出会い
恐らく、夢を見ている。
懐かしい母の顔。
手が頭に添えられる。
暖かい。
そして、心地よい。
不意に手の感触が消え、母は背を向けて歩いて行ってしまう。
手を伸ばすが、届かない。
体を動かそうとしても、動かない。
母は闇の中に消えてしまった。
そこで、俺は―――目を覚ました。
そこは、見慣れない場所だった。
床には赤い絨毯が敷き詰められ、天井には高そうなシャンデリアがいくつも存在し、まるで城のような、広々とした部屋の真ん中に倒れていた。
俺の側には、先程割ってしまった鏡の縁と大きめの破片が一枚あるのみだ。
体を起こそうと、力を入れる。
だが、あまりの痛みに、悶絶してしまった。
「あら、目覚めたのね」
突然、扉の開く音と共に声が聞こえた。
女性特有の透き通った高い声だ。
声から、大人であることは間違いないと思う。
コツ、コツと靴が床を叩く音、だんだんと近づいてくる。
助けられたようなので、礼を言おうと首だけその人物の方を向く。
まず、目に入ったのはブーツ。
そして足元まである黒と青のロングスカートと、女性が着るにしては奇抜なデザインのコート。
……ほら、良く中世の王族が羽織っているようなの。あんな感じだ。
インナーは黒い毛皮で出来ているようなモコモコした服だった。
そこまで見て、何やら引っ掛かる。
俺が声から想像していたのは、身長が160センチ程のスラッとしたクールな女性だった。
だが、やけに低い。身長が。
顔を見た。これで全体像がわかった。
何と、幼い女の子だった。
髪は薄い金のセミロング。透き通るような瞳は青い色をしていた。
そして、あどけない顔立ち。
「……じろじろ見ないで頂戴。いやらしい」
「痛でででで!?」
顔を踏まれた。
声は、やはり俺が聞いたものと同一だった。
「意識が戻ったのなら、聞きたい事があるのだけど」
「は、はい?」
その表情は、顔立ちに似合わず、艶っぽい。
「……鏡。これ、何があったの?」
「鏡?」
横をちらりと見る。
縁と破片が一枚。恐らくはこれのことだろう。
「事故って壊したんだ」
「……」
少女は額を抑え、大きなため息をつく。
「もしかして、凄く大切な物だったり……?」
「……ええ、あなたの命が何万個あろうが、引き換えられない程大事な代物よ」
さらりと酷い事を言いおる、この小娘め。
「……俺は、どうすれば……」
「とりあえず死ね。
……と言いたい所だけれども、壊してしまった責任もとらずに殺すのは頂けないわね」
「……」
さらりと死ね、だの殺す、だの物騒な単語を並べてくださるこの少女。
わりと本気で言ってるのか、正直逃げ出してしまいたいくらいの威圧感がびしびし伝わる。
「……仕方ないわね。
貴方にはこの鏡の破片を全て集めて貰うわ」
無言で思慮していたと思いきや、こんな事を言い放った。
そういえば、鏡……。
何故破片が一枚だけしかないのだろうか。
「他の破片は……」
「無いわよ。
恐らく、この大陸中にばらまかれているでしょうね」
「なっ……!?」
ここが日本なのかどうかは分からないが、たとえ日本だったとしても粉々に砕けた破片を全て集めるなんてとても出来やしない。
砂漠に米粒を落として、それを捜せと言われているようなものだ。
「む……」
「無理、なんて言ってみなさい。貴方の首と胴体が離れ離れになるわよ」
慌てて口を噤む。
「何でそんなにバラバラに散らばったんだ……」
俺が絶望しながらボソリ、と呟くと、少々はある一カ所を指差した。
「貴方はあの窓を破って降ってきたのよ。
きっと門の位置がとんでもない所だったのでしょう」
「あのう・・・・・・話が見えないのですが・・・・・・。
そんなに高い場所から落ちたのなら、俺は死んでるのでは?」
「ええ、死に掛けてたわよ。
そうね、後数秒遅れれば死んでいたのではないかしら」
「・・・・・・へ?」
自分の体をぺたぺたと触る。
怪我もなければ痛いところも無い。
「感謝なさい。私が治してあげたのだから」
「・・・・・・」
頭が混乱している。
「聞きたいことは山ほどある、って顔をしているわね」
「・・・・・・そりゃそうさ」
混乱しすぎて、うまいこと物事を考えられない。
「良いわ、特別に答えてあげる。
ここは・・・・・・そうね、『魔封郷』とでも名づけておこうかしら」
「まふう・・・・・・きょう?」
「そう。貴方たちが『魔物』と呼ぶものと人間が住む大陸よ」
日本ではない・・・・・・?
魔物ってなんなんだよ・・・・・・。
「私の名はセラ。セラ・ベルゼブ。
『魔王』よ」
俺の混乱などお構いなし、セラと名乗る少女は話を続ける。
「……この鏡は、この世界と貴方がいた世界を繋げる門のような役割を果たしているの」