046. 晃生の本心と無効化アーティファクト
狐面の僅かな隙間から見てとれるほどに目を細めて、男は言いました。
「何年振りか……その装束を見るのも――」
何とも言いようのない、気持ち悪さのようなものを感じて、私はその場で固まったように身動きが取れなくなってしまいます。
「実の娘にも使わせなかった装束を貸したとなると……理由はわからぬが、よほどあの方に気に入られているようだな――」
使わせなかった……? それに“あの方”って――
晃生さんへの言葉や物言い、そして今の台詞……この人、高樹家のことに詳しいみたいですね――
私がそこから動けずにいると、晃生さんがザリっと音を立てて動き、私と男の間に入るように立ちました。
「随分と高樹家の内情に詳しいようだが――。
今すぐそのアーティファクトを渡してもらおうか」
虹色の結界が、男の手を覆った状態で輝いています。黒い光は虹の幕に遮断されているので、先ほどのような圧は感じません。が……幕のその向こうで黒い光が蠢いてるのが見えます――――
「……なるほど、使い手としてもなかなかの腕を持っているじゃないか。
本家の離れでくすぶっていると聞いていたが――」
「――!――」
晃生さんの肩がピクリと震えました。
「お前、私に協力する気はないか? 本家の者どもの鼻を開かさせてやるぞ?」
「必要ない! 俺は……現状に不自由は感じていない――!」
「ほぅ……満足ではないが、飛び出すほどの勇気はない、と」
「……何――⁉︎」
これまでの晃生さんからは、想像のできない様子――もしかしたら本心の何割かでは、そう感じていたのかもしれませんね……
胸の奥がぎゅっと苦しく感じます――。
でも――売り言葉に買い言葉、相手の挑発に乗ってあげる理由はないです。
だって私は……晃生さんは、悩みながらも前に進もうともがいている最中だと思っていますから――!
「――晃生さん!」
私は、男に向けて両手をかざし、その手をこちらに差し出すよう、スーちゃんの力をコントロールしてみました。
「――⁉︎――」
抵抗しているようで、なかなか思うようには動かせていませんが――男の手は、ゆっくりとですが震えながら、こちらへと差し出されてきます。
「ほぅ……なかなか珍しいアーティファクトを持っているじゃないか――」
男の声からは焦りの色どころか、余裕さえ感じます。
この人、まだ何か策を持っている――⁈
男が策を講じる前に、急がなければと、私はアーティファクトを握っている手を開くよう、力をイメージしました。
すると突然、アーティファクト達の感覚が、明かりが消え、辺りが真っ暗に――
「⁉︎」
「トウマ、動くな! 無効化アーティファクトの力だ!」
無効化⁈ アーティファクトの力を全て封じられているということですか⁉︎
確かに、付近にあった人感センサーアーティファクトのランプの光さえもが見えなくなっています。
目を閉じると、何かが微かに動いたように見えて、私は顔をそちらに向けました。
すると、黒い光が洞窟のさらに奥らしき方へと移動しているのが見え――次の瞬間、人感センサーのライトや、その他のアーティファクト達の光が戻ってきました。
暗闇の直後の目に丁度良いくらいの淡い光に、薄目を開けた私はホッと一息つきます。そして一つのことに気がつきました。
私はすぐさま来た道の方へ駆け寄り、ここまでやってきた大気の固定が残っているかを確認すると――
「やっぱり――!」
固定してきたものが綺麗さっぱり消えています。
「スーちゃん、この入り口からここまでの大気の固定をもう一度お願いします!」
スーちゃんは私の声に応えるように光を増し、一気にその力を元来た道へと広げて行きました。
ひとまず安全は確保、と辺りを見回すと……狐面の男はもちろん見当たらず、少し焦燥感の漂う背中の晃生さんが立ち尽くしているのが見えます……
そしてその横には先へと続く洞窟と、少しずつ遠ざかる黒い光が――




