038. 空龍の吐息
立ち止まってしまった私の周りを……渦を巻くようにして風が吹きます。
まるでブローチのドラゴンブレスライカが私に語りかけているかのように――。
「感謝だなんて――――」
それ以上言葉も出せずにいると、数歩先で歩みを止めた晃生さんが言いました。
「たぶんだけどな……迷いなく作られたアーティファクトというのは、無条件に製作者のことが大好きなんだよ……。
まるで人間の子供が親を慕うように、な――」
そう言う晃生さんの声は暖かいけれど、どこかせつなげで……振り向いたその目は優しく微笑んでいます。
なぜかたまらなくなって、ぎゅうっと両手を固く握りしめ、自分の左胸、深い緑色をしたその子を見つめました。
「そうだとしても……この子が……私の為に力を使い切ることは許容できそうにないです――」
勝手に作り出され……あまつさえ、その作り出した者のために消えていくだなんて――――!
自分の中に、こんなにも荒れ狂いそうな感情があるのかと驚き、ふと冷静な感情が戻ってきました。
先ほどの声色――もしかして晃生さんは、ご自分のことと重ねているのでしょうか……?
「そう思うなら、せめて名前を決めてやればいい。
ソイツだけの、ソイツとトウマを繋ぐ“絆の証”となるように」
「名前――」
木々の少ないこの場所では、草が伸びやすいようで。小さな草原のようになっている草たちの、風に揺れる音が耳に響きます。
「一つしか思い浮かばないです――」
私は苦笑しながら言いました。
「あなたは……大気を操る龍、空龍の力を秘めし玉――」
ネーミングセンスがないと言われたとしても、もうそれしか思いつきません――。
「あなたの名前は『空龍の吐息』です――」
そう告げると、さわさわとそよいでいた風が私たちを中心に集まり、四方八方へと駆け巡って行きました。
「……良い名だな。本人も気に入ったようだ」
ブローチにしっかり収まっているその子を見ると、今度はどこか嬉しげにピカピカ光っています。
「たとえ表面に凹みができたとしても――。
修復しますから。
いつまでも元気でいてくださいね?」
私がそう言うと、ゆらゆら揺れていた光がハッキリと三回点滅しました。
やっぱり――意思が通じるというのは良いですね……。
今、生まれた心の暖かさを……私は絶対に忘れません――――
「さぁ、行こうか。水が地表に出ている場所はすぐそこだから」
「はい!」
草原のような場所はあまり広くなく。私たちはまた道なき道を、森の奥へと進んで行きました。
そしてしばらく進むと――木々のざわめきと共に、微かな水音が聞こえてきました。
「そこだ」
晃生さんが指した先には岩の剥き出しになった場所がありました。
私でもなんとか上れそうな、傾斜のあまり酷くない場所で、その中盤のあたりから水が流れ出ているのが確認できます。
「……どうだ……?」
「ここは――空気も綺麗ですし、水も――」
水に黒い影は見えず。聖水と同じ輝きが見受けられました。
「この聖水と同じように輝いて見えます」
「そうか、よかった――!」
ということは、龍石神社、クロは無事だということ――。
「そうなると……原因は地下の方か――」
「この聖水の力を打ち消して、さらに黒い影まで出現させる“何か”が地下のルートに――」
水は神聖な輝きを放っているのに、空気も澄んでいるのに――それでもどこか重い気配を感じる気がします。
まるで地の底に何か良くない物があるかのような――――




