034. 崖から流れ出る清水
病院の裏手に回り込むと、晃生さんが立ち止まりました。
「ここだ――」
そこには切り立った崖があり、その中腹から水が流れ出ていました。
「龍石神社の泉と源泉を同じくする清水は全部で三ヶ所だったが、二ヶ所は地下水のルートが変化して今はもうなく……。最後に残ったのが、直接流れてきているここだ――」
滝と言うにはそこまでの勢いはなく、さらさらと静かな水音が響くその場所は……神社と似たような神聖な雰囲気が漂っています。
「この崖ができたのは天変地異の後。いつのまにかそこから出てきていた清水はとても貴重な飲み水となったらしい。
人々が飲み水に困らぬようにと、時の為政者がこの泉の形としたそうだ」
元いた世界の清水寺にも湧水があったけれど、それとはまた違う雰囲気がしますね……。
「この泉、排水はどうなっているのですか?」
みたところそこから流れ出る小川も、排水用の場所も見当たらず、ふと気になって聞いてみました。
「泉の底に水の流れ出る道があって、地下を巡った水はいずれ海に流れ出るそうだ。
ここに来る水の量が変化しても、流れ出る量が変わっても、保つことのできない泉だ――」
その言葉と声色に、晃生さんの……この場所への深い敬意が滲み出ているのを感じます――。
「この泉の存在自体が“奇跡”ですね――」
その時です、緑の濃い香りをかすかに感じて、私は軽く深呼吸をしてみました。
「龍石神社はこの崖上から奥の方ですよね?」
なんとなく、そちらの方から空気が降りてきている気がして私は晃生さんに聞きました。
「あぁ。ずっと奥の方にあるよ」
「やっぱり」
あそこと、ここは繋がっているんですね……
そう思うと、なぜだか胸の奥に温かいものを感じて、気づけば笑みがこぼれていました。
泉から少し離れた手前には小さな小屋のような物があり、そこにはカラカラに乾いた柄杓や桶がありました。
「五、六年前まではひきりなしに沢山の人が水を汲みにきていたんだがな……今ではめっきり減っている」
泉のすぐ縁まで行くと、そこには小さな祠がありました。中には“地蔵”ではなく“龍の石像”が。
「龍石神社まで行けれない、子供や年寄りがここで龍石に祈るんだ」
石像をながめている私に気づいた晃生さんが言いました。
祠には小さな花瓶が備え付けられていて、そこには黄色い可愛い小さな花が生けられています。
力が落ちたといえど、龍石は――忘れられてはいないのですね……
ならば――――
「晃生さん。晃生さんに……この泉の水は澄んで見えますか――?」
私はそのものズバリを聞いてみました。
「澄んで……?」
晃生さんは、泉と私を交互に見て訝しげな顔をして言います。
「なんでそんな質問を……まさか――トウマには何か視えているのか?」
「……はい――アソコから出てくる水も、この泉の水も……全て墨を薄く溶かしたかのように濁って見えるんです――――」
「――!――」
私に目には、一体何が視えているのでしょう……
「ここの水は……確か大体2時間ほどで龍石神社から到着する。
時間的にみて、全てクオリティの高い聖水でもおかしくはないはずなのに――!」
晃生さんは岩壁の、水の流れ出てくる所を見つめながら低い声で呟きました。
「あの後、龍石に何かが起こったか、ここまでのルートで問題が起きているかだな――」




