魔王が駆け落ちをしたので後始末を押し付けられた妹殿下の話
その日、魔界に激震が走った。
魔界領でも指折りの大国、そこの魔王は悪名が轟きすぎていた。魔人はぶっちゃけ自由人が多いがそれでもその魔王は傍若無人すぎた。悪名が轟きすぎて、何度も人間領の国と戦争になりかけるぐらい。
人を人とも思わない………奴は魔界にはごろごろ居るが人どころか同胞である魔人ですら同胞とも思わない所業を繰り返した無慈悲冷徹愉快犯的な気まぐれ魔王は誰もが予想もしえない形で魔王の座を明け渡すことになるとは人間領魔界領の誰一人としては想像しえなかった。
『大変です!!魔王様が攫って来たお姫様と真実の愛に目覚めて駆け落ちしましたぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』
顔面蒼白で走り込んできた部下が叫んだ一言に報告された上級魔族………傍若無人唯我独尊他人のことも他国との関係も何一つ省みずに好き勝手し放題、でも歴代魔王の中でダントツの能力の高さを誇る現魔王の尻拭いを生まれて数百年ずっとさせられ続けたきた魔王の妹君は勝手に他国侵入した挙句そのこお姫様を城に掻っ攫ってきた魔王の所業の所為で勃発しかけた魔王領と人間領の数国連合との戦争回避のために奔走していた(残念ながらここまでの流れは過去に何度も何度も何度も!!体験している)ところそんな一報を聞かされ、思わず近くにあった大木に雷を落とし真っ二つにした。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!落ち着いてくださいいぃぃぃぃぃぃ!!」
爆音にプルプル震えながらも果敢に宥める部下。とんでも報告を持ってきた部下は白目を剥いていたがその襟首を妹君ががしりと掴み上下に揺らした。
「落ち着けるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!あの兄貴が!人も魔人も暇つぶしの玩具かそれ以下としか認識できないあの兄貴が真実の愛になんぞ目覚めるかぁぁぁぁぁぁぁ!!気色の悪い冗談言う暇があるなら人間領のご機嫌とる方法や姫さんを無事に送り届ける算段でもつけなさいぃぃぃぃぃぃぃ!!」
ばりばりばり~~~~~~!!と派手に雷(本物)を落とす妹君。自慢の黒髪は雷を落とす所為で静電気で逆立っていた。
「シリル様!!落ち着いてください!こんな所で雷落としていたらまた、賠償問題が持ち上がりますよ!」
「っう!そうね、うちにはもう余分に支払う金なんてないわ」
部下の決死の言葉に怒りのままに雷を落としまくっていた妹君の目に理性が戻る。ふうふうと息を吐いて感情を逃がしたあとは冷静ないつもの彼女に戻っていた。
「で、どこからそんな根も葉もない気色悪いガゼが流れたの?」
「ごほごほっ!が、ガゼじゃ、ないです………しんじ、られ、ませんが………真実、です………」
よろよろと懐から魔王以外捺印できない特殊な蝋で封をされた手紙を差し出す部下。
手紙に書かれた筆跡は確かに見慣れた兄のもの。漂う魔力も同じく。
妹君は嫌な予感を感じながらも手紙を受け取り、封を切る。
ざっと中身に目を通し、そして、真っ白に燃え尽きた。
「シリル様!!!」
がくりとその場に膝から崩れ落ちた妹君の手に握られた手紙にはこんなことが書かれていた。
『親愛なる我が妹シリルへ。
突然だが兄は真実の愛に目覚めた。姫を愛してしまったのだ。最初は暇つぶしに人間領と揉め事を起こして右往左往する人や魔人をからかったり裏から操ったりするためだけに適当な国からさらってきただけだったのだが彼女の崇高なる人格と魔王である私にさえ屈しない気高い心にいつしか心奪われてしまったのだ。姫は(以下延々と姫に対するのろけが数十枚分続くので省略)。
と、言うわけで私が魔王である以上姫とともに生きることは叶わない。いずれシリルたちは戦争回避のために姫を国許に帰すだろう。姫と私は引き裂かれたくない。姫のために私は魔王であることをやめる。ただの人と魔人としてともにいきたいのだ。
魔王はシリルに譲る。後は頼む。私は姫と幸せに暮らす。子供は三人は(以下未来予想図が延々と綴られているので後略)
ジラールより』
自分勝手極まりない。いつか、いつか、いつか魔王の座から引き摺り下ろしてどっかに幽閉しときたいとは常日ごろから思っていたがこうも身勝手な退陣をされるだなんて思いもしなかった。
しかも、だ。魔王が姫を愛した。それはいい。いや、よくないけどあの兄が愛だの言っているのは気色悪くてしょうがないけどそれはこの際置いておいて、だけど姫の方はどうだ?兄をあの性格破綻者を愛したのか?
答えはどう考えてもノーだ。
無理やり駆け落ちに同行させたのかそれとも魅了の術を使ったのか………考えれば考えるほどに犯罪の匂いしかしない。
絶対に一方的に姫に惚れた魔王が彼女の意思確認など一つたりともせずに掻っ攫って逃げたというのが真相に違いない!
「………っ」
「シリルさま?」
「やばっ!大気が震えている!総員緊急事態に備えろ!!」
怯えたような部下の声に副官が激を飛ばす。
地獄の底から聞こえてくるような声にその場にいた部下全員が懐から雷防止の術の掛かった強大合羽を素早く被り地面に伏せた。
それと同時に限界まで高まった妹君の魔力が渦巻き巨大な雷へと変換された。
「なにやってんのよ!!馬鹿兄貴ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
バリバリバリ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!
鼓膜が破れるかと思うほどの大音量と全てを塗りつぶすかのような凄ましい光が当たりを包んだ。
その日、神の怒りのような強大雷が各地で目撃されたという。