ギャルに救われるだけの話
「あれ、どしたの?」
月下屋上、鉄柵を背にしてピュウピュウ吹く風に吹かれるままの俺。生きるのが辛すぎて、気がつけばギャルに電話を掛けていた。めっちゃ仲いい訳じゃない、ちょくちょく話すぐらいの仲。それなりに可愛くて、彫りが深めの黒髪色白令和ギャルって感じ。いい奴なんだよな、だからなんだろうか。
「なぁ、中良。元気してる?」
「勿論、元気だけど……。君は?」
「……それなりって感じかな」
ここまでしておいて、本音が出ない。怖くて仕方ない。別にギャル、中良とは仲いい訳じゃないんだ。新刊が出た時に感想言い合うぐらいの仲。両親、親友とか選択肢は他にもいっぱいあったのに、気がつけば選んでたのはギャルだった。なんでだ。
「お、っと」
「……ねぇ、本当にだいじょぶ?君、今外だよね?」
「お散歩中って感じだ。なんか、ちょっと電話かけたくなってさ」
「珍しいねぇ」
「だろ。ま、ちょっと声も聞けたし満足かな」
──────そんな訳ない。背に風が吹く、少しだけ、前に押される。時間だ。そう言われている気がした。そうだ、時間もないのに何をしてるんだろう俺は。
深夜の学校に入ってるのがバレたら、人生が終わってしまう。
「……出てくれて、ありがとな。俺、嬉しかった」
「もうちょい、話さない?」
「え……?」
「ダメ?」
「別に、いいけど……」
「やった!お菓子取ってくる!」
そう言い残してバタバタと部屋から出ていく音がした。そのちょっとした自由さに羨望と、何でこうなれなかったんだろうかという絶望が押しかけてくる。
「足、いった……」
靴を脱いでいたせいか、足が痛い。校舎の角に腰かける形で座り込む。夜空を眺めながら、少しだけ物思いに耽る。
こんなはずじゃなかった。上手くいってない訳じゃない、友人はそれなりにいるし、両親も最悪って訳じゃない。だから、俺が悪いんだろう。
どうすればよかったんだろうか、足をユラユラと揺らしながら考える。でも、数年でなかった答えがここで出る訳ない。
「だたいま!」
「なんでそんな疲れてんの……?息切れ過ぎじゃない?」
「買い出し行ってたの!家にお菓子無かった!」
「そっかぁ」
「そう!」
イヤホンに変えたのか、少し音質が良くなったように感じる。何となく二人でふっ、と笑う。背中に掛かる圧が、少しだけ減った気がした。
「でさ、なんか悩みあるんでしょ」
「え、あぁ……。…………おう」
「やっぱり!」
「……聞いて貰ってもいいか」
「どんとこい!」
そういってヒッヒ~と笑うギャル。全然らしくない笑い方だ。でも、その元気さが何より嬉しい。夜空が揺らいで見える。俺の単純さに嫌気が差す。
「何がって、訳じゃないんだけど」
「うん」
「何かと上手くいかなくて」
「……そっか」
「俺なりにやってんだけどさ。誰も、見てくんなくて」
「うん……」
「人生、俺のためどころか、誰のためにもならなくて」
「……」
「みんな、いい奴なんだ。俺が無理だって言ったら、多分わかってくれる」
「うん」
「でも、無理って分かんなくて」
「……ん」
「期待に答え続けたら、こんな感じになっちゃた」
「こんな感じ?」
「眠れなくて、フラフラして、頭痛くて」
「そっか」
「でも、頑張らないと生きていけない。お金も出して貰ってるし、無理って言っちゃった後、どう生きればいいのか分からない」
「でもさ、一度外れてみても」
「俺もそう思った。数か月前、骨折って足がギプスになった」
あの時悟ったんだ。別に、優しさは持続しないってことを。そんなの、当然なのに。期待してしまったんだ、バカな俺は。
「最初はみんな気を遣ってくれるんだ。何かと気にかけてくれて、優しくしてくれる」
「なら……」
「でも、一か月後にはもう誰も見向きしない。ただ、傷ついた人になった」
「それは」
「気のせいかもしれないけどさ、もう限界なんだ」
涙が零れて止まらない。誰も悪くない筈なのに、なんで俺はこんなにも辛くて悲しいのかひたすら理解できない。
ギャルは相槌に徹してくれていた。だから余計に止まらない。
「ね、君さ」
「……なんだ」
「……不器用でしょ」
言葉が出なくて、止まってしまう。内心、その通りだと思った。頼る事が出来ない弱さ。そんなのは分かっている、でも、どうやって自分を助けてやれば。
「そんなに周りの皆を信じらんない?」
「信じてる!でも」
「見捨てられるのが、怖いんだ?」
「……あぁ」
そうだ、怖くて仕方ない。こんなにも皆が期待してくれているのに、裏切れないという無茶な責任感。分かってるんだ。気持ちで止められるならそうしたいに決まってる。
「あえてさ、簡単に考えない?」
「……?」
「そこから飛んじゃう前に、一度だけ信じてみない?」
「……何を?」
「奇跡」
「はぁ?」
何を言い出すんだ。奇跡なんかないからこんなことになってるのに、なんでそんな簡単に言えるんだ。怒りでガン!と強く柵を叩いた。冷たい鉄柵がガシャーン!と鳴る。
「そんな怒ってどうすんのさ」
「……で、奇跡って?」
「10秒」
「は?」
「だから、10秒。これだけで、君は救われる」
「冗談だろ?」
「本気」
声色から冗談は言ってないように思えた。意味が分からない、10秒だけでどうやって俺を救うというのか。ここまで来て、誰も止めてこないような人間だぞ。
──────この程度で、救われる訳ない。
「分かった。今から数えてやる」
「じゃ、目を閉じて」
言われるがまま目を閉じる。そして、ヒュウと吹いたより冷たい風が、上気した頬を冷ましていく。息を深く吸い込んで、吐いた。
「一つ」
何も起きない。
「二つ」
手汗が夜晒しのコンクリートで冷える。
「三つ」
夜の寂しさを吸い込んだ。
「四つ」
目を閉じたまま上を向くと、月光が瞼の間から差し込んでくる。
「五つ」
これまでの人生が脳裏に過る。
「六つ」
死んだ後の世界はどうなんだろう。
「七つ」
幸運は無かった。
「八つ」
親友の顔が浮かぶ。
「九つ」
両親との歴史が、愛が、苦悩が、走馬灯のように浮かんでは消えた。
「十」
──────やっぱり、何も起きなかった。
グッ、と自分を押し出すように両手に力を込めた。
「待って!!」
バン!と扉が勢いよく押し開けられる音がした。思わず目を開けて後ろを見る。
「……はぁ……はぁ……」
ゼエゼエと膝に手を付き、冬なのに汗だくで薄着のギャル。いつも綺麗に彩られた顔は、余裕なくグチャグチャになっていた。
その姿を見ると、どうにも両手に入っていた力が抜けていく。
「どう!?起こったでしょ!奇跡!」
確かに奇跡だ。様子がおかしかったとはいえ、ちょっと仲がいいぐらいの異性になんでここまで出来るんだ?
「友達が死にそうなら!これぐらい当然でしょ!!」
思考を読まれたのか、そう大声で言い切るギャル。
「……確かに、奇跡だ」
「でしょ!」
ぶい!と手でvサインを突き出してくる。これまで見た中で彼女は一番めちゃくちゃで、一番美しく見えた。
「ほら!お菓子食べよ!んで話そ!」
──────そう言って、ボッチーを突き出してきた。




