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045. 狐面

 気づいたら私は、右手でギュッと晃生さんの手を握っていました。


 冷や汗が一気に吹き出し、凍るように冷たい感覚と、掻きむしりたくなるような胸のざわめきを感じます……!


 左手で思わず胸の辺りを鷲掴むと、晃生さんが屈んで耳元で囁きました。


「トウマ、閉じるんだ。感覚を――」


 感覚を閉じる――?


 息は荒く、自分の心拍が大きく、急激に上がっているのを感じます。けれど、意識の一部は酷く冷静で……


 “そうじゃない”とわかっていたけれど、私は必死に目を閉じていました。


 すると――次の瞬間、何をどうしたのか冷や汗は収まり、呼吸も心拍も平常時に戻っていました。


 胸元に温かい何かを感じて目を開けて見ると……装束の胸の辺りがほんのり控えめに光っています。


 私はさっと胸元を整え、そこに手を当てました。

 そして装束の内側、胸の辺りに入れられている刺繍にお礼の言葉を思い浮かべます。


 ――また助けられましたね……ありがとう――


 その時ようやく、強く握りしめていることに気づいた晃生さんの手を緩めると、晃生さんはポンポンと私の頭を撫でました。


 不思議ですね……頭をポンポンとされて心が暖かく感じるだなんて。


 不穏な“圧”は感じなくなりましたが、漏れてくる黒い光は変わらず。おかげで晃生さんの表情までが確認できます。


 その真剣な顔に応えるように、私は声に出さずに口の形だけで伝えました。


『――行けます』


 通じるか不安だったので左手の親指も立てて見せると、ふっと笑顔を見せて頷きます。

 そして――――



 晃生さんが手を離した瞬間から、私は動きました。


 ――スーちゃん、力を貸して!


 まずは、対象の人物の周りの大気を大きく球状に固定します。


「お前は何者だ⁉︎ 何故こんなことをする――⁉︎」


 晃生さんが数歩前へ出て、呪いのアーティファクトを虹色の結界で覆いながら問いました。


 私も後に続いて大きな空間の方へ行くと、そこには……こちらに背を向けた人物が黒く光るアーティファクトを手に立っています。


「――聞かれて……答えるとでも?」


 男の人の声――でもどこかくぐもった感じの音声……


 その音の感じの正体は、男が振り向いたことですぐにわかりました。


「その狐面は――」


 晃生さんが驚愕の声で言いました。


「何か知っているんですか……?」

「たしか……政府所蔵の神器の一つだ。資料で見た記憶がある――」


 緊張した空気を纏う晃生さんに、狐面の男は低い声で笑いながら言いました。


「くっくっく……高樹家の長男坊か。

 よくここに気付いたな――」

「――!――

 何者だ……? 何故俺のことを知っている――」

「そちらは……初見だが――」


 晃生さんの問いを無視して男は私の方を見ているようです――。


 狐面の下から僅かに覗くその瞳が、キラリと鋭利に光った気がして……私はジャリっと音を立てて後退りました。


「その装束を何故着ている――?」


 装束? この人もしかして……晃生さんのお母さんのことを知っている――?


「これは……元の持ち主がお貸し下さった装束です。

 もし文句があるのなら、ご本人に直接伝えていただけますか?」


 胸の刺繍のアーティファクトの温かさと、頭に残る晃生さんの手の感触を思い出しながら、私は毅然と言い放ちました。


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