プロローグ①: スライムしか倒せなかった俺
アルファポリスにて先行執筆中です
プロローグ①〜②まで配信させて頂きます
「……はぁ、今日も稼ぎはこれだけか……」
手の中に握られた小さな麻袋が、カラカラと乾いた音を立てた。中には魔核が五十個。数だけは多いが、どれもスライムから得られる最低等級のものばかりだ。
俺の名前はカイル──いや、元の世界では宗方慧雪という名で、27歳の社会人だった。
それが今はどうだ。異世界のラウド大陸、真生期107年のこの時代で、特別探索許可証を手にした底辺ハンターとして、スライムを狩る毎日を送っている。
地球ではそこそこの企業で営業をしていた。成績も悪くなかったし、同期よりは早く昇進もした。だけど、気がつけば上司の顔色ばかり気にして、やりたかったことなんて何一つできていなかった。
そんな折に──まぁ、色々とあって──気が付けばこの異世界に転移していた。
最初のうちは、ゲームのような異世界に胸を躍らせていた。だが現実は違った。異世界に来たからといって、急に強くなれるわけじゃないし、特別な才能が備わっているわけでもない。
まず、飯代を稼がなければならない。
冒険者……この世界では『トラベルハンター』と呼ばれる職業に就くにも、一定の運動能力と筆記試験を突破する必要があった。
俺は幸いにも元の世界でジム通いをしていたし、勉強も嫌いじゃなかった。だからこそ、運良く特別探索許可証を得ることができた。
◆◆◆
【特別探索許可証】
1.この許可証を発行された者は遺跡に侵入する事を認める。
2.洞窟内でのあらゆる武器の所持を認める。
3.狩猟ハントしたモンスターの魔核を持ち帰る事を認める。
4.遺跡内での所得物を持ち帰る、又は、売買すること事を認める。
5.あらゆる事態でも、人同士の争いを認めない。
6.しかし、例外を認める事もある
◆◆◆
それから、もう一年。
毎日毎日、一階層でスライム狩り。五時間かけて五十体のスライムを倒して、得られる報酬はたったの1000イェン。
これを月に換算しても3万イェン。そこから生活費や装備の修理代を引けば、手元に残るのは一日500イェンあればいいほうだ。
「まじで……これ、村で木こりの手伝いしてる方が稼げるんじゃね?」
そんなことを呟きながら、俺はダンジョンの石段をゆっくりと登る。
この世界に来て、一番最初に思ったこと。それは──
(ダンジョンって、くっそ地味なんだな……)
映画やゲームで見たような、光る魔法陣とか、煌びやかな遺跡を想像していた。けれど実際は、ただただ湿っていて暗くて冷たい石の洞窟。たまにどこからか水が滴る音がして、スライムのぷよぷよした足音が響くだけだ。
もちろん、明かりも必要だ。俺は簡易の魔晶灯を腰にぶら下げているが、これも月に一度は魔力の補充が必要で、それにも金がかかる。
スライムは危険度は低いが、油断すると簡単にやられる。
ナイフを跳ね返すような弾力。叩いても、衝撃を吸収して形を変えるだけ。そんな奴の『核』を見極め、正確に狙わないと倒せない。
最初のうちはビビりながら戦っていた俺も、今では手慣れたものだ。ナイフで核を突いて、魔核を取り出す。繰り返すこと五十回。
──日課。いや、もはや作業。
それでも、辞めなかった。
(俺は英雄になるんだ……)
誰も信じなかった夢。子どもの頃に「将来の夢は?」と聞かれて、「英雄!」と叫んで、クラス中に笑われた。
でも、その夢だけは捨てられなかった。
いつか、誰もが認める存在になる。今はスライムしか倒せないけれど、いつか──
今日もダンジョン一階層の奥にて、俺はスライム狩りの締め作業をしていた。
そんなとき、異様な“気配”を感じた。通路の奥、薄暗い石壁の向こう。空気が揺れるような、視線を感じる。
「……誰かいるのか?」
問いかけに答える者はいない。だが、ゆらりと、ぬめるような影が姿を現した。
淡い光ではない。煌々と、まるで金貨を溶かしたような液体。そいつは“スライムの形”をしていた。
「……金色のスライム……!?」
俺は息を呑んだ。危険だ。だけど、体が震えている。恐怖ではない。興奮だ。
(こいつを倒せば……! 何か変わるかもしれない!)
金スライムはこちらの気配に気づいたのか、ぶるん、と身体を揺らして跳ねた。速い。通常のスライムより明らかに機敏だ。
俺は咄嗟に横へ飛び退く。次の瞬間、金スライムがいた場所に石床がめり込んだ。着地だけで、石が凹むだと!?
(ヤバい! 威力も段違いだ!)
俺は右手にナイフを構え、左手には投擲用の小型刃を握る。まずは距離を取る。焦るな、狙うは“核”一点!
金スライムが跳躍した。飛びかかる動きが、もうスライムのレベルではない。まるで肉食獣だ。
俺は床を滑るように転がりながら、ナイフを突き出す。だが、ぶよぶよの金粘体に弾かれる。通らない。やはり刃が効かない。
(どこだ……核はどこだ!?)
金スライムは跳ねながら壁を蹴った。まるで意思を持っているかのような軌道!
俺は反射的に小型刃を投げる。跳ね返された。だがその一瞬で、中心部に小さな“光”を見た。核だ。あれが弱点。
息を整える暇もない。金スライムが再度跳躍し、真上から俺に襲いかかる!
「——っそこだぁぁぁ!!」
地面を蹴って上体をそらし、俺は逆手に構えたナイフを振り上げた。狙いは、核——一点。
刃が貫いた。硬い手応え。そして、スライムの体が一瞬、弾けた。金の液体が宙に舞う。
蒸気のように揺らめきながら、金スライムはじょわっと音を立てて崩れていった。
粘液が地面に溶け消えていき、残ったのは——
「……な、んだこれ……」
そこに残されていたのは、直径十センチほどの、金色の卵だった。
宝石のような光沢、微かに温かさを感じる表面。俺の心臓は、まだ戦闘の興奮で高鳴っていた。
「まさか……これがレアドロップってやつか……?」
金の卵。それは、俺の運命を変える出会いだった。