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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ギャルに救われるだけの話

作者: 柴野 沙希
掲載日:2025/10/08


「あれ、どしたの?」


 月下屋上、鉄柵を背にしてピュウピュウ吹く風に吹かれるままの俺。生きるのが辛すぎて、気がつけばギャルに電話を掛けていた。めっちゃ仲いい訳じゃない、ちょくちょく話すぐらいの仲。それなりに可愛くて、彫りが深めの黒髪色白令和ギャルって感じ。いい奴なんだよな、だからなんだろうか。


「なぁ、中良。元気してる?」

「勿論、元気だけど……。君は?」

「……それなりって感じかな」


 ここまでしておいて、本音が出ない。怖くて仕方ない。別にギャル、中良とは仲いい訳じゃないんだ。新刊が出た時に感想言い合うぐらいの仲。両親、親友とか選択肢は他にもいっぱいあったのに、気がつけば選んでたのはギャルだった。なんでだ。

 

「お、っと」

「……ねぇ、本当にだいじょぶ?君、今外だよね?」

「お散歩中って感じだ。なんか、ちょっと電話かけたくなってさ」

「珍しいねぇ」

「だろ。ま、ちょっと声も聞けたし満足かな」


──────そんな訳ない。背に風が吹く、少しだけ、前に押される。時間だ。そう言われている気がした。そうだ、時間もないのに何をしてるんだろう俺は。

 深夜の学校に入ってるのがバレたら、人生が終わってしまう。


「……出てくれて、ありがとな。俺、嬉しかった」

「もうちょい、話さない?」

「え……?」

「ダメ?」

「別に、いいけど……」

「やった!お菓子取ってくる!」


 そう言い残してバタバタと部屋から出ていく音がした。そのちょっとした自由さに羨望と、何でこうなれなかったんだろうかという絶望が押しかけてくる。


「足、いった……」


 靴を脱いでいたせいか、足が痛い。校舎の角に腰かける形で座り込む。夜空を眺めながら、少しだけ物思いに耽る。

 こんなはずじゃなかった。上手くいってない訳じゃない、友人はそれなりにいるし、両親も最悪って訳じゃない。だから、俺が悪いんだろう。

 どうすればよかったんだろうか、足をユラユラと揺らしながら考える。でも、数年でなかった答えがここで出る訳ない。


「だたいま!」

「なんでそんな疲れてんの……?息切れ過ぎじゃない?」

「買い出し行ってたの!家にお菓子無かった!」

「そっかぁ」

「そう!」


 イヤホンに変えたのか、少し音質が良くなったように感じる。何となく二人でふっ、と笑う。背中に掛かる圧が、少しだけ減った気がした。


「でさ、なんか悩みあるんでしょ」

「え、あぁ……。…………おう」

「やっぱり!」

「……聞いて貰ってもいいか」

「どんとこい!」


 そういってヒッヒ~と笑うギャル。全然らしくない笑い方だ。でも、その元気さが何より嬉しい。夜空が揺らいで見える。俺の単純さに嫌気が差す。


「何がって、訳じゃないんだけど」

「うん」

「何かと上手くいかなくて」

「……そっか」

「俺なりにやってんだけどさ。誰も、見てくんなくて」

「うん……」

「人生、俺のためどころか、誰のためにもならなくて」

「……」

「みんな、いい奴なんだ。俺が無理だって言ったら、多分わかってくれる」

「うん」

「でも、無理って分かんなくて」

「……ん」

「期待に答え続けたら、こんな感じになっちゃた」

「こんな感じ?」

「眠れなくて、フラフラして、頭痛くて」

「そっか」

「でも、頑張らないと生きていけない。お金も出して貰ってるし、無理って言っちゃった後、どう生きればいいのか分からない」

「でもさ、一度外れてみても」

「俺もそう思った。数か月前、骨折って足がギプスになった」


 あの時悟ったんだ。別に、優しさは持続しないってことを。そんなの、当然なのに。期待してしまったんだ、バカな俺は。


「最初はみんな気を遣ってくれるんだ。何かと気にかけてくれて、優しくしてくれる」

「なら……」

「でも、一か月後にはもう誰も見向きしない。ただ、傷ついた人になった」

「それは」

「気のせいかもしれないけどさ、もう限界なんだ」


 涙が零れて止まらない。誰も悪くない筈なのに、なんで俺はこんなにも辛くて悲しいのかひたすら理解できない。

 ギャルは相槌に徹してくれていた。だから余計に止まらない。


「ね、君さ」

「……なんだ」

「……不器用でしょ」


 言葉が出なくて、止まってしまう。内心、その通りだと思った。頼る事が出来ない弱さ。そんなのは分かっている、でも、どうやって自分を助けてやれば。


「そんなに周りの皆を信じらんない?」

「信じてる!でも」

「見捨てられるのが、怖いんだ?」

「……あぁ」


 そうだ、怖くて仕方ない。こんなにも皆が期待してくれているのに、裏切れないという無茶な責任感。分かってるんだ。気持ちで止められるならそうしたいに決まってる。


「あえてさ、簡単に考えない?」

「……?」

「そこから飛んじゃう前に、一度だけ信じてみない?」

「……何を?」

「奇跡」

「はぁ?」


 何を言い出すんだ。奇跡なんかないからこんなことになってるのに、なんでそんな簡単に言えるんだ。怒りでガン!と強く柵を叩いた。冷たい鉄柵がガシャーン!と鳴る。


「そんな怒ってどうすんのさ」

「……で、奇跡って?」

「10秒」

「は?」

「だから、10秒。これだけで、君は救われる」

「冗談だろ?」

「本気」


 声色から冗談は言ってないように思えた。意味が分からない、10秒だけでどうやって俺を救うというのか。ここまで来て、誰も止めてこないような人間だぞ。

 

──────この程度で、救われる訳ない。


「分かった。今から数えてやる」

「じゃ、目を閉じて」


 言われるがまま目を閉じる。そして、ヒュウと吹いたより冷たい風が、上気した頬を冷ましていく。息を深く吸い込んで、吐いた。


「一つ」


 何も起きない。


「二つ」


 手汗が夜晒しのコンクリートで冷える。


「三つ」


 夜の寂しさを吸い込んだ。


「四つ」


 目を閉じたまま上を向くと、月光が瞼の間から差し込んでくる。


「五つ」


 これまでの人生が脳裏に過る。


「六つ」


 死んだ後の世界はどうなんだろう。


「七つ」


 幸運は無かった。


「八つ」


 親友の顔が浮かぶ。


「九つ」


 両親との歴史が、愛が、苦悩が、走馬灯のように浮かんでは消えた。


「十」


──────やっぱり、何も起きなかった。


 グッ、と自分を押し出すように両手に力を込めた。


「待って!!」


 バン!と扉が勢いよく押し開けられる音がした。思わず目を開けて後ろを見る。


「……はぁ……はぁ……」


 ゼエゼエと膝に手を付き、冬なのに汗だくで薄着のギャル。いつも綺麗に彩られた顔は、余裕なくグチャグチャになっていた。

 その姿を見ると、どうにも両手に入っていた力が抜けていく。


「どう!?起こったでしょ!奇跡!」


 確かに奇跡だ。様子がおかしかったとはいえ、ちょっと仲がいいぐらいの異性になんでここまで出来るんだ?


「友達が死にそうなら!これぐらい当然でしょ!!」


 思考を読まれたのか、そう大声で言い切るギャル。


「……確かに、奇跡だ」

「でしょ!」


 ぶい!と手でvサインを突き出してくる。これまで見た中で彼女は一番めちゃくちゃで、一番美しく見えた。


「ほら!お菓子食べよ!んで話そ!」


──────そう言って、ボッチーを突き出してきた。

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