王が嫌う少女
柔らかく暖かな光が、奴の小さな掌から溢れる。
治癒魔法を初めて見たのだろう。
負傷した兵士は、驚いたように目を見張り、みるみるうちに塞がる傷を間抜けた顔で見つめていた。
どんな病も怪我も、たちどころに治してしまう治癒魔法。
それを使うのは、私の寵姫ミオの姉にして侍女のリオ……、私が最も嫌いとする人物だ。
奴は、側室入りの話を蹴って私に恥をかかせただけでは飽きたらず、貴重な治癒魔法を三年もの間、隠していたのだ。
しかも、力があると知ったのも偶然。
あんなことが起きなければ、奴はずっと隠したまま、厚かましく城に居続けただろう。
一ヶ月程前、私の兄キースが廊下で急に倒れてしまった。
偶々その場に居合わせた彼女は、何故か直ぐにその力を使わなかった。
慌てて医師だ薬師だと周りが騒ぐ中、彼女は黙って兄を見つめ続け、ややあって兄の側に膝を着いた。
何をする気だと周りが見守る中、震える手を胸元で組み、深呼吸してから、その澄んだ声を響かせた。
「生命を司りし女神ミリアよ。……彼の者に癒しの光を与えたまえ…」
組んだ掌から光が溢れ、その両手を兄に翳すと、穏やかな光が広がり兄を包んだ。
誰もが予想していなかった事態に、皆茫然とその場に立ち尽くし、その光景に見入った。
そして誰もが、とある噂を思い出した。
黒衣の聖女。
黒のヴェールで顔を隠した女性が、無償で人々を癒しているという。
淡い光を纏った彼女は、平凡な容姿なのに他の誰よりも美しく、そして優しい聖女に見えた。
暫くして、光が消えたと同時に兄が目を覚ました時、辺りは歓声に包まれた。
けれど、そこで一つ問題が起きた。
兄に、後遺症が残ってしまったのだ。
下半身が全く動かず、茫然とする兄を慌てて医務室に運び、診察してもらうと、動けるようになるまでかなり時間がかかる上に、完全に元通りとはいかないらしい。
それを聞いて激怒した私は、再度治癒魔法を求めた。
どんな病も怪我も治せるのならば、後遺症も治せる筈。
けれど、それを止めたのは他ならぬ兄だった。
少しだけ二人きりにしてほしいと言われ席を外した私は、奴をどうしてやろうか…とその事ばかり考えた。
そして、思い付く。
長くより続く隣国との小競り合い。
肥大化はしてないが、それでも国境付近で多くの負傷者を出している。
私は、そこに彼女を送る事を決めた。
軍を派遣する中に彼女を混ぜ、送り出したのは半月前。
そろそろ音をあげる頃かと、馬を飛ばして様子を見に来てみれば。
驚くほど痩せこけた彼女が、兵士の治療に中っている最中だった。
苦し気に眉を寄せ、それでも懸命に力を使う彼女に罪悪感を抱いた、その時。
不意に上体を倒し、口元に手を当てた彼女は激しく咳き込み……。
血を、吐いた。