032. 静かな誇り
そこから先は虫に出会うことなく、私たちは無事にキヨミズ病院へと到着しました。
「立派な建物ですね――」
建物の壁面は、三階までは灰色のコンクリートのような質感をしていて、そこから上、五階までは木造建築のようです。
木の板を組み合わせ作られているらしい上階部分は、太陽の光を受けて淡く輝いているようでした。
「こちらは入院用病棟だ。重症患者はこちらに運び込まれているだろうが、とりあえずホールの方に向かうぞ」
「はい」
晃生さんは病棟を横切り、隣の建物へと向かいました。そちらは細めの板を重ね、組み合わせて作られているようにも見える不思議な形の、おそらく木造建築。
入り口は一つで中央にあり、警備らしき人が二人立っています。
「あんたたちよく無事にここまで来れたな――!」
「俺たちは高樹家の者だ。少しでも何か手伝えないかとやってきた。
医師の代表者の居場所を教えてくれるか?」
「高樹家の――!」
二人は驚いた顔をした後、ホッとした顔をしました。
「それはありがたい――! 重症者もかなりの数いるから」
「俺が案内しよう。ついてきてくれ」
家の名前だけ出した、ということは。聖水の話はできるだけ大っぴらにはしない方向ですね。
私たちは建物の中へと案内されていきました。
中はホールになっているようで、開け放たれている扉の向こうには沢山の人達が集まっています。
「控え室の方で重症者の手当てをしてますが、そちらの方にいるはずです」
ホールをぐるりと回るように案内されていった先には――列をなす患者さん達が。
中には立っていることもできなくなってしまった人たちが横たわっています――――
皆一様に苦悶の表情で、呻き声をあげていられる人はまだ良い方……なのかもしれないとさえ感じるほどでした――。
「すまない、ちょっと通してくれ」
沢山の人をかき分けて、最奥の控え室へと辿り着くと、ちょうど扉が開いて治療を終えた人がお礼を言って出ていきました。
薬品の香りがする――。
治療はアーティファクトだけではなく、薬なども併用して行われているのですね――
「すまないがちょっと待っていてくれるか? 手伝いに来てくれたこの二人を医師に会わせたいから」
警備の方が、順番待ちをしている人達に説明をすると、その人達は「早くしてくれよ」とだけ言って苦悶の顔をしながら目を瞑りました。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
晃生さんと私はその人達にお礼を言い、控え室へと入りました。
「倉田先生、高樹家から助っ人だ!」
「先生。ほんの少し、お時間いただけますか?」
「失礼します」
部屋の中には簡易ベッドと椅子、そし様々なアーティファクトの並べられたテーブルがお医者様の向こう、壁側にあります。
「高樹家? 貴方は――! わかりました。次の方には二、三分お待ちください、と」
「わかりました!」
警備の方が部屋から出て扉を閉めると、医師の先生は晃生さんに手を出し、握手を求めてきました。
「晃生さん、ですよね? ありがとうございます、あなたのアーティファクトのおかげで沢山の患者の治療ができています!」
よく見ると、その先生が首から紐で下げている竹製プレートの模様が……
装束に入っている刺繍と少し似ている気が――?
「――ソレを使ってくれているのですか――」
心なしか、その声が震えているように聞こえました。
ふと見上げると、晃生さんは……懐かしさと、どこか嬉しそうな表情が入り混じったような顔をしています。
そして――じっとそのアーティファクトを見つめていると思ったら、おもむろに懐から何かを取り出し、言いました。
「先生、よければこちらを」
それは、先生のアーティファクトと同じ模様の入った物でした。
大きさはほぼ同じですが素材は木製なようで少し厚みがあり、その部分に細い模様が焼き入れられていました。
「そちらのアーティファクトの改良版です。
こちらの方が精神力の使用率が低いので、より多くの患者さんを診ることができるはずです」
「ありがたい――お借りしても……?」
晃生さんは穏やかな顔をして首を振ります。
「――差し上げます。役立ててください」
倉田先生は、晃生さんの言葉に驚いた顔をして……そして、ゆっくりと静かに頭を下げました――――。




