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029. 虫の襲来と聖水の力

 今まで必死について行っていたのが、体が軽くなって簡単についていける――!


「どうやら“起きた”ようだな。ペースを上げるぞ」

「はい!」


 晃生さんもアーティファクトを使って、これまでの倍以上のスピードを出しはじめました。


 歩幅が違いすぎて、普通に走っていてはついていけなさそう……


 私は力を使う瞬間を絞るように意識して、ジャンプを取り入れながらついていきました――



 アーティファクトの力を借りて、下り坂ということもあって、息が上がることもなく本家裏の草原まで到着すると……


「あれは――」

「――虫の大群だ」


 本家よりももっと向こう、おそらく街がある方の空に、不自然な黒いもやのような塊が蠢いているのがみえます。


「晃生さん、広範囲に有効な虫除けのアーティファクトは――?」

「現状……ない。俺の手持ちでも守れてせいぜい直径一メートルだ。

 離れで使っているやつは“敷地内”という指定範囲のみに有効な特殊アーティファクトだし――」


 じゃあどうやったて街の人たちを――


「皆、どこかの建物内に避難しているはずだ。あの虫は、窓やドアを閉め切ってしまえば侵入はしてこないはずだから。

 それに……すでに政府の者が動いているだろう、駆除のために。俺たちは治療に専念するぞ」

「――はい!」


 私たちはまず、本家へ行って状況を確認することにしました。


 勝手口付近に虫がいないことを注意深く確認しながら晃生さんが虫除けの結界をドアを囲むように広げると……バタバタと慌ただしい音が聞こえてきました。


「水はこれだけなの? 誰か井戸に――」


 お手伝いさんたちの声も聞こえると、晃生さんがドアを開けて私を先に中へと押し込み、言いました。


「水は俺たちが用意する。状況を教えてもらえるか?」


 お手伝いさんたちの話を要約すると、私たちが離れに向かってしばらくしてから、虫の大群が森から街へとやってきたそうで――


「この屋敷に連絡が来た頃には、もう何十人という被害者が……」

「その方達は今、拝殿にいます」


 虫で陰った空の具合からして、今はきっともっと――――


「晃生さん、聖水の配分をどうしたら良いか教えていただけますか?」


 お手伝いさんたちが用意してくれた水差しに、晃生さんからお預かりしたアーティファクトで水を入れながら私は尋ねました。


「一本はそのまま残しておいてくれ。重症の患者のために……!」

「了解です」

「残りの二本のうち一本は軽傷者用で、水差しに一滴ずつ。もう一本は――」


 晃生さんがそこまで言った時、母屋の方の扉が開かれました。


「その聖水が昔の物と同じクオリティならば、三等分して水差しに。本家はそれで事足ります」


 言いながら入ってきたのは、晃生さんのお母様。


「奥様!」

「皆も家族が心配でしょうに、ありがとう。ここ患者はこれ以上増えることはないと思うから、この水を配り終えたら家の様子を見に行きなさい」

「――ありがとうございます!」


 お手伝いさんたちは口々にお礼を言いながら、手際よく水差しと小さな湯呑みを次々と用意していきます。


「晃生、聖水のクオリティは?」

「龍石から最盛期のクオリティだと」

「――!――

 それなら別の避難所では今の二倍薄めても十分だわ――

 その聖水はまだあるの?」

「――こちらに。小瓶、三十個分くらいは」


晃生さんは、腰につけている瓢箪を指して言いました。


「そう――ならば、ここはもう十分だから避難所の方に向かいなさい」


 襷掛けをした状態で、迷うことなく指示を飛ばすその様は、さすがと言うべきなのでしょうか。

 ふ、と私の方を見たお母様。頭から足まで、全身をざっと見ると、何か考えているのか少しの間をおいて言います。


「サイズ、ちょうど良かったみたいですね。

 トウマさん……だったかしら?

 あなたは少し力を隠した方が良いわ。この本家から外へ出たら」

「力を隠す……?」


 私にある力と言ったら、視える力とアーティファクトの同時使用が可能だという力――――


「晃生、避難所までの道すがら教えてあげなさい」

「もちろんです。

 ところで――避難所はどちらに?」

「キヨミズの病院の方に大きい避難所が設置されたと聞いています」


 キヨミズの病院……クロの言っていたあの――?


「わかりました。では俺たちはそちらへ――」



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