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第11話 紋章の呪いと、重なる意志

 ◆SIDE:シオン


(……ボクは、ルカくんの前でなんという失態を)

 女騎士を足蹴にし、挙げ句の果てに泣いてしまうとは。

 将来の賢者候補として情けない限りだ。

 でも、ルカくんに何かあったらと思うと、たまらなく怖かったんだ。

 これも『二パーセント』のせいなんだろうが、この胸の痛みはなんなんだ。

 そんなことを思っていたのだが――こうして、ルカくんの胸の鼓動を聞いていると、なぜだかどうでも良くなってしまっていた。

「心配してくれてありがとう、シオン」

 ルカくんがそう言って、ボクの頭を撫でてくれた。

(ルカくんがボクの頭をっ!)

 体温が上がるのが分かった。

 ダメだ、これ以上くっついていては理性を失ってしまう。

 ボクは「無事で良かったよ」と精一杯強がって、ルカくんから離れる。

 そしてふと、足元の女騎士の首元で視線が止まった。


 しゃがみ込んで、女騎士の青髪の後れ毛をガッとかきあげる。

「っ!?」

 女騎士の首元に信じられないものが浮かび上がっていた。

 鏡の中に目が描かれたデザインの紋章。

「これは……」

 ボクが言葉を詰まらせていると、後ろから聖女くんの声が聞こえた。

「……偽りのフォルス・アイ……」

 聖女くんはそう言って、へたりと座り込んでしまった。

「……シオン、この紋章って……」

「ああ、この間教えた、反女神、反教会の組織のものだ。奴ら、ついに実力行使に出たってことか。それにしても――」

 ボクは途中で言葉を切った。

(……ルカくんの二パーセントでも解除できない洗脳となると、相当厄介だぞ)

 洗脳。いや、魅了かもしれない。

 となると、フォルス・アイには、かなり手練れの精神系の術師がいることになる。

(まずは、この女騎士の術を解かないといけない訳だが…)

 ボクはアゴに手をやり、思考を巡らせた。


「ルカ様! シエラの様子が……!」

 聖女くんが悲鳴のような声を上げた。

 ボクの魔法で縛り上げられている女騎士が、異常なほどの汗を流し、血走った目で激しく全身を痙攣させていた。

「フェリシア様……ころ、さ……に、げて……」

 殺意と本来の忠誠心が頭の安価で激しく衝突しているのか。口の端から一筋の血が流れ落ちる。自ら舌を噛み切ろうとするほどの異常な光景だった。

状態異常回復ディスペル!」

 ボクは慌てて杖を握り魔法を唱えるが、女騎士には効果がないようで、変わらず血走った表情を浮かべこちらを睨みつけている。

「……ボクの『状態異常回復ディスペル』でも、洗脳が解けない……!?」

 刻まれた紋章が効果を増幅させているのか、ボクの魔法でも解除することができなかった。

「っ!!」

 思わず、悔しさで唇を噛んだ。

 賢者候補と言われるボクの魔法ですら、解除できないなんてどうすれば……。

「お願い! シエラを助けて! このままじゃ彼女がっ……」

 聖女くんの悲痛な声が、ボクの力不足を責め立てるように響く。

(……何か手は無いのか)

 そんなボクの頭に、一つの可能性が浮かぶ。

 でも、それは――。

 ボクは苦悩の表情を浮かべ、首を横に振った。


 ●SIDE:シエラ


(フェリシア様を殺さなくては……)

 私は、頭の中に浮かぶ淀んだ「殺意」に支配されていた。

 仮面の男。

 あの男と対峙した瞬間。私の意識は、深い海に沈んだかのように遠く、暗く冷たい底へ落ちていくようだった。

 もがき苦しむほどに、身体は私の意志を無視して動く。

 私が剣を向けたのは、命に変えてもお守りすると誓ったフェリシア様。そして、必死に彼女を庇ってくれた、黒髪の少年。

 少年と目が合うたびに、私の細胞一つ一つがが助けてと叫んでいた。

 ドクンっと鼓動が激しくなり、魂が少年を求めているのがわかった。

 少年を傷つけたくない。いや。抱きしめて、押し倒してしまいたいような衝動。

 しかし、そんな思いを嘲笑うかのように、私の身体は剣を振るい続けた。


 緑髪の少女の魔法で壁に叩きつけられたとき、私の意識が一瞬浮上した。

 溺れていて、水面でもがくような。私は、必死に空気を求めた。

「フェリシア様……お逃げ……ください」

 殺意に抗い、精一杯の声を絞り出す。

 しかし、私の身体は意に反して剣を拾い上げた。

(嫌だっ!もうフェリシア様も少年も攻撃したくない!)

 私の叫びは、誰にも届くことなく闇に溶けるように消える。

 私という人間が、尊厳が消えてなくなるように再び深い闇に堕ちていく。

(助けて! 誰か私を殺してっ!)

 私が、私でなくなる前に!

 せめて、最後にあのルカという少年に抱きしめてほしい――そう切に願ってしまっていた。


 ◇SIDE:ルカ


 一刻の猶予も許されなかった。

 洗脳に抗うシエラさんが、このままでは自ら命を断つ可能性がある。

 しかし、シオンの状態異常回復ディスペルでも解けない洗脳をどうやって解くのか。

 大聖堂の一室は、妙な沈黙に包まれていた。

「シエラ! お願い、しっかりして!」

 聖女様の悲痛な声だけが部屋に響く。

(こんな時に何も出来ないなんて、僕はなんて役立たずなんだ……)

 僕は、自分の無力さに唇を噛んだ。

「シオンっ! なんとかならないんですか!?」

 思わず声を荒げる。

「…………」

 シオンは申し訳なさそうに顔を背けた。

 そのシオンの顔を見た時――ふと、一つの可能性が僕の頭に浮かんだ。

『二パーセント』ではなく、もっと強い魅了で上書きできるのでは無いのか。

 確証はない、でもやる価値はあるはずだ。

 でも――。


 この魅了は、はっきりいって呪いだ。

 魅了で上書きすると言うことは、シエラさんの人生を変えてしまう可能性があるということだ。

 僕に、その覚悟があるのか?

 彼女の人生を背負うことができるのか?

 頭の中で、懸命に問いかける。

 でも、答えなんて出るわけがなかった。

 だからといって、このままシエラさんを見殺しにするのか?

 僕はクッと目を閉じて、決意を固めた。


「……シエラさん、聞いてくださいっ!」

 僕は、洗脳の間で揺れるシエラさんの奥まで聞こえるように、大きな声で問いかける。

「僕が、貴方を助けます! でも、そのせいで貴方は僕のことを好きになってしまうかもしれません――」

「ルカくんっ! それは――」

 僕は、シオンの言葉を遮るように続けた。

「――それでも、貴方は生きたいですか!? 聖女様を守りたいですか!?」

 無茶苦茶な話だった。

 洗脳を解くために、別の洗脳で上書きする許可を得ているのだから。

「ルカくん!!」

「シオンは黙っててくださいっ……! ひょっとしたら、こんな僕にも救える命があるかもしれないんです」

 ボクは、初めてシオンに大きな声を出した。

 シオンは最初、驚いた表情を浮かべていたが、すこし黙ったあと、何も言わず小さく首を縦に振った。

「ルカ様……? 一体何をおっしゃているのですか?」

 聖女様が戸惑ったような視線を僕に向ける。

「……聖女様、説明は後でします」

 僕は、そう言って、目の前のシエラさんに問いかけ続ける。


「シエラさん!!」

 何度目か分からないくらい問いかけた、その時――。

「……い。……いき……た……い」

 シエラさんは、声にならない掠れた声を絞り出した。

「……シオンごめん。僕……」

「ルカくんが決めたことだ。ボクは君を信じる」

 シオンが真っ直ぐな目で僕を見据えた。

「シオン。自分と聖女様の目をしっかり塞いでいてください……っ!」

 そう言って僕は、シエラさんの顔を覗き込むように腰を下ろした。

 苦しそうな表情のシエラさんと目が合う。

(……僕は、シエラさんの人生を狂わせてしまうかもしれない。でも――)

 静かに目を閉じて、大きく息を吸い込む。

(やるしかないんだ……)

 僕はしっかりとシエラさんと見つめると、震える手でメガネを外した。

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