055. 母からの頼み
「それはご苦労なことで……。
して母上はなんと?」
晃生さんのその対応から、叔父様へはともかく、商人の方への印象はよくないように感じます。
「そちらの方からの物は必要ございません。
蔵が半壊し、貴重なアーティファクトがいくつか失われてはいますが……。
当方、本家にて結界アーティファクトに不自由はありませんので」
二人の晃生さんへとしなだれかかるような勢いは、お母様には取り付く島もなかったからなのでしょう。
気持ちの良いほどに毅然としていらっしゃるその御姿は、尊敬の一言では言い尽くせなさそうです。
「ですが義姉上――」
「晃生、お願いがあります」
硄次さんの言葉を完全に無視して、お母様は晃生さんへと声をかけました。
「……なんでしょうか?」
「貴方の持つ、最上の結界系アーティファクトをお借りできますか?」
「――!――」
後ろ姿からですが、その震え方から晃生さんの驚く様子が窺えます。
そして――笑顔を崩してはいないのに、周りの空気を凍りつかせるかのような気配を醸し出している分家当主の硄次さんの様子も――――。
……この雰囲気……
「屋敷と蔵の守りに、ですよね……」
「そうです。本家にある物でも凌ぐことは可能ですが――貴方の所にある物の方がレベルは上でしょう。
お借り、しても――?」
ある意味有無を言わさぬような物言いなのですが、晃生さんの様子から、“そうではない”と、なぜか思いました。
「屋敷用に調整する必要があるので……十五時ごろになりますが、それでも?」
「十分です。その間――心配ならば、そちらのお嬢さんはここで預かりましょうか?」
ドキン
お母様がこちらに視線を向けて言うと、硄次さんと商人もこちらを見ます。
すると何故でしょうか、商人からは特に何も感じないのに、硄次さんからの視線にはどこか刺すような冷たい感覚が――。
胸の奥がざわつき、体が動かせません……。唇も、まるで凍ったかのように動かず、声を出すことができません――
私は困惑した状態で、晃生さんを見つめました。
「いえ、大丈夫です。
トウマは十二分に自分の身も守れているので」
――怪我は負いましたけど……
「では、頼みますよ」
「はい」
晃生さんは踵を返して、こちらに戻ってきます。
その向こうでは、お母様が硄次さんと商人の方へ「では、お二人はお帰りください」と言い、お手伝いさんに見送りを頼んでいました。
「じゃあ二人とも、一旦離れへと行くぞ」
晃生さんが近くに来たからでしょうか、唇が動かせます――
「……わかりました」
私たちは先ほど通り過ぎた離れへと続く裏門へと向かい、森の中を離れへと向かって歩きました。
「晃生さん、本家の屋敷をカバーできるような結界アーティファクトを持ってるんですか?」
目の前を行く晃生さんに問いかけると、彼は少し間を置いてから答えました。
「……たぶん、な――」
その声は少し固く……袖から僅かに覗く手は、固く握られているように見えます。
「御母上の言っていたのは、晃生の作った新作アーティファクトのことだろう?」
「まぁな……だが俺が新作を母に見せていたのはもう二十年以上前の話で……その頃の作品では自分の身を守るのが精一杯のものだったんだが――」
緊張混じりだけれど、どこか嬉しそうな感じに晃生さんは話します。
「先日出来上がった物は、本家の敷地くらいならカバーできることがわかっている――」
「では……お母様はその事を――!」
「話したことなど一度もないんだが……バレてるみたいだな。
たぶん……作ることを禁じられて以来、自分の小遣いで手に入れた資材や、山で採取した材料で作っていたことも――」
こんな時だけ頼ってきて、と怒ることもできるだろうに、晃生さんの声からはそんな雰囲気は微塵も感じません。
離れに着くと、晃生さんは迷う事なく一つの箱を作品棚の中から取り出しました。
それを確認すると、クロはドアノブに手をかけて言います。
「では……ワシはそろそろ社へ戻る。少し不穏なものを感じるので」
「クロ――ありがとう、助かった。
そちらも何かあったら呼んでくれよ?」
「あぁ」
「本当にありがとう、クロ」
「ではまた、な――」
そう言うと、クロの姿はまるで蜃気楼かのように揺らめいて消えていきました。




