053. 風の知らせ
「感謝する――」
陽介さんは木札を握りしめたまま、深く頭を下げました。
「お父さん、ここからお引越しするの?」
「あぁ。もう少し……やる事をやったら、な――」
言いながら咲ちゃんの頭を撫でる陽介さん。
「……この場所を世話してくれた人へ借りを返したら、避難所へ向かわせてもらうよ」
義理堅いお人なのでしょう、その声には固い意思のようなものを感じました。
「お引越ししてもまたお姉ちゃんとも、また会える?」
「えぇ、もちろん」
隣に座る咲ちゃんの方を向いて私がそう言うと、開いたままの扉から風が入ってきます。
クロの長い髪をなびかせ、私のポニーテールをも巻き上げるくらいの強い風が――
「――晃生、異変だ。本家に急いだほうが良い――」
クロが神妙な顔をして呟きました。
「本家に――?」
千里眼の力を使っている最中なのでしょうか――クロは虚空を見つめたままピクリとも動きません。晃生さんはそんなクロの様子をじっと見つめています。
本家で何か問題が起きている……?
晃生さんの事情をよく知っているクロがそう伝えてきたのなら、それはよっぽどの事態なのでは――。
私の具合は……多分大丈夫。痛みも違和感もありません。咲ちゃんの様子も、その顔色や雰囲気から、随分と良くなっているようです。
出来るだけ早く、あの……狐面から渡してもらったアーティファクトのことも相談したいですし――――
私はいただいた水晶をポーチにしまい、すっくと立ち上がりました。
よし、フラフラもしない。
私はそのままキッチンの方に行くと、水差しからもう一杯水をいただいて、一気に飲み干します。
やっぱりすごいですね、身体中にエネルギーが一気に染み渡るような感覚がして、気分も少しハイになってるような。
飲み過ぎは確かに危険そうですね、栄養ドリンクのように。
高揚する気分を抑えつつ、私は言いました。
「晃生さん、行きましょう」
「あぁ……だがトウマ、傷は……?」
装束のアーティファクトが起動して、血の滲んだ上着の色がスゥッと消えていきました。
「装束のアーティファクトも、聖水の力も、すごいですね――」
左腕を何度か回し、更に屈伸運動を何回かして、痛みも違和感もない事を確認した私は言いました。
「完治してます」
「――そうか……だが今度こそ、無茶はしてくれるなよ?」
「……善処します」
色々あって緩んでいた髪を縛り直していると、
「急ごう。我のアーティファクトで送っていくから」
クロが晃生さんと私を見て言いました。
私はすかさずしゃがんで咲ちゃんと目線を合わせ、伝えます。
「咲ちゃん、避難所の方でまた会おうね」
「うん、気をつけて行ってきてね、お姉ちゃん」
「えぇ」
晃生さんが扉を押さえ、クロはもう外で待っています。私も急いで外に出ると、晃生さんが言いました。
「じゃあ……すまないが俺たちはこれで……。
避難所の場所はキヨミズの病院横にある。行ったらわかるはずだ」
「わかった。できるだけ早く向かわせてもらう」
パタンと扉が閉じると、クロは船頭を切るように進み始めました。
「そこの広場から飛ぶ。古い……風のアーティファクトを使用するから、もしかしたら少し騒ぎになるかもしれんが……」
「騒ぎになったら、私が持ってたってことにしたらどうですか?
記憶をなくしていてどこで手に入れたのかわからないってことで」
そんなことを悩んでる時間が勿体無いと思い、私はすぐさま提案しました。
どんなアーティファクトなのか見て見たいですし、風の力で空を飛ぶって、どんな感じなのでしょう――?
するとクロが楽しそうな笑い声をあげて言います。
「……はははは! それは良いな、だが――追求されても上手く逃げるのだぞ?」
「善処します」
先ほどよりも自信を持って、私は言いました。
そして少し開けた広場らしき所に到着すると――
「晃生、しっかりしがみつけよ? トウマは身体能力向上のアーティファクトを使っておけ」
そう言ってクロに手を引かれたかと思うと、次の瞬間には抱きかかえられていました。
「……!」
晃生さんは、クロに覆い被さるようにして後ろから手を回しています。
「封じられしアーティファクトよ、目覚めよ。
その力を解放し、風を操り空を駆けろ!」
クロの言葉に応じるかのように、風は渦を巻いて私たちを包み込みました。そしてあっという間に空へ――――




