002.消せないモヤモヤ
夏休みに入り、私は予定通り、休みの前半は実験を繰り返しつつバイトに励んでお金を貯めました。
両親は遠く、東北の方に住んでいて、アパート代と生活費以外の資金は自分で、と決めていたので。
残りの期間は神社巡りをするために、気になっていたお店で資材を購入しつつ、京都へと向かいました。
そして道中の新幹線内で日課となっているSNS巡りをしていると例のアカウントの写真がーー
「やっぱり……」
似てると言うには似すぎている。そう、私は思いました。
それは二センチくらいのレジンカボションが金古美の台座にのせられたネックレス。
小さいチャトンスワロを起点に、そこから伸びるように、ワイヤーを捻り作られたハート型の葉冠。それを背に、中央には虹色がかった白っぽい鉱石レジンがあり、背景は吸い込まれるような宇宙模様。
シオンさんの過去の投稿も確認してみたけれど、違うのは中央に位置する鉱石レジンの形や背景となる宇宙模様くらいで。ワイヤーの葉冠は同じ形だし、配置も同じ――
とても素敵……なのに、心からそう思えない。
ふと、遡って見てみると、そのアカウントは数年前から存在しているけれど、レジン系ハンドメイドを始めたのは最近らしいことがわかりました。
ならば確実にシオンさんの方が先にそういう作品を作っている。
やっぱりこの人――――
フォロー関係を見るも、シオンさんとの繋がりは特になく、偶然にしては似すぎている。
いてもたってもいられず、私はできるだけ誰のことなのかはわからないように、SNSに書き込みはじめました。
(最近ではワイヤーのパーツ使用の作品も沢山出てきたけど、ある人の昔の作品にそっくりな作品を見つけてものすごく気になっちゃってます……。
割と最近始めた方みたいだけど、どうなんだろう…………)
そこまで書いて、私は手を止めました。
何故なら……私だって、完全なオリジナルの作品を作っているわけではないから――。
『次は京都――次は京都――』
投稿ボタンを押そうかどうか迷っている間に、京都に到着するとのアナウンスが入り――
投稿することをひとまず思い止まった私は、
その文章を保存だけして、下りる用意をはじめました。
涼しくて降ろしていた、腰まで届きそうなストレートの髪をポニーテールにして、着ていた上着を腰につけて、今日のルートの確認をします。
今日行こうと思っているのは三ヶ所。時間に余裕は持って予定を立てているけれど、迷子になっている時間はありません。
駅に着くと服の入ったスーツケースだけをコインロッカーへ預けて、私は目的の場所へと向かいました。
京都駅からは、まずバスを使って建仁寺へ。風神雷神の屏風ももちろんですが、雲龍図の襖絵と天井画の双龍図は圧巻で。時間が経つのも忘れて眺めてしまいました。
「やっぱり……その場に行って、自分の目で見ると違いますね――予定より時間がオーバーしてしまったわ。次の場所に急がないと」
そして、そこから徒歩で約十分くらいのところにある八坂神社へ。
本殿の下には青龍が棲む池があるという。漆喰で固められて見れないのはとても残念だけれど、龍穴があるというその場所は、どこか不思議なエネルギーのようなものを感じる気がしました。
そして――後ろ髪引かれる気持ちで八坂神社を後にして、今日の最後の目的地『日天寺』へ。
龍に関する場所を探している時に見つけたのですが、ここには小さいけれど八大龍王のお社があるのです。
京都の街から少し離れた山の入り口付近にあるこの場所は、緑に囲まれた自然の中。かつては水の流れる龍の滝もあったとか……。
何故だかどうしても気になって、この場所へ行くことを決めたのです。
ただ、八坂神社からは少し遠く、近くまで行くバスも本数はそこまで沢山ではない。
スマホで時間を確認すると、そのバスが出発予定の五分前。今からならきっと乗れる!
そう思って私は力の限り走りました。バス停まで。
そして、なんとか目的にバスに乗り込むことができて、一安心。日天寺までは、ここからだいたい三十分程度。
水分を補給して人心地つけてから、撮った写真を上げようと、SNSを開きました。いくつかコメント付きで写真を上げて、何気なくスクロールすると――
例のアカウントがまた「新作」と称して作品の写真を上げているのが目に入ってしまいます。
「――!――」
どんどん上手になってるし、以前の作品よりも洗練されている――
この作品が、元はシオンさんのものだとしたら……
自分の心の底に渦巻く暗い感情。
これは盗作をしているなら許せないと思っているから――?
自分の作ったこのペンダント、これだっていわばドラゴンブレス模倣作品……。自分で一から考えて作り出した物ではない。
でも、モデルはチェコのドラゴンブレスというガラス製品であることは明記するし――。
渦巻いていた感情が一気に溢れ出てきた気がして、私はその文章を投稿してしまいました――
『次は三条京阪〜三条京阪〜』
目的地に着いてしまい、私は京都に着いた時よりも、もやもやした気持ちを抱えた状態で私はバスを降りました。
緑に囲まれた中に見える赤い鳥居。その向こうには小さな川を越えるための橋があり、そのまた先には石段が伸びていました。
結構急な階段で、三十段くらいでしょうか。
「この……階段を上り切ったら……!」
リュックに入っている資材はそこまで重くはないはずなのに、何故だか段々と重くなっているように感じる……
先ほど投稿してしまったあの文章のことも関係しているのでしょう……でも、大切な仲間の作家さんのことだからこそ、放ってはおけない――
あと数段で登り切る、と思ったその時、突然視界が揺らいだ。
「え、何⁈ 地震――⁉︎」
そこへ、座り込む間もなくやってきた突風は、私のバランスを崩すには十分すぎて。
ちょうど石段の一番上にいた私は、なすすべもなく転げ落ちる――はずでした。
「――!――」
実験を重ねてようやく出来上がったドラゴンブレスライカ。そのペンダントと迫り来る石段が目に映り、これから受けるだろう痛みを覚悟した私は、目を固く瞑りました。
けれど痛みに襲われることはなく。代わりに感じたのは、下から吹いてきた突き上げるような風と、誰かに抱きとめられたような感覚――
おそるおそる目を開けてみると……長い黒髪を一つに束ねた、整った顔立ちの男性が目に入りました。
「我の力を増幅するそのペンダントは一体――⁉︎」
何故だか驚愕の顔をしてペンダントを見る男性。
「――これは私の作ったレジン作品ですが……」
「このレベルの物を作っただと⁈ お主――何者だ?」
それはこちらのセリフと思うも、空中に浮いているという事実に気が付き息を呑みます。
そして、付近の変化に気がつきました。すぐそこにあるはずの街がなく、車の音もしない。
湿った土のにおいと静けさは、まるで深い森の奥のような空気で――
来週は更新をお休みします。
小旅行で、しっかりガッツリ何かを吸収してきたいと思います(*•̀ㅂ•́)و✧