007. これまで読んできた本などの受け売りです
晃生さんの後についていくこと三十分弱。
体力に自信のあるわけではない私は、十分を越したあたりから集中力が途切れ、何度も転びそうになってしまいました。
綺麗に整備されているとは言えない道。
所々にその名残が見られましたが……どうやらあの神社への参拝客はごく限られた、健康な者しかいないようですね……。
そう感じる程に荒れ果てた道に、その先にある立派な神社を思って……私はとても寂しいような気持ちになりました。
そういえば……石段から落ちる私を助けてくれた、あの男の人は誰だったのだろう……?
アーティファクトの力で空を飛んでいたのかしら……?
「もう少しで着くぞ、頑張れ」
「――はい!」
驚きすぎてお礼を言っていないし、あの人のことも後で聞いてみましょう。なんとなくですが、晃生さんなら知っている気がするので――。
私は改めて気合を入れて、晃生さんの背を追いました。
途中、木々の間から、山の麓の方に町が見えましたが、辿り着いたのは山中にある一軒の小屋。
「本家の方にも俺の部屋はあるが……あっちは手狭でな。ここの方が安全だし、小屋自体に虫除けの仕掛けを施してあるから虫も侵入はできん。だから――しばらくはここを使ってくれくれるか?」
本家。何か大きな一族の一員なのでしょうか。
「晃生さんがよろしければ……ありがたく使わせていただきたいですが――いいんですか?」
「あぁ、基本的には一人でここにいてもらうことになるが……今日だけはすまないが俺と一緒で我慢してくれるか? 家の者に今日はこちらに留まると言ってあって……」
泊めさせていただくのに、嫌だなんて――。それに……
「もちろん大丈夫です――私をどうこうするつもりなんて、ないでしょう?」
何故でしょうか……会ったばかりなのにそういう信頼感を晃生さんに感じていました。
「――ない」
「その言葉を信じます」
真剣な眼差しで言う晃生さんに、私は目を閉じながら答えました。
「じゃあ、中の案内をしておくよ。
俺は基本的に行ったり来たりだが、大半をここで過ごしている。だから、生活するのに必要な物は一通り揃っているはずだ」
小屋の中は、入ってすぐキッチンがあり、その横に工房のような部屋がありました。
部屋の中央に応接用らしき茶色いソファと焦茶色のテーブルがあり、窓際には作業用の机と椅子、残りの三方は部屋をぐるりと囲むように棚が並んでいます。
そしてその中には数えきれない程の作品、アーティファクトたちが並んでいるようでした。
アーティファクトの放つ淡い光が合わさって、まるで春の陽気のような雰囲気を感じて……思わず私の目は、そちらに釘付けになってしまいます。
「後々紹介させてくれ。あそこのアーティファクト達を」
興味津々な目で見ていることに気づいたのか、晃生さんが言いました。
「ありがとうございます」
「それで、寝泊まりする場所だが……」
工房の奥、襖を開けるとほんのりと香る畳の匂い。そこには座敷のような六畳の部屋がありました。
奥には押し入れがあり、その手前には引かれたばかりらしき布団。
縁側もあるようで、障子の向こうには板張りの空間と、木戸が見えます。
全体的に年季を感じるけれど、とても綺麗に整えられていて。無精髭な晃生さんがここを? と失礼にも思ってしまいました。
「小綺麗にしてるのはな、アーティファクト達がうるさいからだ」
私の考えていることが聞こえているかのようなタイミングにドキッとしてしまいます。
「アイツらはたとえ真夜中でも、片付いていないと騒ぐんでな」
なるほど、それで頑張って片付けや掃除を。
――とりあえずあの押し入れは開けないでおきましょう――
「今はトウマの事を興味津々に聞いてきているが――、と……そうだ――」
私がまたまたちょっと失礼な想像をしていると、晃生さんは何かを思い出したように言いました。
「遠からず俺以外の者と会うこともあるだろう……。その時にトウマの事をどう説明するか、だが――」
「山中で迷っていた記憶喪失の少女、で良いんじゃないですか?」
スラスラと出てくる、自分の偽りの設定。
小説や漫画でもよくある設定だと思うので、悪くはないのでは、と提案してみました。
「――――」
「記憶喪失なら、この世界のアレコレを知らなくてもおかしくはないですし、実際そのようなものじゃないですか?」
アーティファクトという物を、それに連なる情報や知識を知らない。そんなことも、記憶喪失なら不自然ではなく感じてもらえるのでは、と。
「すごいな……俺にはどうしたら良いか全く想像できなかったんだが」
「大したことではないです。これまで読んできた本などの受け売りなので」
「――それは一体どんな本なんだ」
異世界転生、なろう系です――
と言っても、その説明自体が長くなりそうだったので。
晃生さんのそのつぶやきにはニコリと笑うだけで返事をし、聞こうと思っていた事を聞いてみました。
「ところで、私がこちらにきた時の話、覚えてます?」
「あ、あぁ。石段の上から落ちたと思ったらこの世界にいたんだろう?」
話題の切り替えについてきてくれてありがとうございます晃生さん。
「はい。その時、石段から落ちた私を助けてくれた方がいらっしゃったんですが……艶のある長い黒髪を後ろで束ねた男性をご存知ですか? 年はたぶん晃生さんと同じくらいかと思うのですが――」
「――そいつの身長は」
「晃生さんより少し高いくらい、ですかね……」
「服装は……」
「上下共に黒っぽい……羽織と袴姿でした」
晃生さんの服装もですが、まるで時代劇で見たような、出立ちでしたね……。
私のこの服、この世界では目立っちゃうのかしら?
もしそうなら、できるだけ早く服の調達もしたいですね……。
そんなことを考えていると、晃生さんが左手で顔を覆って何故か震えています。
「あの馬鹿野郎――」
「あの方は晃生さんのお知り合いで……?」