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036. 大気を操る力

 普通のドラゴンブレスは赤いガラスの中に、青くて光る波のようなシラーが揺らめいています。


 けれど、思いついた製法で別の色にしてみたら?


 そんな興味から作った子たちが何品かあって、中でもお気に入りの子を連れてきたのだけれど……まさかそんな力を持つだなんて――――。


 私はブローチを着けた左胸に手を添えて、そっと目を閉じました。すると、微かな風が吹き、森の香りが濃くなってきます。


 この子の色は私の好きな色で、さっき晃生さんが言った通り、青と緑を混ぜて作った色です。


 何にもとらわれることなく“自由”に。


 大気、風、どちらも目に見えず捉えることのできないもの。自由で……けれど必ず身近に在る……


 あなたに意思があって、私の元にいることを良しとして……そして自分の意思で私を助けてくれるというのなら……お願い、力を貸して――


 ぐらりと地面が揺れた気がして目を開くと、周りの景色がゆっくりと下へと動いていました。


「――!――」


 風はさほど強くはなく、浮遊感もありません。まるでエレベーターにでも乗っているかのような感覚――――!


「――すごいな! まるで風が強くない。大気を操る力というのは、ただ風を操るのとは訳が違うんだな!」


 なるほど……大気を操るとは、こういうこと――

 風は最小限に、私の周りの空気を固定して運ばれている、といったところでしょうか……?


 みるみるうちに高度は上がり、あっという間に私は目標としていた場所に辿り着きました。


「ありがとう――!」


 降り立った場所には、背の高い雑草が生えていて、足元がちょっとチクチクします。


 そのまま崖下を見る勇気はなく、そこに生えている丈夫そうな木の枝を掴んで晃生さんのいるあたりを見てみました。


「おぉい、大丈夫か?」

「はい! 無事に着きました!」

「よし、じゃあ俺も行く」


 そう言うと、晃生さんは先程言っていたルート通りに、ジャンプして登ってきます。


 的確に崖の僅かな出っ張りを捉え、さらにそこを崩すことなく。

 一箇所は、ジャンプするには遠いらしく、出っ張りも小さく。そこを手で掴んで腕力で飛んできて。


「――すごい――!」


 アーティファクトの力もですが、晃生さんのその体の操り方も――。


「よっと!」


 あっという間に私が降り立ったすぐ横の、少し開けた場所へと辿り着きました。


「……何か……結構こういう事に慣れていらっしゃいます? 晃生さん」


 とても“今日初めて”とは思えないし、まずこの崖を登るだなんて、普通じゃ思いつきませんよね。そう思って聞いてみると、


「まぁ……。あんな家にいて、しおしおと大人しくしてただけじゃないんでな」


 苦笑しながらそう言う晃生さんに。

 どれだけの物を抱えてきたのだろうと、さらに胸が痛くなります――。


「ところで。やっぱりすごいな、そのアーティファクト!

 その力を体験できないのが悔しいし、心底トウマが羨ましいと思ったよ」

「そうですか? この子さえ良ければ――」


 お貸ししますけど、と続けようとすると、胸のブローチが、ものすごく強い光を一度だけ放ちました。


 え。


「もしかして…………嫌、なんですか……?」


 問いかけると、今度はハッキリと三回の点滅。

 この子、クロに渡したドラゴンブレスライカとの話を聞いてたんですね。


「はっはっは! 無理、嫌、って言ってるぞ」


 何故か楽しそうにそう言う晃生さん。


「なんか……すみません…………」

「はっはっは、大丈夫大丈夫。

 アーティファクト達にも意思があると知っている俺にとっては、普通なことだよ。

 人間同士でだって、生理的に嫌ってこともあるだろう?」


 嫌われている、という雰囲気は感じないのですが……。


「もしかして、やっぱり重さが関係してるんじゃないですか……?」

「どうだろうな、そこまでのことは話していないが」


 私はブローチを、その子を見て考えました。

 大きな気泡の入ってしまった作品に待ち受ける未来のことを――――

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