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第三話

レイスヒルト視点

時間的には二話の最中




 ただの人間にもなれなければ魔物にもなれない。

 魔物の父と人間の母の間に生まれた中途半端な私を魔物の領域に受け入れてくれたヘルヴィルには、感謝してもしきれなかった。




 だから──私が彼を裏切ることなど、あってはならないのだ。




 アルシェードの腕に抱かれた女性を見た瞬間、身体に電撃が走った。

 父が母を見初めた時もこんな気分だったのだろうかと他人事のように思い、彼女の処遇を聞くためにヘルヴィルに会いに行った時ですら頭の中は彼女を思い浮かべていたくらいで、だからこそ魔物に恐怖しない、過去を失った彼女に歓喜した。

 まさか彼女が、ヘルヴィルの『唯一』だとは思いもせずに。


「やべぇ」

「何しているんですかアルシェード!」

「いや……つい、な」

「つい? どうするんですか、このことがヘルヴィルに知られれば無傷では済まないでしょうに」


 アルシェードに激しく揺すられて気絶してしまった女性──エイナは、恐らくヘルヴィルの捜していた『エイナ』と同一人物。

 彼女は、まだオトナ……成体になる前に魔力切れで死に掛けていた彼に、魔王になれるほどの魔力を与えたという。

 彼女の存在があったおかげで、半端者としてどちらからも弾かれるはずだった私は『こちら側』にいることを許された。

 艶やかな黒髪と蜜色の瞳が私を見たことを思い出して、顔が熱くなる。


「やべぇよなぁ……」

「八つ裂きならまだ良い方ですね。ヘルヴィルは彼女が間違って喰われてしまわないように魔物の領域を定め、人間を勝手に喰らわないよう私たちに命じたくらいなんですから」


 その命に逆らう者は圧倒的な力を持って潰し、恐怖で支配することもいとわない。

 もっとも、人型になれない魔物は本能が働き、魔王であるヘルヴィルに逆らうことはないらしいので警戒対象は数少ない上位の魔物か、私のような混ざり者だけらしいですが。


「だよなぁ……しかも今のヘルヴィルは反乱分子が領域を越えようとした所為で結界の保持と修繕に魔力を喰われて飢えてて機嫌がめちゃくちゃワリィしなぁ……」

「ですが、彼女が本物の『エイナ』であればヘルヴィルが人間を襲うなという命を撤回するかもしれませんよ」


 アルシェードの目が驚きに見開かれる。

 まあ、私が人間との混ざり者だと知っているからでしょうが。


「おま、お前なぁ、人間が喰われるのが嫌なんじゃねぇのかよ」

「いえ、特には」

「さっきのあれは何だ? 演技かよ」


 あれとは何かと首を傾げて考える。

 そうしてアルシェードの言っていることが、彼女に対する態度だったと気付く。


「いいえ。本当に思っていたことを言っただけですが。人間は魔物を怯え罵倒し一方的に虐殺する、今はそれが事実でしょう?」

「……優しげに接してたじゃねぇかよ」

「貴方みたいに敵意と不信感を剥き出しにするほど野性的ではないだけです」


 例えば、彼女が『エイナ』でないのなら、私が目を離していた間にアルシェードに喰い殺されていようと、構わなかった。

 嗚呼、だからといってそれを望んだわけではないのですが。


「末恐ろしい奴だな、お前」

「ヘルヴィルには負けますよ。それにしても、記憶喪失とは……貴方は一体何をしたんですか?」

「何もしてねぇよ。頭は、打ったかもしれねぇが」

「明らかにそれが原因でしょうね。人間は脆いですから」

「お前が言うか」


 馬鹿にされているわけではないとわかっていても、混ざり者であることに劣等感を抱く私は、アルシェードのように純血で上位の魔物の言葉に敏感だった。

 あまり意味がないと承知した上で、冷やかな視線を送る。


「あることないこと報告しますよ」

「ちょ、お前なぁ」

「自業自得と諦めてください」


 視界に映り込んだ女性の姿に、胸がざわめく。

 アルシェードは違うのだろうか、聞く気はしないけれど。

 彼女が愛しい、愛しいと私の中のナニカが暴れるような感覚。

 私は──彼女に惹かれているのだ。


「おい、レイス」


 アルシェードに肩を掴まれるまで気付かないほどに、彼女に見惚れていた。

 普段ならば決してしないような失態に、うろたえる。


「何、ですか」

「『それ』は多分ヘルヴィルの感情だぜ。お前は影響を受けやすいだろ」

「何のことでしょうか」


 訳がわからないといった顔で言うと、アルシェードは眉をひそめた。

 本当は理解している。

 ヘルヴィルと同じ想いを抱いたところで叶う確率は限りなく低いのだということくらい。

 アルシェードのような純血でもない私では、彼女を守ることすら満足に出来ないのだから。


「お前、頭の回転はいいからわかってんだろ?」

「……ええ。わかっています。貴方は精々ヘルヴィルに消滅させられないよう大人しくしていたらどうです?」

「ひでぇなぁ」


 そう言いながら笑うアルシェード。

 嗚呼、私は彼が羨ましい。


「……それはともかく、ヘルヴィルに知らせてきます」

「ん、ああ? いらねぇよ。ヘルヴィルの魔力が増えたっつーか戻った」

「は? 増えた?」


 思わず口をぽかーんと開けた私に、アルシェードは事も無げに言った。


「今、夢の中で会ってるんじゃねぇ?」


 夢の、中。

 それはつまり。


「剥き出しの魂のままでヘルヴィルと接触しているんですか!?」


 思い切り叫んでしまった。

 その声に、今度はアルシェードのほうが、ぽかーんと口を開いたまま硬直している。


「っ、魂の状態で触れられた人間がどうなることか……知らないわけではないでしょう!」


 気が動転した。

 ガクガクとアルシェードの肩を掴み揺さぶりながら、頭の片隅で自分らしくないと自嘲する。

 他者に執着も興味も抱かないヘルヴィルや力任せで頭の足りないアルシェードの代わりに、せめて私は冷静でいなければならないというのに。


「……フ、ツー、の、人間、なら、なっ。よーっく考えろよレイス。一介の魔物を魔王に出来る魔力を持ってる人間だぜ? しかも記憶喪失──は俺のせいだろぉし、後遺症もなく生きてた。何よりヘルヴィルがあれだけ求めてたんだ。殺すような真似をするわきゃねぇ」


 安堵した。

 そして、一瞬でもヘルヴィルを疑い彼女の心配をした自分を恥じた。


「そう、ですね」

「つーか、魔王を満たす魔力の持ち主とかもう人間じゃねぇだろ」


 ぼそっと呟かれたアルシェードの言葉は、聞こえないふりをした。

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