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ナマズと沈まない沼

不沈沼。


祖父が口にしたその言葉を僕はしっかりと脳に刻みこんだ。おそらくこの町唯一の沼だ。


祖父の話によるとその沼は東に位置する森の中にあり、町の人でさえほとんど近づかず、どころか存在すら忘れているような沼らしい。


なぜ祖父がそんな場所を知っているのかについては教えてもらえなかったが、沼のだいたいの場所と沼で釣れる魚だけは聞くことができた。


いわく、ナマズらしい。


たしかに沼といったらナマズだ。まあ後者の情報はどうでもいいとして、沼の場所を知ることができたのは思わぬ成果だった。


僕は制服のまま、携帯と財布だけをポケットにつめて家を飛びだした。もちろん庭にとめてある母親の自転車に乗ってだ。


時刻は午後五時十五分。


西之園がいるとしたらその沼なのだが、果たしてまだいるだろうか。そもそも本当にそんなところに用事があるのだろうか。


とんでもなくマヌケなことをしているような気がしたが、そんな思いを振り払うように自転車の速度をあげた。



舗装された道がおわる辺りに自転車を止め、徒歩へと切り替えた。


東の森には大小さまざまな樹木が立ちならび、雑草も伸び放題になっていて、うす暗く、鬱蒼とした雰囲気がただよっていた。


小さいころによく祖父に連れられて虫とりなどにきたが、いつのまにかそういった遊びから卒業してしまった。あれはいつのことだったろうか。


そんなことを考えながら適当に進んでいくと、あることに気付いた。


「獣道・・・人が通ったあとか?」


背の低い雑草がかき分けられ、かすかに道ができている。人ひとりがようやく通れるような、せまい道だ。


なぜだか僕はピンと閃いて、その道をたどることにしてみた。踏みつけられた雑草は新しく、枯れていない。この道は最近できたものだとあたりを付けて、賭けてみることにしたのだ。


こんな何もない森を進むなら、それなりの目的があるはずだからだ。それになにより、祖父から教えてもらった沼の方向へと伸びている。


自然とたかなる胸の鼓動。昔なつかしい、一種の探検のようなワクワク感を感じているのかもしれない。男子はいつだって、そんな好奇心に満ちあふれているはずだ。


やがてーーー


どれくらい歩いたのだろう。僕は目的地に到着したことを確信した。


森のなかでそこだけ切りとられたかのように木々がなくなり、地面が露出している。その先に沼があった。まさに沼と表現するにふさわしくにごった水が満ちていて、ハスのはらしき水中花が点々と浮かんでいる。


そしてその沼のほとり、一人の女の子の背中を発見した。それはくしくも数時間前に体験したものと同じような光景だった。ただ違うのは、その子がしゃがんで沼を覗きこむような姿勢をしているということぐらいだ。



西之園エンカーーー



「まじで沼にいやがった・・・」


僕の感想はそれだけだった。別に嬉しくないし、喜びもひとしおということはない。達成感はすこしだけあったが、それだけだ。本当にいた、というだけ。


さてどうしようか。僕はそこで気付く。


ここで話しかけたら、どうなるのだろう。まさかこんな人気のない森の中で偶然をよそおうのは無理がある。あるとすれば、学園のマドンナである西之園を追いかけた結果、ここにたどりついたということくらいだ。そしてそれはある意味正解であり、ストーカーだの何だの罵られたとしても弁解できないことを表していた。





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