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厄病女神

雪子ちゃん作戦

作者: 雑草生産者

これは「厄病女神寄生中」の先輩の過去の話です。

まあ、「厄病女神」を読んでいようといまいと、あまり関係ないですけどね。


「最早、交渉の余地はない」

 俺は唸るような声で言った。

 会議の場に集まった幹部たちは一様に頷いた。

「これ以上、話し合うことはないって言われたしなー」

 主席執行委員が頭をボリボリ掻きながら言った。

「生徒会の連中は妥協という言葉を知らないようだしねー」

 書記長が呆れたような口調で言った。

 我々は静かに頷いた。

 俺はおもむろにむくりと立ち上がった。

「諸君、そもそも、我々は長らく学校未承認の反生徒会組織として活動してきた。その中で目的の為ならば多少非合法な手段を度々使ってもきた」

 お陰で俺は反省文を八回も出している。

 まあ、歴代の執行委員長は例外なく一度は停学を食らっているので、まだマシな方だ。

「しかし、それは全て生徒が為だ。学校が為だ。生徒会の専横を看過せず我々が生徒会の所業を監視し、制御し、反抗してきたことによって、今日の我が校の栄光があると言っても過言ではない!」

 十分に過言であることは俺も理解している。そして、幹部連中も理解している。しかし、彼らはうんうんと大儀そうに頷いた。演出を分かっている。

「我々は生徒会に唯一対抗する組織としてこの二十数年を経てきた。が、しかし、諸君も御存知のように、我々はこの度、未曾有の危機に瀕している!」

 幹部たちの顔が真剣なものに変わる。

「今まで、我々は生徒会選挙に公に暗に介入し、生徒会側に影響力を及ぼしてきた。そして、今回の選挙でも我々は密かに多くの票を動かした。が、しかし、この度、生徒会長に就任した木村という男。奴は畜生にも劣る最悪の人間である!」

 俺の言葉に幹部たちはぶんぶんと首を縦に振った。

「うちらが選挙協力をしたお陰で当選できたくせに、いざ、受かったら、三階会議室を出て行けって、酷すぎるでしょー」

 書記長がぷりぷりと怒りながら言った。

 その通りだ。

 確かに、我々は三階会議室を不法占拠していたが、そもそも、会議室は他に三箇所もあるのだし、そもそも、協力してやった我々に対する仕打ちは道理に反するものではないか。

 俺が怒りの演説を続けようと息を吸った時、

「お客様」

 声が掛けられた。

 若いウェイトレスだ。0円スマイルを浮かべている。接客業の鑑だ。

「他のお客様のご迷惑になりますので、お静かに願います。もしくはさっさと帰ってください」

 しかし、その笑顔が恐い。

「………諸君、場所を変えよう」

 我々はすごすごとファミレスを後にした。

「え! 俺会計!?」

 主席執行委員が悲鳴を上げたが全員で無視した。


「怒られちゃったねー」

「これもあれも全て木村のせいだ。木村が我々を三階会議室から追い出さなければ、こんなことにはならなかった」

 俺は不機嫌に言った。

 そもそも、俺たちの根拠地は創立以来、代々三階会議室で全ての会議は行われてきた。今回、そこを追い出された結果、俺たちはファミレスで緊急執行委員会を開くことになってしまったのだ。

「うんうん。確かに。でも、どっするー? あいつ、馬鹿のくせにプライド高いしー」

 書記長の言葉に俺は、

「むー」

 と、不機嫌に唸る。何か妙案があるわけではない。校則上は生徒会側が正しいのだから、正当な手段による抗議などは意味がない。

「おいおい、ちゃんと清算してくれるんだろーな?」

 会計を済ませてきた主席執行委員が俺たちに呼びかけた。

 俺含め幹部たちは黙って歩き出す。

「おい! 聞いてるのか!?」

「うっさい! ファミレス代くらいでケチケチすんな!」

「そうだぞ! みみっちいぞ!」

「それでも執行委員の主席か! 器を見せろ!」

 幹部たちの猛反撃に主席執行委員は黙り込んだ。


 我々は話し合いの場を我が家に設けた。

 実は、あまり友人たちを家に上げたくはなかったのだが、全部で七人の執行委員を収容できる部屋は我が家以外にはなかった。

「しかし、相変わらず、広い家だなー」

 二十畳の和室を見渡しながら主席執行委員が呆れたような感心したような口調で言った。

「何、先祖が悪いことして儲けた金で作られた屋敷だ。人様に自慢できるものではない」

 我が家の先祖はそもそも神主だったらしいが、明治の頃に神社の土地を売り払い、その金を元手にした貿易業で大成功したそうだ。戦争で少し財産を減らしたが、今も土地をいくつか持っている。元とはいえ神職の風上にも置けんな。

「お祖父ちゃん、市議会議長だよね?」

「うむ、十年くらい前に敵対市議の悪い噂を上手くマスコミにリークして議会を乗っ取りおった」

 今じゃあ、市議会のドンだ。

「悪い家だなー」

 広報担当執行委員が言った。異論はない。

「まあ、委員長の御家事情は置いといて、今、大事なのは三階会議室の奪還と木村への復讐でしょ?」

 その通りだ。執行副委員長。君は分かっている。

「闇討ちしちゃう?」

 そう言って執行副委員長は妖艶にニヤリと笑った。彼女は剣道で全国大会に出る腕前だ。いつも竹刀を持ち歩いている。

「うちには真剣もあるけど?」

 そんなことまで言い始めた。目が光っている。

「やめれ」

「あんたが言うと洒落にならん」

 執行副委員長はきょとんとした顔で言った。

「洒落じゃないけど…」

 全員で無視。


 我々は暫くの間、現状の再確認と対策の考案を繰り返した。

 結果、対策案は概ね三つにまとまった。

 一、木村の悪評流布―書記長、広報担当執行委員、諜報担当執行委員賛同。

 二、他の生徒会役員・教職員への工作―主席執行委員、総務担当執行委員賛同。

 三、闇討ち―執行副委員長賛同。反対多数により廃案。

 実質、二つだ。

「何で、私の案は審議されないの?」

 執行副委員長は不満そうだが、全員で無視。

「ふむ、この二案だな」

「でも、これだって、うちらが散々やってきた手だしねー」

「相手も警戒してるでしょうな」

 書記長と総務担当執行委員は慎重だ。まあ、確かにそうだな。

 書記長は考え込むように黙り込んでから言った。

「こんなの何回やったっけ?」

「いちいち数えてませんよ」

「うちの代だけで百回はやったんじゃない?」

「そりゃ多過ぎだろ」

「じゃあ、六十回くらい?」

「……そんくらいか?」

「そんくらいですな」

 我々の脳裏に今まで行ってきた数々の悪事…もとい、数々の輝かしき戦果と功績がよぎった。感慨深いものだな。

「色々やったなあ」

「でも、まだ一年は現役張るんでしょ?」

「む? うむ」

「百回超えますな」

 総務担当執行委員の言葉に皆が頷いた。それは確実だ。

 我々は来るべき次の作戦を考えニヤニヤした。

「委員長」

 今までずっと黙っていた諜報担当執行委員がぼそりと呟くように言った。相変わらず声が小さいな。

「ん? 何だ?」

「策を考えるのではないのですか?」

「む。そうであった」

 こういう時、こいつは冷静で、いつも脱線する会議を元に戻してくれるので重宝するな。

「さて、諜報担当執行委員が言う通り、話を元に戻して三階会議室の奪回と木村への復讐の対策を考えようではないか」

 幹部たちは一様に頷いた。


「良い考えがあるわ!」

 突然、すばーんと襖が開かれ、二十畳もある馬鹿広い部屋中に高音の大声が響き渡った。執行委員一同びくぅっとする。

 全員で声のした方を振り返る。

 そこに立っていたのは背の高い女。少し目つきが悪いが、概ね美人。

「何だ。姉上。我々は少々大事なことを話し合っているのだ。邪魔しないで頂きたい」

「ちっちっち。君たちの話は全部聞かせてもらったよ」

 姉上は指を振り振り言った。

「だから、邪魔するな」

「要するにその木村って奴の弱みを握ってやればいいんでしょ?」

 話を聞いちゃいねえ。まあ、いつもこうなんだがな。こいつが俺の話をまともに聞いた覚えがねえ。

「策はあるわ。とぉっておきのねぇー」

 そして、姉上はニヤリと笑った。


「こんな策は嫌だ!」

 俺は悲鳴を上げた。

「馬鹿らしい! 断固拒否する! 否決だ否決! 廃案だ!」

 俺の強硬姿勢を知ってか知らずか。幹部連中は面白そうな顔をしている。

「うんうん。良い考えかもしれないねえ」

 書記長が言った。

「これなら成功間違いないだろ」

 主席執行委員が頷いた。

「闇討ちよりも面白そうね」

 執行副委員長がニヤリと笑った。

「ええ、面白そうですね」

 総務担当執行委員が同意した。

「僕も賛成だなー」

 広報担当執行委員も賛同した。

「委員長、やって下さい」

 諜報担当執行委員が引導を渡した。

 俺、四面楚歌。

「それじゃー。雪子ちゃん作戦発動!」

 姉上が心底嬉しそうに叫んだ。


「嫌だ嫌だ。もう嫌だ。泣きそうだ。死にたい気分だ」

 俺はぶつぶつと呟いていた。

 俺の目の前には大きな鏡があった。鏡には姉上に非常に似た背の高い女が映っている。女は非常に不機嫌そうな顔をしていた。そりゃそうだ。俺が不機嫌なんだから。

「委員長。今更、文句言わない。もう作戦は始まってるんだから」

 隣で書記長が言った。含み笑いを隠しきれていない。

「これが文句を言わないでいられるか。俺は男だぞ」

「分かってるよ」

「ここは何処だ?」

「女子トイレ」

「俺が着ている服は何だ?」

「女子制服」

「俺がこれからすることは何だ?」

「木村に告白」

 これで文句一つ言わない男がいたら、そいつは変態かゲイか死体だ。

「嫌だ嫌だ。こんな作戦は嫌だ」

 俺は頭を激しく振って嫌悪感を表現した。長い髪が揺れて邪魔臭い。無論、カツラだ。この年でカツラをかぶるとは思いもしなかった。

「文句を言わない。雪子ちゃん」

「雪子ちゃん言うな。そもそも、その雪子ちゃんてなんだ?」

 俺の名前には雪などという字は含まれていない。その雪は何処から降ってきたんだ? いきなり、姉上が雪子ちゃんなどと言い出したのだが意味不明だ。

「もし、生まれるのが妹だったら雪子って名前にしたかったんだってさ」

 そんな名前を今更付けないでくれ。

「とにかく、委員長。行こう」

 執行副委員長が俺を押す。

「止めろ! この格好を他人に見られるのは恥だ! 尻を触るな!」

「委員長。顔赤くしちゃって、かわいー」

「殺すぞ!」

 俺がごねていると諜報担当執行委員が近付いてきた。何だ? 俺を助けてくれるのか?

「以前、委員長は言いました。組織の為ならば個人の犠牲はやむをえない。と」

 それは確かに、以前、俺が主席執行委員に言った言葉だ。それが巡り巡って帰ってくるとは……。人生は輪廻転生とはよく言ったものだ。


 雪子ちゃん作戦の概要はこうである。

 女に弱いと評判の木村を俺扮する雪子ちゃんが誘惑し、色々と木村に都合の悪い場面や証拠を掴み、後々でそれをネタに奴を脅すというものだ。あくどいこと極まりない。

 俺はこの作戦にいくつかの文句を付けた。

 第一に、これは俺でなくてもいいのではないか? というか、女子やれよ。

 第二に、もし、女子でダメならば他の男連中ではダメなのか?

 第三に、これじゃあ、俺が変態ではないか。

 しかし、これらの反対意見は六人の執行委員及び姉上によって尽く論破された。

 第一に、もし、女子がやるにしても相手に顔がバレていて、警戒を解くことができない。

 第二に、他の男が女装しては見るに耐えない。

 第三に、あんた、女装似合うからいいじゃん。

 何も良くねえ。

 女装した俺を連中はこう評した。

「綺麗系」

「格好いい女子」

「女子にもモテそう」

「風紀委員やってそう」

「そこらの女子より格上」

 褒められたのだろう。しかし、嬉しくない。

 どれだけ、俺が抵抗しようとも、我が組織において一度決定した執行委員会命令は絶対である。例え、組織のトップである執行委員長も例外ではない。こんなことになるならば独裁をやれば良かった。


「雪子ちゃんて、君?」

 鼻が高く、目はぱっちり二重、すっきりした頬のハンサム面。背の高い八頭身。十人が見たら七人は格好いいと評するであろうイケメン男がそう言った。

 俺は赤い顔で頷いた。目の前にいる男に惚れているからではない。恥ずかしいからだ。男である俺がこんなことをすることが。

 我らが高校のハンサム生徒会長は少し赤い顔で頬を掻いた。そいつの片手にはピンク色の便箋がある。前もって書記長以下有志が書き上げたラブレターだそうだ。差出人は当然雪子ちゃんだ。

「ええと、俺のことが好きって、本当?」

 嘘だよ!

 しかし、ここはそう叫ぶわけにはいけない。俺は始めたことは最後までやり遂げる主義だ。

 俺は黙って頷いた。

 ハンサム生徒会長こと木村は照れたようにそっぽを向いた。

 その隙に俺は少し顔を上げる。

 校舎の影に書記長と執行副委員長。背後の茂みに主席執行委員、広報担当執行委員。我々を見下ろせる校舎二階の小さな窓から諜報担当執行委員、総務担当執行委員が、他にもあちこちから我が組織の構成員有志達が張り込んで我々の動向を窺っている。我が組織は全校生徒のおよそ一割近くまで浸透しているのだ。

「え、えーと、俺は雪子ちゃんのことあんまり知らないしな…。いきなり、こんなこと言われても…」

 木村はまごまごと何やら寝言みたいなことをほざき始めた。てか、雪子ちゃんとか呼ぶな。気持ち悪い。

 そう思った俺の顔をどう捉えたのか木村は慌てて弁解めいたことを喚きだした。

「いや、雪子ちゃんのことが嫌いとかそういうことじゃないけどさ…」

 うざい。

 もう、かなり嫌になってきた。ふと書記長を見ると、何やらサインを送ってきた。

 何? デートに誘え? えぇ…、この格好で街に出るの? 文句を言うな? 糞め。

 俺はかなり自棄気味で木村の手を取った。みるみる赤くなる木村。何だ何だ。気持ち悪いな。

「行きましょう」

 俺は言った。敬語なのは普段の悪い言葉遣いが出ないようにする為だ。

「ど、何処に?」

「……デート」

 ああもう、知らんぞ。俺はもう自暴自棄だぞ。頭がおかしくなりそうだ。

 俺は顔を赤くする木村を引っ張って行った。進路上にいた書記長と執行副委員長が慌てて退避する。

 初めてのデートの相手が男とは。トラウマになりそうだ。


 俺と木村はやることもなく街中をうろうろした。途中、糞甘くて見ているだけで虫歯になりそうな恋愛映画を見て、マジで呆れるほどに甘いクレープを食って、胸焼けするようなセンスの喫茶店で紅茶を飲んで軽食を食らった。

 時折、会話を交わしたはずだが、その殆どは忘れた。木村が何か歯が浮くような気持ち悪い台詞を吐いていたのは覚えている。人々は俺が胃の中のものを吐かなかったことを褒めるべきだ。

 これまで木村が吐き出してきた気持ち悪い台詞の数々は俺に仕掛けられた盗聴器によって全て記録されているはずだ。もう十分に弱みは握ったのではないだろうか? もう俺はダッシュで逃げてもいいのではないだろうか?

 いつのまにか時刻は夕刻を過ぎ、少し夜になり始めていた。薄暗い。

 俺と木村は何故だか人気にない公園のベンチに座っていた。

 公衆便所の裏に書記長と執行副委員長。茂みの中に主席執行委員、広報担当執行委員。蛸みたいな滑り台の穴ぼこから諜報担当執行委員、総務担当執行委員、そして、あっちこっちから構成員有志がこちらを監視している。

「そ、そーいえばさ」

 木村は何やら活き活きとした感じの笑顔で俺を見つめる。止めれ。気持ち悪い。

「ま、まだ返事してなかったよね」

 うわ、何だ。これ? まさか、俺、これから、こいつに愛の告白されるのか? あ、先に告白したのこっちか? いや、とにかく、嫌だな。

「お、俺も、今日のデートで君のことが……」

 おいおい、本気だよ。目が本気だよ。しかも、何で、俺の肩を掴んでいる? 何で顔が近付く? もう泣きそうだよ。おい。何が悲しゅーて、男に迫られないといけないんだ?

「ちょ、ちょっと…」

 俺は慌てて木村を押し返す。マジで止めてくれ。

 しかし、木村は止まらない。

 顔は赤いわ、目は真剣だわ。こえーっつーの!

「や、やめ、やめて…」

 何故か声が出なくてこれくらいしか言えない。痴漢にあった女子高生の気持ちがよく分かった。だから、誰か助けて!

 何やかんやでベンチに押し倒されそうになる俺。これはどーなるんだ? 我が純潔はここで散るか?って、元々、純潔も糞もあるまい! 俺は男だぞ!?

 助けを求めるべく周囲を見渡すとどいつもこいつも顔を赤くし、食い入るようにこちらを見ている。何だ何だ!? 何なんだ!? いいから助けろ! この役立たずども!

「雪子…」

 呼び捨てかよ!

 絡み合う視線と視線。潤んだ瞳。近付く唇。ってこれは何処の恋愛小説だ!? 抗議する! 厳重に抗議する! 責任者に謝罪を要求する!

「だ、誰か! 助けろ!」

 俺は遂に悲鳴を上げた。我慢の限界だ。

 俺の悲鳴に反応して、ばっと飛び出したのは諜報担当執行委員、続いて執行副委員長、書記長、そして、ぞろぞろと全員が出て来た。

「生徒会長木村! 貴様の目に余る所業は全て見届けた!」

 執行副委員長が竹刀を木村に突きつけて怒鳴った。

「な! こ、これは、どういうことだ!?」

 混乱する木村。

「貴様がいたいけなる乙女に暴行せんとする、まさにその瞬間、とくとこの目で確認させてもらった! 証拠写真も手にしている! また、貴様がほざいた虫歯になりそうな甘言の数々も全て我々は握っている!」

 執行副委員長はやや古臭い口調で木村を追い詰める。

「生徒会長、我々の要求を呑んで頂きます。さもなくば、これらの恥ずかしい音声と、今まさに乙女を汚さんとする貴公の写真を学校中に流布いたします」

 諜報担当執行委員が極めて冷静な顔で冷たく言い放った。

「ち、違う! 濡れ衣だ! これは、別に、そういったことではなくて!」

 木村は弁解しようと慌てる。

 その隙に俺は木村から脱出。書記長がわざとらしくタオルで俺を包んで介抱する。ああ、助かった。もう、これで女装も解ける。涙が出るよ。

「恐かった? もう大丈夫だから」

 書記長はやっぱりわざとらしく俺を慰める。こいつに演劇の才能はなさそうだ。

「おいおい! ちょっと待ってくれ! これは、彼女から誘ってきたことで…」

 慌てる木村。そりゃそーだろーな。

「おいおい、あんたは犯行の動機を被害者のせいにするのか?」

 主席執行委員が冷たく言い放つ。こいつ、馬鹿だとばかり思っていたが、少しは演技めいたことができるらしい。

「い、いや、そういうわけじゃなくてだ! そ、そう! 彼女から、俺に告白をしてきたんだ!」

 そう言って木村は例のピンクの便箋を取り出す。

「そんなものは偽造に決まっている。貴様が罪を逃れる為に前もって作ったのだろう」

 執行副委員長が機嫌悪そうに言った。

「筆跡判定を行えばすぐに偽造だと分かることだ」

 そして、彼女は自信満々に言うのだ。そりゃそうだ。そのラブレターを書いたのは俺じゃねえからな。書いたのは書記長他数名だ。

「皆の者! 捕らえよ!」

 執行副委員長の号令で数十人の男子構成員達が木村に飛び掛った。哀れ木村は野郎どもによって揉みくちゃにされた。

「委員長。大丈夫?」

 書記長が聞いてきた。

「大丈夫なわけがあるか…。俺は精神に深い傷を負った。この傷跡は永遠に我が胸に刻まれたままであろう…」

「そこまで口が動くなら、まだ大丈夫ね」

 酷い奴だ。

「しかし、委員長は可愛かった」

 何をとち狂ったか主席執行委員がいきなりこんなことを言い出した。

「はあっ!? 貴様、狂ったか?」

「いや、可愛かった」

 広報担当執行委員が頷いた。こいつまでダメになってやがる。

「おい、誰か、こいつらを粛清しろ」

 周囲を見渡して俺は沈黙した。

 皆、頷いてやがる。

「告白のときの赤い顔が滅茶苦茶可愛かった」

「デートって素っ気無く言って手を引いた時が萌えた」

「恋愛映画を無表情に、しかし、熱心に見る姿が良かった」

「クレープを無表情だが、一生懸命にもぐもぐ食ってるのが痺れた」

 こいつら、ダメだ。この異常な作戦を前に壊れてしまったらしい。男とはこんなにも弱いものか?

「おい、執行副委員長。こいつらを何とかしてくれ」

 こんな時の頼れるナンバー2に野郎どもの排除を要請した。

「委員長。最後、木村に迫られている時が萌えました」

「!!!」

 こいつがそんな台詞を吐くとは!

「今回、作戦に参加した諸君に褒美を与えよう!」

 いきなり書記長がこんなことを言い出した。

「これを見たまえ! うちらが密かに隠し撮りした雪子ちゃん萌えスナップ写真だ! 一人一枚好きなものを持って帰り、好きに使いたまえ!」

 写真の束を掲げる書記長。それに群がる構成員諸君。男も女も関係ねえ。

「……………」

「委員長。作戦成功です。三階会議室は奪回され、生徒会長は我が組織の傀儡と化すでしょう」

 いつのまにか俺の傍らにいた諜報担当執行委員が言った。

「……そのデジカメは何だね?」

「……私が撮った写真は私だけの秘蔵にします」

 俺は空を見上げた。月と星が綺麗だった。顔を下げたら涙が流れそうだった。


 その後、思惑通り、生徒会長は我らが傀儡と化し、我が組織は三階会議室を取り戻した。

 しかし、その代償は大きかった。

「委員長。雪子ちゃん写真が流失し、学校中で噂になってます」

「学校祭の美少女コンテストに出場依頼を出すと学祭実行委員会が」

「雪子ちゃんファンクラブのメンバーが百人超えたみたいだぞ」

「生徒会長はまだ雪子ちゃんを追い求めているそうですよ」

「委員長。もう一回だけ女装してー」

 俺は役立たずの幹部どもを前にして怒鳴った。

「雪子ちゃんは死んだ! 作戦は終了した! 貴様らも記憶を消せ! いつまでも俺の心の傷に塩を塗り込むな! もう放っておいてくれ!」


初の短編です。どうだったでしょうか?

話が空転してしまってないでしょうか?

どうなんでしょう?

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― 新着の感想 ―
[良い点] このシリーズは実に面白いです。テスト前だというのに読み進めるのを止められません。 いや、テスト前だからこそ、かもしれませんが。 [一言] 女装とは先輩、可哀相に。 でも良いですね、学生の…
2012/06/02 12:34 退会済み
管理
[一言] ども、近藤です。  とりあえず短いものを読ませて戴きました。短いのだから、主人公がひっちゃかめっちゃかになる様子が描かれていれば良いと思うので、そのほかの登場人物が「背景」になるのは当た…
2008/04/06 01:17 退会済み
管理
[一言]  安定した文章力で、最後まで楽しく読ませて頂きました。  登場人物が多く、それぞれが役職名のみという点が勿体ない気がします。もう少し人数を絞り、個性を強調してやることで、一層ストーリーにも彩…
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