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ランディア国の王子

作者: 雪宮鉄馬

はじめまして&こんにちわ。


本作は、「トーコと黒いこうもり傘」「奏世コンテイル」に続く、剣と魔法のファンタジー第三弾にして、いわゆる童話的な手法を持ち込んだ、読み切りの短編小説となっています。独特の雰囲気などを気軽に楽しんでいただけたなら、幸いかと存じ上げます。


細かいお話は、『後書き』にて。

 豊かな自然に囲まれた緑の王国、ランディア国の王さまには、三人の王子さまがいました。

 第一王子アントンは、齢十八歳にしてあらゆる武術を納めた、勇壮な王子さま。

 第二王子ドゥランは、齢十六歳にして古今東西の知識を持ち合わせた、聡明な王子さま。

 第三王子トロアルは、齢十四歳。いつも家庭教師の目を盗んではお城を抜け出して、森の動物たちと戯れる、自由気ままな王子さまでした。

 それはそれはランディア国に訪れた、とある物語……。


 すべては、ランディア王が三人の王子を呼び出したことから始まりました。年にひと月だけ、雨の降らない曇りの日々が続く「灰色の月」が、始まったばかりのある日のことです。

 三人の王子は父からの突然の呼び出しに、少しばかりきょときょとしていました。それと言うのも、通された謁見の間には、王国の大臣や諸侯、騎士たちが勢ぞろいしていたからです。平和なこの国で、偉い人たちが顔を合わせるのは、年賀のあいさつ以外では滅多にないことです。

「何か国の一大事でもありましたか、父上」

 王に問いかけたのは、次男ドゥランです。彼は兄弟の中でもっとも賢い王子であり、すぐに異変に気付きました。王も大臣たちも、皆やたらと真剣な顔をしているのです。これは、何やらよからぬことでも起きたのではないか、と思うのも無理はありません。

 ところが、王は首を左右に振りました。

「では、何故我ら兄弟を集めたのでしょう。トロアルなぞは、今日も勉強をさぼって、森に出かけており、捕まえるのに一苦労しました。こやつ、こともあろうか、この俺に森の動物たちを私にけしかけてきたのですよ」

 と憤慨交じりに言うのは、長男アントンです。彼が丸太ほども太い自慢の腕で、「面倒くさい」と父の呼び出しを拒む末の弟をひっ捕まえて来たのは、つい数時間前のことです。

「これで、何もないって言うなら、ぼくの貴重な時間を返してください、父上!」

 アントンに首根っこを掴まれたトロアルはふてくされて、母親に似た愛らしい顔を、ぷいっと背けました。まだ、あどけなさの抜けきらない仕草でした。トロアルが兄に捕まったのは、ちょうどトネリコの木の上で気持ちよく昼寝をしている最中のことでした。一日で一番の楽しみを奪われたトロアルは、彼の友達でもある森の動物たちを兄にけしかけたのです。

「何が貴重な時間ですか。お前は昼寝してただけでしょう。私だって、王立図書館で勉強をしている時間を割いているのです。わがままを言うんじゃないです、トロアル」

 二番目の兄ドゥランの、金髪の前髪からのぞく、知的で切れ長の眼に睨まれたトロアルは、がっくりと肩を落としました。

 そんな三人三様の息子たちの姿を見つめながら、王は静かに言いました。

「お前たちに集まってもらったのは、他でもない。わしも、齢五十を超えた。そろそろわしの後継を決めておきたいと思ったのだ」

 父の言葉に、三人は目を丸くして耳を疑いました。

「それは、つまり、王位継承者を決めるということですか? ならば、慣例通り長男の俺が……」

「何を言いますか。兄上の頭は筋肉ではないですか。そのようなお人に、王など勤まりますか」

「何だと、ドゥラン! お前こそ、賢しい知恵ばかりつけて。そういうのをずる賢いというのだ。そんな者が王になどなる資格はない! 国王とは、勇敢で正大な者でなければ勤まらない!」

「ずる賢くて結構。(まつりごと)は時に狡猾な決断も下さなければならない。兄上にそれだけの知恵が回りますか!?」

 アントンの言葉を皮切りに、兄に食って掛かるドゥラン。二人は、王や大臣たちの目も気にせず、ああだこうだと言い合いを始めてしまいました。

「はいはいはいっ! だったら、ぼくが王さまになります。ぼくが王さまになったら、一日十二時間はお昼寝の時間とします!!」

 いがみ合う兄二人の隙間から、ひょいと身を乗り出すように、トロアルが言います。兄二人は声を揃えて「何を言うか!」と怒鳴り上げました。

「一日十二時間も昼寝していたら、国が亡びるわっ!!」

「そうですっ。そもそもお前は、勉強もしない」

「剣術の稽古もしない。一日中、森で昼寝している」

「そんな者に、王の器があると思いますか? トロアルは論外ですね!」

 二人に責められたトロアルは、がっかりと肩を落として落ち込んでしまいました。そして、アントンとドゥランは「自分こそ王位にふさわしい」と再び言い合いを続けます。そんな息子たちの姿に、王は溜息を吐きました。

「ええい黙らんか、アントン、ドゥラン!!」

 謁見の間の壁をびりびりと震わせるほどの怒号が響き渡ると、アントンとドゥランも肩を落としました。

「わしはまだ、誰を跡継ぎとするか決めてはおらぬ。また、慣例に従うつもりもないことは、すでに大臣も諸侯も了承済みだ。故に、これからお前たちに、王位を継ぐための課題を与える。この課題を一番に達成した者こそ、我が王位を継ぐのに相応しいと定める!!」

 父の言葉に息子たちは一様に、目を丸くして驚きの声を上げました。王はそんな三人を制して、懐から巻物を取り出しました。

「課題は簡単なことだ」

 広げられた三つの巻物には、それぞれの王子に宛てられた、課題が書き記されていました。

「第一王子アントンは、炎の山に棲む一角ドラゴンの角を手に入れて参れ。第二王子ドゥランは、枯荒野に棲む剣牙ウルフの牙を、そして、第三王子トロアルは、嵐の谷に棲む鉄翼ガルダの翼を手に入れて参れ」

 王は力強く杖の柄を床にたたきつけました。それが、王子たちに与えられた課題の、始まりの合図でした。

「さあ! ぐずぐずしていると、先を越されるぞ!! 息子たちよ旅立つのじゃ!!」

  

 ランディア国には神話の時代から多くの魔物が棲んでいます。魔物は人間に害をなすものではありませんが、縄張りを荒す者、危害を加えようとする者には、容赦なく襲い掛かる恐ろしい生き物です。休みなく噴火する炎の山の一角ドラゴン、草木も生えない枯荒野の剣牙ウルフ、突風吹きすさぶ嵐の谷の鉄翼ガルダも、そんな魔物の一匹でした、

 一角ドラゴンはその名の通り、額から一本の長い角を生やしたドラゴンです。大きな口から炎を吐き出し、巨大な爪で襲い掛かる恐ろしい魔物で、かつて神様に刃向って翼を奪われ、炎の山に閉じ込められたと言い伝えられています。

 剣牙ウルフは、犬歯が異常に長くて鋭く、まるで剣のような形をしていることからそう呼ばれる狼の眷属(けんぞく)と言われています。言い伝えによれば、魔界の門番を担っていたけれど、魔界の王と意見を違えて人間の住むランディア国に放逐された、という大変獰猛な魔物です。

 鉄翼ガルダは、金属のように堅い翼で空を飛ぶ、巨大な怪鳥です。しかも、翼だけでなく嘴も爪も金属のように堅くて鋭く、獲物を鷲掴みにしてはむごたらしくに(ついば)む、凶暴な魔物として知られています。かつて、天使を捕まえて食べたことから、鉄の翼を持つようになったという伝説を持っています。

 この三匹の魔物に共通することは、大変恐ろしい生き物だということです。かつて、幾度となく名誉や報酬目当てに、勇猛果敢な冒険者たちが魔物退治に挑みましたが、いまだ誰一人として帰ってきたものはいません。

 そのような危険極まりない課題を息子たちに課すなんて、正気の沙汰とは思えない王の決断は国中に驚きを与えました。

 ですが、それ以上に人々は次の王が誰になるのか、その予想で大いに盛り上がっていました。

「次の王は、第一王子のアントンさまに決まっている! あのお方ほど勇敢な戦士はどこにもいない」

「いいや、次の王は第二王子のドゥランさまこそ相応しい! あのお方の知恵に勝るものはこの世にない」

 なんとも、お気楽な話です。命を落とすかもしれない者の身にもなってほしい、と思いながらも、父の命令に従うほかない三人の王子が旅立ったのは、それから間もなくでした。第一王子アントンは一角ドラゴンの棲む炎の山を目指して東門から、第二王子ドゥランは剣牙ウルフの棲む枯荒野を目指して南門から、第三王子トロアルは鉄翼ガルダの棲む嵐の谷を目指して西門から。それぞれの課題を達成し、王位を手に入れるためにお城を後にします。そんな三人の王子を、城下の人たちは往来で、王はお城の最上階から、姿が見えなくなるまでずっと見送っていました。


 そうして季節が一巡り。


 王子たちの消息が伝えきこえなくなり、国中の誰もが不安に思い始めたころ、三人の王子は揃って南門から、お城に帰還を果たしました。

 旅立った時にしつらえた新品の旅装はボロボロで、旅の過酷さを物語るには十分すぎるほどでした。しかし、お城に入った王子たちは休む暇もなく、すぐさま衣服を整えて、父である王のもとへと向かいました。

 すでに、謁見の間には、大臣や諸侯たちが集まり、王子たちの課題の結果に、固唾をのんでいました。

「誰一人欠けることなく、よくぞ戻ってきた」

 王は三人にねぎらいの言葉をかけながら、息子たちにの顔を一人ずつ見比べていきました。

 アントンは意気揚々とした顔をしています。ドゥランはなぜか視線をそらします。そして、トロアルは晴れやかな顔をしていました。三者三様の顔色で、王はだいたいのことを察したに違いありません。しかし、王は敢えてそれを口にせず、息子たちに問いかけました。

「して、各々課題の品を持ち帰ることは出来たのか? まずはアントン、一角ドラゴンの角を見せよ」

「はい、父上!」

 歯切れのいい返事とともに、アントンは大きな布にくるまれた長細いものを、玉座に座る王の前に差し出しました。王は、城下から呼び寄せた一級の鑑定士に命じて、布を取らせます。すると、布の中からは、騎乗槍(ランス)の穂先ほどもある一角ドラゴンの角が、どこか荘厳な輝きを放って現れました。

 居並ぶ大臣や諸侯たちから「おおっ」とどよめきが巻き起こります。

「これはまさしく、伝説の一角ドラゴンの角に相違ありません」

 ルーペをかざす鑑定士の言葉に、そのどよめきは一層大きくなり、たちまち謁見の間は拍手喝采に包まれました。しばらくして、拍手が鳴りやむと、アントンは旅のあらましを得意げに語り始めました。

 炎の山へ向かう旅路は、とても過酷なものでした。道中幾度となく魔物や野盗どもに襲われては、自慢の剣術を磨きながら、三か月余りかけてようやくたどり着いた炎の山の河口付近に、一角ドラゴンは佇んでいました。齢は悠に千歳を超える一角ドラゴンですが、その大きな口から吐き出される炎の吐息も、手足の爪もまったく衰えなど見せない強敵でした。一度目は、完敗し危うく命を落としかけました。二度目は、自分の剣術がまだまだ無力であることを知りました。そうして、五か月間鍛錬に励んだのち、三度目でようやく討ち果たしたアントンは、満身創痍の体で一角ドラゴンの角を手に入れたのです。

 彼の口から語られる冒険譚は、まさに波乱に満ちており、いつの間にか王も大臣たちも夢中になって耳を傾けていました。

「ふむ、アントンよ、よくぞ一角ドラゴンに打ち勝った。それでこそ、我が長男だ! 皆の者、ランディアの勇者に今一度拍手を!!」

 感極まった王がそう声を上げたそのときです、それを制するかのようにドゥランが立ち上がりました。

「拍手はお待ちください!! 兄上への拍手は、私の話を聞いてからにしていただきたいのです!」

 そう言うと、ドゥランは装飾の入った木箱を国王の前に差し出しました。

「これが私の手に入れた、剣牙ウルフの牙です!」

 再び大臣たちから、どよめきが巻き起こりました。すぐさま鑑定士が木箱を開き、そこに納められた、まるで名剣の刃渡りのような、傷一つない美しい牙を鑑定していきます。その間に、ドゥランは兄がそうしたように、自らの冒険譚を語りました。

 枯荒野は、その名の通り草木も生えない、広大な荒野です。その旅路は過酷さを極めました。水も食料も限られただけしかなく、荒野の何処に居るのかもわからない剣牙ウルフを探すのは大変に難しいことです。しかし、ドゥランは事前に集めた知識を活用し、剣牙ウルフの足跡を見つけ、根気強く獲物を探し出しました。そうして、やっと剣牙ウルフを見つけたのは九か月余りが過ぎたころです。しかし、ドゥランは兄アントンのような戦う術に長けてはいません。そこで、ドゥランは再びもてるだけの知識を総動員して、剣牙ウルフの縄張りに罠を仕掛けました。そうしてさらにひと月あまり。ついに、罠にかかった剣牙ウルフを捉えることに成功したのです。

「素晴らしい! ドゥランさまの才は、ランディア国一だ!! その智慧(ちえ)を讃えましょう!!」

 ドゥランの冒険譚に耳を傾けていた大臣たちが、一様に声を上げ、ドゥランを湛えます。ドゥランは、ふん、と鼻を鳴らし自慢げな顔つきで兄を一瞥(いちべつ)しました。兄は、そんな弟のことを悔しげに睨み付けます。

 ところが、歓喜に渦巻く謁見の間で、一人だけ浮かない顔をしていることに、王が気付きました。浮かない顔をしているのは、ドゥランの持ち帰った剣牙ウルフの牙をしげしげと見つめる鑑定士でした。

「いかがいたした?」と王が問いかけると、鑑定士はとても言いにくそうに、王の耳もとでささやきました。

「陛下。この牙は偽物にございます」

「なんと! それは本当か!?」

「ええ、この鑑定眼に賭けて、間違いなくこの牙は偽物だと断言いたします。よくできていますが、剣牙ウルフの牙ではなく、モリアの村に居を構えるドワーフの作にございます。それが証拠に、長年剣牙ウルフの口元に生えていたにしては、刀身に全くの傷がございません」

 鑑定士が王に差し出した牙は、言われてみればあまりにも、きれいすぎるようです。剣牙ウルフは、その牙で狩をしたり、時には仲間同士で優劣を競うために戦ったりします。そのため、歳を重ねるごとに、牙は朽ちていくものなのです。にもかかわらず、まるで打ち下ろしたばかりの剣のように、その牙は美しく輝きを放っていました。

「これはどういうことだ、ドゥラン!?」

 眼光鋭く、王に睨まれたドゥランは、それまでの自信たっぷりな表情が一変して青ざめてしまいました。

 ことのあらましはこうです。

 ドゥランは端から、恐ろしい魔物と戦うつもりなどありませんでした。勿論、自分は兄ほどの勇猛さを持ち合わせていないからです。兄のように真っ向勝負で魔物と戦っても、命を落とすことは目に見えています。だからと言って、王位を諦めるつもりもありません。

 そこで、ドゥランは一計を案じました。

 ランディア国の北の果てにある、小さな村『モリア村』には、ドワーフたちの工房が軒を連ねています。ドワーフはとても器用な一族で、宝飾品や家具、果ては武具などに至るものづくりの天才でした。ドゥランは、彼らに剣牙ウルフの牙を模造するよう依頼したのです。ドワーフたちは、王子さま直々の依頼とあって、半年以上もかけて丹念に牙を作り上げました。その精巧で緻密な出来に、誰の目から見てもそれが偽物だと気付くものはいない、と確信したドゥランは、偽りの冒険譚を引っ提げてお城に帰還したのでした。

 ところが、鑑定士の目は誤魔化せません。ドワーフたちが悪いわけではないのです。彼らは、人生で最高の仕事をしました。剣としての出来ならば、鑑定士も唸るほどの逸品です。ですが、王がドゥランに貸した課題は、ドワーフの名剣を持ち帰ることではなく、剣牙ウルフの牙を持ち帰ることでした。

「ドゥラン! 父上を(たばか)るつもりだったのか!? 恥を知れ、恥をっ」

 項垂れて罪を告白したドゥランに、アントンが掴みかかりました。「やめよ、アントン」と王が止めなければ、アントンはその太い腕で、弟の顔を殴り飛ばしていたことでしょう。

「ドゥランの罪は、後で質す。その前に、トロアル。お前は鉄翼ガルダの翼を手に入れることが出来たのか?」

 王は咳払いをしつつ、末っ子のトロアルに問いかけました。すると、ずいぶん歯切れの悪い調子で、こくりとトロアルは頷きます。訝る王は「ならば早く見せよ」と、トロアルを急き立てました。

「こ、これがぼくの手に入れた、鉄翼ガルダの羽根です」

 おずおずとトロアルが差し出したのは、ハンカチに包まれた、一枚の羽根でした。手に取ると、鳥の羽根のように軽くなく、金属のような輝きを放っていました。鑑定士も、確かに鉄翼ガルダの羽根だと、太鼓判を押します。

 しかし、そのような羽根の一枚など、道端で拾うことも出来ないわけではありません。しかも……。

「わしは『羽根』ではなく『翼』を持ち帰るよう課題を与えたはずだ。トロアル、どういうことなのだ? まさか臆して、拾った羽根を持ち帰り、事なきを得ようとしたのではあるまいな?」

 説明を求める王に、トロアルは静かに答えます。

「その羽根は、鉄翼ガルダから貰いました」

「貰っただって? まさかそんなことが」

 大臣たちがざわめきました。

 魔物たちにはおおよそ人間のような、理性を持ち合わせているとは考えられない。いってみれば、獣と同じような存在だというのが、この国の人たちが共通して持っている、ありきたりの認識です。獣と魔物の違いは、神話の時代から存在しているか、いないか、の違いだけなのです。

「父上が、そしてみなさんが、ぼくの話を信じるか否かは、ご自由です。ですが、ぼくがこれからお話しすることに、嘘はないと誓います」

 トロアルは声高にそう宣誓すると、自らの冒険譚を語り始めました。

 鉄翼ガルダが棲む谷までは、いくつかの街を越えていかなければなりませんでした。気楽な性格のトロアルは、王位継承よりも旅を楽しんでいました。ところが、平和なこの国にも、貧しい人や病や怪我に苦しんでいる人が居ることを知り、トロアルは次第に王位を継承し、助けを求めている人たちに手を差し伸べられるような王になりたい、と思うようになりました。

 しかし、鉄翼ガルダの羽毛は鉄のように堅く、剣も矢も通さないため、その翼をもぎ取ることは容易ではありません。

 そこで、トロアルは近隣の村に立ち寄り、父より渡された旅の路銀をすべて使い切って、魔法の剣を(こしら)えてもらいました。ミスリルで造られた魔力を帯びた剣は、輝きの剣「アンドゥーリル」と名付けられました。この剣ならば、トロアルの(つたな)い剣技でも、きっと鉄翼ガルダの翼を切り取ることも出来たでしょう。しかし、トロアルには鉄翼ガルダの翼を切ることが出来ませんでした。 

 アンドゥーリルを片手にたどり着いた、強風吹き荒れる嵐の谷。そこは立っていることすら困難な場所でした。くじけそうな心を奮い立たせること七日目の朝、ようやく鉄翼ガルダの巣を見つけたトロアルは、剣を引き抜きました。ところが、鉄翼ガルダは巣にうずくまって、襲い掛かろうとする気配がありません。

 トロアルが怪訝に思っていると、突然トロアルの脳裏に声が響き渡りました。

『ランディア国の心や優しき王子さま、その剣でわたしの翼を斬るまえに、お聞きください』

 それは、鉄翼ガルダの声でした。魔物が話す、と言うこと自体驚きのことでした。しかし、魔物が獣と同じようなものならば、トロアルと仲のいい森の動物たちのように、魔物が心を持っていても不思議なことではない、とトロアルは思いました。

『どうかその寛大な御心で、わたしたちのことを見逃してください』

「わたしたち?」

 トロアルが小首をかしげると、鉄翼ガルダは翼を広げ、立ち上がりました。その足元には、真っ白で大きな卵が二つ。鉄翼ガルダが巣から動こうとしなかったのは、卵を温めていたからだったのです。

『もうすぐわたしの子どもたちが卵からかえります。ですが、わたしがいなくなれば、生きる術を知らないこの子たちは死んでしまいます』

 鉄翼ガルダは切々と言います。トロアルはひどく悩みました。鉄翼ガルダの翼を持って帰らなければ、トロアルは王にはなれません。だからと言って、罪もない魔物の母親を殺すことは、どうしてもできなかったのです。

 たとえ魔物でも、このランディア国に生きる誰かを苦しめて、王になるくらいなら、その座は優秀な兄たちに譲った方がマシだ……。

 悩んだ挙句、トロアルは剣を納めました。そして、鉄翼ガルダに父から与えられた課題のことと、このままお城へ帰ることを告げました。すると、鉄翼ガルダは『願いを聞き入れてくれたせめてものお礼です』と言って、翼を大きく震わせて、一枚の羽根をトロアルに贈りました。

 トロアルはその羽根をハンカチにくるむと、鉄翼ガルダの親子に見送られて嵐の谷を後にしました。


 これで王位は、第一王子アントンで決まりだ。大臣たちが囁きあいました。きちんと課題を達成したのは、アントンだけです。アントンも半ばその気になって、フフン、と鼻を鳴らしていました。

「これより、ランディア国の王位継承者の名を告げる!」

 王は高らかに宣言すると、杖で床を強く叩きました。厳粛な空気が謁見の間を包み込み、大臣の喉を鳴らす音さえ響き渡ります。

「ランディア国の次の王は……」

 全員の視線が王に集まり、そしてその口が「アントン」と告げることを待ち望みました。しかし、王の口から飛び出したのは……。

「次の王は、第三王子トロアルとする!!」

 謁見の間が騒然となりました。大臣たちはわが耳を疑い、ドゥランはぽっかりと口をあけ、そしてトロアルはきょとんとしています。

「ち、父上! どういうことですか。俺はきちんと課題を達成してまいりました。次の王になるのは、この俺ですっ。父上、納得のいくご説明を願いたいっ」

 烈火のごとく顔を真っ赤にしたアントンが怒鳴り声をあげました。王は、そんなアントンを見つめて、少しばかり重たいため息を吐き出ました。

「わしは一つだけ嘘を吐いておった。まずは詫びよう。すまなかった。わしは初めから、次の王はトロアルにすると決めていたのだ」

「なんですって!?」

 アントンも、落ち込んでいたトロアルも、その場にいた誰もが思わず声を上げずにはいられませんでした。

「だったら、どうして俺たちに課題など与えたのですか?」

「それは、旅を通してお前たちに、自分の才能と王の器について、気付いてほしかったからだ。アントンよ、お前の剣の腕前とどんなことがあっても諦めない勇猛さは、一つの才能だ。だが、勇敢さだけで王は務まらない。そして、トロアルよ、わしの眼を誤魔化そうと考えた奇策は、そなたにそれを考え付くだけの知識があったからだ。しかし、知識だけでは王にはなれない」

「では、トロアルにどのような才能があって、王の器だというのですか?」

 ドゥランは悔しそうに尋ねました。

「トロアルは、優しさを持っている。鉄翼ガルダの命を救ったように、人にも獣にも魔物にも、等しく慈悲の心を持っている。それは、人柄と言う才能だ。王は常に優しくなければならない。皆を安心させることのできる心を持っていること、それこそ王の器だ」

「そんな……まさか父上は、鉄翼ガルダの産卵期に合わせて、課題をお与えになったのですか? 初めからこういう結果になることが分かっていて」

 王はこくりと頷きました。

「ですが、優しさだけで国を治めることなんてできません」

 と言ったのはトロアルです。

「そうだな。優しさだけでは、国を治められん。しかし、お前には二人の兄がいるではないか。アントンの勇敢さはまさに、この国の軍隊をつかさどる騎士団長にうってつけだ。どのような敵が現れても、アントンならば、必ずや退けてくれるだろう。そして、ドゥランのずる賢いまでの知恵と知識は、この国の大臣を束ねるのにうってつけだ。政はきれいごとだけでは済まされない。ドゥランの才能は、この国を切り盛りする力になるだろう。そして、お前はその優しさで、人々に安らぎを与える王となるのだ」

「人々に安らぎを与える王……」

「そうだ。それが出来るのは、トロアルよ、お前しかいない。願わくは、それぞれが、それぞれの才能を活かし、三兄弟が手を取り合って、この国を治めてもらいたい。どうだ、お前たちにそれが出来るか?」

 いつの間にかざわめきは消えていました。静寂は、王子たちの答えを待っています。

 父の意図を知った三人の王子は、しばらくの間口を閉ざし、互いの顔を見つめ合っていました。そうして、三人は互いの想いが、父の想いと重なったことを確かめ合うと、ほぼ同時に頷きました。

「この第一王子アントン、騎士団を司り、二人の弟とこの国に暮らすのすべての民を守って見せます」

「私も、不肖ドゥランも、諸大臣とともにこの国を、より豊かで住みよい国にしてみせます」

「ぼくは……父上のように、この国に生きているすべての人や動物や魔物たちが、安心して暮らせるような優しい王になります。そしてなるべく、兄上たちを困らせないような王になります!」

 王子たちの言葉に、父は嬉しそうに頷きました。本当は、誰よりも息子たちが無事旅から帰ってくることを願っていた王は、愛する子たちが旅をして、少しばかり成長したことが何よりも嬉しかったのです。

「ほう、言ったなトロアル。俺たちを困らせない王になるというのなら、我が騎士団の頂点に立つ王として、もう少し剣術の稽古をしてもらわなければならないな」

「そうですね、勉強もさぼってもらっては困ります。いくらなんでも、私の政策が理解できないような王では、困りますからね」

 二人の兄は、じろりとトロアルを睨みました。王になるなら、もう剣術の稽古も難しい勉強もしなくていいや、なんて気楽なことを考えていたトロアルの内心なんて、兄たちはお見通しだったのです。

「ええーっ、そんなぁ!」

 がっくりと肩を落とすトロアルに、王も兄たちも、大臣たちもドッと大きな声で笑い出しました。その笑い声は、きっと国中に響き渡ったことでしょう。


 十年の後、ランディア国の平和は、父王の崩御の翌年に、隣国ペルテスカ帝国の侵略によって突然途絶えることとなってしまいました。しかし、三兄弟はともに力を合わせて帝国を退け『ランディア国千年の繁栄』と呼ばれる時代を築きました。

 しかし、それはまた別の物語……。


(おしまい)

『あとがき』


この度は、拙作「ランディア国の王子」をお読みいただき、誠にありがとうございました。広大無辺なこのサイトの小説群のなかから、本作を見つけて下さったことは、大変うれしく思います。


王位継承争いの物語の中に、「王さま」ってこういう人物であるべきだ、という考えを込めた小説にしよう、と初期段階は企画していました。そんな折、ふと思い出したのが「竹取物語」です。我が国ほぼ最初のSF小説と思しき「竹取物語」の内容は語るまでもないですが、ドゥランが偽物の宝を持ち帰るところは、竹取物語へのオマージュです。

そこに、「一角ドラゴン」などの、所謂私らしい創作ファンタジーを盛り込みつつ、執筆していきました。珍しく、女性が一人も出てこない物語になってしまったのは、自分でも少しびっくりしています。


書き上げてから思うのは、物語の中に作者のメッセージを込めるのは難しいことだな、と言うのを痛感しました。もしも、この物語を読んで、私の発信したメッセージを受け取っていただけたなら、とても幸いです。

また、感想やコメントなどがございましたら、いつまでも受け付けていますので、よろしくお願いします。必ず、次への力になると思いますので。


この度は、拙作をお読みいただき、誠にありがとうございました。また、次回作でお会いできることを期待しつつ……。


雪宮鉄馬 2011/11

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― 新着の感想 ―
[一言] 鉄馬先生、ご無沙汰してます 今回の物語は、慈悲深い心温まる作品ですね 武術の達人のアントン 知識の宝庫のドゥラン 自然を愛するトロアル 三人の王子に、課せられた試練は、壮大なもの…
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