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ナマズとふりかえる日々

ナマズ少女と会った日から、僕の生活は激変してしまった。


それは安寧と堕落を続ける怠惰な日々への別れを意味していた。


今までの僕といえばなんとなく授業を受け、昼メシを食い、放課後になれば帰る。そしてまた次の日がやってくる、とまあ典型的な寂しい人生を送っていたのだ。


それもこれも西之園に原因があると僕は考えているのだけど、そうは言っても当人に自覚がないのだから、単純に僕の普段の行いのせいとも考えられる。


どちらにしたって、こんな日々が高校卒業まで続くのだろうと思っていた。


それが今はーーー。


授業中にも関わらず携帯のバイブを感じた僕は、こっそりとそれを取りだした。画面には予想通り、西之園の名前があった。


『今日はどうする?わたしは部活があるから、できればヨシヲくんに見てきてほしいんだけど!用事があるならムリにと言わないけど・・・』


用事などない。すぐにわかった、とだけ返信した。西之園とはクラスが違う。そのせいか学校にいる間は携帯でやり取りすることが多かった。


西之園は僕と違って多忙である。文武両道の才女で、生徒会にも所属しているというまさにラノベにでも出てきそうな女の子だ。


その辺のかねあいもあり、僕と西之園で順々に沼を訪れていた。


こうして僕は今日も不沈沼に向かうのだ。あのナマズ少女の世話をするために。



「うな!ヨシヲにいちゃん、うななちわ!」


「うななちわ?こんにちわの事か?」


ナマズ少女はこくこくと頷いた。相変わらず沼の中から顔と肩を出しているのだが、見慣れてしまったせいか違和感がない。


「前にふつうにあいさつ出来てただろうが。よく分からないやつだよな、お前も。ところで傷の方はどうだ?」


「いたくないです!みてみて」


「しょうがないな、ほら、頭こっちに向けろ」


「ん」


素直にしたがうナマズ少女。そのつるりと黒く光る頭に貼られた絆創膏をちょっとだけはがしてみる。まだ多少赤みはあるが、だいぶ良くなってきているようだ。


「よしよし、もう少しだな」


一応新しい絆創膏に取り替えてやる。救急セットは西之園から事前に受けとっていた。


「そういえばさ、お前のそれ、どっちが本体?」


「うな⁉ ほんたいとかないです!うなはうなぎです!」


「いやどう見ても顔が二つあるじゃないか。そっちのはいつも寝てるみたいだけど」


ナマズ部分は今日も目を閉じて寝ているように見えた。ただ口元は何やらムニュムニュ動いていて、ヒゲも自立しているみたいにくねっていた。


「これはごはんたべるときにつかうな!ぱくんってなりますぱくんって!」


「ふーん。でもなにを食べるんだ?」


「なんでもたべます!かんがえたらおなかすいてきました」


「アホだな」


「う、」


「アホッ娘」


「うなー!!」


ナマズ少女は突如としてジタバタ暴れだしたが、僕はすかさずヘッドロックをかましてナマズ部分を抑えこんだ。


「うななななななっ!」


痛がるナマズ少女。本気の僕。そこには真性のクズがいた。


「あー、いつのまにそんなに仲良くなったのかなー!」


「うな!」


その声にヘッドロックを解除して振り向く。西之園が立っていた。


「あ、ども」


「ども、こちらこそ。てなんでそんなに他人行儀なわけ?」


西之園は怪訝そうに言った。行儀もなにも他人だしとは口にしない。単なる気恥ずかしさだということは僕も分かっていた。


「ぶ、部活だったんじゃ?」


「んーそうなんだけど、サボっちゃった。青春のサボタージュ」


西之園は両手を広げてくるくる回った。たしかに逃避行っぽい。


「えんかおねえちゃん、うななちわ!」


「うななちわ!うなちゃんそれずいぶん可愛いあいさつね。これからもそれでいこうかしら。ね、ヨシヲくん?」


「え⁉ うーん、どうだろう」


反応が微妙すぎたのか、西之園はやれやれといった様子でクビをふった。


「ところで二人で何してたの?わたし抜きですごく楽しそうだったけど」


「ヨシヲにいちゃんがいきなりだきついてきました!」


「をい⁉ あれは違う、ただのヘッドロックだ!誤解しないでね西之園さん」


ふーん、とすかさずのジト目がこちらに向けられる。それは視線の暴力だった。


「性春だねえ。でもあんまりおイタしちゃだめよ、彼女はまだ五歳なんだから」


「だからそうじゃないってぇぇええ!」



「うなもいきたいです!」


「だめだ」


「うなー!」


「だめったらだめだ。絶対にだめ」


「がーん」


「なんて古いリアクションを取るんだ、お前は。とにかく沼から出るとかありえないだろ」


そう否定する僕に、ナマズ少女は再び暴れだした。すかさず飛びついてヘッドロックをかけようとしたが、西之園に止められた。


「別にいいんじゃない?要は彼女がただの五歳児に見えれば問題ないわけよね?」


「そうだけど、それが問題なんじゃないか。こんなのが街をうろついてたらすぐに騒ぎになるよ。何か策があるなら話は別だけど、どう考えてもこいつは・・・」


ナマズの化け物だ。見るからに怪しいし、よく見ても怪しい。


なぜこんな言い合いをしているかというと、それはナマズ少女の食事の話に戻る。西之園もこいつが普段なにを食べているのか気になっていたらしいのだ。ナマズ少女は何も食べてないと答えたが、聞きだすと、どうやらふつうのナマズが食べるような物を食べるらしい。


たとえばドジョウやタナゴなどの小魚、エビなどの甲殻類、昆虫、カエルなどの小動物と多岐にわたる。言ってしまえばそれはただの雑食だった。


「なんかお前、気持ち悪いな」


素直に言う僕。べつにいじろうと思ったわけではない。


「うな⁉ うーきもちわるいっていうなです!」


「わるいわるい。まあそれぐらいなら僕が取ってくるって言ってるんだよ。素直に待ってろ」


「いやです!うなもいきたいです!いきます!」


「お前なー・・・」


「あ、閃いた」


言ったのは西之園だった。続いて僕の肩に手をかける。


「うなちゃんを引き揚げて、陸にあげましょう」


西之園を見ると、瞳がかがやいていて、まるでおもちゃを見つけた子どもそのものだ。


果てしなくイヤな予感がしたが、僕が西之園のすることに逆らえるわけもなかった。


しぶしぶ了承し、ナマズ少女の手を取る。


「ほら、ひっぱってやるから僕の肩を掴め」


「う、うなーー」


しかしナマズ少女は動かない。顔を赤らめて、決してこちらを見ないというような意思が伝わってくるほどに視線をそらしている。


「・・・なに、照れてるの?」


「ち、ちがうな!そんなんじゃないですーぺっぺっ!」


「ふーん。なんでもいいけど早くしろよ。西之園に怒られちゃうぜ」


「うなー、それはこまります。う、うな!」


がっし、とわしづかみにしてくるナマズ少女。ナマズだからだろうか、パワーがすごい。こいつは加減という言葉を知らないのか。


「よーし、いくぞ!」


腕にチカラを入れて、一気に引き揚げる。上半身ができったところで手を腰辺りに回し、自分の身体ごと地面に倒れこんだ。


ハンバーガーのように重なり合う僕たち。


「おまえけっこう重いのな」


「う、れでぃにたいしてしつれいうな!」


「レディ?どこがだよ。そんなことより早くどいてくれ、ヌメヌメしてて気持ち悪いんだ」


ナマズ少々はブツブツ文句を言いながらも右に回転した。体をかばうようにゆっくり立ち上がった。


「うなちゃんやっぱり足もあるのね~これなら問題ないわ」


西之園はなぜだか納得したようだった。僕もそこに目を向ける。白くすらりとした足が黒い体から伸びている。これは完全に人間のそれだ。


ナマズ少女に手を貸してやって起き上がらせる。


「それで西之園さん、これからどうするの? まさかこのまま連れていくわけにはいかないだろ」


「そのまさかよ」


西之園は得意げに笑った。


「どこからどう見てもこの子はうなぎの着ぐるみを着た女の子じゃない? 沼で泳いでいなければ。そうね、ヨシヲくんの親戚の子どもが夏休みで遊びにきてるって設定でよろしく」


「・・・」


西之園の名案とは人間の思い込みを利用する類の、まあ簡単にいえばそのまま歩くだけというものだった。










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