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少女と王  作者: 咲夜
5/13

リリアの花に眠る記憶

遅くなりました。ギルバート視点です。少し長いです。

崩れ落ちる王を、俺は黙って抱き止めた。


ちらっと顔を覗けば堅く閉ざされた瞼に、少しばかり強過ぎたかと後悔したが、今までの恨み込みということで勘弁してもらおう、と気にしない事にした。


「ほんと…、こんな奴のどこが良かったんだろうな……」


思わず溢れた言葉に、苦笑いが浮かぶ。


「おい、お前。もう治ったんだろ?こいつ頼むわ」


先程から空気のようにいた青年に王を押し付け、リオの側に行って細い体をゆっくりと抱き上げた。


顔を見て、溜め息を一つ。


「そんな、笑顔で逝くなよ」


穏やかな顔に少しばかり腹立たしくなる。


「ほんと、見る目のない女…」


彼女を運びながら、思い出すのは出立の前日の夜。


今日のように、満月が美しい夜だった。






「よう、リオ。こんな時分にこんなところでどうした?」


花咲き誇るリリュイの月。


花の女神リリュイの象徴であるリリアの花が咲き乱れる美しい庭に、彼女はいた。


王宮の中心にあるどでかい庭園とは違い、少し外れたところにあるこじんまりとしたこの庭は、あまり人が来ず、ゆっくりと休むにはもってこいの場所で、俺のお気に入りだった。


「ギルこそ、どうしたの?てっきり今夜は飲み明かすのかと思ってたんだけど」


キョトンとするリオは薄い寝間着にショールを羽織っただけという無防備な格好で、俺は呆れて溜め息を吐いた。


「出立前に馬鹿みたいに飲むかよ……ていうか、お前。もう少し女だって自覚を持て」


いくらショールを羽織っているとは言え、浮き出る体の線や大きくあいた胸元は人目を惹く。


見てられなくて……いや、本当はガン見したいがそういう訳にはいかないので、俺は着ていた薄手の上着を脱いでリオの肩にかけた。


「ありがとう。ふふっ心配性だなぁギルは!」


クスクス笑うリオに、軽い頭痛を覚える。


ほんと、どうしてこんなに鈍いんだかなぁ…。


でもまぁ、久しぶりに彼女の笑った顔が見れたから良しとするか。


視線を庭に戻すとリオも再び花を眺め、静かで穏やかな時間が流れる。


風にさやさやと揺れるリリアの花を見つめ、ふと以前リオが言っていたのを思い出した。


「なぁ、リオ。リリアの花、お前んとこの…、何だっけ。何かの花に似てるって言ってなかったか?」


「桜だよ。サ.ク.ラ。私と美桜の名前にも使われてるの」


淡い桃色をした五枚の花弁が、時折風に乗って宙を舞う。


それに手を伸ばして、リオは言った。


「花は桜木、人は武士って言葉があってね。どちらも散り際が潔いことを言うんだって。…私も、そうあれたらなって思うよ」


面に浮かんだ儚げな笑みに、急にギルバートは不安に駆られた。


このまま、彼女が泡沫の様に消えてしまうのではないか。


そう、思えて…。


「……っ!」


「…?ギル?」


気づけば、彼女の手首を掴んでいた。


きょとんとして俺を見上げるリオに、俺は言った。


「……本当に、明日行くのか? 」


驚きで見開かれた瞳を見つめ、続ける。


「今からでも、遅くない。あのお子様陛下に理由を言って取り消してもらえ!命が掛かってるなら、いくら甘ったれぼっちゃんでも、さすがに止めるだろう!?」


今まで押さえていた分、言葉が堰を切って出て、止まらない。


「何故、アイツに理由を言ったらダメなんだ?何故、俺が知ったときに言うなと止めた?もし、伝えていたら、お前はもっと長く生きれた筈なのに!」


好きな女に生きていて欲しい…、そう思うのは当然だろう?


なのに、その当たり前の様な願いさえも、叶わない。


他ならぬ、彼女自身のせいで。


「どこに好いた女を戦地に連れて行きたがる奴がいる?俺は、お前に一分一秒でも長く生きていて欲しい、それだけなのに!」


吐き出して、肩で息をしながらも真っ直ぐにリオの目を見る。


その瞳に涙が滲んでるのを見、少し怯んで手を離した。


重たい沈黙の後、リオが口を開いた。


「…ありがとう、ギル。こんなにも、私の事を想ってくれて……。でも…」


一度言葉を切り、俯いてきつく唇を噛み締めるリオ。

見てられなくて、俺は彼女の体をそっと抱き締めた。


「わかってる。アイツが好きなんだろう?」


胸元で、確かに縦に動く頭に溜め息を吐く。


「なら、何故言わない?」


「……怖い、から」


「何が怖い?それは、死ぬ事よりも恐ろしい事なのか?」


わからなくて問うと、再び頭が縦に動く。


「…怖い」


「何が、そんなに怖い?」


暫くの沈黙の後、聞こえたのは小さい…けれど悲痛な叫び。


「……代償を知った上で、戦地に行けと言われるのが……怖い……っ!」


全く予想外の言葉に、俺は完全に硬直した。


けれど、止まらないのかリオが思いを叫び続ける。


「ヴェルは、私が嫌いだから…。命を代償と知って、笑顔で送り出されたら…、笑顔で、死ねと言われたら……、そう思ったら、怖くて、怖くて言えないっ!」


嗚咽を殺しもせず、子供のように泣きじゃくるリオの背をあやすようにポンポンと叩きながら、内心では腹が煮えくり返っていた。


(あんのバカ王が!)


城仕えしていない俺ですら、リオと王の不仲は知っていた。


だが、ここまで……相手に死を望まれているのかも…という疑問が浮かぶくらい深刻だとは思わなかった。


泣き声がおさまり、ひっくひっくとしゃくり上げているリオに俺は言った。


「…療養所では、力を使うな」


「えっ?」


泣きはらした眼を丸くして顔を上げるリオを真っ直ぐ見据えて、言葉を重ねる。


「今回の遠征にはルイスも来る。本当に重症じゃない限りは、医師と薬師で間に合う筈だ。重体なら流石に力を借りなきゃいけないが、ある程度まで治療すれば後はあいつらが何とかするだろ?完全に治癒する必要は無いんだ」


命が助かればそれでいい。


言い切る俺に、でも…とリオは渋った。


「それじゃあ私が、皆に負担をかけてしまう…」


「構わんだろ?それこそ、今までお前の治癒で医師や薬師は楽してきたんだ。たまには働かせてやれ」


それに、とまだ表情の晴れないリオにニヤリと笑う。


「傭兵王と呼ばれたこの俺が前線に出るんだ。そう簡単に大怪我なんか出るわけないだろ?」


この名は伊達じゃねぇよ。


そう言うと、ようやくリオが笑った。


花女神リリュイも妬くほどの、綺麗な笑顔だった。


月の設定です。()内が日本の月です。



命芽吹くミリアの月(3月)生命の女神

花咲き誇るリリュイの月(4月)花の女神

風薫るシルヴァの月(5月)風の神

慈雨降るルーイアの月(6月)雨の女神

草木茂るリュラークの月(7月)大地の神

天照らすサラナの月(8月)太陽の神

闇照らすラーナの月(9月)月の女神

山色めくヤイファの月(10月)魅惑の神

生眠るユルクの月(11月)眠りの神

雪降りるスノリアの月(12月)雪の女神

祝福されしイオの月(1月)全能神

明け待つウルカの月(2月)暁の女神





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