008. 龍石
「知り合いもなにも……ソイツは龍石神社の御神体だ――」
「あの男性が……?」
どういうことでしょうか……人が御神体、と……は――
そこまで考えて、私は自分が間違っていることに気づきました。
「御神体が……人型に――⁈」
「そうだ。
御神体、龍石の本体は自然が長い年月をかけて生み出した、龍の形に見える岩で、アーティファクトの一種だ」
「――アーティファクトってそんなことまで可能なのですか――⁉︎」
もしそうならば、様々な動物系のハンドメイド作品や、不思議生物(?)系の作品も、その姿で動き出したりとかするのでしょうか。
「これはかなり特殊な事例だ。
人型が取れるようになるには、一定以上の条件が必要なようでな。実例はとても少ない」
「そうなんですか……では、アーティファクトそのものが動き出すということはあるんですか?」
「それも特殊案件だな。聞いたことはないが、文献では見たことがある。
どのような形の物であっても、その物が動き出すということはない。
何故なら通常のアーティファクトが力を発揮するには、人と接触している必要があるからだ」
「離れたら止まってしまう、ということですか?」
様々な犬猫や不思議な動物たちも動き出したなら、もっと楽しかっただろうに――
「そうだ」
そういうと、晃生さんは作業部屋の方に戻っていき、入り口側の応接用ソファに腰かけました。私も後に続き、向かい側にちょこんと座ります。
「ちなみに、大事なことだから先に説明させてもらうが、一人の人間が二つのアーティファクトを同時に使用することもできない。というか、やってはいけない。
何故なら二つのアーティファクトの力が均衡を保つことができず、作用し合ってその力を喪失してしまうから」
「そう……なんですか――」
それは聞いておいてよかったです……!
「ところで、お前を助けた龍石はどれくらいの間、人の姿をしていたんだ?」
「数分……だったと思いますけど。もしかして――龍の姿とかにもなれるんですか?」
「もちろん、そちらが本来の姿だから」
ぅわぁ……それはぜひみてみたい――――
「そういえば彼……聖域の外に出ているのを晃生さんに見つかったらまずい、と言っていたんですが……聖域ってもしかして――――」
言いながら、しまった、と思いました。神社で聖域といったら、社の中のことか、もしくは――
「石段の上、社を中心として湖全体と鳥居までがすっぽり入るくらいの円形が聖域にあたる」
あちゃー……お礼を伝えたいあまり、石段が聖域の外だって、気づけてませんでした……ごめんなさい龍石様……。
「どうして……出たらいけないんですか?」
私がそう聞くと、晃生さんは少し悲しそうな顔をしました。
「それは――地震の影響で龍石にひびが入って、力が衰えてきているからだ――」
ひび――
「龍石の力は主に水を清め、聖水を作ること。
飲めば大抵の病は治り、怪我もその水で洗えばたちまち治癒する、という――」
「それはまた――すごいですね……!」
「あぁ……」
でも、ヒビが入って力が衰えてきているのなら、その聖水の力が弱くなってきているということなのでしょう……晃生さんは暗い顔をしたまま続けます。
「あの湖から流れ出る先に、キヨミズ医院という大きな……政府が指揮をとる病院があってな……」
清水――?
その名前が脳内にこだまする。
「これまではな……聖水のおかげで怪我で死ぬような者はいなかった。だが――数ヶ月前から助けれずに亡くなる事例が出てきてしまって――。
政府が龍石を調査をしたが……結果、修復は不可能だと判断されてな……
アイツは……龍石は……見捨てられたんだ――――」
そんな――――
「それで――どうなったんですか……?」
あの人は……龍石はまだ人形にもなれていた。しかも石段から落ちる私を助けて空を飛ぶ力だって――――
「何も……。
ただ、朽ちるまでそのままだ――――」
「――――」
「これまで散々利用してきておいて、力が弱くなった途端……な――。
なのにな……アイツは『それもこれも、時代の流れよ』って言って笑って受け止めていやがって……」
御神体と呼ばれるアーティファクトとは――。自分の終わりの時期すらも静かに受け入れて、それでもなお、凛とした空気を纏う存在なのでしょうか――
「そんな――力が落ちている状態なのに彼は私を――――」
「そう! それだ。
ここ数ヶ月は龍の姿をとるのも難しかったのに、奴は何故人間の姿で君の前に現れることができたのか。
何か心当たりは――――」