026. 片思い
「この世界の常識を知らない私が言うのはおかしいかもしれませんが……晃生さんのアーティファクトを作る腕があれば、ここを出ても生きてはいけるんじゃないですか?」
晃生さんは棚から小さな箱を取り出し、少し悲しそうな顔をしながらソファに腰掛けます。
「すみません……龍石のことがあるにしても、どうして――? と思ってしまって……」
「……何故、か――――」
私は向かい側のソファに座って晃生さんの言葉を待ちました。
「一番の理由は龍石の元を離れたくないから、だな。
あいつは爪弾きにされてた俺を育ててくれたようなものだから――。
まぁ俺の勝手な片思い、なんだけどな」
そう言って晃生さんは苦笑しました。
確かに、龍石が己を朽ちゆくものだと考えているなら晃生さんの“片思い”なのでしょう……
「あとは――身代わり守りの作り手が少ないことも一つの理由だな。家が担当している神社の身代わり守りのほとんどを俺が作っているから……」
それであんな本数を――
「他に作り手さんはいないんですか?」
「昔は本家の者全員が月に何本か担当していたんだがな。他にやれることのない俺におはちがまわってきたんだよ」
「それって――晃生さんじゃなくとも作れるってことですよね……。
龍石のことを除いたらここに残らなければならない理由は――――」
そこまで言って、私は口をつぐみました。
ここに残るか残らないかは、晃生さんが決めねばならないことですから……
「――しばらく前、ある御仁にな……一緒に旅に出ないかと言われたこともある。
行ってみたいとも思ったんだがな……まだその時期じゃない気がする、と言って断ってしまったよ……」
そうなんですね――それを聞いて少しホッとしました……。
だって……これから先も我慢していくだけだなんて――絶対に良くないと思っていたから――。
「では、今は“その時”を待っている……感じなのですか?」
「――――」
長い沈黙。晃生さんは虚空を眺めながら少し寂しげな顔をしていました。
「俺がここを……龍石の元を離れる、なんて想像ができないが……そうだな――」
そう言って目を閉じると、数回呼吸をして今度はまっすぐに私を見ます。
「それがいつなのかはわからないけどな」
晃生さんは目に寂しげな光を宿したまま、それでも微笑んで見せました。
そして話題を切り替えるように風呂敷包みを指して言います。
「ところで、中身はどうだった?」
四隅を軽く重ねた風呂敷包み、そのままでは中身は確認できず、晃生さんがたずねてきました。
「普段着というにはちょっと、と思うんですけど――」
言いながら風呂敷を開いて中を見せます。
「巫女装束っぽいんですが。本当に私が着てもいいんでしょうかね……?」
「家ではそれが普段着のようなものだよ。
いいんじゃないか? だってトウマは未使用アーティファクトの光が見えるし。俺なんかよりずっと――――」
ベルトのことも聞こうと、小袖と袴をテーブルの上に置くと、晃生さんが目を見開いてベルトを凝視していました。
「まさか――コレも――⁉︎」
「このベルトのこと、ご存知ですか?
これは装束の上からつけるものなんでしょうか……?」
晃生さんはベルトを手に取り、何かを確認するかのように裏側を見たりしています。
「これはおそらく――母上が若い頃使っていた物だ」
「あのお母様が――⁉︎」
「ほら、ここを見てみろ」
そう言ってベルトの内側を見せてきました。
するとそこには、家紋のような物が焼き入れられています。
「この“丸に三つ銀杏の葉”のマークは母方の実家、村松家の家紋なんだ。
あと……小さい頃聞いたことがある――。母上は結婚する前、アーティファクト発掘などを担う政府の機関に所属していたと――」




