048. ありがとう
マズイです――
まさかこんな。まるで絵に描いたように、自分のいた足場がボロっと崖下に落ちていくだなんて――!
突然景色が、スローモーションのように目に映る、そんなアニメのような状況に自分が陥るだなんて――!
落ちゆく中、狐面の男がこちらを見下ろしているのが見えて、私はそのまま下の川に落ちることを決意しました。
今、あの男と一人で対峙するのは無理です。これから先もしたいとは思いませんが――
スーちゃん、洞窟の方は晃生さんが脱出してくるまで保てますか――?
目線を動かすだけで肩の痛みに顔が歪みます。スーちゃんの光具合でなんとか返事を確認し、もう一つおねがいをしました。
出来たらでいいです。落ちても川底にぶつからないようにしてください――!
念のため身体能力向上のアーティファクトも起動させて、覚悟を決めた私は――右手に持つアーティファクトの……その冷たい感覚を確かめながらそのまま川へと沈み、流されていきました――――
「げほっ――ごほっ――」
どれくらい流されたのでしょうか……
川の急な流れであっという間に谷を抜けたかと思うと、滝に放り出されたりして。
けれど、スーちゃんのおかげでなんとか溺れることもなく、滝壺の傍にある砂利石の岸まで辿り着くことができました。
夏とはいえ、谷底の川の水は冷たく。冷たさのおかげか、傷の痛みはだいぶ紛れています。けれどこのままでは……水から上がって体を温めなきゃ――
辺りを見回すと、大きくてわりと平らな岩がすぐそこにあります。ちょうど日も当たって温かそう――
私はその岩の上に座り、一息つくことにしました。
「ありがとう……スーちゃん…………」
胸のブローチは強い光を揺らめかせながら返事をします。
とても歩けそうになかったので、スーちゃんの力を借りて岩まで移動しました。
フワリと風が吹くと、濡れた上着と袴が何かに反応するように淡く光り出しました。そしてみるみるうちに濡れた生地は乾き、血の色も消え、狐面の攻撃で破れた箇所が修復されていきます。
濡れていたのが一瞬で乾いて……これが龍体文字の修復能力……すごい力ですね――
ただ、傷口からはまだ血が流れているらしく、生地には再び血の色が滲んできました。
とりあえずこのまま動けるようになるまで待とう。そう思った時、握ったままの右手のことを思い出しました――。
今も、まるで固まったかのように握っている手を見つめると……胸の中に暗くて重いモノを感じます――。
けれど……握った手の隙間から覗く光は白く、澄んだ色をしていて――――
黒い光は見えていませんし、あのモヤモヤした雰囲気は欠片も感じませんね……呪いの力が消えている……?
意を決してそっと手を開くと、強く握りすぎていたからか、手にはペンダントトップの金属部分の跡が残っていました。
「キレイな宇宙模様…………」
日の光に照らされて、冷たかった体はポカポカと温かくなってきます。胸の辺り以外は――。
キレイだと思うのに……どうして私は――――
左肩と右足首の傷が、まるで脈打つように……ドクン、ドクンと痛みを強く感じはじめ、胸だけが冷たく、苦しくなってきます――
俯いて目を閉じると、日の光の残滓が目に痛いほどチカチカと映りました。
しばらくすると残滓は消えていき……優しい暗闇が広がり……けれど胸の冷たさはそのままで――。
その時です。白い光が、まるで語りかけてくるかのように優しく煌めきました。
ハッとしてまぶたを開けると、手の上で美しい白い光に包まれたペンダントが目に入ります。
綺麗な光……そして温かい……
胸の奥はまだ冷たいけれど、心に感じていた暗くて重いモノが軽くなっていて、このアーティファクトの力が何なのか、ハッキリわかりました。
「あなたの力は……浄化の光……なんですね――――」
そのカボションの中にある、ドラゴンブレスライカとは少し違う、マットな質感の虹色をした小さな鉱石レジンが目に止まり、私は目を見張りました
「鉱石の色が――」
白っぽい虹色をしていた鉱石が、薄オレンジ、黄緑色へとその色を変化させていったのです――
「――本当に……綺麗――」
それは……心の底からの言葉でした。嘘偽りのない、心の底からの――。
気がつくと私の目からは、知らず知らずのうちに涙が流れていました。
そして胸の……苦しく感じていた“何か”が消え失せていました。
「――ありがとう――」




