も飲み込んでいく…。
「だ、誰か助けてっ!」
このままじゃまずい。危機感を感じた少年は普段は決して出すことの無い大きな声で助けを求めて叫ぶ。しかし、誰にもその声は届かない。必死に辺りを見回しても人ひとり姿が見えない。
「な、何で誰も居ないんだよぉ…っ!」
おかしい。震える声で喚きながら少年は思った。幾ら日が暮れたからと言っても、この道路は学校が指定する通学路だ。日が暮れてまだ少ししか経っていないこの時間帯に誰も通らないなんてあり得ない。しかし、こんな事を考えている間にも身体どんどん呑まれていき、もう腰のところにまで行こうとしていた。
「やだ…いやだぁ…!」
これ以上は沈むまいと両手をコンクリートの地面に掴んで虚しい抵抗を試みるも、その掴んだ地面も広がる穴に呑まれてしまい、掴もうとしていた両手も穴に呑まれてとうとう完全に逃れる手段を失ってしまう。
ずぶずぶ、ずぶずぶ。身体はどんどん呑まれていく。
「あはっ、あははは……」
最早もう助からない。そう悟った少年は全てを諦めてただ笑うしかなかった。ゆっくりと自分の身体を飲み込んでいく穴に身を委ねて…。
光の穴が腕を肩を呑み込んでいく。
(あっ…そうか…)
顔が半分まで呑まれもう声も出せなくなった時、少年は気付いた。この摩訶不思議な現象は、現実ではありえない現象は、自分自身が望んだことだと言うことに…。
(罰が当たったのか…な…)
人と接しようともせず、現実を見ようとしなかった自分に神様から罰が下ったのだ。少年はそう思いながら過去の自分の行いを悔いた。けれど後悔するには遅すぎた。少年は遂に完全に光の穴に呑まれ、意識もそこでプツンと途絶えたのだった…。
第一話「召喚」
「………ヨミユ…『セルヴォス』ア?」
「ワワ、ホオモフガ」
暗闇の意識の中、聞いたことの無い言葉で会話する男性の声が聞こえて来る…。
(……ん…だれ…?)
その声に少年は意識を覚ます。けれどまだ身体の方はまだ起きてはいないのか目蓋が重くて目を開けられないし、身体は重くて指は動かせても起き上がることは出来そうにない。
(いったい何が……っ!?)
ぼんやりとする意識の中、自分に何が起こったのか少年は頭の中を整理しようとすると、光の穴が自分を飲み込んでいくあの光景がフラッシュバックする。
そうだ。自分はあの光の穴に飲み込まれたはず。あの後一体どうなったのだろう?少年は混乱する頭で何とか状況を把握しようと試みた。まずは最初にすべきことは自分の身体のこと、とりあえず自分が生きていることは確認できた。身体はまだ怠いけれど何処も痛みは無い。感覚もあるし少しずつだがどうにか身体は動かせられる様になってきている。
(僕…生きてる…?)
なら、あの光は幻覚か何かだったのだろうか?あれは疲れか普段妄想ばかりしている所為で見た幻覚で、自分は気を失っただけではないのか?少年はそう考えた。しかしその期待は直ぐに裏切られてしまうことになる。
「…チッ!トミ!トチノ!」
「あぐっ…!?」
苛立った男の怒鳴り声が聞こえてきたと思えば、乱暴に少年の髪を引っ張られ、その激痛で少年のぼんやりとしていた意識が強引に覚醒する。そして、意識がはっきりしたことにより視界が回復し少年の目に飛び込んできたものに少年は大きく目を見開いて息を呑む。
「……わぁ!」
天井に吊るされたシャンデリア。壁には高そうな絵や装飾品。床は真っ赤なカーペット。それはまるで少年が望んでいたファンタジーに出て来る王宮そのものだったのだ。少年は日常ではまず見られない光景に、髪を引っ張られる痛みなど忘れて少年は目を輝かせる。
「っ!?アッセシフゾルハ!!」
髪を引っ張った男が何やら慌てたような声を発すると、更に髪を引く力を強める。けれど少年の勢いは止まらない。寧ろ逆効果だった。その男の姿を少年は見てしまったのだから。
「騎士っ!?いまどき鉄の鎧っ!?やっぱり!やっぱりそうなんだ!」
その男は西洋の騎士が着るような鎧を纏っていた。今になって気付いたが少年の周りにはその男と同じ様な格好をした人間が大勢おり、少年を囲むようにして立っているではないか。きっとこの国の兵士か何かなのだろう。それを見た少年は何かを確信したのかますます興奮し、その興奮のあまり今自分の置かれた状況など忘れて、ものすごい勢いで自分の髪を引っ張っていた男に詰め寄り自身の願望をぺらぺらと喋り出す。
「ねえねえねえ!ここ何処なの!?日本じゃないよね!?だってあなた達日本語話してないもん!それに聞いたことも無い言葉!もしかして地球でもない!?そうでしょ!?もしかして異世界召喚もの!?召喚ものでしょ!?ねぇ!ねえそうなんでしょ!?」
きっと自分は勇者として世界を救うためにこの世界に呼ばれたのだ。そうに違いない。そういうジャンルの話を少年はたくさん読んだ。何故かチートな能力を手に入れて色んな人を助けながら旅をして、仲間と出会って、そして魔王を倒すのだ。物語に出て来る主人公と同じ様に…。
自分が夢にまで見た世界がそこにはあった。これから始まるであろう冒険に胸を躍らせる少年であった…が。
…その返答は暴力と言う形で返ってくることになる。
「…ッ!ネネミ!ガヤエッ!」
「うごっ…!?」
どかっという鈍い音と共に自分の腹部を襲った激痛に少年は膝をつき蹲る。何故殴られたのか。少年は理解できないと言う表情で自分を殴った男を見上げる。
「な、な…んで…?だっ…て…ぼく……」
勇者なのに…。その言葉は腹部を襲う痛みで口から出て来る事は無かった。
「ガヤエソミセミウ!」
「ぎゃっ…」
今度は顔面にを蹴られてしまう。足元に顔があったので丁度良かったのだろう。
(どうして…?)
これが小説ならこんな事あるはずないのに…。自身に向けられる暴力を少年は理解出来なかった。そんな混乱する少年を余所に暴行は止まる気配は無い。腹を蹴られ、顔を踏まれ、そのたびに痛みが少年を襲い、そのたびに少年の呻き声がこの空間に木霊する。
「セルヴォスオズンバイデ!ズエミコオダ!」
少年の行動が癪に障ったのか、言葉が分からなくても男が怒っているのが分かる。けれど、何がいけなかったのかやはり少年には分からなかった。どうして?なんで?と頭の中で問い続けるだけで、自分に降りかかる暴力をただ受けいれるしかなかった。しかし、いつまで経ってもその暴力は止まらない。それどころかエスカレートしていく一方で、遂には身体から嫌な軋む音すら聞こえ始め出したのだ。
自身の身体から聞こえて来る軋む音。それはまるで少年の描いていた幻想が壊れていく音の様であり、暴力を受けるたびその幻想に罅が入っていくビジョンが少年の脳裏に浮かぶ。そして、漸く少年は理解したのだ。
(そっか…そう、だよね…)
例えこれがお伽噺に出てくるような展開であったにしても、これは現実なのだ。所詮現実は何処までも現実で、お伽噺の様に都合の良い事なんて起きはしない。非情で残酷な現実なのだ、と…。
とんだ期待をしたものだと、先程まで馬鹿みたいに浮かれていた自分を思い出して少年は弱々しく自嘲する。
嗚呼、また意識が朦朧としてきた。今度こそ自分は死ぬのだろう。頭の中でけたたましく鳴っている命の危険を知らせるサイレンの音。視界に映る振り上げられた足を眺めながら少年は何処か他人事のように胸の中で「死んだな」と呟きそっと目を閉じる…。
「タレモ」
振り上げた足が振り下ろされろうとしたその時、凛と透き通る少女の声が響いた。
「…ッ!?」
………。
殺伐としたこの場の空気がしんと静まり返る。
(………?)
いつまでも襲ってこない痛みに少年は不思議に思って閉じていた目蓋を開くと、振り下ろされそうになった足が少年の鼻の先でピタリと止まっていた。何故止められたのかは知らないが、自身に向けられるはずだった暴力が未遂に終わってホッと安堵した少年は、声のした方向……部屋の奥を見た。
さっきまで兵士に遮られて見えなかった部屋の奥には玉座があった。それは正に王の権威を示す玉座と呼ぶに相応しく、豪華な装飾が施されている。そして、そこに座るのは王だろうか?霞む視界を凝らし少年は玉座に座るその人物を見て……言葉を失う。
「ヘッアルキョフアンキサセルヴォスムヨノキセキヤフユコニベヌア?」
床にまで届きそうな白い髪、銀の瞳、雪の様に透き通る様な白い肌、煌びやかな純白のドレス。全てが白に統一された玉座に座る少女はお伽噺に出て来るお姫様の様に美しく、それを見た少年はぼーっと見惚れてしまった。
(綺麗だ…)
それ以外に言葉が無い。それ程に純白の少女は神秘的なまでに美しかった。
けれど、それと同時に恐ろしくもあった。何故ならその表情は人形の様に無機質で、少年を見る目はまるで道具を見るかのように冷ややかだったのだから…。
「『フィーリア』ラヤ!キ、キアキ!」
兵士は慌てた様子で少女に何かを訴えているようだが、何かあったのだろうか?兵士の言葉に少女は静かに首を左右に振るだけで頷こうとはしない。
「ミヤマサミヘユハギチベヌ。セルヴォスリソニベコチチョフ。ツガシワタレウヨソマヲウキヤヘン」
「ッ…ジョミ!」
少女の言葉に兵士は納得いかないと言う表情で膝をつき頭を下げた。
何だか良く分からないが如何やら助かったらしい。話の内容が理解できなかった少年でも、この場の空気でそう感じ取ることが出来た。
(助かった…?)
未だ自身の置かれた状況は分からないが、とりあえず危機は去ったらしいと少年ははぁ…っと安堵の溜息を吐いた。
何だ。怖そうな女の子だったけど実は優しいのかな?そう思った少年だったが、そこへ兵士が少年の後ろやって来た。どうしたのかと振り向こうとした少年だったが…。
「えっ?何―――」
その瞬間、後頭部に衝撃が襲う。
ぐらり揺れ暗転する視界。身体が倒れていくのをスローモーションで感じながら少年は少女の方を見る。薄れていく視界に見えたものは、あの冷徹そうな少女が一瞬だけ見せた悲しそうな表情でこちらを見下ろして何かを呟いている光景だった。
「…ゾレンハラミ」
聞こえはしなかったが口の動きでそう言っているのを少年は見た。
その言葉の意味を少年は分からない。少女が如何してあんな悲しそうな表情をしていたのかも少年には分からない。訊ねようにも少年の意識は再び闇の中へと沈み叶うことはなかったのだった…。
…。
……。
………。
…………。
……………。
暗い暗い闇の中、少年は悪夢を見ていた。あの兵士達に暴力を振るわれる悪夢を見ていた。
(痛い…苦しい…)
―――ネネミ!ガヤエッ!
意味の分からない罵声を浴びせられながら絶え間なく降りかかる暴力。少年はそれに抗うことも出来ず、ただ終わることのない理不尽な暴力を耐えるしかなかった。
(やめて…やめてよ…)
もうやめて許してくれと少年は求めても少年の声は彼らには届かない。痛みを訴えれば訴える程その暴力は酷くなるばかり…。
(誰か…誰か助けて…)
少年は助けを求める。どうせ誰も助けてはくれない。そう理解しているのに少年は必死に助けを求める。
「大丈夫」
(……えっ?)
絶望の底。誰かの声が優しく響いた…。
優しく響く少女の声。暗闇の何処からかその優しい声が聞こえてくる。気が付けば少年を襲っていた暴力もピタリと止んでいた。
「大丈夫。此処には貴方を苦しめる人はいないから…」
そう少女は優しく少年をあやす様に語り掛けて来る。すると、暗闇にぽうっと小さなが光が浮かび上がり、その小さな光はだんだんと大きくなっていき少年の身体をやさしく包み込む。
温かな光。まるでそれはぽかぽかとした春の日差しの様に温かく、ぼろぼろに傷ついた少年の身体を優しく癒してくれる。
「あたたかい…」
「あっ……」
ぼそりと少年の口からそう零れると、少女の何か怯えた声と共に暖かな温もりがふっと消え去る。そして、それにつられるように少年も目を覚ます。
「……んっ…」
少年はゆっくりと目を開くと、頭上には心配そうに自分を見下ろす黒髪の少女の顔があった。
「「………」」
交わる二人の視線。お互いの息が当たる程の距離。そんな目の前にある少女の顔。人と接しない少年が女の子に免疫があるわけが無く、ましてや目の前にその女の子の顔があったとしたら、初心な少年がこの先の展開がどうなるかなんてもう分かりきったことだろう。
「ああっ!起きた!はぁ、良かったぁ…。兵士さんにボロボロの状態で運ばれてきたときはすっごく驚いちゃいました」
目を覚ました少年を見て安心した表情でホッと胸を撫で下ろす少女。きっとこの少女が怪我をした少年を看病してくれていたのだろうが、けれど少年それどころではなく、目の前にある少女の顔にみるみる少年の顔は真っ赤に染まっていき、そして遂に限界に達すると…。
「わ、わあああああああああああああっ!?」
「きゃあっ!?」
少年の間抜けな悲鳴が辺りに響き渡たるのだった…。
(だれ!?近っ!?なんで!?というかかわいい…いやいや何考えてるんだぼくは!?)
「わ、わわわわ!?わわわわ……んぎっ!?」
頭から湯気が吹き出しショート寸前の少年は布団を跳ね除け少女から距離を取ろうとしたが、急に体を動かそうとしてズキリと痛みが奔り、悲鳴を上げて布団の上で蹲る。それを見た少女は慌てて少年の身体を支える。
「む、無理に動こうとしないでくださいっ。酷い怪我だったんですよ?」
「う、うぅ……こ、ここは…?」
痛む身体に涙目になりながら辺りを見回す。狭くて古い内装の建物だ。最初に目覚めたあの豪華な王宮とはまるで違う。あっちは洋風だったがこっちは和風と言った感じだろうか。木造建築が和風特有のそれでどこか懐かしさを感じるが、正直言って…ぼろい。
そんな一室の真ん中に布団が敷かれており、少年はそこに寝かされていたらしい。
(ん?……布団っ!?)
今気づいたが自分が寝かされている敷き物。それは日本特有の寝具『布団』だった。それに布団だけじゃない。最初は混乱して気付かなかったが、何故少年は少女の言葉が分かる?いや、そもそも少女が話している言葉は…。
「……日本語?」
そう、日本語だ。少年の目の前に居る少女を話しているのだ。城らしき建物にいたあの兵士達や白い少女は聞いたことの無い国の言葉で話していたというのに、目の前の少女は日本語を話しているではないか。
「に、日本語…は、話せるの?」
女の子と話すことに緊張して口調がしどろもどろになりながら少年は少女に訊ねた。
「え?それは話せますよ。私は貴方と同じセルヴォスなんですから」
「セルヴォス?」
首を傾げて何を言っているんだと言いたげな少女に少年も同様に首を傾げる。
セルヴォス。何処かで聞いた単語だと少年はそう思った。確か王宮に居た者達の会話に頻繁に出てきた単語がそんな感じだっただろうか。
「はい。召喚されし者。召喚者です」
「召喚者…」
(召喚…。やっぱり僕は異世界から召喚されたのか…)
理想とは扱いがまったくかけ離れていたが、自分の予想は正しかったらしい。少年は痛む身体を撫でながらあの光の穴の事を思い浮かべる。きっとあれがこの世界と自分の世界を通じる門か何かだったのだろう。
「この村はセルヴォスを隔離し管理するための村。王都の人達からは隔離村と呼ばれてます。貴方は王都からこの隔離村に運ばれてきたんですよ。そして、此処は私の家です」
隔離村。なんて嫌な響きだ。少年は顔を顰める。
「隔離って…何で?」
「それは…」
少年の問いに少女は表情を曇らせると、どう言うべきか言葉に悩んだ末に重く口を開けた。
「…私たちは奴隷ですから」
『奴隷』。その言葉を聞いた時、少年は全身から血の気が引くのを感じた。
平和な国で育った少年には無縁な言葉。けれどそれがどんなものかは学校の歴史で習って知っている。この少女がとてもまともな扱い受けていないのは確かだった。そして少女は「貴方と同じ」と言った。つまり自分も奴隷と言うことになる。
(じょ、冗談じゃない!?)
確かに少年はお伽噺の様な世界を望んでいた。けれど、奴隷になりたかったわけじゃない。そもそも奴隷なんて何世紀前の話だ。この世界の文明レベルはどうなっているんだ?
「この世界は魔法によって生活が回っています。火を起こす時は魔法を使い、水を汲むのも魔法、涼みたい時には魔法で風を起こします。ですが、私達セルヴォスは魔法が使えません。そんな私たちは隔離村の付近にある鉱山で鉄を掘り続けることしか存在価値なんて無いんです。そして、この国はそんな私達を召喚し奴隷として働かせることで富を得て発展してきました」
「そんな…」
聞けば聞くほど少年が学んだ奴隷貿易そのものだった。魔法の存在しない世界から呼び出しておいて、魔法が使えないから奴隷として働かせる。横暴としか言いようがない。
何が村だ。村とは名ばかりの強制収容所ではないか。普通じゃない。こんなの許されて良い訳が無い。
「き、君達はそれで良いの!?勝手にこの世界に呼び出されて、奴隷なんかにされて!」
「私たちは生まれた時からそうでしたから。そういうものなんだとしか…」
そんな扱いを受けて如何して平気なんだ。そう必死に訴える少年だったが少女は困惑するだけだった。生まれた時からそう育てられ、今までそう生きてきた少女にとってそれは当たり前のことであって、疑問など抱くはずなどなかったのだ。
「生まれた時から?…え?君は僕と同じで召喚されたんじゃないの?」
「私たちは大昔に召喚されたセルヴォスの子孫なんです。村長に聞いた話では最後に召喚が行われたのは大体400年前、ある事件が切っ掛けでそれっきり召喚の儀は行われたことはありません」
「ある事件?」
それは何かと少年は訊ねようとしたが、少女に強引に布団に寝かされてしまう。
「それはまた後日。今はゆっくり休んでください。さっきも言いましたけど酷い怪我なんですから」
少女は柔らかに微笑んでそう言うと、治療するための道具か何かだろうか。それを持って立ち上がり部屋の出口へと歩き出す。
そして、何かを思い出して少女はその長い髪を翻しながらくるりと少年の方へと振り返った。
「…あっ、自己紹介がまだでしたね。私、ハルナって言います。貴方は?」
ハルナと名乗った少女のまるで太陽の様な暖かな笑顔。その笑顔に少年はどきんと心臓を跳ね上がらせ、赤面しながらもぼそぼそと小さな声で自分の名前を名乗る。
「…学。高嶺 学」
高嶺学。それが少年の名前。その名前を聞いてハルナは「良い名前ですね」と微笑んで、その笑顔を見て学はまた顔を赤くさせた。
奴隷としてこの世界に召喚された何のとりえもない平凡な少年。高嶺学。この少年の存在がこの世界を大きく動かすにことになろうとは、この時は誰も予想すら出来なかった。その本人でさえも…。
初のオリジナルものです。
二次創作は結構書いてきましたがオリジナルは初めてなのでおかしな部分も多いでしょうが、温かく見守っていただけたらと思います。