鏡
またーり更新
春の日差しが降り注ぐ田舎道を、一人でドライブしていた。
俺の愛車は中古だけど事故ることなく動いてくれるスクーターだ。
春先だがまだ冷たい風を一身に受け、身震いする。
だが、それがいい。
この日差しも、吹き付ける風も、嫌な事をすべて忘れさせてくれるほど心地の良いものだ。
この畑や木々に囲まれた長閑な道を走るということも、また、格別だった。
「~~♪」
無意識に鼻歌を歌う。
木々も風に揺られ川のせせらぎと共に音色を奏でる。
まるで、音楽祭のようだった。
俺、朱鷺田 堅はもうすぐ高校三年生になる。
勉強や運動が好きというわけではないので成績は、いたって普通。
人見知りの激しい俺に彼女など作れるはずもなく、平々凡々と毎日をダラダラと過ごしている普通の高校生だ。
髪をツンツンと逆立てる……のが理想だが、ボサボサでみっともない髪型になるので、整髪料などは何も使わず、少し長めくらいを維持している。
身体的に全く特徴のないことが、逆にコンプレックスでもある。
そんな俺だが、一つだけ、人には出来ないことができる。
『超集中』
俺は自分で勝手にそう名付けている能力だ。
この能力に気が付いたのは高校の入試の時だった。
問題を進めてゆくにつれ、周りの景色が薄れて行ったのだ。
次第に白が多くを占めるようになり、やがて一面の白が辺りを包み込んだ。
そこには天井も、床も、他の受験生の姿もなく、俺の座る席にあるもののみがポツンと置かれているだけだった。
始めは困惑したが、その空間に居ると意識がクリアになってプレッシャーから解放されたように体が軽くなるのだ。
そして、不思議と勉強したことがすらすらと引き出せるようになったのだ。
その時は、まるで問題用紙に答えがそのまま浮かんでいたようにも見えた。
それからと言うもの、コントロールは出来ないが、度々この世界に飛び込む事が出来るようになった。
例えば体育でバレーボールをした時。
スパイクを打とうと跳び上がった際にこの世界に飛び込んだ。
その世界は、やはり一面の白。
俺はボールと共に宙に浮いたまま。
そして、ボールから相手のコートまで、光の道が出来ていたのだ。
後はそこに通すように打つだけ。
打った瞬間に超集中は解け、ボールは光の道の軌道通りに相手のコートに吸い込まれ、叩き付けられる。
ふと気が付くとこの世界に飛び込んでいたりするので、時々困惑するが、次第とそれに慣れて行った。
この世界に入りこめるようになったのは―――恐らく一度死にかけてからだと思う。
それは中学の卒業式を終え、母と家を目指していた時の事だった。
信号待ちをしていた俺と母に突然トラックのタイヤが猛スピードで突っ込んで来たのだ。
トラックの点検ミスと重量オーバーが原因だったそうだ。
母は咄嗟に俺を庇い、避けようとしたが、間に合わず、俺共々跳ね飛ばされた。
俺は落下時に頭を打ち、しばらく意識不明の状態が続いた。
医師が言うには、軽くても植物状態、脳死すら可能性はあったそうだ。
俺が今生きているのは奇跡に近いらしい。
そして、母は――死んだ。
母が庇ってクッションになってくれたから、今俺が生きている。
そこで受けた極限のストレスと恐怖からこの能力が発生したのではないか、と俺は思う。
……また暗いことを考えてしまった。
頭を振り、考えを振り払う。
少し休憩しようと思い立ち、ブレーキをかけ……ようとしたんだ。
『スカッ』と言う音と軽い感触。
「へっ?」
二度、三度とブレーキをかける。
だが、反応は変わらない。
嫌な予感がして、ホース見ると……案の定オイルが漏れている。
そして、よそ見をしたせいか、変な方向に走っていたことに気がつかなかった。
ふと、前を見ると小さな社があった。
後一秒も経たない内に、確実にぶつかる。
「うわああああああ!!」
何にもならないと分かっていても、つい悲鳴をあげてしまう。
そして――
立て直そうとする努力も虚しく、俺は社に突撃してしまった。
階段に乗り上げ扉を突き破り豪快な破壊音と共に空中に投げ出される俺。
宙を舞う俺の目前にあった物は…一枚の鏡だった。
勿論、避ける術もなく、俺は鏡に衝突する。
鏡の割れる音、それから、地面にたたき付けられた。
息が詰まり、体中が痛いので何が何やら分からない。
意識だけはまだ残っているようだ。
手足の指に力を入れる。
僅かだが、ピクリピクリと動いてくれた。
ふと、どこからか唸り声のような音が聞こえた。
力を振り絞り、首を動かして音のする方向を見る。
すると、そこには……周りの闇よりさらに濃い漆黒の穴が空いていて、割れた鏡を吸い込んだ。
俺もじりじりと吸い込まれて行くのが分かる。
次第に吸引は強まり、俺は……穴に吸い込まれた。
そこで、ついに俺の意識は途絶えた。