たこ焼き、時々、宇宙戦争
「…混入源確認。回収する」
祭りの喧騒の中、俺はサングラス越しに屋台を捉える。
コードネームはT。数時間前、我々は惑星ノイドの工作員と接触。取り逃がしたが、奴が送った通信の解析には成功した。
内容は『擬態型情報索敵生物一体を偽装、混入済み』というもの。
その情報索敵生物は、捕食されるとナノマシンへと変異。食べた者の身体構造から精神構造まであらゆる情報を母星へ送信する。
人類を攻略するための完璧な青写真だ。一般市民の口に入れば、地球人は丸裸にされてしまうだろう。
そんな事態は、断じて避けねばならない。
俺は強く拳を握りしめた。人類の命運は、俺たちにかかっている!!
人混みをかき分け、屋台へ急ぐ。
「親父! そのたこ焼き、もう売れたか!?」
「へっ? いや、あんたが最初の客だ」
どうやら間に合ったようだ。安堵しつつ畳み掛ける。
「そうか。なら、焼いてない物も含めて、タコを全て売ってくれ」
「はぁ!? ぜ、全部!?」
親父が驚きの声を上げた時、背後で並ぼうとしていた少年が、悲痛な声を上げた。
「えーっ! ぼくも買いたかったのに!」
少年の泣きそうな声が響いた。すまないボウヤ、これは戦争なんだ。
少年の声をきき、更に渋る親父の前に、部下のエージェント・Kが静かに立つ。
「店主。こちら、本日の売上予測と迷惑料です」
Kがアタッシュケースを開けると、そこには札束がぎっしりと詰まっていた。
「必要なら、今日の分の材料もこちらで用意いたしますが…」
「…わ、わかったよ! 売ってやらぁ!」
とうとう親父が折れた。Kの指示で現れた黒服たちが手際よくブツを回収する。あとは彼らに任せよう。
祭りを後にした俺たちは、急いでラボへと移動した。
間違いない。分析結果は擬態反応ありだ。Kが処分の準備するが、俺はそれを止めた。
「待て、K。処分はなしだ」
「しかし!」
「一体やられたくらいで奴らが諦めるか? 次を送り込んでくるだけだ」
「では…!」
「予定通り、俺が食う。俺の情報だけを送り、地球が危険な星だと誤認させるんだ」
俺はKの目を見て続けた。
「よく考えろ。この身体は、遺伝子操作の最高傑作だぞ」
その言葉に、Kは黙って下がった。
俺は覚悟を決め、熱々のたこ焼きを次々と口に放り込む。
うまい…! 外はカリッ、中はトロッ…なんだこの絶妙な火加減は! 生地の出汁……銀河の歴史を凝縮したかのような濃厚な旨味!!
そんな俺の姿を冷静に見ていたKが、ポツリと呟いた。
「そもそも、中のタコだけ食せばよろしいのでは?」
「ごふっ!?」
俺は思わずむせ返る。
「ば、馬鹿を言え! 食材を無駄にしてはいけないだろうが!」
Kが呆れたように視線をスッと逸らす。
俺は気まずさをごまかすように残りをかき込んだ。
ようやく俺が最後の一個を飲み込んだ時、インカムから緊急通信が入る。
「隊長! 惑星ノイドから撤退の通信が!」
「…そうか」
「『あんなに奇妙な暴食生物がいる星と戦いたくない』とのことです!」
「…ふぅ」
俺はため息をついた。
地球の平和は守られた。
だが、俺はあの味を忘れられない。
後日、組織のネットワークを使い、あの親父の出店スケジュールを追跡するのは、また別の話だ。