第12話 解かれた封印と、命懸けの選択
●SIDE:シエラ
ルカという少年は、私に「生きたいか」と問いかけてきた。
もちろん答えはイエスだ。生きたいに決まっている。
剣姫のスキルを授かり、子供の頃から剣一筋に生きてきた。
同年代の男たちも私を負かせるものなどいなかった。
そんな、私だ。もちろん恋なんてしようはずもない。
聖女様を、フェリシア様を守ることこそが、私の生き甲斐であり、誇りでもあった。
でも何故だろう。
あの少年の目を見、声を聞くと、胸の奥が熱くなった。
どうしようもなく、脈拍が上がる。
まるで、これが恋だといわんばかりに、私の胸が高鳴るのだ。
私は、思うように動かせない口を精一杯の力を込めて声を絞り出す。
生きたい。フェリシア様を守りたい。ルカという少年を抱きしめたい!
「……い。……いき……た……い」
掠れた声。弱々しい声。
これが、今の私の最後の抵抗だ。
もう、指一本動かせない。
あとは、私を助けると言ってくれた少年を信じるしかないのだ。
少年は「僕のことを好きになるかも知れない」とか、よく分からないことを言っていたが、そんなことはどうでも良かった。
ただ、少年に抱きしめてもらえさえすれば、それで良いのだ。
「シエラさん、目を開けてください!」
微かに、少年の声が聞こえる。
私は、薄れゆく意識の中でゆっくりと目を開けた。
その瞬間――私の目から、何かが侵入した。
それは、一瞬で足の先まで駆け抜けていく。
トゥンク――。
激しく鼓動が弾けた。
まるで、高鳴る鐘の音のように、心地よいテンポを刻み始める。
薄暗く淀んだ意識が、急激に澄んでいく。
まるで、雲の切れ間から差し込む陽光のように、私のすべてを照らしていくようだった。
その刹那――頭の中に、何かが入り込んでくる。
無数の女性の手が、あたしに絡みつくような奇妙な感覚。
「っ!?」
体が火照り、まるで全身を撫で回されるかのようで、思わず体をよじらせた。
私の意識が塗り替えていく。
黒から白へ。まるでペンキで上書きされるように、私の頭は真っ白になった。
だが、不思議と不快ではなかった。
体を駆け巡る、高揚感。
頭に浮かぶ少年の顔。
気がつくと、私は目の前の少年から、目が離せなくなっていた。
「ルカ…少年…なんという、可愛い顔なんだ……」
無意識の内に、気持ちが言葉として溢れ出ていた。
「早く、私を抱きしめてく……れ」
手を伸ばそうとするが、身体が動かない。
そうだった。魔法の力で拘束されているのだった。
しかし、目の前にルカ少年がいる。
手を伸ばせば届く距離にいるのだ。
私は身体に力を込めた。
もう、指先すら動かせなかった身体に力が入る。
(……こっ、これが、愛の力というやつなのか?)
さらに、力を込める。身体がミシミシと悲鳴をあげているかのようだった。
「う……ぐぐ」
奥歯を噛み締めさらに力を込めた時。
バギィンッ!という音と共に、私の体が自由になった。
「ルカ少年! こ、これが愛の力です!」
私がそのまま、目の前の少年に抱きつこうとした、その時――。
パァァァンッ!!
私は、何かに頭を叩かれ意識を失った。
◇SIDE:ルカ
「全く、油断も隙もあったもんじゃない」
シオンが、シエラさんの頭を何かでぶっ叩いた。
「……シオン。それは……?」
僕はメガネを元に戻しながら、シオンに質問した。
「これかい? これは『ハリセン』だよ。魔導紙に状態異常回復の魔法陣などを書き込み、何枚か重ねて、交互に折りたたんだものさ。流石に聖女くんの頭をお盆で引っ叩くわけにはいかないからね。即席で開発したのさ。まあ、聖女くんではなく、女騎士に使うことになるとは思わなかったが!」
そう言って、小さな天才魔導士は胸を張った。
「は、はあ……」
僕は、呆れたように小さく頷き、足元に転がっている、シエラさんを眺めた。
(……洗脳は解けたみたいで良かったけど)
僕は認識阻害のメガネを外しただけ。つまり、『五十パーセントの力』であれだ。
僕は、改めて自分のスキルの恐ろしさに身震いした。
「それにしても、ボクの魔法をあの状態でぶち破るとは……筋肉バカにも程がある」
「わたくしの護衛に向かって、筋肉バカとはなんですか。そもそも、あなたは誰なのです?勝手に窓から侵入してきて。それから、ルカ様。先ほどの事説明してくださいますね?」
聖女様が、不気味に微笑む。
その時、「うう……」と頭を押さえながら、シエラさんがゆっくりと起き上がった。
「……私は、いったい……」
「シエラッ! ああ、本当に無事で良かった……」
聖女様は、目に涙を浮かべ喜んだ。
正気を取り戻したシエラさんと聖女様に、僕は、これまでのことを話した。
鏡の審判の儀のこと、女神の寵愛のスキルのこと、認識阻害メガネのこと、シオンのこと。
二人は驚いた表情を浮かべながらも、僕の話を黙って聞いてくれた。
でも、時折二人してうっとりとした表情を見せ、僕を困惑させた。
「なるほど……状況は把握しました」
聖女様が、何度も首を縦に振りながら僕の目を見据えた。
「……状況は理解した。 ルカ少年……いや、ルカ殿。まずは、感謝の言葉を。私と聖女様を助けてくれて、本当にありがとう」
シエラさんはそう言って深々と頭を下げた。
「貴殿は命の恩人だ。なんとお詫びすればいいか……。この恩義に報いるため、このシエラ、ルカ殿に一生の忠義と愛を捧げよう!」
シエラさんはそう言って、僕の手を包み込むように握り締めた。
「ルカ殿……」
僕の手を握る力が強くなり、僕を見つめる目がトロンと溶けていく。
「ああっ! なんという庇護欲をそそるお顔なのだ。ダメだ、我慢できないっ! このご恩、今すぐ体で返させてください! これ以上、恩がたまってしまっては返せなくなりますうう――」
パァァァンッ!!
「さっきから、君はいったい何をやっているのかね!?」
シオンの呆れた声と共に、ハリセンの音が部屋に響き渡った。
○SIDE:フェリシア
わたくしは、部屋に響き渡るハリセンの音を聴きながら、物思いにふけっていた。
幼い頃から、剣一筋だったシエラがルカ様にメロメロになってしまっている。
美しい青い髪をなびかせ剣を振るう姿は、周囲の羨望の的であった。
美麗な容姿ということもあり、言い寄る男も多かったが、彼女は全く相手にもしていなかった。
真面目で、実直。そんなシエラがだ。
ルカ様の魅力を考えれば当然ではあるものの、『女神の寵愛』というスキルの恐ろしさを目の当たりにすると、これは放ってはおけないと確信した。
(このままでは、皆がルカ様の虜になってしまう。これ以上、ライバルが増えるのは困る――いや。下手すると世界が滅びかねない……)
聖女として、出来ることはないのだろうか。
ルカ様のお顔を見つめながら、わたくしは胸を押さえた。
それと同時に、わたくしのルカ様への想いも、その魅了のせいなのかという疑問が湧き上がる。
確かに、馬車の窓から一目見て、ルカ様への恋心を抱いたのは事実。
でも――。
洗脳されたシエラから、わたくしを守ってくれたお姿が頭から離れない。
わたくしを強く抱きしめ、命懸けで守ってくださった、あの勇姿。
(……わたくしの騎士さま)
まるで、お伽話に出てくる騎士のように勇敢で、何よりも美しいそのお姿。
思い出すだけで、鼓動が高鳴り、ぽっと顔が熱くなる。
この想いが、偽りだと言うの?
(……いいえ。そんなはずはありません。わたくしの想いは本物に決まっています。だって、ルカ様のことを想うだけでこんなにも心が苦しいのですから……)




