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第9話 聖女による軟禁。そして向けられる刃。

 ◆SIDE:シオン


「これは由々しき事態だ!」

 ボクは宿屋の食堂のテーブルをバンっと叩きつけた。

「こんな時間になってもルカくんが帰ってこないなんて、話が違うじゃないか!」

「でも相手は聖女様なんでしょ? ちょっと、帰るに帰れないような事情があるだけなんじゃないの?」

 女冒険者の剣士アデラが少し呆れたような視線を向けた。

「でもルカくん可愛いからなあ……。聖女様でも間違いを犯す可能性はあるんじゃない?」

 弓使いのカンナがテーブルに前のめる。

「まだ、今の状況だけでは、なんとも言えない気がするわね」

 僧侶のニナは冷静な口調でカップを手に取った。

「いや、緑髪のおちびちゃんのいう通りよ! これはルカくんのピンチよ!」

「誰がおちびだ! この、宿屋の娘風情が!!」

 ボクは宿屋の娘に、精一杯の反抗を見せる。

 生意気な小娘だが、危機感を持っていることだけは認めよう。

「まあ、まあ。ここはルカくんのピンチかもしれないんだから、喧嘩しないで」

「受付嬢くんがそれを言うか!?」

 ルカくん緊急会議に参加したメス猫どもは、言いたい放題だ。

「いくら、聖女とはいえ、女は女。これ以上待っても帰ってこないようなら、こちらにも考えがある」

 ボクの内なる闘志が、メラメラと燃え上がる。

 もし、ボクのルカくんに何かあってみろ。

 聖女だろうが、王女だろうが、絶対に許さない!

(例え、国を敵に回そうとも、必ず消し炭にしてやる……)

 ボクは虚空をキッと睨みつけると、強く拳を握り締めた。


 ◇SIDE:ルカ


「ルカ様、あ〜ん!」

「聖女様、もうこれ以上食べられません……」

 由々しき事態だった。

 かれこれ、もう何時間も焼き菓子を口に放り込まれ続けていた。

「ふふ、満腹顔のルカ様も素敵です。っ!? このアングルからのルカ様も素敵。次はどのアングルがいいかしら」

 聖女様が、僕の周りを移動しては顔を眺め、移動しては顔を眺めを繰り返している。

「聖女様、もうそろそろ、僕帰らないと……。もう、依頼の拘束時間をオーバーしています」

「時間?」

 聖女様は壁に掛けられた時計をチラッと見ると、壁に向かってゆっくりと近づいていく。

 そして、おもむろに時計を壁からガッと引きちぎるように外すと、時計を床に思いっきり叩きつける。

 ガシャーンという破壊音が部屋にこだました。


「っ!? せ、聖女様?」

「ルカ様、大丈夫です。この部屋は防音になっておりますので……。さあ。これでもう、時間を気にしなくても済みますわ」

 聖母のごとき笑みを浮かべながら、聖女様が一歩、また一歩と近づいてくる。

(ダメだ、聖女様も完全に魅了されている。せめてお盆があれば……)

 持ち物はない。大聖堂の入り口で全てチェックされ取り上げられている。

 このままでは、聖女様に襲われてしまう!

 僕は、必死で周りを見渡すが、特にこれと言って何かあるわけでもなかった。

 流石に、普通のお盆でぶっ叩くわけにも、飾られている甲冑の騎士の剣を持ち出して叩くわけにも行かない。

 下手すると死罪の可能性だってある。

「ふふ。ルカ様どうなさいました? もう時間は気にしなくても良いのですよ? そんな怯えた顔をしないでください。わたくしは聖女なのですから、わたくしが守って差し上げますわ」

 聖女様の手が僕の頬に触れる。

 火照った温もりが、異常さを物語っていた。

「ああ、なんて母性をくすぐる表情なのかしら」

 ささやく聖女様と、至近距離で視線がぶつかる。

 聖女様の目が、今まで以上に甘くトロンととろけた。

「……ルカ様。わたくし、もう抑えきれませんわ……。聖女としての責務も、神への祈りも、今は全部忘れます……ですから――」

 聖女様が、僕の肩を押しソファーへと押し倒してきた。

「せ、聖女様、これ以上はまずいです! 問題になります!」

 高潔で神聖なはずの聖女様が、僕の上で馬乗りになっている。

 熱い吐息と甘い香りが僕の唇に近づいてくる。

「ルカ様、さあ、わたくしと一つに――」

(ダ、ダメだ! このままじゃ、本当に僕っ!!)

 その時だった。

 コンコンと、控えめだが、冷たく扉をノックする音が響いた。


「っ!?」

 聖女様がビクッと肩を振るわせ、夢から覚めたように動きを止める。

「……誰ですの? 誰も通すなと言ってあるはずですが!?」

 聖女様は、聖女らしからぬ不機嫌そうな顔で、声を張り上げた。

 だが、返事はない。代わりに重い扉が、ガチャリと開かれた。

 そこに入ってきたのは、青い髪をなびかせた美しい女騎士だった。銀色の鎧に身にまとい、手には抜き身の剣が握られている。

「シエラ! あなた今までどこに行っていたのですか!?」

 聖女様が、心配するように彼女の名前を呼んだ。

(……シエラさんというのか、ギルドに依頼に来たという女騎士さんかな?)

 だが、何かがおかしかった。

 彼女の目は焦点があっておらず、正気を失ったような虚ろな光を宿していた。

 シエラさんは何やらぶつぶつと呟いていたが、その内容を理解した時、僕は身体中の毛が逆立つほどの戦慄を覚えた。

「――フェリシア様を殺さなくては……」

「えっ!?」

 聖女様が驚きの声を上げた瞬間。シエラさんは床を蹴り、恐ろしい速度で僕たちへ向かってきた。

「聖女様、危ないっ!」

 僕は無我夢中で、上に乗っていた聖女様を抱き寄せるようにして、横へと転がった。

 直後、シエラさんの振り下ろした剣はソファを切り裂き、部屋中にソファの羽毛が舞い上がった。

「なぜ、シエラがわたくしを……」

 聖女様は我に返ったように、顔を青ざめさせた。


 今の一撃、避けなければ聖女様は殺されていただろう。

(……なぜ、護衛のはずのシエラさんが聖女様を!?)

 なんて、悠長に考える暇などなかった。

 シエラさんは、殺意を込めた剣を握り、再度刃をこちらに向ける。

(何かないのか!?)

 考えている余裕がないほどの鋭い一撃。

「聖女様っ!」

 僕は聖女様を抱えながらも、なんとか転がり攻撃を交わした。

 でもこのままでは、いつかやられる。結果は、火を見るより明らかだった。

 転がった先に、飾られている甲冑の騎士の鎧が目に入る。

 僕は、鎧の置物が持つ剣を、勢いよく奪い取った。

(お、重い……。でも――)

 僕は剣を構えて一歩前に出た。

 聖女様を守らなければ。

「聖女様! 下がっていてください!」

 僕だって、四年間特訓したんだ。

 騎士相手に勝てるとは思わないけど、なんとか聖女様を逃す時間くらいは作れるはずだ。

 ふと、頭に「ルカくん。絶対に危険なことはするんじゃないぞ」という、シオンの心配そうな顔が浮かんだ。

「……ごめんね、シオン」

 小さく呟く。


 僕も男だ。

 今、聖女様を守れるのは、僕しかいない。

「僕が、聖女様を守るんだ!」

 勢いよく床を蹴ると、僕はシエラさんに向かって突進した。

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