006. 呼び名
「で、その子たちは何と言っているんですか?」
興味津々に質問をすると、晃生さんは困った顔をして言いました。
「それがなぁ……コイツらは生みの親、製作者の事を……“ママ”って呼んでるんだが」
「ママ」
スミマセン。オウム返しに聞き返してスミマセン。
「ぅおほんっ……」
晃生さんは、微妙な苦笑いを浮かべて口元を覆い、咳払いをしました。
「通常のやつらは製作者のことは“クリエイター”と呼んでいる。だが、神器ともなると、どこか何か特殊なようでな……。真美のことを見るなり“ママのご友人だ〜!”って言って。そのあとしばらく大号泣して、今は思い出話を延々と喋り続けている……。レプリカの方は頷いている感じで相槌を打っている……」
「――――」
延々と語る神器に、それに頷くレプリカ。それって完全にあのお二人のようで
「ふふふっ――もしかして……製作者に似るんでしょうか、アーティファクトって」
チャットルームでの碧空さん、音声会話した時の碧空さん、どちらを思い出してもよく喋るキャラで、天空さんはそれに頷いている。そんな光景を思い出して、私は顔が笑ってしまう事を止めることができませんでした。
「……そのパターンもよく見受けるな。
碧空――という人は、よく喋るのか?」
「――はい」
笑いすぎで普段使わない腹筋が痛くなりそうです。
私の目からは笑いすぎなためか、涙が滲んできました。
そして――――一つの絶望に気付いて頬を涙が伝いました――――。
「――!――ど……どうした? 大丈夫か……?」
「大丈夫です――――」
突然出てきた涙、それは……
「ただ――私は元の世界に戻れるのかなって考えてしまって――――」
私は両膝の上で拳を握りしめました……。
「――――」
「どうやって来たのかもわからないし、帰る方法なんてとても……」
帰ることができる。というイメージがまったく湧いてこないのです――。
京都旅行の後にはリアルで皆さんと会う約束もしているし、実家にも顔を出す予定なのに……
「碧空さんや天空さんならきっと、『とりあえず考えないで、この世界を楽しめば良いじゃない』と言いそうですが……私には……」
私は――イレギュラーな事態に弱いのです。
この世の中、全てが計画通りになどいかないことは重々承知ですが――
早くレシピを完成させて、さらに手を加えて……自分の作品だと誇れるように昇華させたいという想いも相まって、焦りと焦燥感に包まれてしまう――。
「戻る方法……世界や時代を越える力、か――。
そのようなアーティファクトは聞いたことがないが……。不可能を可能にしていくのがアーティファクトという物だ。
探そう――真美が元の世界に帰る方法を」
仄暗い心の中に、一筋の光が差したように感じて、私は自分の手を見つめていた視線を晃生さんに向けました。
「可能……なんですか――――?」
「保証はできない――。だが、俺には可能でないという証明もできない。
ならば、探す意味はあるだろう?」
どうにも頼りない返事だったのに、何故だか私はその言葉を信じたいと思いました。
「ご協力、していただけますか――?」
「もちろんだ」
目に浮かんでいた涙はそれ以上落ちることなく。私は笑顔で晃生さんを見つめました。
「ありがとうございます……!」
晃生さんは何故かポリポリと頬をかきながら目を逸らしました。
そして突然何かに気づいたように、本殿の奥の方へと視線を向けます。
「どうやら嵐がしばらく収まるようだ。ひとまず俺の工房まで来てもらって良いか?」
ここは神社。人の生活する場所ではない。私は迷わず頷きました。
「お世話になります」
そして私は晃生さんのマントをお借りして、神社から出ることに。
「本当に大丈夫ですか?」
「あぁ、俺の持つ虫除けはマントだけではないから」
晃生さんは、ポンポンと腰につけているポーチを撫でながら言いました。
「そうだ……神域を出る前に聞いておきたい。さっき教えてもらった名前だが、真名……本名か?」
「はい、そうですけど……」
「少々事情があってな……ここでは真名を明かさない方がいい。
代わりの呼び名として何か安はあるか?」
何か代わりの呼び名と言われれば――
「では……トウマ、でお願いします」
SNSで使用する名を私は告げました。
言ってから、彼の名は真名なのだろうかと気になって……
「あの、晃生というのは――」
「真名だ。俺は元々ここに住んでいるし、耐性もあるから呼んで大丈夫だ」
言いながらガシガシと私の頭を撫でてくる。
子供扱い……。私の年齢を忘れてるんじゃないでしょうか、晃生さん。
それにしても、耐性って何に――、いえ、これは後でゆっくり質問しましょう。
「お、嵐が戻ってくる前に早くいかなければ。
少し急ぐが、足元に注意してついて来てくれ」
そう言うと晃生さんは鳥居の方へ向かっていってしまいました。
後でゆっくり聞きましょうか。
私は言われた通りに足元に気をつけながら後を追いました。