始まりの終わり、終りの始まり
胸に鋭い痛みがはしったかと思ったら、次いで喉から何かがせり上がる。
口に手をあて堪えきれず吐き出せば、私の手が赤に染まった。
あぁ、来るべき時がきたのか……。
全く力の入らない体が、冷たい床に崩れ落ちる。
体の寒さとは裏腹に、掌の印だけが熱を持ったように熱かった。
生命の女神ミリアの刻印。
病や怪我も、たちどころに治してしまう治癒魔法は、女神ミリアの刻印を持つ愛し子にしか使えない。
しかし、女神ミリアは何百年もの間、愛し子を選ばなかった。
それは、女神ミリアの刻印が“死の刻印”と呼ばれる事と関係している。
治癒魔法は普通の魔法と違い、術士に宿る魔力は一切使わない。
使うのは、術士の命。
治癒魔法を使う度に、寿命が減っていくのだ。
寵愛する子に印を与えても、直ぐに死んでしまう。
その事を憂い、女神ミリアは愛し子を選ばなくなったのだ。
そんな女神に無理を言って印を与えて貰ったのは私だ。
義妹だけ喚ばれる筈だった異世界に、誤って私まで巻き込んでしまったその詫びとして何か力を授けると言われた時、私は迷わず治癒魔法を望んだ。
生まれつき体の弱い義妹の体を、治してあげたかったから。
命を縮めると明かされても、私の気持ちが変わる事はなかった。
義母の虐待から私を守ってくれた、優しい義妹の為に。
その義妹も、後半年後には王妃になる。
花嫁姿を見れないのは残念だが、良い。
むしろ、助かった。
大切な義妹と、好きな人との結婚式など、見たくない。
でも、最後が何故この人の前だったのか…。
霞みゆく視界が捉えたのは、グラフィティス国王ヴェルグラス.ロワレ.グラフィティス……、美桜の婚約者で私の好きな人だった。
あぁ、この人の前でだけは、死にたくなかったのに…。
私をとことん嫌い抜いている彼は、きっと私の死を喜ぶだろうから。
けれど、予想に反して彼の表情に喜びの色はなかった。
驚きに目を見張り、震える唇が微かに動く。
何故…と。
それで、彼が治癒魔法の代償ついて知らない事がわかった。
確かにミリアの刻印は死の刻印と呼ばれていたが、それはもう何百年も前の話。
知らなくて当然なのだ。
その事に至って、私は心の底から安堵した。
良かった。
彼が、私を殺そうとして戦地の療養所に送った訳じゃなくて……。
ほっとした途端、体が重くなる。
私は最後の力を振り絞って、ヴェルグラスに微笑んだ。
「ごめ…なさ……い…。どう、か…しあ……せ……に…」
溢れる想いが、雫となって頬を伝う。
それを拭う事も出来ないまま、私は静かに瞳を閉じた。