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第8話 聖女の依頼は危険な匂い

 ◆SIDE:シオン


「はぁ……。全然足りないじゃないか」

 気絶から目覚めたボクは、安宿の薄暗い部屋で、テーブルの上に広げた銅貨を数えながら、深いため息をついた。

 今日の『薬草採取』の依頼で得た報酬は、たったのこれだけだ。


 確かに、森で出会った女冒険者パーティーがルカくんの『二パーセントの漏れ』にあてられ、嬉々として薬草を根こそぎ摘み取ってくれたおかげで、ボクたちは一滴の汗もかくことなく依頼を達成できた。

 さらに、ギルドの受付嬢からは「よく頑張ったわね!」と特別ボーナスを渡され、この宿の娘からは「ルカくんの分はタダでいいわよ!」と豪華なシチューまで振る舞われた。


 ルカくんの呪い……いや、恐るべき無自覚な庇護欲喚起能力のおかげで、当面の食費と宿代はなんとかなりそうな気がしている。

 しかし、由々しき事態が一つ。

(このままじゃルカくんが、女に貢がせるヒモ男になってしまうじゃあないか!)

 ボクは一人、バンっとテーブルを叩いた。

 テーブルの上の銅貨が、カチャリと鳴る。

 今日1日で、5人だ!

 5人も余計な虫が増えた。

 この調子で街に滞在し続けたら、この街の女はもれなく全員、ルカくんの『二パーセント』に当てられてしまう。

 ライバルが増えるのは困る――いや、そうではなく。このままでは、この街が大変なことになる。

 ボクは、嫉妬なのか、純粋な心配なのかも分からないまま、髪をかきむしった。


 ボクたちの当面の目的地は、ここから遥か遠くにある魔導都市だ。

 女神の呪いを解く手がかりを得るため、魔法図書館へ行かなくてはならない。

 長旅に耐えうる馬車の手配、野営の道具、保存食など、まとまった資金がどうしても必要になる。


「このまま毎日チマチマ薬草を摘んでいたら、魔導都市に着く前にボクがお婆ちゃんになってしまう……」

 ボクは両手で自分の頬をバチンと叩き、気合を入れ直した。

 とにかく、お金だ。

 ルカくんをこれ以上、街の女たちの目に触れさせないためにも、もっとガツンと稼げる高額クエストをこなさなければならない。

 ふと、先ほどのルカくんの言葉が脳裏に蘇る。

(……ルカくん、ボクのことちゃんと女性としてみてくれてるんだ)

 そう思うと、急に恥ずかしくなって、枕に顔を埋め、手足をバタバタと暴れさせた。

 気がつくとボクは、いつしか固いベッドの上で深い眠りに落ちていた。


 ◇SIDE:ルカ


「――カくん。ルカくん!」

 扉を叩く音と共に、僕を呼ぶ声がした。

 僕は、ゆっくりベッドから起き上がると、大きく伸びをする。

 窓の隙間からは、痛いほどの朝日が差し込んでいた。朝だ。

「はい! ちょっと待ってください」

 ベッドの横に置いてあったメガネを装着し、手で髪をとかす。

 僕は、寝ぼけまなこでゆっくりと扉へ向かい、鍵を開けた。

「おっはよう! ルカくん!」

「眠たそうな顔も、可愛いわ!」

「お姉さんたちと一緒に、ダンジョンに潜らない?」

 朝から、ハイテンションな昨日の冒険者のお姉さんたちが、ワッと部屋に入り込んできた。


「おはようございます! というか、なんで僕の部屋がわかったんですか!?」

 僕は、お姉さんたちの圧に押し負けるかのように、ジリジリと後ろに下がりながら尋ねた。

「だって、この宿紹介したの、あたしたちよ? ビビちゃんに聞いたに決まってるじゃない!」

「ちゃんと寝られた?」

「いい部屋ね。ベッドもふかふかそう。お姉さんたちと、もう一眠りしちゃう?」

 気がつくとベッドまで後退りしていたようで、膝の裏がベッドの角に押し当たり、意図せずベッドに座ってしまう。

「ちょっ……!?」

 僕の両隣に二人が腰を下ろし、肩や腰に手を回される。前からは、アデラさんが「はあはあ」と荒い息で僕に近づいてくる。

「なんて、可愛いの。このままいただいちゃおうかしら」

「みなさん、落ち着いてください! 朝ですよ!? ちょ、や、やめ……!」

 僕が涙目で、死(?)を覚悟した、その時――。

 カンッ、カンッ、カーンッ!という小気味良い金属音が響いた。

「き、君たちは朝っぱらから、一体何をしているんだね!」

 お盆を手に、シオンがワナワナと肩を振るわせている。

「ルカくん! 君もボクと言うものがありながら……いや、ゴホン。しっかり用心しないとダメじゃないか!」


 ベッドと床で頭を押さえている、冒険者のお姉さんたちを尻目に、ボクはシオンに手を引かれ、下の食堂へと向かったのだった。


 ◇


「おはようございます! ルカくん」

 食堂に降りると、宿屋の娘ビビが満面の笑みで挨拶をくれた。

「すぐに朝食をお持ちしますね!」と厨房に戻ると、ものすごい速さで料理を、僕たちのテーブルへと運んでくる。

 その量を見て、僕は思わずウッと口を押さえた。

「これ、朝ごはんの量?」

「サービスですぅ。もし食べられないようでしたら、残してもらって結構です。ルカくんには朝からしっかり食べてもらいたくてぇ」

 もじもじしながらビビは顔を赤らめる。

「……ビビさん。気持ちは嬉しいんですが、あまりこういうことをされると困ります……」


 女性に好意を持たれること自体は、嫌ではないけれど、毎回これが続くかと思うと、頭がクラクラした。

 早く、女神様に会ってこの呪いを解かない限り、僕の日常に平穏は訪れない。

 でもこの力がなくなれば、誰も僕に見向きもしなくなるかもしれない。

 女々しいと思いつつ、ふと。そんなことを考えてしまう自分がいた。

「ルカくん。食べたら、即ギルドだ! こんな街とは、早くおさらばしなくては」

 シオンは、呆れと怒りが同居したように食事を口に放り込んだ。


 ◇


 シオンと二人でギルドの扉を開けた瞬間、イルダさんがものすごい勢いでカウンターから飛び出してきた。


「ルカくん大変! ルカくん宛に個人指名の依頼が入ったの!!」

 すごい剣幕で、興奮気味にまくし立てる。

「イルダさん、落ち着いてください。個人指名ってどういうことですか?」

「それがですね、依頼人がなんと聖女フェリシア様なんです!」

「聖女フェリシア様?」

 意味が分からず、思わず同じ言葉を繰り返す。

「聖女様からの依頼なんですっ!」

「な、なんだってえええええ!?」

 シオンがギルド中に響くような絶叫を上げた。

「受付嬢くん。一体どういうことなんだい? ボクたちは昨日ギルド登録したばかりだよ? 何をどうやったら、聖女なんかから依頼が来るというのさ」

「私もよく分からないんだけど、昨日あの後、聖女様の使いの女騎士がやってきて依頼をしていったの」

 僕たちの間に沈黙が走る。

(聖女様って、あの聖女様だよな?)

 昨日馬車の中の人と一瞬目があった気がするけど、まさか。いや、聖女様ともあろうかたが、そんな私的な理由で依頼などするだろうか?

 僕が小首を傾げていると、隣のシオンが「却下だ!」と険しい顔を作った。

「ルカくん個人指名で依頼なんで、怪しすぎる! 絶対に裏があるに決まっている。ボクが一緒ならまだしも、個人指名なんて絶対却下だ!」

「でも、シオンみてください。この報酬額を! この額があれば、僕らの金銭問題が一気に解決しますよ!?」

「こ、これは……」

 シオンが息を呑んだ。

「確かに金額は魅力的だが、ダメだ。君を売るようなことはボクにはできない」

「大丈夫だよ。相手は聖女様だよ? 悪い人な訳がないし、それに――」

 僕はシオンの小さな手を、そっと両手で包み込んだ。

「僕が少し頑張れば、シオンに楽をさせてあげられる。シオンに守られるだけの自分は嫌なんだ。今度は、僕がシオンに恩返ししたいんだ」

「ル、ルカくん……。それは、プロポ――」

 シオンの顔が、シューと音を立てるように真っ赤に染まる。

「ああ……っ! なんて甲斐性のあるセリフなんだ。ボクのためにそこまで言ってくれるなんて……もうダメだ、我慢できないっ! 今すぐ宿屋に戻ろう! 今すぐボクと一つに――!」

 シオンが血走った目で、飛びかかってきた。

 ガァンッ!

「ゔっ!」

 ギルド内に鈍い金属音が鳴り響き、シオンは痛そうに頭を押さえてうずくまった。

「し、仕方ない。ルカくんにそこまで言われたら、ボクに反対することは出来ない……」

 目に涙を浮かべながら、シオンは渋々許可を出してくれた。

(シオンのためにも、僕が頑張って依頼をこなさないと……!)

 お盆を持つ手に力を込め、決意を新たにする。

 僕がお金を稼ぐんだ。

 この小さくて、頼りないポンコツ魔導士のためにも。


 ○SIDE:フェリシア


「……シエラはまだ戻りませんか」

 大聖堂の一室。

 用意された豪華な宿舎で、わたくしは窓の外を見つめながら呟いた。

「はい、フェリシア様。先日、ギルドへ向かったあと、こちらには戻っておりません」

 控えの神官が申し訳なさそうに頭を下げる。

 わたくしの専属護衛騎士であるシエラ。

 彼女は真面目で責任感が強く、無断で外泊するなど絶対にありえないことだった。

(ギルドに向かった彼女に、何かトラブルでもあったのでしょうか……)

 胸の中に、嫌な予感が渦巻く。

(もう少し様子を見る? それとも一刻を争うような事態に陥っている可能性も?)

 部屋に飾られた女神が微笑む絵画を見つめながら、思案していると、コンコンと、部屋の扉が控えめにノックされた。

「フェリシア様。ギルドからの依頼で、ルカの名乗る少年が到着いたしました。いかがいたしましょうか」

 その瞬間、心臓がドクンと跳ねた。

(あの、少年はルカというのですね)

 一瞬で唇が渇き、顔が紅潮するのを感じた。

「と、通しなさい。今すぐに!」

 わたくしは、置かれていたグラスの水を一気に飲み干すと、少年が来るであろう扉から目を離すことができなくなっていた。


 それほど時を置かずして、ガチャリと扉が開き、一人の少年が部屋に入ってくる。

 銀縁のメガネに、黒い髪。少し不安そうに揺れる、母性をくすぐる瞳。

 間違いない。馬車越しに目があった、あの少年だ。

「あ、あの……冒険者のルカと申します。せ、聖女様からのご指名を伺って参りました……」

 ルカが深々を頭を下げる。

 そして、顔を上げた瞬間――。

 ドクンっ!

(はあああっ……!)

 聖女としてのわたくしの魂が、彼に囚われたのを感じた。

「なんて、可愛くて、庇護欲をそそるお顔なの……っ!」

「え……? せ、聖女様!?」

「ああ、ルカ様! よくきてくださいましたわ!」

 わたくしは神官たちを人払いさせると、ルカ様の元へ駆け寄り、その両手をキュッと握り締めた。

「あの、聖女様……。い、依頼内容というのは……?」

「依頼? ああ、そんなものはどうでも良いのです。さあ、こちらのソファへ! お茶を入れましょう。いえ、わたくしがお世話させていただきますわ!」

「ええええ!? そ、そんな恐れ多いです!」

「遠慮なさらないでください。ああ、なんて謙虚で素敵なのかしら。さあこちらへ」

「ちょ、ちょっと、聖女様!? 話を――んぐっ!?」

 わたくしはルカ様をソファーへ強引に座らせて、最高級の焼き菓子を無理やりお口へと放り込んだ。


 護衛騎士のシエラが行方不明になっていることなど、今のわたくしの頭からは完全に消え去っていた。

 今はただ、目の前のこの愛おしい少年を部屋に閉じ込め、心ゆくまで愛でること。

 それだけが、わたくしの世界の全てになっていた。

いつもこの作品をお読みいただき、ありがとうございます。


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